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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第4章
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星々の燈



徴税官ヘンリー・スターノから身体の調子が悪いから来いと連絡が入ったので、往診に訪れた。

さすが、城の重役ともなると敷地も屋敷も広い。


「....ここ、ヘンリー様の屋敷だったのか」


高い壁に囲われており、上部しか見えないが汚れのない白い壁によく磨かれた大きな窓があるのが分かる。

門前に飾られた黒色のライオン像が来訪者を威嚇するように牙を剥いていた。

実家から近所と言える距離ではないが、二、三見かけたことのある外観に、ヘンリー様が好みそうな家だと妙に納得して頷いた。

重い足をひきずるように動かし、高く分厚い門を見上げ帽子を取った。


「.....やだなぁ。また嫌みを言われるんだろうなぁ」





出迎えてくれたヘンリー家の執事は応接間で少し待つようにと、伝言と入れたてのコーヒーを残すと部屋を後にした。

湯気の立つブラックコーヒーに遠慮なく砂糖を入れ、飲みながら呼ばれるのを待つ。

楽しげな声が中庭から聞こえたので立ち上がり、窓辺へ寄った。

三人の男子が木刀を持って遊んでいる。

一番背が高いのがヘンリー様の長子ジューダス様だな。

騎士総隊長に剣の腕と言望葉の力を買われ、現在は騎士育成機関に通われている。

来年卒業して騎士見習いとなるらしいが、じきに隊の中で要職を任されるだろうとの噂だ。

降参だと言うように木刀を振っている子が弟のアンデレ様か。

父親に似て算術のセンスに恵まれ、跡継ぎとして期待されているらしい。


「あれ?なんでここに....」


二人に遊んでもらっている男児の顔をみとめて俺は首を傾げた。

イースト・サンライズ国の王子であるゲイリー様だ。まだまだ小さな身体で一生懸命木刀を振っている。


城仕えの徴税官の屋敷で、その子供達に王族の子供が遊んでもらっている事自体は別段おかしいとは思わない。

ただ、子供同士であれほど親しげに遊ぶほど両家に交流があった事に驚いたのだ。

王とゲイリー様が個人的な話をしている場面を見かけたことも、聞いたこともなかったから。


ずいぶんと仲が良いんだな。

三人はまるで本当の兄弟のように、中庭を駆け回っている。

意外だったけれど、子供の元気な笑い声はこちらまで明るくしてくれるものだな、と温かい気持ちになって眺めていると、かすかに足音が聞こえた。

振り返ると、女性が部屋の前を通り過ぎていく所だった。


「っ、」


一瞬見えた横顔になぜか心臓がぎこちない動きをした。

誰もいない廊下を見つめ、なにを俺は、と首を振る。


「見舞いだろう」


城の従者が、しかも重役の者が体調を崩したのだ。

王妃が見舞いに訪れて何がおかしいことがある?

振り返り中庭へ目を向けると、王妃がゲイリー様へ声を掛けているところだった。

ゲイリー様は名残惜しそうにスターノ家の兄弟に手を振っている。王妃エリザベスは瞳に愛の情を湛え、そっとゲイリー様の手を取り顔を上げた。

視線が合った。

エリザベス様は一瞬目を剥き、顔を強張らせたように見えたが、一拍も置かずに微かな微笑を帯びていた。

俺はそっと頭を下げる。

王妃と王子の後ろ姿を見送り、顔を背けた。

壁に設置されている豪奢な鏡に映った男の眉間には戸惑いを物語るように皺が刻まれていた。






「胃腸炎ですね」


言望葉で診断した結果にヘンリー様は顔をしかめた。


「やはりな。最近心労が続いていたからな......どこかの医者が税金を国民の医療費に充てる等と言い出したおかげで、こっちは国家予算を再度検討し直すことになった」

「はは....。私の希望は全額控除だったわけですが、結局八割に抑えられてしまいましたが」

「私は今でも納得しておらんぞ」


ヘンリー様は苦いものを噛み潰したように眉をしかめた。


「普段病院にかかる習慣のない者からすれば無駄な政策だろう。実際に反対デモが各州で起こった」

「医療費を国が負担することの必要性は、王様がきちんと国民に説明されましたし、全国民の投票で決まったことではないですか。病院に行きたくても、正規の価格では諦めざるをえなかった人々が多かったということでしょう」


瞼の裏でランタンの灯が夜の闇を覆い尽くす。

まさに、圧巻の光景だった。


民主主義を謳うイースト・サンライズ国の法律に則り、税金の振り分けを変えるには、法律を変える事と同様に民意を反映させなければならない。


国民が意思を表する方法は、賛成であれば言望石で造られたランタンに灯を点けて掲げ、反対を主張する場合は灯りを点けずに地面へ置く。

アストライアの技術部が開発した言望葉石が灯ることで発せられる波動の数を感知するセンサー搭載の機械で集計し、全国民の八割以上の賛成を得られた時、可決される。


投票日当日の夜。

病院の屋上でランタンを掲げた俺と国会への提案資料を一緒に作ってくれたハオラン、それにカンナは街一帯を照らす光を夢でも見ているかのように、眺めていた。

街の中でも一際高い灯台である導きの灯台の上で誰かがこちらへ光を灯したランタンを左右に振っている。


ジャクソンだ。

俺達は喜びを噛み締めながら、ランタンを振り返した。

あいつもきっと、同じ人を思い出しているのかもしれない。


「……やったよ……トレニアさん」











「私は認めんぞ」


ヘンリー様は口角を下げている。


「病院なぞ、年にそう何度も行くものではない。それだけの治療費を民が捻出できんなど」

「いいえ。ヘンリー様」


語気が荒れそうになるのをすんでのところで堪え、どうにか伝わってほしいと願いを込めて声を落とした。


「それは恵まれているからこそのお考えです。健康でありたくても、生まれつき病を抱えながら生きなければならない人、生死を分ける手術を、払える金がない為に、死を選ぶしかなかった人、そしてその家族。私達は自分が選んだわけではないのに、出自や環境でほとんどが決まってしまう不平等な世界にいます。ですが……ですが、命には順位をつけられません。命の価値は、誰にも決めることなどできない。平等だからです」


横目で見たり、目を細めてこちらを見たりしていた彼の瞳が初めて真正面からまともに俺を見た。

ヘンリー様は肯定も否定もしなかった。

ただ「……もう戻ってよい」と言った彼の声には今まで感じていた嫌悪感がなかったように思う。





病院へ戻る道の途中でヘンリー様の瞳を思い出し、足が止まる。

あの瞳をどこかで見たような気がした。

けれどそれは、開けてはならないパンドラの箱のような気がして、振り切るように歩みを速めた。








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