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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
6/116

泣き虫少女は夢をみる



夕食が終わり、リビングのダイニングテーブルにアミナとシオンは隣同士に座りひらがなの勉強会をしていた。


シオンから文字を教えるようにと言い渡された時はこの世の終わりのように絶望したが、ダイニングテーブルの向こうにある三人掛けソファーには、アイリスが座って同じ部屋にいてくれるようだったのでアミナは少し安心した。


それでも、やはりシオンが怖いし、苦手だ。

けれど図書館の仕事の為に文字を覚えたいと言ってくれたシオンの気持ちを無下にはできず、結局今日の夜から文字を教えることになった。


アイリスはソファーにゆるりと腰掛け、読書をしているようだった。風呂上がりの彼女はほんのりと女の香りがして、同性であるアミナでさえもどきどきするのだからルカが見たら大変なことになりそうだなとアミナは思った。

ルカは図書館に住んでおらず、図書館から歩いて二十分くらいの距離のアパートに一人暮らしをしている。


シオンの手元にあるノートにはひょろひょろと這うような文字が書かれていた。

そのノートと手にしている鉛筆はリーフが与えた。

アミナが手元にある紙に、ひらがな一文字の書き順を書きながら教えたらシオンも自分のノートに同じ文字を教わった書き順で書く。

それを一文字一文字ゆっくりと行っていた。


アミナはシオンの気にさわらないように恐る恐る慎重に教えていたが、彼は本気で文字を覚えたいようで、アミナが言うことを素直に聞いてくれていた。

そんな彼の様子に徐々にアミナも肩の力抜くようになり、教えることに集中することができていた。

少女と少年の可愛らしい勉強会をアイリスは横目で見つつ、ほほえましいものを見守るかのように口元を和らげていた。



「喉渇いたわ。なんかくれー」


シオンが腕を上に伸ばしてストレッチをする。

自分の喉もからからに乾いていたことに今更ながら気付き、アミナは飲み物を出していなかったとわたわたと席を立った。


「あっ…えと、お茶でいいかな…?」

「なんでもええ」


キッチンに向かい食器棚からグラスを一つと冷蔵庫からガラスのポットを取り出す。ポットには冷えた紅茶が入っている。ついでに自分用にココアでも作ろうと牛乳も出した。

読書に耽るアイリスに声をかける。


「アイリスも何か飲む?紅茶、コーヒー、ココアか...緑茶もあるよ」


アイリスが振り返り微笑む。


「あら、ありがとう。ココアが飲みたいわ」

「うん。わかった」


アミナが手鍋に牛乳を注ぎ火にかけているとシオンがキッチンカウンターに肘を付いてこちらを見ていたことに気がついた。


「ココアってなんや?」

「あ、甘いやつ...飲んでみる…?」

「おう!」


ココア飲んだことないのか。竜族にはないのかな?

そんな事を考えているとあっという間にココアが完成した。アイリスのマグカップ、アミナのマグカップ、誰も使っていない余っているマグカップにココアを注いでいく。

ほわんとした湯気に心が温まる。そこにマシュマロを一つずつのせてみた。

お盆にマグカップ三つと、先程出した冷たい紅茶を淹れたグラスも一つのせて運ぶ。


キッチンのすぐ前にあるダイニングテーブルにシオンとアミナのコップを置く。

シオンは目の前に置かれたマグカップとグラスを見て「どっちがココアや?」とアミナを仰いだ。


「こ、こっち。…ま、まだ熱いから先にグラスの方飲んだ方がいいかも…こっちは、冷たいよ」

「ほーん」


シオンはグラスとマグカップの中をそれぞれ覗いて匂いを嗅いでいる。

アミナはアイリスにマグカップを手渡す。アイリスはココアの中にぷかりと浮いているマシュマロを見て「あら、マシュマロ」と目を細めた。


アミナがテーブルに戻り座るとシオンが紅茶を飲んでいるところだった。


「なんや匂いするな、これ」

「こ、紅茶っていうんだよ。……苦手だった?」


不安になりおどおどする。「別に。嫌いやないで」ごくりごくりと飲んでいくシオンにほっとする。

アミナはマグカップを両手で持ってココアをゆっくりと飲んだ。じんわりと口内に広がる甘さを目をつむって堪能する。自分が思っていたよりも脳が疲れていたようだ。行き渡る糖分に脳が喜んでいるような感覚がする。


