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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
8/116

雫のお守りと夜の灯台



「あれ、館長は?」



ルカが図書館の館長であるリーフの不在に気がついたのは、図書館が閉館されてからだった。返却された本を戻していたアミナは「...資料室かリーフの部屋にいるんじゃないかな...?」と首を傾げた。

ルカは首を振り、腰に手を当てた。


「いや、見に行ったんだけど、どこにもいないんだよなぁ。さっき町長から電話があって、伝言頼まれたから伝えたいんだけど」

「リーフさんなら、出掛けてるわよ」


アイリスが返却された本を載せた木製のワゴンをガラガラと運んで来た。


「館長外出てたのかー。じゃあ、アイリスさん館長に伝言頼んでもいい?」

「ええ」


ルカがアイリスに伝言を伝えているのを聞き流しながら、アミナは黙々と本を片付けていく。

シオンは資料室で新しく届いた本を整理している。ひらがなは仕事をしながら大分覚えたようだった。先程まで資料室で一緒に仕事をしていたアミナは文字を読めて楽しそうなシオンを思い、微笑んだ。


「じゃ、お疲れ様ー」


黒いリュックを背負ったルカは片手を上げて挨拶し、帰っていった。今日はこれからカフェバーの手伝いに向かうそうだ。カフェバーを手伝う日のルカの服装は上は白いワイシャツに下は黒いスラックスなので分かりやすい。


ルカが帰って数時間後、夕食の時間になっても戻らないリーフにアイリスとアミナが心配し始めた。


「リーフ、遅いね...」

「ええ...」


ダイニングテーブルの上に並べられた料理を前にお預けをされているシオンは不機嫌そうだ。


「気にしすぎやろ。遅なる日だってあるやろーはよ飯にしよーやぁ」


ぐうう、とシオンの腹は賑やかだ。

その様子にアイリスは冷ややかな目を向ける。


「リーフさんは夕食の時間には必ず帰ってくるのが普通なのよ。おかしいわね...こんな時間まで戻らないなんて」


アミナも頷き、「どこに行ったんだろう...」と不安そうに呟いた。


「ただいま。雪像だいぶ形になってきておったぞ」

「リーフさん!心配したわ!どこに行っていたのですか?」


ひょっこりとリビングの扉から顔を覗かせたリーフの鼻は真っ赤だった。アイリスが駆け寄り、リーフの毛糸の帽子やコートに積もった雪を払う。リーフがアイリスにお礼を言っているのを見てアミナはほっと胸を撫で下ろした。


「ほっほっほ。心配をかけてしまったようじゃの。すまんかった」

「ほんまやでじいさん。あんたが遅いせいで

俺は飯を食わせてもらえんかったんやからな」


シオンがダイニングテーブルに片肘をつけてだるそうにしている。


「だいぶ待たせてしまったのう。本当にすまんことをした。さあ、夕飯にしよう」


リーフが戻ってきたことでリビングはいつものように温かい雰囲気に包まれた。





夕飯のビーフシチューを食べ終わり、それぞれが好きなように過ごしていた。


「そや、焼いたマシュマロ!」


シオンはダイニングテーブルで開いていた絵本から顔を上げた。隣の席で小説を読んでいたアミナは「あっ」とシオンを見る。


「そうだった。今作ろうか?」

「おう!」


アミナは席を立つとキッチンに回り込む。後ろにシオンが付いてきていた。


「?」


アミナが首を傾げると、シオンは口角を上げて「作ってるとこ見たい」と笑った。

アミナは「そんなに大層なものじゃないよ?」と笑い、食品棚からマシュマロを取り出し、竹串にマシュマロを刺した。

コンロの火を弱火に調整し、マシュマロをくるくると回して炙っていく。


「焦げないように気を付けて......はい」


目の前に差し出されたマシュマロを受け取り、シオンは「これで出来たんか?」と口を開ける。マシュマロを口に入れた途端、シオンが両手を握り込む。


「溶けたで!じゅわって!」


その興奮ぶりにアミナが吹き出す。


「溶けた?」

「溶けた!俺も焼きたい!」

「ふふ。いいよ」


アミナは笑いながらマシュマロの付いた竹串を差し出す。

その様子を眺めているリーフとアイリスの目は優しかった。


焼いたマシュマロを小皿に六個置いて、ダイニングテーブルで紅茶を飲みながら楽しんでいるアミナとシオンの様子に目尻を下げ微笑んでいたリーフは「おお、そうじゃった」と席を立った。


