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泣き虫少女と無神経少年  作者: 柳 晴日
第4章
103/116

遅すぎた後悔

from コウ ハオラン

to リーフ シュナイダー

cc ダニエル オクト;トオル ナカサト;...

sub ≪十月スケジュール≫


10/4(Fr.) pm10:00~12:00

10/17(Th.)am5:00~7:00

10/27(Su.)pm11:00~am1:00


ハオランから十月の勉強会の開催予定日がメールで届いた。

いつもながら冒頭の挨拶もなく、日時のみを送り付けるシンプルな内容がいかにも彼らしい。


「最低限の仮眠時間を確保してやったんだからできるだろって?殺す気か?」


ノートパソコンのディスプレイを人差し指の第二間接でコン、と叩き苦笑する。


王族直下の病院施設である≪セントラル病院≫には、古株の医者が幅を利かせていて目立たないが、若い医者も二十人弱はいる。

俺とハオランはその層に目を付けた。


同世代の医者達を対象に地道にコツコツと勉強会の勧誘を続け、同時並行で場所の確保に、短い時間でも実のある内容の整備を行った。

仕事の合間に少しずつ形にしていき、始めてから二ヶ月で最初の勉強会を開く段取りができた。


場所は旧病棟三階の端。かつて王族やその親類の診察室として使われていた場所だ。

手術室も中に配置されており、まさにVIP待遇の部屋。

新棟にも同じ用途の部屋が新設されている為、現在は使われていない。

さすがに最新設備の整う新棟に性能は劣るが、基本は同じだ。まだ使えるのだから問題ない。

これに関しては施設管理のずぼらさに感謝しておこう。


ベテランの医者達は現状に満足してしまい、新しい医学の知識や技術にとんと興味がない。

向上心は遥か昔に捨ててきたようだった。

上に属している者達がこれでは、下が育つはずもなく。

毎年若く才能ある医師が入っても、この停滞した環境に早々に見切りをつけ去っていくか、出る杭は打たれるよろしくベテラン医師達に嫌がらせに遭い神経を潰し辞めてしまう。

実際に汗水流して治療にあたるのは真面目に患者を治したい一心で働く一部の医者だけで、他のほとんどの医者は見合わない肩書きと給料にあぐらをかいている。


「ドクターリーフ。今よろしいでしょうか?」


カルテを手にした看護師のカンナが診察室に遠慮がちに入ってくる。

艶のある褐色の肌に顎のラインですっきりと整えられた髪にきりっと上がった眉。

あまりにも優秀なので俺とハオランが自分の助手にするべく影で攻防戦を繰り広げていることなど、彼女は知らないだろう。


「うん、どうした?」

「二〇八号室の患者ですが、右腹部に痛みを感じるとのことです。術後ということもありますので、すぐに診て頂けませんか」

「担当のドクターロランは?」

「お伝えしましたが、これから用事があるとのことでした」

「なるほど。行こうか」

「お願いします」


廊下を駆け足で行く途中、後ろで低い声が聞こえた。


「能無し」


なるほど。窓から見えるカフェのテラス席で新聞を広げているドクターロランが見える。

煙草の煙を吐き出し、なにか新聞に書き込んでいるようだ。

看護師は苛立ちをすぐに切り替え、俺の横に移動し詳しい説明を始めた。



二〇八号室の患者の治療も無事に終わり(昨日の手術で取り残された腫瘍があった。信じられない)、診察室に戻りカンナへカルテを手渡す。


「これをドクターロランに」

「はい」


受け取ったカンナは何か言いたそうに俺をじっと見つめ、「あの、ドクター。お願いがあるのですが....」と遠慮がちに口を開いた。


「君がそんなことを言い出すなんて珍しいね。なんだい?」

「私も、参加させていただきたいのです。その、勉強会に」


なんて頼もしい申し出だろう。一も二もなく頷いた。


「もちろん!こちらが頼みたいくらいだ!」


カンナはほっと頬を緩め、「ありがとうございます」と微笑んだ。


「看護師には声がかからなかったので、参加してはいけないのかと思っていました」


その言葉にそうか、と頭を掻いた。


「そういうわけじゃないんだ。ただ、時間が俺が講師....まあ、そんな大層なものじゃないんだけど俺に合わせてもらっているから、深夜だったりするから....女性にはキツイかなと思っていたんだ」