ほう…と息を吐く。シオンを横目でちらりと見てみると、ココアの入ったマグカップを口元に運んでいるところだった。

シオンの喉が動き、「あまー」と聞こえた。


「甘いなぁ」

「うん…」

「うまい」


甘いのが苦手でないようで良かった。アミナはいつの間にか力を入れていた肩の緊張を解いた。


「この味、どっかで飲んだような…。なあ、この白いの何?」

「ま、マシュマロだよ。あの、えとね、や、焼くともっと美味しくなるの…」

「へー!焼いたのも食ってみたいわぁ」


シオンは甘いのが好きなのかもしれない。

リーフと同じだ。

アミナは心の中で少し可愛いなと思った。


「あ、明日、食べて、みる…?」

「うん」


仮面で口元だけしか見えないが、上がっている口角から笑っているのだと分かった。


甘いものが好きな竜族の男の子。数時間前よりも可愛く見える気がする。

いや、絶対気のせいだとアミナは首を振った。

けれど、ココアを飲みながら一生懸命ひらがなの勉強をしているこの時間だけを切り取ると、ただの男の子にしか見えないのだ。


調子くるうなあ...。


アミナはココアを飲みながら混乱している。

昨日、嫌いだと言われ傷ついた。

無神経に好き放題言われて嫌だった。

今日の午前中、捕まれた肩が痛かったし、怖かった。

乱暴で無神経で怖い竜族の男の子。

なのに。

アミナは横目でシオンを盗み見る。ココアを片手に鉛筆を不器用に動かしていた。


どうして、そんなに頑張るの?

ああ...なんなの、もう。


アミナは天井を仰いだ。




翌朝、アミナがリビングに入るとリーフが誰かと電話で話していた。


「ああ。分かった。楽しみじゃのう。......ほっほっほっ。ああ、じゃあの」


電話を終えたリーフがアミナに気づく。


「ああ、おはようアミナ」

「おはよう。誰と話してたの?」


アミナはキッチンに移動しながらリーフを見る。リーフはダイニングテーブルに座り、新聞を開いた。


「町長とじゃ。朝食の時にも話すが、今年もアレをするって電話じゃ」

「アレって...」


アミナは眉をしかめた。

アレって...。うわぁ...やだなー...。

朝食のパンをオーブンに入れながら肩を落とした。






「雪祭り?」


シオンがバターを塗ったパンを口に運びながらリーフに聞く。


「なんやねん、それ」

「イースト・サンライズ国の城下町であるここ、セゾニエールの冬の恒例行事じゃ。毎年二月に城下町に住む人々が雪で動物や建物の形を作って展示したり、料理を出店したりするんじゃ。巨大な雪の展示物を見ながら出店された料理を片手に食べて歩き回ったり、踊ったりのう。大規模な祭りじゃよ」


かぼちゃのスープを啜りながらリーフはにこにことシオンに説明する。右手には包帯を巻いているので器用に利き手ではない左手で食事をしている。


「へえー?」


あまりよく分かっていないようだ。シオンは首を傾げた。

アミナはその横でげんなりしている。


「私、今年も絶対表に出ないからね...」

「あら」


アイリスが声を上げる。


「それは困るわ。リーフさんの手がまだ治ってないのよ。雪祭りは一週間後、完治は絶対無理。今年はアミナも表に出てもらわないと」

「で、でも!そしたら料理する人いなくなっちゃうよっ......」


アミナはぎゅっと両手を握りしめた。持っていたパンが無惨にも潰れる。


「まあ、基本は裏で作ってもらうだろうけど、混んできた時には配膳もお願いしたいわ。」

「なんかやるんか?」


シオンが不思議そうに訪ねる。アイリスが頷いた。


「ええ。この図書館も祭りに参加するのよ。ブックカフェをやるわ」

「ぶっく、かふぇ?...なんでこいつ、こんな落ち込んどるん?」


隣で見るからに元気のなくなったアミナをシオンは親指で指す。アイリスはコーヒーを一口飲んでシオンに答えた。


「ここの一階に、利用者が自由に座って本を読んだりできるスペースがあるでしょ?」


シオンが頷く。


「昨日の夜、あいつがチラッと見せたとこやな」


昨日の図書館閉館後、利用者が全ていなくなった後にルカはシオンを連れて簡単に図書館内を案内していた。仮面を付けているから目立つ為、今は資料室の作業しか頼めないが、外れたらここの作業も頼みたいと笑って言ったルカをシオンは思い出し、仮面が外れた後も図書館で働くことが当たり前かのように話す彼に困ったように頭を掻いた。