扉の近くにハンガーに掛けて乾かしていたコートに向かい、ポケットを探ると、目当ての物を見つけたのか左手に小さな紙袋を持ってダイニングテーブルに戻る。席に座るとアミナを呼んだ。

目の前に座っていたアミナは「なあに?」とマシュマロを食みながらリーフを見る。


「これをアミナに」


リーフは紙袋をテーブルの上でアミナの方に滑らせる。アミナはそれを受け取ると「私に?」と中を覗く。


「わ......」


アミナは袋の中を見て目を輝かせた。紙袋から慎重にそれを取り出したアミナは「きれい...」と感動の息を吐いた。

それは雫の形をしたきらりと磨かれた石だった。エメラルドグリーンが淡くたゆたうようにそこにあり、台座の黄金が薄く透けて見える。まるで透明度の高い海のようだ。


「素敵ね」


いつの間にかアミナの後ろにいたアイリスは「あら」と何かに気がついたようだった。


「アミナ、ちょっと貸してくれる?」

「うん」


アミナから手渡され、アイリスはその宝石のような石の裏側も見る。裏には何かを挟めそうな金具が付いていた。


「リーフさん、これってもしかして髪留めかしら」


リーフは「そうじゃ」と頷く。アイリスはその様子に「なるほど」と口角を上げた。


「アミナ、こっち向いて」

「え?」


アミナは素直に後ろを向き、立っているアイリスを見上げる。アイリスは座っているアミナと視線が合うように屈み、アミナの前髪を左から斜めに分け、右側でまとめるように石の金具でパチリと留めた。

シオンは呆けたようにその様子を見ていた。



「似合うわよ」


微笑むアイリスに照れながら、アミナは雫形の石を指先で撫でる。美しいエメラルドグリーンで前髪を右側にまとめたことでアミナの形の良い白い額と、柔らかい眉が一層映える。


「うむ」


満足そうなリーフにアミナは「もしかして、これを買いに出掛けていたの?」と訪ねる。


「今朝、アミナを見て思い付いたのじゃ。その石にはまじないが込められておる」


リーフは紅茶を啜りながら微笑んだ。


「お主が喜びに満ちた生を歩んでいけるように。生きたいと願った時に幸せが訪れるように、まじないを込めておいた。」


ウインクをして笑うリーフにアミナは心が締め付けられる。こんな雪が降る寒い日に、わざわざ外に出て買ってきてくれたのだ。


気づいてくれたんだ。私の気持ちに...。

私が前髪を切った...正確には切られたんだけど...、これが私にとって大きな意味を持つことだったんだって。


アミナは両手を合わせて握り、リーフに瞳を潤ませて頭を下げる。


「ありがとう...っ。大切にする...!」


リーフは穏やかな瞳で微笑んだ。アイリスが後ろから優しくアミナの頭を撫でる。我慢していた涙がついに頬を伝った。


見てくれていたんだ。

ずっと見てくれていた。

さりげなく、優しく、温かく。

この二人はこうやっていつも見てくれていたんだ...。

どうして気づかなかったんだろう。

私はずっと幸福だったのだ。

私は言望葉を使えないけれど、こんな私をずっと大切にしてくれていた。

馬鹿な私は、このことにやっと気がついた。




自室のベランダで夜の海を眺めながらアミナは白い息を吐く。ふわふわとした素材の白い長袖のワンピースに毛糸の靴下を履いただけの彼女は夜の冷気にふるりと身を震わせた。体を伸ばして街を見下ろすと確かにリーフの言っていた通りに雪祭りの雪像がぽつぽつと出来上がってきていた。

