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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
13/116

あたたかな手



アミナが目を覚ますとまだ外は暗かった。長年の習慣ですっかり早朝に起きる体になっている。

隣の温もりに視線を向けて柔らかく笑む。

昨日はいつの間にか一緒に寝てしまっていたようだ。シオンはあどけない顔で眠っていた。

彼を起こさないようにそっとベッドから下り、彼女は朝食を作るためにリビングへと向かった。


図書館職員の起きてくる順番はだいたい決まっている。

まず一番早く起きるのがアミナ、その次にリーフ。(しかし彼は起床後、自室で本を読んでからリビングに来るので実際の起床時間は不明である。)次にアイリス。しかしシオンだけはその日によって起きる時間がバラバラだ。

皆の起き抜けの体を温めるためにリビングの暖炉に火を灯すと、キッチンで生姜入りのスープを作り始めた。

パチパチと暖炉の火が踊り、ゆっくりとリビングを暖かくしていく。


「おはよう」


リビングの入り口にはリーフが新聞を片手に微笑んでいた。アミナは笑顔で応える。


「リーフ、おはよう」

「コーヒーをもらってもええかのう」

「うん」


アミナは事前に沸かしておいたお湯が入っているやかんを再び火にかけた。お湯は少し冷めていたが、すぐに沸騰した。

コーヒーをリーフの深藍色のコップに注いでいく。リーフはそれを受けとると、ダイニングテーブルの上にある陶器の砂糖入れの蓋を外し、備え付けのミニトングで角砂糖を一つ、二つ、三つ、そして四つめを入れようとした瞬間、アミナに止められた。


