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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
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無神経少年の悪夢


一歩、一歩、雪に足をとられながらもなんとか進んでいく。

地面に積もり質量を増した雪は重く、息が荒くなる。背中に体温を感じる。

この温度が立ち止まるなと私を叱咤する。


「は...っ...は、」


今夜はやはり雲一つ見えない夜空だったようだ。先程は見れなかった月は丸く、煌々と雪道を照らしていた。


山を降りきり、海の上に架けられた橋を渡る。

夜の海は真っ暗で、波の音は何か得体の知れない生き物の唸り声の様でぞっとする。

橋はきちんと舗装されていて、山よりも格段に歩きやすい。心なしか足の運びが早くなった気がする。


橋を渡りきると街に出る。カラフルな店や家が街灯に照らされていた。

馴染みのある風景が視界に入りほっとする。今夜は一段と冷える夜だ。街の住人達は各々の場所で暖を取っているのだろう。

誰ともすれ違わずに、図書館の近くまで歩いてこられた。


「アミナ!」


向こう側からリーフが駆け寄る。

マフラーと上着を片手に纏めて、汗をかいているようだった。


「どこに行っていたんじゃ!...ああ、無事で良かった...」


リーフに会えた途端、体がどっと重くなり、地面に座り込んでしまった。

リーフが慌てて私の肩に手をやり、そして私がおぶっている男の子を見て、少し驚いている。


「アミナ?その子は…」

「怪我を、してるの...」


リーフはその言葉だけですぐに動いてくれた。

私の背中から男の子を抱き上げる。


「アミナ、歩けるか...?」

「うん...」


ふらふらと立ち上がり、リーフの後に続いて図書館の中に入る。


「アミナ!」

「よかった!どこ言ってたんだ...って、館長

その子は?」


アイリスと図書館の職員であるルカがほっとした表情を浮かべ駆けてきた。

アイリスとルカの鼻と頬は先程まで外にいたかのように、赤味を帯びている。二人は雪の付いたコートを着ていた。


「話は後じゃ。すぐに治癒を始める」


リーフは図書館利用者用の長方形の木製テーブルに男の子を仰向けに横たえると、目を閉じた。

アイリスは私に椅子に座るように促し、小型の石油ストーブを足元に運んできてくれた。

冷えてかじかんだ足先からじんわりとほぐれていく。男の子は山にいた頃よりも苦痛に顔を歪めていて、胸が痛くなる。


リーフの胸元に緑の光の粒が集まっていき、次第に形を変えると、先が丸くねじれた木の杖が現れた。リーフの言望葉を力に代える役割を果たす言身(こんしん)だ。


リーフが言望葉を使うこの瞬間が好きだ。

リーフの言望葉は慈愛に溢れているから。


『ヒーリング・ワーム』


温かな柔らかい風が男の子を包む。

肩からばっさりと裂かれた傷痕が徐々に消えていき、男の子は穏やかな顔で眠った。

やっぱり、リーフは凄い。いつかアイリスが言っていた。リーフの癒し手としての実力は、城に仕えていた頃から、他国の有力者達が喉から手が出るほど手に入れたい程のものだったのだと。


「さすが館長。一瞬で治した。」


ルカがホットココアの入ったマグカップを手渡してくれた。

彼は二年前からここの従業員として働いている。さらりとした稲穂色の短髪の下で彼の明るい性格を語るような活き活きとした瞳から顔を隠すように下を向く。


「うん.....あ、りがとう」


ぎこちない私の返事に苛立つような素振りも見せず、ルカは「無事で本当に良かった」と笑ってくれた。

リーフとアイリス以外の人と接する時は相手を苛立たせていないか、呆れられてないか、そればかり気になってしまう。

ルカはいつも優しく接してくれるけど、いい加減嫌われてしまうのではないかと、不安になる。


アイリスが私の前にしゃがみ視線を合わせる。

きりりとした涼やかな目元。知的な眉。先週、新調したのだという銀縁の眼鏡は彼女の綺麗な黒髪に良く似合っている。


「何があったの?」


城で騎士をしていた頃と同じ、彼女は凛とした雰囲気を纏っていて、こんな風に目を合わせると少し緊張する。






声が聞こえる。どんよりと暗い空の下。

大嫌いな人間の声が聞こえる。


竜族のガキを捕まえたぞ!

さすがボリスラフ様。

コロシアムの目玉にしますか?


下卑た笑い声。厭らしい目付き。

首には鎖。両手には手錠。

闇の呪いがかけられた仮面。


畜生!畜生!畜生!

なんで俺がこんな奴らの好きにされなあかんのや!

屈辱。

この言葉以外に的確な表現があったら教えてほしい。

この仮面さえ外れたら。

ボリスラフ...絶対にお前を殺したる!!


「はっ......!」


視界にひろがる木目の天井。

太陽の光が薄いカーテン越しにチラチラと俺の顔へと注がれていた。

体を起き上がらせ、部屋を見渡す。ベッドと机が置かれているだけの、簡素な部屋。隅にはしゅんしゅんと音をならすやかんを乗せた...あれは、部屋を暖める箱だ。

俺は服を着ていた。上下同じ色の服。俺の髪と色が似ている。少しゆるいかもしれない。

コロシアムでやられた傷跡は消えていた。さすが俺。さすが竜族。治りが早いで。

眠る前までの記憶を手繰り寄せる。

そうや。雪山で珍妙な人間に会ったんやった。

そいつんちに行くって言うとったな。

ということは、ここはその人間の家なのだろう。

珍妙な人間やったな。

おどおどしている割に聞きたくもない話を聞かせてくるし。

顔は長い髪でまったく見えんし。


コンコンと音がして例の珍妙な人間がそろりと部屋に入ってきた。

手には良い匂いのする小鍋を乗せた盆を持っている。

口をパクパクと動かすが、声がまったく聞こえない。うつ向き、ぼそぼそと何かをつっかえながら言っている。

なんやこいつ。昨日はベラベラ喋りよったのに。

まあ、そんな事はどうでもええ。

とりあえず。


「飯、寄こせや」


腹ごしらえせんとな。さて、食ったらどうしたるかな。

鬱憤溜まっとるしこの家壊したろうか。

住人全員殺したろうか。





読んで頂きありがとうございます!

誤字などありましたらお教えくださいー

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