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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
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泣き虫少女の隠れ蓑からの脱出



「アミナ、さっそくだけど5日後の雪祭りのメニュー考えておいてくれる?ルカも一緒に」

「あ、う、うん」

「はい!!」


アイリスに言われ、アミナとルカは一緒に昼休憩をとることになった。

図書館勤務での昼休憩は一時間。交代でとることになっている。

一人で休憩することもあるし、二人で同時に休憩に入ることもある。

その日出勤しているメンバーの人数を基に副館長であるアイリスが調整していた。


ルカは図書館の仕事が終わった後、また別の仕事をしており、友人が経営しているカフェバーのキッチンを手伝っているのだ。

その為、雪祭りで図書館が出店するブックカフェではアミナとルカが裏方のキッチンを毎年担当している。メニューを考えるのも二人の担当だ。


「あんたも料理できるんやなぁ」


もごもごとルカが作ったカルボナーラをシオンは美味しそうに頬張る。シオンもついでに休憩して来なさいとアイリスに言われ、今ダイニングテーブルには三人座っていた。

アミナもその横で同じくカルボナーラを頬張りつつ頷く。


「ルカは、すごく料理が上手なんだよ。毎年、雪祭りの時はいつも助けてもらってるの」

「ア、アミナ...!そんな風に思っていてくれたんだ...!」


ルカは嬉しそうに顔を緩める。


「こ、これも、すごく美味しい...。ルカがお昼休憩の時に作ってくれる料理は、全部美味しい...」


アミナはルカが相手だとまだ緊張するようだったが、俯きつつも日頃思っていたことをルカに伝えた。


変わりたいと思ったから、どうすれば良いのかを考えた。その時思いついたのだ。

そうだ、ブックカフェ...。とりあえず、ブックカフェを頑張ってみよう。

アイリスが言っていた、接客とかも、怖いけど...。

自分にできる事から、始めてみよう。


そう考えたアミナは、雪祭り当日にキッチンを一緒に担当するルカともちゃんと話してみようと思った。

けれどそれは、アミナが考えていたよりもずっと簡単な事だった。


話しかけると、笑って返してくれる。

顔を上げると、優しい瞳で見てくれる。


ルカは初めからアミナを受け入れてくれていたのだ。


「アミナ...!兄ちゃんなんでも作ってやるからな!」

「に、兄ちゃん...?」


嬉しさで興奮した様子のルカの口から飛び出た言葉に驚きつつも、アミナは首を傾げる。


「ああ。アミナの事は妹みたいに思ってるからな」

「え...」


そんな風に思っていてくれたとは。アミナは嬉しかった。アミナの方も時々、兄というものがいたらルカのような感じなのだろうかと思う事があったのだ。


「シオンの事も弟みたいに思ってるし!」

「はあ?こんな騒がしい兄貴いらんわ」

「お前の方が騒がしいだろー」


ルカとシオンがやいやい言い合っているのを眺めながら視界がぼんやりと滲む。


見えていなかったんだなぁ。

下ばっかり、自分のことばっかりで、ルカの優しさを本当には理解していなかった。

お城のメイドさんや使用人の人達と同じように、表面上は笑ってくれていても瞳の奥では暗いものが潜んでいる。

そういう風にどこかで決めつけていたのかもしれない。


アミナは顔にかかる水色の髪がずいぶんと自分の視界を遮っているな、と思った。


今まではこれで良いと思っていた。

だって、どうせ視界がはっきりしたとしても見えるものは今までと何一つ変わらないのだから。

そう思っていた。

でも、もしかしたら。


指で目の前に垂れる髪を一束握った。







深夜、リビングの暖炉の前でアミナは新聞紙を広げてしゃがんでいる。

リビングの灯りを消している為、暖炉の中でゆらゆらと踊る火が暗闇を照らしていた。

アミナはハサミを右手に持ち、左手で前髪を持ち、ごくりと息を飲んだ。

リビングの灯りを消したのは、部屋から漏れる光でここにいることを他の者に気づかれないようにしたかったからだ。


およそ五年という長い時間をこの前髪に守ってもらってきた。

これを切るということはアミナにとってお守りを自分から手放すことと同じであった。


誰も、起きてないよね...?