「そんなことありません」


感情を堪えた声だった。


「私達にも、夜勤があります。一日中働き通しのことも。先生方より患者に接する機会が多いのは私達の方です。私達は、看護学校で応急処置程度の言望葉しか学んでおりません。でも、もっと患者の為に何かできたら、そう思っている看護師は多いんです。私達だって、真剣なんです。.....あと、看護師には男性もいます」


彼女の言葉に看護師はあくまでサポートなのだと決めつけていた自分に気がついた。

同じ職場で働く、同じ志を持つ同僚。

それぞれ役割こそあれど、患者の為に働きたいという想いに垣根は存在しない。

カンナはすっと頭を下げた。


「申し訳ありません。失礼なことを」

「い、いいや。君の言う通りだ。じゃあ、カンナ」


俺の声が真剣になったことに気がついたのだろう。

彼女の瞳も真剣なものに変わった。


「他の看護師も参加できそうなら誘ってくれないか。君達を頼りにしてるよ」

「……っ!はい!」





「.....と、もう時間か。皆さんお疲れ様でした。勤務時間までなるべく休んでくださいね」

「ドクターリーフも」

「ええ」


ぞろぞろと部屋を後にしていく同僚達の中にカンナや他の看護師達、それに古株の医者の姿を数人見つけ、俺は自分が情けなくて天井を仰いだ。


「....あーあ」

「なんて声出してんだ。ほら、お疲れさん」


無精髭を生やしたハオランが差し出したタッパーを受け取り、蓋を取る。


「おにぎり?君が?」

「ちがう。カンナだ。差し入れだと。味噌汁もある」


ハオランはそう言い、右手に持つ水筒を揺らしてみせた。


「ありがたい....うまい...おかかだ。これ食べたらすぐ寝ちゃいそうだよ」

「おーそうしろ。そこのベッド使っても文句言われねえだろ。こっちは....梅干しか」

「苦手なんだっけ?交換する?」

「いや、いい。食べる」


髭を生やした大の男が眉をぎゅっと寄せながら苦手な味に堪えておにぎりを頬張る様は面白い。


「ふっ」

「笑ってんじゃねえ」


味噌汁の具は豆腐と葱だった。柔らかな甘味に胃が喜んでいる感じがする。


「これ、白味噌かな?」

「麦味噌だと」

「麦?へえ。初めて飲んだ。まろやかで美味しいね」

「ああ」


二個めのおにぎりを一口噛み、ぼうっとマグカップをたゆたう味噌汁の豆腐に視線を落とす。


「俺にも先入観ってあったんだなぁ」

「なんの話だよ」


ハオランはおかわりの味噌汁をちびちびと飲みながら横目でこちらを見た。


「無意識に人をカテゴライズしてたんだ。看護師は俺達ほど睡眠時間を削って勉強したくはないだろうって、決めつけてたし、古株の先生方は皆、やる気がないって決めつけてた。蓋を開けてみると、全然違った。俺なんかには想像もできないくらい、皆情熱があって、....」

「人の数だけ違った感覚があって、想いがある。話してみないと分からんことがたくさんある。だから俺らにはそれを知るために言葉ってもんがあるんだろうなぁ…。それが分かって良かったじゃねえか」

「うん」

「自分で思ってたほど自分が賢くないって分かれて良かったな」

「そんなに俺は自分を過大評価してないよ。ただ、なんか勝手に世界を理解しているような気でいたことは確かだよ」

「すげえ自惚れだな」

「うん...すごい自惚れだ。でも、面白いとも思ったよ。人との関わりは、勉強なんかよりもずっと難しくて、複雑で、俺にはきっと一生結論付けることはできないだろうな」

「はっ。よかったな」

「うん」


いつの間にかずいぶんと視野が狭くなっていたみたいだ。

自分だけが頑張っていると思い込んでいたんじゃないか?向上心がないと決めつけて、話しても無駄だと?

