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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
12/116

君を想う



イースト・サンライズ国の中心都市、セゾニエールには灯台がそこかしこにそびえ建つ。

その中でもひときわ大きい灯台は市民に[導きの灯台]と呼ばれ、その名の通り遠くからでも視認できる。その灯台を市民達は帰ってくる時の目印にしており、いつも変わらずそこにある姿を見ると人々はほっと息をつけるのであった。

その[導きの灯台]は教会としても機能している。


中では老人が若い男を叱りつけていた。


「まったく何をしておるんだ!聖の言望葉使いを一人で向かわせるものがおるか馬鹿者愚か者!」

「聞いてくださいってば!私も行くと言ったのですが、私が来客の対応をしていた少しの隙に勝手に行ってしまったんです!オリビア様の奇行はジャクソン様だってご存知のはずでしょう!」

「如何なる時であろうとオリビアから目を離すなと常々言っておろうが!よってお主の過失!失敗!お主に責任がある!」


ジャクソンと呼ばれた司教が若い牧師を指差し顎をのけぞらせ言い放つ。

若い牧師の方は目を見開き、わなわなと震える。三十歳という年齢にも関わらず、顔つきが可愛らしい彼は二十代前半にしか見えない。

本人にとってコンプレックスである顔を彼は怒りで崩しながらジャクソンに言い返した。


「常に目を離さないなんてできるはずないでしょう!横暴です!」

「あ~あぁ、オリビアは一人で行っちまったし、これで何かあったらお主の責任じゃしぃ!儂のせいじゃないもんね~」


ジャクソンは腕を組み唇を尖らせながら教会の責任者としてあるまじき発言を平気でする。

その発言にディーノは肩を落とし、何故自分の上司がこの人なのかと世の中の不条理を強く思った。


「っもういいです!すぐにオリビア様を追わないと!私は行きますからね!」


ディーノが走って教会の扉を開けた途端、何かが勢いよく外から中に雪崩れ込んできた。

ディーノは驚き、その何かに目を落とす。


「ど、どうしたのですか!」


床には仮面を付けた少年と水色の髪の少女がいた。

どれほどの距離を走ってきたのだろうか、少女の方は蹲るような格好で辛そうに息をしていた。

二人ともこの真冬だというのに汗をびっしょりとかいている。

ディーノは少年と少女に目線を合わせるように床に膝を付いた。先に口を開いたのは少年の方だった。


「闇の言望葉使いが出たんや」

「......オリビア様が向かって行った目的か」


その時、ディーノの後ろの扉が開いた。


「ただいまー」

「オリビア様!?」


扉の前には絹糸のような金の髪を顎下で無造作に跳ねさせた月の女神と言われれば信じてしまいそうな美貌を携えた女がそこにいた。

オリビアは長い睫毛に縁取られた瞳をディーノに向けた。


「おう。なんか終わってた。他の聖の言望葉使いが先に行ってたっぽい」

「オ、オリビア様......」



アミナは突然現れた女性に驚き、体を強ばらせた。目の前にいる男性がその女性に心底疲れたような声をかけた。


「........何事もなくて良かったですが、軽率な行動はどうか控えてください」

「仕方ないだろう。闇の言望葉使いを放っておくわけにもいかないしな」


女性はまったく反省した素振りも見せずにあっさりと言い放つ。女性の声は不思議とよく通り、声の色に意思の強さを感じさせる。彼女はシオンを目にすると、一拍置いて「おお」と驚いたようだった。

シオンを覗き込むように屈み込む。


「.......なんや」


シオンが声に警戒を滲ませた。アミナは心配そうに二人を見ている。


「この仮面、闇の言望葉使いに付けられたな」


オリビアは仮面に手をかざすと「.......なるほど。結構な使い手がいたもんだ」と言いながら仮面に触れた。


「この仮面を外すには二つの条件が必要だ。一つは聖の言望葉が使えること。それともう一つは、その者が心の底からお前を想っていること、だ。」

「……なんであんたにそんなことが分かるんや」

「聖の言望葉使いとして何度も闇の言望葉使いと戦ってれば、な。だからといって全てを把握できているわけじゃない。言葉は日々進化するからな。しかしこの闇の言望葉は......」