こんなとこ、見られたら恥ずかしいもん...。


目を閉じて深呼吸をする。

右手を震わせながらハサミで前髪を挟んだ。

うまく力が入らず、用を果たす事ができぬままハサミはカシャン、と新聞紙の上に落ちた。


「あ、あれっ?....なんで...」


ハサミを拾い上げようと手を向けるが、掴まずに静止してしまう。


「...…なんで...……?」


意気地なし。変わりたいって思ってるくせに。


唇を噛んで膝に額を付けて頭を預けてしまう。


やっぱり、ダメだ...。そう簡単に、私が変われるなんて、シオンみたいになりたいなんて。

おこがましかった。

身の程知らずだったんだ。

だって、こんな簡単なこともできない...。


ガチャ、と扉の音がして誰かがリビングに足を踏み入れた。

床に張られた板の上を歩いて来る。

コツコツと聞こえていた足音はアミナの前で止まった。俯いたアミナには誰が来たのか分からない。


「なあ、何しとん?」


耳に届いた声で足音の主が誰か分かったアミナは、肩を強ばらせ、おずおずと視線を上げた。

そこには暖炉の灯りの色に染められた白い仮面を付けた少年がいた。両手を腰にあて、屈んでアミナを覗きこんでいる。


「便所に行ったら音が聞こえよったから何やろと思て来てみれば...あんた、こんな時間に何やっとるんや?」

「...う、...えと...」


アミナは恥ずかしさで頬を染めながら、瞳を泳がせる。


「ま、前髪を...切ろうと、思って...たんだけど...」


できれば隠したかったが、下に敷いた新聞紙とその上に落ちているハサミで誤魔化しは通じなさそうだと、羞恥心でいっぱいになりながらもなんとかシオンに答えた。


「うまくできなかったんか?ほな俺が切ったる」

「え?」


シオンがハサミを拾い上げたと思った瞬間に、空色がアミナの膝、新聞紙の上にバサッと落ちた。


「え」

「ほれ、できたで」


口角を上げてハサミをチャキチャキと片手で遊ばせるシオンは得意気だ。

アミナは呆然としながらも、震える指で前髪に触れる。


え......みじか、い...。眉毛より上...?


「...そんなぁ...」


じわりとアミナの瞳に涙が浮かぶ。

それはみるみる水量を増していき、次第にぼたぼたと頬をすべり降りていく。

目に少しかかるくらいの長さにしようと思っていたのだ。想定より遥か上の位置になってしまった前髪に触り、ショックで涙が次から次へと溢れてくる。


「な、なんで泣くんや!?髪切りたかったんやろ!?」

「こ、こんな短いの、変だよー…」


さめざめと泣くアミナにおろおろと自分の前髪をかきあげて狼狽えるシオンは「そ、そんなことないで!」と必死に声を張る。

アミナと同じように床に膝をつけ、顔をじっと見つめる。


「可愛いやん」


ニッと笑うシオンにアミナは「ほ、ほんとう…?」と涙ながらに不安そうに尋ねる。


「おう!似合っとるで!」


親指を立てるシオンに訝しげな目を向けながら、アミナは大きくため息を吐いた。


「うう...」


顔を両手で覆い、うずくまるアミナにシオンが慌てて「なんでやねん!似合っとるって!」と何度も言うが、落ちこんだ気持ちは戻らなかった。




翌朝、いつも通りキッチンで朝食の準備をするアミナは何度も短くなった前髪を指先で触り、そわそわと落ち着かなかった。

昨日落ちこんだ気持ちのままで鏡を覗いてみたが、どう見ても短かすぎて、顔が出すぎていて、ここまで切るつもりはなかったのに...とシオンを恨んでしまう。


リーフとアイリス、ルカが見たらどう思うだろう...。笑われるかもしれない...。


「あら、おはよう」

「あ、う、おはよう」


アイリスがリビングからキッチンに立つアミナを見てふわりと挨拶をした。そして「あら」とアミナの変化に気がついたようだった。

お玉を握っている手に力がこもる。


「可愛い。やっぱりアミナは顔を出していた方が似合うわね」


キッチンカウンターを挟んで立つアイリスは腕を延ばしてアミナの前髪にさらりと触れ、にっこりと笑った。

アミナは目を見開き「ほ、ほんと...?」とおずおずと聞いた。


「ええ。よく似合っているわ」


頷くアイリスにほっとアミナの体の力が抜ける。続いてリーフが新聞紙を片手にリビングに入り、アミナを見た。


「おはよう。...おお、アミナ。前髪を切ったのじゃな。似合っておるぞ」


リーフも柔らかくアミナに笑いかけてくれ、アミナは心底安心した。


「あ、ありがとう...」


気恥ずかしさではにかんで礼を言うアミナにいつの間にかダイニングテーブルの椅子に腰かけていたシオンが不満そうに口を曲げる。


「やから似合うて言うたやんけ」

「だって、シオンのは誤魔化しっぽかったから...」

「い、いや、それもちょーっとあったけど...ちょこっとだけや。ほんまに」


シオンはわたわたと焦りながら人差し指と親指で小さい丸を作ってアミナに見せる。アミナは唇をとがらせながらも、眉を八の字に下げて、呆れたように笑った。シオンはその様子に頭を掻いて、椅子から立ち上がったかと思えば、ささっとキッチンに回り込んだ。


「朝飯の準備、手伝ったる。やから、もう水に流してや」


アミナはこそこそと耳打ちをするシオンについ、小さく笑った。リーフとアイリスに自分がアミナの髪を切って泣かせたとバレたくないのだろう。


「もう、気にしてないよ。むしろ...」


アミナもシオンの耳にこっそりと唇を寄せる。片手で声が漏れるのを防ぎながら「ありがとう」と気持ちを込めて伝えた。


気づいたのはアイリスだけであった。

リーフの視線は新聞に注がれていたので、アミナとシオンの様子を眺めていたアイリスだけが目敏く見つけた。

アミナの朝食の準備を手伝いながら、皿を運ぶシオンの耳がうっすらと赤く染まっている。

そのことに気づいたアイリスは「あらあら」と片手で顎を支えながら面白そうに口角を上げた。






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