「リーフ、だめだよ。朝のお砂糖は三つまでって、アイリスにも言われてるじゃない」

「ほっほっほっ」


リーフは名残惜しそうに陶器の蓋を閉め、砂糖たっぷりのコーヒーをティースプーンでゆっくりと混ぜた。アミナは「もう」と方頬を膨らませ、彼の甘党ぶりに呆れてみせた。

スープも後は煮込むだけになり、次に食パンに手をかけた時、アミナは何かを忘れているような…と首をひねった。


なんだっけ…。

何か大事なことが昨日あったような…。


思い出そうとアミナがうなっているとリビングの扉が開く音がした。

中に入ってきたシオンをリーフは一目見て、目を見開く。


「お主、仮面が外れたのか」


アミナはリーフの言葉にそうだった、と手を叩いた。


シオンの仮面が外れたんだった。

私がシオンの仮面に触ったときに。

でも、私は言望葉使えないし.......あの仮面を外せるのは聖の言望葉使いだけだし.......。


「なかなか男前じゃないか」

「う、うっさいわ!じろじろ見んなや!」


リーフが微笑んでシオンの頭を撫でると、彼は照れたようで、リーフの手を腕でどかせた。

アミナはその様子を見守りながら、自分の考えをまとめた。


きっと、偶然だったのね。

仮面にかけられていた闇の言望葉の力が薄くなっていたか何かだったんだ。


アミナは一つ頷いた。


「あら」


欠伸をしながらリビングに入ってきたアイリスはシオンの仮面が外れているのに気がつき、「........ふうん」とじっくり眺めた。


「な、なんや」


その視線にシオンがたじろぐ。アイリスは方頬を上げて笑う。


「その顔で図書館の接客してもらったら利用客がもっと増えそうね....。いいえ、求人募集者が増えるかも....。とすると、」


アイリスはどこからか電卓を取りだしカタカタと計算を始める。シオンは関わってはいけないとさっとその場を離れようとするがアイリスに腕を捕まれてしまった。


「待ちなさい。あなたには今日からみっちり接客の方も教えてあげるわ」


眼鏡を指でくいっと上げると、アイリスは薄く微笑んだ。



朝食を食べながら、アミナとシオンは昨日起こった出来事をリーフとアイリスに話す。闇の言望葉使いと遭遇したことを伝える彼らは真っ青になった。


「.......そうか。じゃから昨日は帰りが遅かったんじゃな」

「ごめんなさい。昨日はろくに話も聞いてあげなくて。怖かったでしょう」


「......俺のせいや」


振り絞るような声でシオンが言った。


「……俺はすぐに出て行く。....こいつに怪我させて、悪かった」


シオンは横目でアミナを見て、次にリーフとアイリスを見る。リーフは頷き、言った。


「お主も無事で何よりじゃ」


シオンは目を見開き、唇を震わせた。


「あいつは俺を追って来たんやで!?こいつは俺のせいで腕がなくなるところやった!」


シオンはアミナを指差し、苦しげに声をあげた。アミナはそんなことない、と首を振ったが、興奮するシオンの視界は狭く、彼女が見えていなかった。


「あいつはまた来るかもしれへん。いや、絶対来る!.....俺はここにいない方がええ!迷惑やろ!?」


リーフは髭を触りながら微笑む。


「お主が来て、賑やかになった。アミナがよく笑うようになった。仕事がよく回るようになった。」


「迷惑など、あるものか」



「そろそろ準備を始めんとのう」と、リーフは椅子から立ち上がり、新聞を片手にリビングの扉へ向かう。


「お、おい!」


シオンが慌ててリーフを追いかけ、彼の肩に手を置き振り向かせる。


「綺麗事はもうええって!!本当のこと言われたって、俺はなんとも思わへん!」


リーフはシオンの顔をゆっくりと眺める。少しの沈黙の後、リーフは口を開いた。


「儂らは確かにアミナが大切じゃ。同じように、お主も大切じゃ。お主がここに来て儂はもうお主を家族のように思い始めている」


「か、.....か、ぞく...?」


「迷惑?そんなもの、どんどんかけなさい」


目を大きく開いて固まったシオンの頭を一つ撫でると、リーフは「ほれ。仕事仕事」と朗らかに笑んで図書館のホールへと向かって行った。


アミナは閉まった扉を見つめたまま固まって動かないシオンの背中にそっと手を添えた。


「今日から受付の仕事もするんでしょ?私も一緒に教わろうかなぁ」


シオンを安心させるように頬笑むアミナにアイリスがにこりと笑って眼鏡を光らせる。


「あら、良い心がけだわアミナ。ふふふ。たっぷり教えてあげるわ」

「ひぇ.......」


アミナは早まったかな、と冷や汗を流す。

シオンは唇を噛み締め、拳を強く握り混みながらも背中の柔らかな温もりを感じていた。






「.......誰だあいつ」


図書館の扉を開き、中に入ったルカは受付カウンターでアイリスと気安く話している少年を見つけて眉をしかめた。ルカは思いきりよく走り、アイリスと少年の目前に鼻息荒く近づく。


「アイリスさん!」

「ルカ。おはよう」


さらりと挨拶するアイリスにルカの頬は緩みかけるが、アイリスの横にいる少年をきっと睨み付け、人差し指を突きつける。


「誰ですかこいつ!!俺というものがありながら!まさか少年趣味だったんすか!?」


アイリスの無言の手刀がルカの首横を打つ。ルカは崩れ落ち、首を抑えた。


「い、いてぇっ...!」

「朝っぱらから人聞きの悪いこと大声でわめかないでくれる?分からないの?シオンよ」

「えっ」


ルカは目を見開きシオンを見つめた。


「仮面とれたのか......?」

「あんた、このババアの事になるとほんま周り見えんくな..うぐっ!?」


見えない速さで横腹に肘鉄を入れられ、シオンも床に崩れ落ちた。


「まったくこの図書館の男共ときたら....リーフさんは別だけど。ルカ、シオンに受付の仕事教えてあげて。私は今そんな気分じゃなくなったから」

「喜んで!!」


姿勢正しく敬礼をするルカを冷めた目で一瞥してアイリスはパンプスのヒールを鳴らしながらその場を去った。


「痺れるよなぁ。あの瞳......」


うっとりと呟くルカにシオンは「あのババアのどこがええねん」と返す。ルカは何かを思い出したように瞬きすると、横にいるシオンに顔を向け、にっかりと笑った。


「そうだ!仮面外れてよかったな!」

「......はいはい」


シオンは呆れたように手を振った。ルカがさっそく仕事を教えようと口を開いた時、その人物は現れた。

無遠慮に大きな音をたてて利用者用の扉を開き、ヒールの高い白いブーツをかつかつと鳴らしホールに入ってきた人物は腰に手を当てて金色の髪をさらりとなめらかな指で払った。


「おはよう少年。おや、仮面が外れたのか?まあその話は後で詳しく聞かせてもらおう。アイリスはいるか?友が会いに来たと伝えてくれ」

「あの狸じじいは呼ばなくていいぞい」

「オリビア様!ジャクソン様!なんて失礼な物言いを!?す、すみません!」


来訪者は昨日、教会でアミナとシオンが会った三人だった。実際ジャクソンはアミナとシオンが教会に入ってきた時点で面倒な空気をいち早く察知し、奥に逃げてしまった為二人と面識はないのだが。