「そう。雪祭りではそこの一部のスペースを使ってカフェをするの。そのスペースでは、飲み物や軽食を摂りながら自由に本を読んでもいいの。雪祭り限定のブックカフェ、毎年なかなかの人気なのよ?全ての席をカフェに使いたいけど、従業員が少ないから...一部だけをカフェ専用の席にするのよ。それで、利用者から注文を受けたり、配膳したり、会計したるする係が表、このリビングのキッチンで注文されたものを作る係が裏って、去年までは分けていたけど...」

「今年はわしの手がこれじゃからのう」


リーフは右手を掲げて痛そうに眉を寄せる。「う...」シオンは唇を引き結んだ。


「去年まではアミナには裏の係だけをお願いしていたけど、今年は表も兼任してもらうからね。ああ、シオンもね」

「やだよー……っ」

「俺も!?」


ヨーグルトに蜂蜜をかけながらアイリスはにこりと笑う。アミナは頭を抱え涙目だ。シオンは驚いて声を上げた。


「勿論よ。誰のせいで人手不足になったと思っているの?」

「ぐっ...」


ぱっきりとした口調に返す言葉が出ない。


「その仮面じゃが、もしかしたら教会に行けば何か分かるかもしれん。闇の呪いがかけられているなら、聖の言望葉使いに頼めば外せる可能性もあるかもしれん」

「ほんまか!」


リーフの言葉にシオンが身を乗り出す。


「ああ。じゃが、祭りが終わってから行くのでもいいか?」

「はあ?なんでや」

「祭りでは出店で様々なお面が売られていてな。それを買って楽しむ者も多いんじゃ。せっかくじゃし、その仮面で祭りを楽しんでもええんじゃないかと思ってのう。ほれ、ただ付けられとるんじゃなんだか勿体ないじゃろう。再利用じゃ」


ほっほっほ。楽しげに笑うリーフにシオンが呆れたように肩の力を抜いた。


「なんやねん...再利用て...」

「なんだって楽しんだもん勝ちじゃ」

「うう…いやだぁ…」


ぱちりとウィンクをするリーフと向かい合わせに座るアミナは一週間後の祭りを思い頭を抱えている。

そして昨晩シオンと話した焼いたマシュマロの事もすっかり忘れていたのだった。






夜、閉館後の図書館でシオンは利用者用の本棚をアミナと一緒に覗きこんでいた。


「絵本ならひらがなで書かれてるから、勉強になるんじゃないかな...」

「仰山あるんやなぁ。他の本と違ってここらへんのは絵ばっかりやし色が多いんやな」


シオンが一冊手に取りパラパラと捲る。アミナは一枚の手のひらサイズのカードをシオンに見せる。


「これ、うちの図書館のカードなんだけど、シオン用に作ったから、あげるね...。本を借りたい時は、このカードを使ってね」

「おー!おおきに!」


口角を上げてアミナからカードを受け取る。

素直にお礼を言われ、カードを作って良かったと嬉しくなる。

朝からずっと一緒だったが、今日はシオンの機嫌を損ねることなく平和に一日を過ごすことができた。シオンも初日よりは比較的落ち着いた様子でいた。その為、昨日のように恐怖を感じることもなく、落ち着いてシオンを見ることができていた。

アミナは一日中、一生懸命文字を勉強している彼を見ていると、いつの間にか自分にできることならば、協力したいと思うようになっていたのだった。


「あ、」


シオンが一冊の絵本を手に取り、表紙を見つめていた。アミナも横からその絵本を見る。

赤い竜が中央に佇んでいる。


「竜や」


声には喜色が表れていた。その声に、アミナもほんわりと嬉しくなった。

シオンはその絵本を借りることにしたようだ。アミナは受付カウンターで貸出しの手続きを教えつつも、シオンが借りた絵本に興味を抱いていた。


どんな本だろう。シオンが読み終わったら私も借りてみたいな。


アミナはその絵本を読むのが楽しみで、自分でも気がつかないうちに口角を上げていた。



図書館の三階には部屋が四つある。階段を上がると廊下があり、右手側に洗面台、その奥に廊下を挟んでアイリスの部屋がある。角部屋のアイリスの部屋の右隣に空き部屋があり、そこをシオンに貸している。シオンの右隣の部屋がアミナの部屋だ。アミナの部屋の前にトイレがあり、その向かい側、つまり階段を上がってすぐ目の前に現れる部屋がリーフの部屋だ。