今夜は月が明るく、街に積もる雪は銀色に浮き上がって見える。隣の部屋の窓がガラリと開く音が聞こえた。


「シオン?」

「なんや、あんたもベランダか」


ベランダは石壁で区切られている為、隣を見ることは叶わないが隣からちらちら見える白い息からシオンも自分と同じようにベランダの柵にもたれているのだと分かった。


「この街は灯台が多いな」

「そうかな」

「俺がもといた国にはこんなになかったで」


アミナはシオンの言葉に街をくるりと見る。

そこかしこにそびえ立つ灯台の淡い光は心を穏やかにする。


「そっかぁ。じゃあ、多いのかもね」


アミナは柵に置いた両腕に顎をのせて、海を見つめる。


「あそこの灯台にいつか行ってみたいんだ」


海の中にどっしりと立つ灯台は街にあるどの灯台よりも大きく、そして古い。


「でかいなー」

「うん。あの灯台からこの街を一度見てみたいの。きっと綺麗なんだろうなぁ」


アミナがうっとりと語るのをシオンはふうん、と聞いていた。


「じゃあ、連れてったろか?」

「え?」


バサッと重たい羽を動かすような音が聞こえたかと思えば、アミナの目の前に雪山で見た時以来の黒紫の竜が現れた。


「し、し、シオン...?」

「せや。乗せてったろか?」


アミナの背中がぞわりと震えた。竜になったシオンの声は人間の姿でいる時よりも低く、重い。この姿を目にし、アミナは改めてシオンが竜族なのだと実感した。自分とは全く違う、生き物なのだと。

ごくりと息を飲むアミナにシオンは冷めたように「...別に、冗談やし。この俺様が人間なんか乗せるわけないやろ」と目を伏せた。


「えっ!?冗談なの...?」


アミナは目を見開き、がっくりと肩を落とした。シオンは一つ間を置いて「怖いんやろ」と呟いた。


「怖いよ」


あっさりと頷くアミナにシオンは「...ふん」と体を翻そうとした。


「でも、シオンだから怖いけど怖くないよ」

「は?」


動きを止めてシオンがアミナを見つめる。


「その目だって、シオンのものだから。人間の時とちょっと違うけど、同じ紫だし、竜の姿になってもシオンだって分かる。大きいし、声も低いから怖いけど、怖くない」



「シオンだから、怖くない」



「お願い。あの灯台まで連れていって」


日中はゆるく二つに結んでいるが、今は無造作に下ろされているアミナの少し癖のある髪がふわふわと冬の夜に舞う。両手をシオンに伸ばしたアミナは人間の姿をしている時のシオンに向ける笑顔と同じ笑顔を浮かべていた。


「最初はあんなに怯えてたくせに」

「だって、シオンの事をよく知らなかったから」





雪の降る夜だというのに暖かく感じるのはシオンの背中に乗っているせいだろうか。竜の鱗はアミナが想像していたよりも固く、生命を感じさせるしなやかさがあった。シオンと初めて出会った日、アミナが雪の上に長時間横たわっていたのにも関わらず、無事でいられたのはやはりシオンの翼が被さっていたからだろう。

竜族という者達は、神話によると火の守護神プロメテウスから最初に火を授かった種族なのだという。

だから竜族は火の力に護られているのだと...。

アミナはシオンと出会ってから読んだ竜族について記されている文献の一節を思い出していた。


「シオンに触れていると暖かいのは、竜族が火の加護を受けているからなのかな?」

「さー?ぷろめなんとか、とかいう神様の話やろ?じい様や父様からその話は聞いたことあるけど、なんやよう分からん。けど竜族は皆、生まれた時から火を扱うことができる。そのせいか分からんけど俺等は寒さに強いんよな」

「そうなんだ...。あのさ、シオン」


ぴゅう、と耳を横切る風は確かに冬の風の音だ。シオンの太い首に回している腕や跨がっている足から熱が伝わる。冬の中にいるというのに、不思議な感覚だ。もしかしたら外でお風呂に入ったらこんな感覚かもしれない。

街を通り過ぎ、海の上にまで来た。

夜の海は真っ暗だった。


「なんや?」

「私...私ね、きっとシオンの言う通りだった」

「......?」


曇りのない夜空からは白い雪がちらちらと降り、月と星は明るく輝いている。

真っ暗な海の上を飛ぶ二人を月と星が照らしていた。


「私は、可哀想な自分でいれば、頑張らなくていいと思っていたんだ」


目の前には目的の灯台がそびえ立っていた。

この国で一番古く、そして大きい灯台。

表面は波や海風にさらされ続け、欠けている所が目視しただけでも多くある。けれど荒れる海、凪いだ海、さざめく海、およそ八百年前よりこの海を行く船乗り達の目印の役割を担ってきたその姿は威厳に満ちていた。