表面だけで、他人の心が分かるはずがないのに、勝手に人を諦めていたんだ。


場所も環境も、関わる人も確かに変わった。

でも、きっとどこでも基本は同じだ。

これからはもっと人と話をしてみよう。


ああ、なんだか久しぶりに本を読みたい。

忙しさにかまけて全然読めていないんだ。

少年期のあどけない明るさを持った自分が背中に寄り添ってくれているような気がした。


この時の出来事はセントラル病院で働きだしてから自覚なしに固まっていた思い込みを解すきっかけになり、同僚達とも良い関係性を築いていく足掛かりにもなった。


一部の古株の医者達による勉強会の妨害はあったけれど、この頃にはすっかり同僚達と息の合う連携を取ることができるようになっていて、なんなく回避することができた。


言葉って大事だ。

伝える、伝えてもらうことがこんなにも力を持つことを俺は知らなかった。



そしてもう一つ、ようやく気付いたことがある。

俺は自分で思っていた以上に幼く、本当に最低な奴だったということだ。



ある夜、携帯電話を白衣から取り出してメール画面を開いた。

アリからのメール。

八年前からぱたりと来なくなった。

当たり前だ。まったく返していなかったのだから。


カチカチとボタンを押す音が静かな診察室に響く。ハオランはベッドで泥のように眠っている。


“久しぶり。元気かしら?学校はどう?こっちは相変わらずよ。学校の課題は多いし、お店は忙しいわ。今日もジャクソンが窓から覗いてたの。入ってこればいいのにね?リーフ、ちゃんと甘いもの以外も食べてる?そこだけが心配よ。体調に気を付けて、頑張ってね”


一週間に一通ほどの頻度で送られていたメールは、半年も経てば月に一通、


“いつの間にか夏ね。今年も夏祭りにお城で舞踏会が開かれるみたい。一度も行ったことがないけど、今年は行ってみようかな?リーフも、もし良かったら一緒に行かない?なんてね。そんな時間ないわよね。いつも応援してるわ。頑張って。”


三ヶ月に一通、半年に一通と少なくなっていた。


"リーフの噂、たまに聞こえてくるわ。うちのお店にあなたと同じ学校に通っている生徒も来るのよ。勉強も、言望葉の力も誰も勝てないって言ってたわ。すごいのね。....なんだか、あなたがとても遠くに感じるわ。たまには返信が欲しいって言ったら、困る?ごめんなさい。目標に向かっているあなたを尊敬しているわ。頑張って。"




“寂しいのは、私だけじゃないわよね?会いたいけど、無理よね。”



この次が最後のメールだ。



"あなたはあなたらしく、これからも頑張ってね。あなたの成功を祈っています。心から。"


「......、」


今なら分かる。これは別れを告げるメッセージだった。

どうして気がつかなかったのだろう。

少しでも注意深く読んでいたなら、彼女がひどく寂しがっていたことに気が付けたはずなのに。


いつもくれた"頑張って"を自分に都合よく捉えていたんだ。

表面しか見ていなかった。

自分のことしか考えていなかった。

どんな想いでメールを送り続けてくれたのだろう。

どうして…。

ずっと最低野郎を待ってくれていたんだ。

俺が言ったから。


"待っていて。絶対に迎えに来るから。"


「クッソ野郎....!」


彼女は最後まで俺を責めなかった。


失って初めて気付くって本当にあるんだ。

君は本当に素敵な女性だったんだ。

君を傷つけたこと、悔やんだってもう遅いのに。


デスクの上には俺に間違えて届けられた父宛の郵便。


差出人はローレンツ・シュナイダーとアリーチェ・ウィリアムズ。


弟とアリの結婚式の招待状だった。









ご覧いただき、ありがとうございます!

もし気に入って頂けましたらブックマークや感想頂けますととても嬉しいです!

よろしくお願いいたしますー!

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