「なんやあんたら朝っぱらから。まだ開けてへんで!」


シオンがいきなり現れた三人に向かって威嚇する。


「そうですよね....連絡もせずいきなり来てしまってすみません」


ディーノはそれを受けて申し訳なさそうに頭を下げる。


「オリビア様が聞かなくて....ジャクソン様にいたっては何故ついてきたのか」

「ディーノ!司教様に向かってなんじゃその物言いは!」


ディーノの後ろで赤紫の司祭の服に身を包んだジャクソンは青筋を浮かべた。

教会の三人が入ってきてから事の成り行きを見守っていたルカは「アイリスさんに用ですか?」と落ち着いた様子でオリビアに問いかけた。

オリビアはルカに目を向けると「おお」と驚いた様子だった。


「なんだお前、ここにいたのか。いいのか?ここにいて」

「はい。自分でここにいると決めたので」

「.....へえ」


ルカの返事ににやりと形の良い唇を変えたオリビアは「いいんじゃないか?」となにやら満足そうだ。


その時、落ち着いた声がホールに響いた。


「どうしたの?なんだか騒がしいわね........嘘でしょ」


ホールに小走りでやってきたアイリスは天使のように微笑むオリビアを視界にいれるとすぐに回れ右をして去ろうとした。


「アイリス~」


オリビアはアイリスに満面の笑みで抱きついた。アイリスは眉をしかめ心底鬱陶しそうな顔をする。


「お前は何度見ても美しいなあぁ!.....うん、鍛練は欠かしていないようだな。相変わらずバランスの取れた体躯だ。よし、私の騎士になれ」

「な、ら、な、い、わ!」


アイリスは語気を強くしてきっぱりと否定した。


「いい加減、他をあたってちょうだい」

「嫌だ。私の騎士はお前だと、十何年も前から決めているんだ」

「そんなこと、私は知らないわ」

「私は諦めないから、お前が諦めろ」

「あなたが諦めて」


資料室での仕事を済ませ、受付の仕事を教わろうとホールに来たアミナは美女二人が言い合いをしている場面に遭遇し、目を丸くする。

よく見るとアイリスと言い合っているのは昨日教会で会った女性だった。

女性二人をどうしたものかと、遠巻きに眺めている男性陣に近づき、アミナはシオンとルカに話しかけた。


「ど、どうしたの....?そろそろ開館しないと....」


困惑した様子のアミナにルカが振り返り答える。


「あの人、聖の言望葉使いでさ、騎士をアイリスさんにしたいって前からしつこいんだ」

「えっ...騎士をアイリスに......?」


たしかにアイリスは城で女騎士をしていた頃から屈強な男達を押し退けて隊長を任されるほどの実力者だけど...。


「聖の言望葉の騎士なんてさ、城仕えの騎士とはまるで違うじゃん。闇の言望葉を相手にしなきゃなんないし、危ないよ。俺は絶対に反対だから、アイリスさんが断ってくれてよかったよ」


ルカが唇を尖らせてオリビアを半目で見る。それにアミナも頷いた。

昨日の闇の言望葉と遭遇した時のことを思うとぞっとする。あんな思いは二度とごめんだし、アイリスにもそんな恐怖を味わってほしくない。

二人の会話を聞いていたシオンが振り返る。


「なあ。さっきから騎士とかなんとか、なんなんや?」


首を傾げるシオンにアミナは「あ、そっか」と唇に手をあて、説明の為に少し考える。


「聖の言望葉使いは、闇の言望葉使いに唯一対抗できる言望葉を扱えるから、世界で管理して保護する団体が作られているの。そこに聖の言望葉使いとして登録すると、闇の言望葉使いが現れた時に派遣されて戦いに行くことになるんだけど....」


アミナは一度言葉を区切り、右手の人差し指、中指、薬指を立てて三の数字を表した。


「その時は必ず三人が一つのチームになって向かう決まりがあるの。聖の言望葉使い以外に、教会の聖職者が一人、武力のある騎士が一人。.....つまり、あの女の人はアイリスを闇の言望葉使いを倒すときに向かう自分のチームの騎士にしたいみたい」

「聖の言葉使いは、必ず闇の言望葉と戦わなあかんのか?」


シオンが急に真剣な眼差しでアミナを見るので、彼女は少し返す言葉が遅れる。


「え...?ええと、どうなのかな...?」

「聖の言望葉使いとして登録されれば、闇の言望葉に応戦するのは世界法律で決められています。それを違えば、処罰が下るそうです」


いつから聞いていたのか、ディーノも会話に加わる。図書館の迷惑になるからと、オリビアを止めようと先ほどまで奮闘していた彼だったが、アイリスに夢中になってディーノの声が聞こえない状態のオリビアに疲れ果て、諦めてこちらに来たようだ。


「聖の言望葉が使えても、登録しなきゃ戦いに行かんでもええんか?」


最初からすべてを部下の牧師ディーノに任せきりの司教であるジャクソンは鼻をほじりながらあっさりと言う。


「いいや、聖の言望葉使いなら、力が使えると分かったら聖の言望葉使いを管理する団体〈アストライア〉に登録せんと、これもまた処罰の対象じゃ。言ってしまえば、聖の言望葉使いは世界法律に自由を奪われるも同然じゃ。王族以外はな」


チラ、とアミナを見たジャクソンの瞳が何かを懐かしむように優しく揺れた。

アミナと目が合うとジャクソンは誤魔化すように眉をしかめ、ほじった鼻くそをディーノの黒い牧師の服で拭った。


「ジャ、ジャクソン様っ....!きたな!やめてください!」


ディーノが鼻くその付けられた服を引っ張り、ジャクソンの司祭服に付けようとするとジャクソンがさっと逃げる。それに青筋を浮かべたディーノはきゃんきゃんとわめき散らした。

ルカとアミナが聖職者達の威厳のないやりとりに目を奪われている時、シオンは静かに何かを考えているようだった。








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