アミナはその堂々たる様に言葉を失い、ただ見惚れた。

いつも自分の部屋から眺めるだけだった場所に今いる。こんなに簡単に来れるだなんて、とシオンの背中を見つめた。


灯台の円形の灯ろうの端に座るシオンは人間の姿で足を出してぶらぶらと動かしている。その横で足をかかえて座るアミナは「お、落ちちゃうからやめなよ...」と顔を青ざめさせていた。


「こんなに簡単なことだったんだね...」


灯台から見えるイースト・ブレイズ国の中心都市であるセゾニエールの家々の灯りを眩しそうに目を細めて眺めながらアミナは言った。


「きっと、自分が行こうと思えば来れる場所だったんだね」

「そんな遠くもないしなぁ」

「うん。でも、さっきまでの私はここがものすごく遠く感じていたの」


アミナは手のひらを街にかざす。この場所との距離を測るように。


「寒いか?」

「ちょっと...」


シオンの背中から降りた途端、冬海の冷気がアミナの肌を刺していた。それからだいぶ体温が下がっていたがアミナは両腕を抱き締めるようにして誤魔化すように笑った。


「上着きてこればよかったかも」

「これ着とけ」


シオンは自分が来ていた黒色のパーカーを脱いでアミナに手渡す。薄い長袖のみになってしまったシオンを見てアミナが目を剥いて遠慮する。


「だ、大丈夫だから着てて!寒そうだよ!」

「竜族やから大丈夫や。確かに竜の姿でいる時よりも寒いけどあんたよりは平気や」

「寒いんじゃん!」

「ちょっとや」

「ちょっとでもだめ!じゃあ、一緒に使おう!?」

「あ?」


アミナはシオンの肩に寄り添い、一枚のパーカーで二人の背中を覆った。


「......こうしてても、いい...?」


照れて真っ赤な顔をしたアミナは横目でシオンを伺う。肩に触れたほのかな柔らかい温かさとアミナからふんわりと漂う甘い香りにシオンも耳を染めていた。


「え、ええ、けど...」


下を向いたシオンはなぜ自分の心臓がこんなに早く鳴るのか分からなかった。少し動いただけで触れてしまいそうなお互いの手や頬に神経が集中している。


「あのね、」


アミナが内緒話をするように小さな声で呟いた。シオンが顔を上げてアミナを見るとアミナは街の灯りをぼんやりと見つめていた。


「あそこに姉様がいるの」


アミナが指を指した場所には城がそびえ立っていた。街の中心に位置するその場所は、ここからは遠いはずなのにその建物の大きさを物語るようにはっきりと姿形が見えた。


「姉様が私を嫌うようになった理由は...。メイドさんや使用人の人達が、私が口を開く度に笑うようになったのは、言望葉が使えないから...。私に王族の資格がなかったから」


「だから、私はあそこにいれなくなった」


アミナは指を下げ、次は街の家々の間に収まっている図書館を指差した。


「...でも、私の居場所がなくなったわけじゃなかった」


シオンは黙ってアミナの指差す図書館を見つめながら話を聞いていた。


「リーフが、拾ってくれて、優しい言葉をくれて、アイリスが、背中を押し続けてくれて、ルカが、見守ってくれて、いた...」


アミナの目に写る図書館が滲んで見える。いつのまにか震えていた指を下ろして、強く握りしめた。唇を咬んで深呼吸をする。吐く息もまた震えていた。


「わた、しは...、友達が欲しいって思いながら、もっと同じ歳の女の子達みたいに、街を好きなように歩いてみたいって思い、ながら、...勇気がないことを、弱い自分を、なかったことにしていたの...。言望葉が使えないから、こんな自分じゃ、好かれるわけないから、って。...ばかだ...。ここでは、そんなこと、関係ないのに」


