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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第1章
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この手を離さない例え闇の中だろうと


イースト・サンライズ国の城下町セゾニエールにはいくつもの灯台が建てられている。その数は他の国や街よりも多く、セゾニエールは〔灯台の街〕とも言われている。

街にある灯台の中でもひときわ大きい灯台から少し離れた所にアミナとシオンはいた。


「結構歩いたなぁ」

「ごめんね...こんなに遠いなんて思わなくて...」


アミナはきょろきょろと辺りを見回す。


「たしか、この辺りだったと思うんだけどなぁ...」

「どういう店なんや?」

「雑貨とか売ってるお店なんだけど...眼鏡をかけた、優しそうな女の人で……」


アミナは前を横切る人の間から体を屈ませたり、つま先立ちをして目当ての店を探すが、なかなか見つからない。

アミナはふう、とため息を吐くとシオンに謝る。


「ごめんね...こんな遠くまでついてきてもらったのに」

「かまへん。いったん飯食おーや」

「うん...」


セゾニエールの名物である小麦粉を練った皮で肉や野菜を包んだほかほかの肉菜饅頭を頬張りながら、アミナとシオンは長椅子に座って賑やかな街を眺める。


「うま!」


シオンは勢いよくガツガツと饅頭を食べ進めていく。アミナも饅頭を頬張り、「おいしいね」と頷いた。


「小さい頃にね、姉様と一度だけ雪祭りに来たことがあったの。その時行った出店で、これを買ってもらったんだ」


アミナがポケットから取り出したのは、手のひらにちょこんと乗る花びらの形を模したブローチだった。


「......姉様と、お揃いなの。あのお店がまだあるのか、なんとなく気になって......。それだけなの。本当に、ごめんね...。これ食べたら、シオンの行きたい所に行こう」

「なんでや。行こうや、その店」


シオンは二つ目の饅頭もペロリと食べ終えていた。


「行きたいんやろ?」

「...うん」

「やったらはよ食べえや。祭り終わってまうで」

「う、うん」


饅頭を急いで口に運ぶアミナの頬が丸くふくれているのを見てシオンはほろりと笑った。

どこからか軽やかな音楽が流れ始め、人々は好きなように躍りだす。相手の足を踏んでしまい、焦ったように謝る女性、それを笑って許す男性。母親と幼い息子がくるくると楽しげに踊っている。

シオンはその様子をじいっと眺めている。


「あの絵本の竜...」

「え?」


アミナは一生懸命口の中を動かしながらシオンを見る。シオンは音に合わせて体を揺らす人々を見ているようだった。


「俺が借りてる絵本あるやろ?」

「あ、あの赤い竜の絵の...」


アミナはシオンが赤い竜が描かれた絵本をひらがなの勉強の為に図書館から借りていたことを思い出した。


「あの絵本の話な、昔、悪さした竜に魔女が呪いをかけるんや。一生孤独に生きていく呪いや。呪いを受けた時から、竜は本当に孤独になったんや。まるで自分がそこにいないかのように、誰にも存在を認識されへん。竜の国で誰にも相手にされんくなった竜は国を出て、空を旅する。けど空でも鳥にも相手にされへん。行き場を失った竜は、眠りにつこうとある島に降りるんや。そこで人間の子供に会うた。その人間だけは竜の存在に気づくんや。一緒に飯を食い、一緒に遊んで、一緒に寝る。竜は幸せやったんやて。けど、呪いをかけた魔女が来て、人間を殺してまうんや。竜は再び孤独になった...って話やった」