アミナはシオンとそれぞれの部屋の前で分かれ、内側から自分の部屋の扉のドアノブを見た。

昨日は鍵をかけた。今日も必要だろうか?

大丈夫な気がする。けれど。もしも、もしもがあったら。

やっぱり鍵をかけようと手をドアノブに持っていく。





アミナは暗闇の中ベットで布団をかぶり扉を見つめる。


鍵はかけなかった。

怖いけど。怖いけれど。


大丈夫だったらいい。


大丈夫で、あってほしい。


アミナはシオンを信じたくなっていた。

自分が思っていたほど恐ろしい存在ではないのではないかと。


今日のシオンはやっぱり、はきはき喋るし、ずけずけ言いたいことを言う。


でも、ひらがなを教えていた時。

楽しかったから。


シオンと一緒にいるのが楽しかったから。


だから、この扉が開かないことを祈っている。

開かなかったら。そうしたら。


アミナはじいっとドアノブを見つめる。


「...友達に、なれるかな...」


静かな夜だ。

隣の部屋から声が聞こえる。


「......あ、か、い、......えーと、...り...り、やな...」


自然と唇が弧を描く。

今日一日中聞いていた声。低くて、少し掠れてる。男の子の声。

その声を聞きながら、アミナはいつの間にかぐっすりと眠っていた。







朝、アミナが目を覚ますと窓をパタパタと鳴らす音に気がついた。ベットを降り、カーテンを開ける。


「雨か...」


雪は残るだろうか?雪祭りでは大量に雪が必要なのだ。まだ早い時間なので外は薄暗い。じいっと目を凝らし外の様子を見る。小雨のようだし大丈夫そうだと頷く。


アミナは視線を部屋の入口にもっていく。

開かれた様子のない扉を見て、嬉しくなる。

ほらね、やっぱり。


外の小雨の音を楽しみながらスリッパを脱ぎ、靴下を履いたところで手が止まる。


「あ、」


嫌な事を思い出してしまった。


「ああー...雪祭り、かあ...」


昨日のアイリスの言葉を思いだし、落ち込む。人前に出たくない。接客なんて、絶対にうまくできないに決まっているのだ。そして、笑われるんだ。

後ろ向きな考えばかりが頭をめぐり、溜め息を吐いた。


クローゼットからアイボリーを基調としたタートルネックのニットワンピースを取り出す。調度膝丈で、いつも履いているブラウンの編み上げブーツにも合う。その上に紺色のボレロを羽織った。

アミナもやはり年頃の女の子で、おしゃれには人並みに興味があった。服を買いに行く時はいつもアイリスに付いてきてもらう。一人では、服を選ぶことも会計することも人目が気になって何もできない。なので一緒に来てくれるアイリスには本当に感謝していた。

姿見の前で先日買ったばかりのボレロを眺める。買って良かった、とふんわりとした気分になるが、自分の長すぎる前髪に目が行く。


いくら可愛い服を着たって、着る側がこんなんじゃ...。マネキンが着てる姿は、すごく可愛く見えたのに。


上がった気分が急下降。どんよりした気分のまま自室を出て左側のつきあたりにある洗面台に向かい、歯を磨いて顔を洗う。

後ろで扉の開く音がした。


「お?早起きなんやな」


振り返るとシオンが立っていた。ルカが貸したスウェットを着ている。ルカはいつの間にか自分のお古の服と靴をいくつかシオンに渡していたようで、昨日もシオンはルカに借りた服を来ていた。長身のルカの服は大きい。アミナと同じくらいの身長のシオンは袖を捲っていた。


