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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第4章
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一つ目の選択


王子の背中から血が吹き出し、がくりと前方に崩れ落ちた。しかし、細長い腕が引き抜いた赤く濡れた刃の動きはそれで終わらなかった。


「っやめろ!!」


ローガンは再び背中へ剣を振り下ろす。

二回、三回、執拗に、明確な殺意だった。


「ローガン‼」


怒鳴るように叫んだ。腕がぴたりと止まり、ゆっくりとこちらを向いた。

彼は俺の顔を見ると、びくっと硬直し、剣を落とした。

何かを言っているが、聞こえない。大声を出さないと届かない距離だ。

遠くてはっきりとは見えないが、ローガンの頬に見慣れないものがある。

なんだ?

赤い、…血?いや、血じゃ、ない?


城騎士四人がバルコニーへ駆け込み、ローガンを取り抑えた瞬間、医療鞄を抱え、あちらを目指して走り出した。

王子の書斎へ行くには一度中庭へ出ないといけない。

歯を食い縛る。


ローガン!どうして…!


申し訳無さそうにひっそりと笑むローガンと先程の光景が、この目にはっきり映したというのに、結びつかない。信じられなかった。

他人を傷つけるくらいなら、自分が耐える。そういう男だったはずなんだ。


中庭の石畳を蹴り、噴水の横を通った瞬間、向こう側を歩く誰かとすれ違った。

八方に散りばめられた糸のように細く落ちる水を噴水の下の照明が柔く光らせている。きらりきらりと光る飛沫の合間にちらと見えたのは、黒いローブを身にまとった長い鷲鼻。

顔は見えなかったが、多分知っている人物だ。

どこで会ったのか記憶を手繰り寄せるよりも書斎に足を踏み入れる方が早かった。


「リーフ殿‼」


バルコニーの床に横たわるゲイリー王子の側に膝を付いている城騎士の元へ走った。

息も整えないまま刺された箇所を確認する。

三箇所。どれも深い。出血を止めないと。

端の方で床に抑えつけられていたローガンが涙を流している。


「…うう……どうしてこんなことに……、うっ、ううっ…」


右の拳を額に当て、なるべく深く息を吸い、吐いた。揺れるな。落ち着け。

心が乱れれば言望葉は扱えない。

王子を救うぞ。


淡い緑の光と共に現れた言身を握り、ローガンを思考の隅に置いた。

こういう時、本当は自分が一番冷淡な人間なんじゃないかと思う。


『インターナル・ヒーリング』


言望葉が筋となり、王子の内臓を辿る。破損箇所に緑の葉が重なり、修復していく。


「……傷は修復できた。…早く輸血しないと!」


癒やしの力は傷を治すことはできても、無くなったものを生み出すことはできない。

不足している血を補うことはできないのだ。

王子の血液型は……E型。

幸運な事に王も后もE型だ。


「至急、王と后を」

「駄目です‼」


騎士を仰ぎ指示を送る俺の声を遮ったのはローガンだった。

真っ白な顔は切迫していた。


「王子は、J型です‼」


驚きで喉がつかえる。ローガンを凝視した。


「なん、……Eじゃ、ない?…J…?E型同士の子で、J型はありえない…」

「申し訳、ありません……」


顔を伏せ、ローガンは震える声で言った。


「…う、…っお、王子のカルテを……改竄、しま、した…」

「改竄…?」


一瞬よぎった軽蔑が声に滲んだ。ローガンはびくりと握りしめた手を震わせると、「、申し訳ありません……!申し訳、ありません…!」と弱々しく呻いた。


「……今の話は、真か?」


いつからそこにいたのか、バルコニーの入り口に立つライリー王が、後ろを振り返り誰かに問いかけている。

王の向こう側にドレスの裾が見えた。


「……真でございます。……ゲイリーは…J型です……」


エリザベス王妃……。震えて、消え入りそうな声でエリザベス様は王に縋り付いた。


「………如何なる処罰も受けます…っ、ですが、あの子だけは…、助けてくださいまし……!どうか、どうか…!」

「……なんの、いったい、なにを…嘘、ですよね?」


王子が朦朧とした瞳を王と王妃に向けていた。

意識が戻ったのか。なんて生命力だ。


「……う、嘘ですよね……?私に流れる血に、何が混ざっているというのです……?ちち、うえ……俺は…、俺は、あなたの子供、ですよね……?」


王子を振り向いたライリー王の瞳は揺れていた。それを捉え、彼はぐっと唇を噛んだ。

その時、書斎から誰かがこちらへ向かって走る靴音が響いた。

王妃が息を呑む。その誰かが声を張り上げる。


「私の血を!私の血を使ってください‼」


ヘンリー様だ。

彼が現れた事にあまり驚かなかった自分を糾弾する声が頭のどこかから聞こえる。

どうしてあの時、心の奥に閉まい込み、気づかないふりをして自分を欺いたのか。

いつだったか、彼の屋敷を訪れた時に見かけた王妃と王子の姿に感じていた大きな違和感に、やはりそういうことだったのかと、嫌になるほど腑に落ちてしまった。


「……徴税官…ヘンリー……。…お前か…」


やはり、と後に続きそうな、王の声には諦めと落胆が混ざっているように聞こえた。


「……、」


俺は焦れていた。生きているだけでも奇跡的な状況なのだ。一刻も早く輸血をしなければ、本当に間に合わなくなってしまう。

ヘンリー様を呼んだ。


「ヘンリー様こちらへ」

「やめろ‼」


ゲイリー様が叫んだ。


「俺に!王家以外の血を混ぜるなど!俺は王子だ、高潔な存在なのだ!こんな…!こんな!下賤の者の血を身体に入れるくらいなら、俺は死を選ぶ!」


王子は俺をぎろりと睨み付けた。


「助けたら、お前を絶対に許さない」

「リーフ!早く輸血をして!」


王妃がヘンリー様の腕を引き、ゲイリー様の横へ座らせた。


「王子……」


ゲイリー様を見つめる彼の横顔は、自分が父親なのだと言外に語っていた。

自身の瞳と同じ灰色の眼差しに王子は嫌悪を浮かべた。


「近寄るな!たかが徴税官が、この私の側に来るなど、身の程を知れ!汚らわしい!」

「王子、本当に危ない状況なのです。どうか」

「うるさい‼こんな奴の血を体内に入れるなど、そんな事をするくらいなら、俺は死を選ぶ‼……」


ふっとゲイリー様の瞳が遠くなる。

死の影が背中に寄り添っているというのに、なおも彼は続けた。


「……輸血なんぞ、したら…お前を…医者として、生きていけなくしてやる…から、な……」


ローガンの視線が俺に注がれているのが分かる。


「………今医者として、命を救う以外を選択したならば、既に自分を医者と呼ぶことはできないでしょう。王子、申し訳ありませんが……生きて頂きますよ」

「……や、め…」


気を失ったゲイリー様の腕に針を刺し、ヘンリー様の血を輸血する。

ヘンリー様はゲイリー様の白い顔をじっと見守っていた。

涙を浮かべ王子の手を両手で握った王妃の背中を王は何も言わず、静かに見つめていた。






混乱の夜から二日経ち、目を覚ました王子は俺の姿に眦を吊り上げ、こう言った。


「……リーフ…!よくも……!絶対に、絶対に、お前を許さない……!」


低く血を吐くように浴びた言葉は、まるで呪いのようだった。












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