「......かなしい物語だね」


あの絵本の表紙に赤い竜が一匹だけ描かれて、背景が真っ白に塗られていたのは、竜の孤独を表している為だったのか、とアミナは思った。


シオンは祭りの灯りを眺めながらぽつりと呟く。


「殺された人間にしたら、いい迷惑やったろうな」

「シオ」


アミナはシオンに何かを言いかけたが、それはシオンの「よっしゃ!腹も満足やし、店探そか!」という元気な声に押され、口を閉じた。


「うん...」


目当ての店は、そこから少し歩いた先にすぐ見つけることができた。水色の屋根に白い壁の可愛らしい店の前にちょこんと用意された出店。

アミナが義姉と幼い頃に行った頃と変わらない様子でそこにあった。


「シオン!あったよ!」


アミナが瞳を輝かせて横を見るとシオンは口角を上げて「よかったな」と言ってくれた。

アミナは笑顔で頷き、店に足を踏み出した瞬間、暗い声が耳に届いた。


『ダークマリン』


シン......、とそれまで聞こえていた人々の声が聞こえなくなった。しかし、アミナとシオンの横を通る人々はお互い笑い合い、口を開けて何やら話しているようだ。

不可思議な現象にアミナは何が起きているのか理解が追い付かなかった。シオンを見ると彼も周りを見て驚いているようで、自分だけじゃなかったとアミナは少し安心を覚えた。


「これは...」


シオンの緊迫した声がアミナの鼓膜を震わせる。その声色で今の状況がただ事ではないことを察したアミナの背中に冷たい何かが伝ったような気がした。


「やばいで。闇の言望葉使いや...」

「闇の......そんな、どうして...」


闇の言望葉使い。

リーフの風の力を借りる癒しの言望葉でもなく、アイリスの水の力を借りる氷の言望葉でもない、闇の力を借りて人々の心を支配する言望葉。


闇の言望葉使いに狙われた者は心を操られ、憔悴し、最後には手先になるか殺されてしまうかのどちらかだという。

「夜更かしをしていると闇の言望葉使いに連れていかれる」というような子供を躾る時の文句に持ち出されたりもしている。この世界で生きる人々に最も恐れられている者達だ。悪魔と手を組んでいるという噂もあるという。


本で読んだことはあるが、まさかこんな所で遭遇するとは。


アミナは恐怖で体を震わせながら、その者を探した。シオンもアミナを背中に庇いながらどこに潜んでいるのか目を細めて探す。

周りを歩く人々は止まっている自分達に目もくれずどんどん通りすぎていく。


まるで私とシオンだけ、何か見えない膜で遮られてしまったみたい......。


「!」


人々の間から黒いローブで身を包んだ人物がこちらを見ている。

気がついたのはアミナだった。


『ダークゲル』

「!、あっ」


暗い声が何か言葉を発したと思ったら、するどい風がこちらに一直線に向かってくる。


シオン...!


その風が自分ではなくシオンに向かっていると気づいたアミナは咄嗟に腕をシオンの前に差し出した。シオンも遅れて闇の言望葉使いの存在に気がつき、自分を庇うようにして動くアミナが視界に入ると仮面の奥の目を大きく開いた。

その風はアミナの腕に鋭く当たる。その衝撃にアミナの目には涙が浮かんだ。


「......ぃ...っ」


今まで感じたこともない強烈な痛みに声が出ず、アミナは呻いた。


「あんた何しとるんや!」


シオンは驚き、アミナの腕をとる。白く柔らかな腕は青黒く染まり、そこからちらりちらりと黒い煤のようなものが舞う。


「探したよ。竜の子供。君が逃げ出すから姫様が大変お怒りだ。さあ、一緒に帰ろう」


闇の言望葉使いは二人の前に立ち、優雅にローブを外した。グレーのウェーブがかった髪を緩く下の方で一つに束ね、青色の細い目をさらに細めて優雅に微笑む男は色男なのに、瞳の奥がどよりと暗く、気味が悪い。