アミナの頬にこらえきれなかった涙がぼろぼろと滑り落ちていく。ひくひくと喉が泣くが、アミナはシオンに聞いてほしくて言葉を続けた。


「言望葉が、使えないせいで、お城を追い出された、可哀想な自分でいれば、頑張れなくたって、いいんだって、思っていたかもしれない...っ。みんながずっと、ずっと支えてくれていたのに、そのことに気づこうともしないで、」


いつも微笑んでアミナを見守ってくれているリーフやアイリス、ルカを思い描き、アミナはさらに涙を溢れさせた。


「私は、確かにお城を追い出されてしまったけど...、今の私は、恵まれていたんだね...。」


お城を追い出されてしまった日、リーフに拾ってもらえた幸運。

住む場所も、食べるものも当たり前のようにある生活。家族でもない自分を、家族のように迎えてくれたリーフとアイリス。

言望葉が使えないだけでなく、子供でお金も満足に稼ぐこともできなくて、いまだに図書館

以外の人と話すことができない自分。

褒める所なんて何一つ見つけられないのに。


朝、起きれば笑って挨拶をくれる。

昼間、落ち込んでいれば心配をしてくれる。

夕方、たいした仕事もできていないのに、お疲れ様と言ってくれる。

夜、アミナが作った夕飯を美味しいと喜んで食べてくれる。


「ここに来てから、私は本当に、ただのアミナだった...。お姫様でもなんでもない。なんにも持たない、ただの、アミナだったのに...っ」


ごめんなさい。

愛情に気がつかなくて。見ようともしなくて。


ありがとう。

こんな私なのに、ずっと変わらずいてくれて。



アミナは再び城を指差した。


「あれは、過去」


そして、図書館に指先を移す。


「私は今、ここにいる」


アミナは頬を流れる涙をそのままに、隣にいるシオンを見た。

シオンはそっとアミナの頬に触れ、優しく涙を拭う。


「シオン、最初は、なんて酷いこと言うんだろうって、思ったよ...」

「俺、なんか言った?」


シオンの声音は本当に忘れていることを物語っていた。アミナはふっと息を溢して笑った。


「無神経!」


顔をくしゃっと崩して笑うアミナにシオンは「なんやて!」と怒ってアミナの頬をつねった。


「いひゃい!馬鹿力!」

「そんなに力入れてへんやろ!あんた、なんや全体的に細いし柔こいからやりにくいねん!」


アミナは目を丸くした。そういえば、いつからかシオンは暴力的な振る舞いをしなくなった事に気がついたのだ。

アミナは目をきゅっと閉じて、唇の両端を上げた。


シオンは、やっぱり、優しいんだ。


ぶっきらぼうで無神経な言葉ばかりに目が向くと、気がつけなくなるほどのさりげない優しさをシオンは持っている。

アミナは頬に触れるシオンの手を両手で包んだ。


「シオン」

「なんや」


灯台を囲む海の波は穏やかだ。ザー、ザーとゆりかごを揺らすような音が冬の澄んだ空気に溶けこんでいく。


「シオンに会えて良かった」

「え、」

「変わりたいって、本当に思えるようになったのはシオンのおかげ」


シオンは目を大きく見開いてアミナを見つめる。いつの間にかアミナの瞳からは涙が消えていて、代わりに頭上に瞬く星の光を集めたようにきらきらと輝いている。


「わ、私、と...」


アミナは少し下を向いて息を小さく吸って吐き、もう一呼吸置いて再びシオンを見つめた。

唇は一文字に引き結ばれ、緊張しているようだった。

シオンの手を包む柔らかい手が震えている。

シオンはアミナの前髪を留めている髪留めを見てやっぱり似合っとるな、と頭の隅で思った。


「私と、友達になって...!」


真っ赤になって自分の手を握り込むアミナは最後に両目を瞑っていた。

震える体で懇願するようなアミナを見るシオンの顔は優しかった。仮面の奥の瞳は穏やかで、眉は少し照れたように下がっている。


シオンはアミナに向けて声をかけようと口を開くが、何かを思い出したように動きが止まった。眉をしかめて唇を噛んだ彼は、アミナを見据える。


「俺とあんたが、友達になれるはずないやろ」


掠れた声でシオンは首を振った。



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