オリビアはじっと仮面の奥のシオンの瞳を見つめ、静かに言った。


「まるで呪いだな」


アミナは眉を寄せてシオンをじっと見守っていた。シオンが心配だった。


「オリビア様。なにか対策はないのでしょうか?」


ディーノは同情するような目をシオンに向けた。それを目にした瞬間、シオンの頭に血が昇った。


「たかが人間が俺に同情すんなや!」


いきなり声を荒げたシオンにディーノは目を丸くする。アミナは咄嗟にシオンの肩に手を置き、「シオン」と弱々しく彼を呼んだ。

シオンははっと息を飲み、アミナを振り返る。


「.......」


唇をかすかに開いて閉じたシオンにアミナは小さく頷く。


「大丈夫。気にしてないよ…?」


やっぱりシオンの中でははっきり線が引かれているんだ。

人間と竜族。

分かってるのに、悲しい。

この線は越えられないのだろうか。


ディーノはシオンの言葉に眉をひそめていた。


「君は、人間ではない...?」

「俺は竜族や」


ディーノが息を呑んだ。彼は竜族と初めて会ったが、竜族が北の国でどのような目に遭っているかは知っていた。彼の瞳の同情の色が濃くなった。


「お前、そんな簡単に自分が竜族だとばらすな」


オリビアは腕を組みながらシオンを見下ろす。


「俺を見下ろすなや!人間ごときが!」

「私の方が背が高いんだからお前を見下ろすのは必然だ」


シオンから滲み出るヒリヒリするような怒りの感情にものともせず、オリビアは子供に言い聞かせるようにシオンに話しかける。


「そんなことより、お前は馬鹿か?」

「なっ!」

「この国だってどんな人間がいるか分からないんだぞ。竜族ならもっと用心するべきだ。自分から竜族だとばらすなんて、聞く奴によってはどうぞ襲ってくださいと言っているようなものだ。馬鹿め」


オリビアの長い指がシオンの仮面をピシッと弾いた。シオンは返す言葉がないようで唇を噛んで悔しそうにしている。


「どこに住んでいる?」


オリビアはアミナに目を向けて問いかけた。シオンとオリビアのやりとりをはらはらと見守っていたアミナは突然自分に話を振られたことに動揺し、つい聞かれるまま答えてしまった。


「あ、えと、プランタン図書館です」


アミナの返答にオリビアが片眉を上げる。


「おお。図書館の。それは面白い」


オリビアのにんまりとした笑みにアミナは素直に教えてしまったことを後悔した。どことなく嫌な予感がするのだ。アミナのひきつった表情を気にもせずに、オリビアは笑みを深める。


「その仮面を他の方法で外せないか調べてやる。アイリスに伝えておけ。私はお前を諦めない、とな」

「ア、アイリスに......?」


オリビアは頷くと、「何か分かったら図書館に行ってやる。茶の用意でもして待ってろ」と言い残し奥の扉の向こうに行ってしまった。


「あの人はまた勝手に......!ああ、もうジャクソン様もいつの間にかいなくなってるし!君達、二人で帰れますか?図書館まで送りますよ」

「必要ない」


ディーノの申し入れにシオンは吐き捨てるように答えるとアミナの腕をとって教会の入り口へと向かう。アミナは慌ててディーノにぺこりとお辞儀をする。


「す、すみませんっ」


パタン、と二人が出ていった扉が閉まるのを見送ってからディーノは天井を仰いだ。


「........あの少年、絶対訳ありじゃんか...」


図書館の副館長が関わっていると知り、オリビアはあの少年の仮面を外すことに乗り気だ。聖の言望葉使いとしては正しいかもしれないが...。

ディーノは腹の底からため息をはいた。


「面倒な予感しかしない....」




雪が夜空からちらちらと降り始めた。

祭りも終わり、すっかり静かになった街をアミナとシオンは図書館に向かって歩いていた。

鼻も頬も赤く、吐かれる息は真っ白に。今夜はまた一段と冷える。


アミナは少し前を歩くシオンの背中を見つめる。祭りの片付けは明日行われる為、まだそこかしこに柔らかいランプが灯っていた。橙色の灯りはシオンの姿を見失わないようにアミナに教えてくれる。

シオンがどこかに行ってしまいそうな気がして、アミナはシオンから目が放せなかった。


図書館に戻ると、二人は帰るのが遅いとリーフとアイリスに叱られた。明日は雪祭りの片付けがあるからと、アミナとシオンは早く寝るように促された。


アミナはベランダに出て海を眺めていた。首にマフラーを巻き、太い毛糸で編まれた暖かいカーディガンを寝巻きの上から羽織り、考えていた。

シオンの事、義姉の事。

今日一日で色々な出来事が起こり、アミナは自分の気持ちを整理することができないでいた。


「.......姉様....」


何故助けてくれたの?