「あ、おは、おはよう…」

「おはよー?ってなんや?」

「えっ?あ、朝の挨拶っ」


竜族にはそのような習慣がないのか、とアミナは驚く。


「ほーん。おはよー!」


シオンは片手を上げて口角を上げた。

意外と柔軟なのだ、彼は。

頑なだったのは最初だけで。


「お、おはよう」


アミナは持っていたタオルを握りしめてぎこちなく挨拶を返す。


シオンはすごいな...。

無理矢理仮面を付けられて、拘束されて、でもそこから自分で逃げ出して、ここにはシオンを知っている人は誰もいない状況なのに、自分の考えをはっきり話して、やったこともない仕事も物怖じしないし、それに必要なことだったら勉強して。〈今〉自分がいる環境をしっかり受け入れて、決して逃げない。


洗面台で「歯磨きってええよなぁ、これは気持ちええ」と歯を磨くシオンを後ろから見つめる。


「シオンは、すごいね...」


自然と溢れた言葉にシオンは振り返り首を傾げた。


「あ?」

「尊敬、する...」

「.........」


歯磨きをしていた手が止まった。シオンは素早い動きで口をすすぎ、まだ濡れている口許を手の甲でぐいっと拭った。


「な、なんやねんっ急に...!」


声は裏返っていた。

アミナは両手の指をもじもじと遊ばせて、うつ向く。


「シオンみたいに、なりたいな...」

「はあ?な、なに言っとんねん!俺みたいって...」


紫がかった黒髪の間にある耳が赤く染まっている。アミナはシオンを上目遣いにちらりと見て、「........シオンみたいに、なりたい...」ともう一度言った。

シオンの耳がさらに赤くなる。


「へ、へえー...俺みたいに...?ま、まあ、気持ちは分かるけどな。まあ、俺は?男前やし、竜族やし、憧れても無理ないけどな...!」


腕を組んでそわそわと落ち着かない動きをしたシオンは親指で自分を指し、胸を反らせた。


「弟子にしたってもええで!」

「あ、それは大丈夫」

「なんやねんお前!」


あっさりとアミナに断られ、全力でつっこみを入れてしまったシオンだった。





一階にあるリビングまで降りてきた二人はキッチンに並んで立っていた。アミナがこれから朝食を作るのだと話したら「俺も作ってみたい」と言うのでアミナはそれならと手伝ってもらうことにした。

マヨネーズを薄く塗ったパンにシオンがレタスを敷いている。


「リーフとアイリスの分は、この炒り卵とトマト、ハムを挟んでね」

「おう」

「シオンの分は、リーフとアイリスの分残しておいてくれたらここにある材料なら何挟んでもいいよ」

「ほんま?なんやわくわくするわ。何入れよかな...」


楽しそうにどんどん自分のパンに具材を挟んでいくシオンがおかしくてつい微笑んでしまう。


楽しいなぁ。


アミナは心からそう思った。

鍋の中でくつくつと音をたてるミネストローネをお玉で混ぜながら心がほんわりとするのを感じていた。


友達になりたいなぁ。


でも、今の私じゃシオンの友達に相応しくない。


変わりたいな。


変わりたいと思ったのは今まで何度もあった。

馬鹿にされない自分になりたい。せめて、人に笑われない自分に。

今まではそう思っていた。けれど、今回の“変わりたい”は少し違った。


シオンの友達になれるように、変わりたい。


そんな感情は初めてだった。誰かと一緒にいる為に変わりたいなんて。


姉様にまた笑いかけてほしいから言望葉を使えるようになりたい、というどこか切迫された気持ちでなく。


シオンと同じ景色を見てみたい。


「諦めるな」


あの夜の日のリーフの言葉を思い出し、目を瞬かせる。


……リーフ、あなたがあの日、私に伝えたかったのは……。



誰も近づけたくなくて、近寄ってほしくなくて。

町を歩く同世代の女の子や男の子達はみんな同じ年頃の子達と楽しそうにお喋りしていた。

それを横目で見て、自分とは違う世界にいるんだって思ってた。自分の足元にある一筋の境界線。この線のこちら側とあちら側は絶対に交わることなんてないんだって。交わらなくていいんだって。

私は……諦めていたんだね。

自分の世界はここまでだって。




具材を挟み過ぎてパンの横からポロポロと溢れていく卵やトマトに焦っているシオンを見て笑う。


彼が眩しい。


この線を越えてあなたの隣に行ってみたい。










読んで頂き、ありがとうございます!!

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