シオンは「......ボリスラフの命令か」と低く呻いた。

男は頷き、シオンに手を差し出す。


「その仮面がついてたんじゃろくに抵抗もできないだろう?大人しく、こっちにおいで」

「だ、だめ!」


アミナはシオンの手を掴み、首を振る。

その様子に男は可笑しそうに声を震わせた。


「その腕、そのうち消えちゃうよ」

「......ぇ...」


アミナは目を見開き、自分の煤で覆われた腕を見て青ざめた。


「闇の言望葉は呪いなのさ。普通の治療じゃ治らない。......聖の言望葉が使えるなら、話は別だけどね」


口許に指を当てて、今にも笑いだしてしまうのを押さえるように男はにたにたと意地悪く笑う。


「しょうがないよね?自業自得さ。君がでしゃばるのが悪いんだ」


男の冷たい声色にアミナはぞっと身をすくませた。


こんなに瞳が冷たい人に会ったことない。

この人は、人がどうなろうと何とも思わない人だ。

私が何を言っても、きっとなんとも感じない。

きっと通じない。


初めて相対したあまりにも違う人種。

底冷えのする冷たさにアミナは恐怖した。


「あんた、はよ行け」

「...え?」


シオンがアミナを背に庇い、ぽつりと呟く。


「あるんやろ?聖の言望葉使いがおる教会。じじいが前に言うとった。祭りが終わったら俺をそこに連れてくって」

「ある、けど......」


教会には聖の言望葉使いが派遣されている。

世界でも数少ない聖の言望葉使いは、闇の言望葉使いに唯一対抗できる力として世界法律で定められた組織に入らなければならない。

それは、聖の言望葉使いを保護する為でもあり、また組織化して闇の言望葉使いに対抗する為でもあった。


組織の名は[アストライア]。


人に聖の言望葉の力を与えた女神の名をとってそう命名された。

教会に行けば[アストライア]から派遣された聖の言望葉使いがいるはずだ。


アミナはシオンの言葉に戸惑い、首を振る。

男はアミナに細い目を向ける。


「国間問題に発展することは避けたいんだ。早く退散してほしいんだけどな。.........まあ、でも、たかが国民一人、いなくなった所でそんな問題になるわけないか」

「はよ行け!!」


シオンがアミナの背中を押し突き放す。

アミナは震えながらシオンを振り返り、その腕を掴んだ。


「いやだ!!!」


そう叫ぶやいなやアミナは男とは正反対の方向にシオンを引っ張りながら走り出した。


「おい!放せ!殺されるで!!」


シオンの頬を水滴が弾く。アミナは泣いていた。

恐怖に歯を震わせ、目を見開き、思うように動かない足を懸命に走らせながら、怖くて怖くて泣いていた。



「そんな怖いなら俺なんか置いていけや!何やっとんねん!アホちゃうか!」

「お、置いてかない、......だ、だって、」


舌がもつれて上手く話せないアミナは歯をくいしばる。


ここでシオンを離したらだめだ。

シオンの側にいたいなら、絶対に。


「と、友達、に、なるんだもん......!」


シオンの見開いた瞳にじんわりと涙が滲む。

眉を寄せて彼は苦しげに言葉を吐き出した。


「まだ、そんなこと......、アホや...!」



「本当に、頭の悪い」


いつの間にか男はアミナ達の前に立ちふさがっていた。


「ひっ」


アミナの喉がひきつる。


「僕は早く帰らないといけないんだ。これは不可抗力だね」


『ダークゲル』


放たれた闇の言望葉にシオンはとっさにアミナの前に出る。しかしシオンにはこの力に対抗する術はない。仮面で竜族の並外れた力と言望葉を封印されている状態では闇の言望葉使いを前にしてできることなどないのだ。

それでもシオンはアミナを庇い、そこから退こうとはしなかった。


鋭い闇をまとった風がアミナとシオンを狙う。風が二人を貫こうとした瞬間、空気が変わった。


『シャイン』


清らかな光が闇の風に横からぶつかり、アミナとシオンの前で消えた。

男は舌打ちをする。


「なぜここに聖の言望葉使いが」


張り詰めた暗い雰囲気だった場所に黒いローブを被った人間がいつのまにかそこに佇んでいた。

アミナとシオンは男の仲間かと身を強ばらせる。

いつの間にか二人はお互いの手をしっかりと握りあっていた。


「それはこちらの台詞です」


ローブを被った人間からは澄んだ高い声がした。女性のようだった。

女はアミナとシオンを背に立つと、男と対峙する。


「なぜ、ここに他国のあなたが?」

「おや。あなたは...」


男の細い目がわずかに開く。

女は腕を後ろに回し、アミナを振り返らずに闇の呪いを受けたアミナの腕に手をかざす。


『シャインヒーリング』

「......あっ...」


アミナの腕を覆っていた青黒いものが徐々に引いていき、本来の滑らかな肌が姿を現した。


「教会に行きなさい。あの灯台に」


女が指を指した方向には街で一番大きな灯台があった。


「......あ、」


アミナが口を開いたのと同時にシオンがアミナの腕をとって走り出す。


「行くで!!」


アミナはシオンに引っ張られ、その場を離れる。アミナは後ろを振り返り、女の背中を凝視する。


「姉様......?」


忘れるはずもない。

大好きな姉。

ひどい仕打ちを受けても、姉のことを恨んだ日はなかった。

側室の子で城中から疎まれていたアミナを大切な妹だと言って守り続けてくれた日々は確かに存在していたから。

与えてくれた優しさをなかったことにはできなくて。

だからこそ、嫌われたと知った時は自分を責めた。


アミナは姉の背中に何か言いたかったが、言葉が出なかった。


怖い。

何を言われるのか。

侮蔑の眼差しで自分を見られるのが。


なぜ姉がここにいるのか、だとか。

姉を一人置いていって良かったのか、だとか。

どうして助けてくれたのか、だとか。

アミナの頭の中の思考はぐちゃぐちゃとまとまらない。

今はただ少しでも早くこの場所から離れたかった。

アミナは懸命に足を動かし、シオンに付いていった。



「まさかイースト・サンライズ国の王女様がこんな所にいるなんて。驚きです」


男は目を細めてわざとらしく最敬礼のポーズを取り、片目だけぐるりと開けて女を見る。


「太陽の女神と称されるのも納得の美しさ。お目にかかれて光栄ですよ。ビオラ・スターチス王女様」









ご覧いただき、ありがとうございました!

ついに闇の言望葉使いと姉のご登場。


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