私だって気づいていた?気づいていなかった?

ねえ、姉様....。

ごめんなさい。やっぱり私に言望葉の力はないみたいなの。

あれから毎日、試してきたよ。だけど、かけらもできたことがなかったよ。

きっと、そんな私は嫌だよね。

姉様.......。会いたい。

聞きたいことがあるの。

でも、恐い。

それに、シオンも.......。


隣の部屋の窓を開く音が聞こえた。シオンがベランダに出てきたようだった。


「シオン?」

「.......」

「....どこにも行かないよね?」


シオンは何も言わない。嫌な予感がアミナの胸の鼓動を速くさせる。アミナは急いで自室を飛び出し、シオンの部屋の扉を開いた。

シオンはベランダに立っていた。

夜空を見上げてアミナの方を振り返らない。

ルカにもらった黒色のパーカーとジーンズを身に纏っているシオンは、すぐにどこへでも行ってしまいそうだった。


「シオン......」


アミナがシオンに近づき、その背中に問いかける。


「出ていくの....?」

「あんたに怪我させた。俺のせいや。あいつは俺を狙っとる...また来るかもしれん」


人を見下すような瞳を持った男が脳をよぎり、アミナは自分のカーディガンを握りしめた。


「シオンのせいじゃ、ないよ。私が勝手に....」

「俺がここに来なければ、あんたが怪我することはなかったんや!」


シオンの背中から後悔が伝わってくる。アミナは悔しかった。


私が言望葉を使えたら、もっと強かったら、シオンにこんなこと言わせなかったかなぁ?


「シオン....」


アミナはそっとシオンの背中に手を添える。

彼の心を知りたいから、自分の気持ちを知ってほしいから。


「きっと、あの絵本の人間の子供は、竜に会えたこと後悔していないと思う」


シオンの肩が少し揺れた。


「竜と一緒にいれて幸せだったんじゃないかなぁ」

「.......そんなことあんたに分かるかいな」


シオンがアミナを振り返る。アミナは静かに微笑んだ。


「わかるよ」


月がアミナを優しく照らす。シオンはアミナをまっすぐ見ることができずに、横を向いた。


「絶対に後悔する」

「しないよ」



私とシオンの間には越えられない線がある。

シオンはいつも遠くを見ている。

仕事の合間、食事の時。

きっと私から行かなければ彼に近づくことなんてできないのだ。


それなら、私から越えてもいいだろうか?


アミナはシオンの仮面をそっと見つめる。

横を向いたシオンの紫がかった黒髪がさらさらと冬の風に揺れていた。


シオン、今どんな顔をしている?

仮面で見えない。

もどかしいな。

あなたの近くにいきたいのに。


アミナの指が仮面にそっと触れる。


これがなくなればシオンは自由になれる?

力を押さえつけられずに、シオンらしく、思うままに明日を過ごせるようになる?


この仮面を外したい。

あなたが少しでも息をしやすくなるように。


アミナの細い指が仮面の縁へとたどり着き、くっと軽く力を入れる。


「え」


仮面はいとも簡単にするりと外れ、カラン、と音をたてて二人の足元に落ちた。

アミナは何が起こったのか分からず、呆然と床に落ちた仮面を見つめた。


「どうして……」


無意識にアミナの口から零れたのは疑問の声だった。


「……あほ…」


振り絞るような声がアミナの耳に届いた。

うつ向く彼の頬には一筋の涙が伝っている。


「ざけんなや…!これ以上、俺の中に入ってくんなや……あほ……!」


なんて美しい人なのだろう。


髪の間から覗く長い睫毛に縁取られた二つの目は猫のように大きく、紫の瞳は月の光を受けてきらめく。すっと通った細い鼻筋と控えめな唇は一見すると少女と間違えてしまいそうだ。しかし意思の強そうな眉が彼は少年なのだと気づかせる。

初めて彼と対峙した者は、まさか彼が普段から粗暴な言葉を振り撒くと思わないだろう。


少年の頬からぱたぱたと落ちる涙にアミナも気がついたら泣いていた。

仮面で隠された彼の痛みに少し触れられたような気がした。


「シオン....」


アミナはシオンの手をそっと両手で包み込み、自身の額にあてた。


私達は確かに種族が違う。

見てきた世界も。

考え方も。

だけど今は。

今この時は、あなたの心はここにあると思ってもいいかなぁ。



雪の降る深い夜。月は優しく彼らを見守っていた。














ご覧いただき、ありがとうございます!

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