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賢者ママ

 それから1週間が経っても、結局アミたんは帰らなかった。


 あの日、ここの近くの町とその周辺で大規模な亜人狩りがあったらしい。そんな真っ只中、無理やり町の検問を抜けて逃げ出した淫魔がいたそうだ。そう聞いている。

 その淫魔はとても素早く、一時身を眩ませた。そして、その女を見つけるための大規模な捜索網がこの森に敷かれ捜索が始まる。しかしその寸前に、淫魔は自ら自首してきたそうだ。


  淫魔は人族にとってもっとも忌むべき魔物だそうだ。なぜなら人族の高貴な血を汚す恐れが強いから。よってもし捕らえられた場合その命は絶望的。


 しかし疑問が残る。俺が勇者として前回の世界に転生した時、亜人差別はあるにはあったが、こんなに露骨なものではなかった。俺こと勇者が率いていた勇者パーティがそのほとんどが亜人で構成さていた事も手伝って、なんなら優遇され始めていたぐらいだ。何の理由もなく捕らえて断罪するなど考えられない。つまり、こう考察することができる。ここは2番目の世界によく似た別の世界、もしくは、全く交易のない別の場所、それか、時代が違う。どちらにせよ外に出ないと判断できないのだが。

 

 さあ、そんな状況でいま俺が何をしているかと言うと。

 

「白ママたん白ママたんっ!! こっちの部屋のお掃除完了しましたっっ☆」

「ん。ご、ご苦労」

 

 新しい同居人である少女との生活を全力でこなしていた。


 目の前には美しい小柄の少女が座っている。彼女は魔術師のノアと名乗った。いかにも魔女という服装に真っ白い肩くらいまでのセミロングの髪の毛が特徴の少女だ。真っ黒いとんがり帽子に、こちらも黒くて小さい体を全部隠すようなローブ。唯一露出している顔と髪の毛はそれと対比をなすように真っ白だ。顔はずいぶん幼く背丈も相まって10代前半にも見えるが、これでかなり有能な魔術師で、歳はもう100歳を超えるロリババアだ。何か不思議な力で若さを保っているらしい。


 ロリババアというからには、定番に沿って「のじゃ」を語尾に付けて上から目線でしゃべってほしい所だが、彼女のキャラクターは違った。

 なにより彼女の印象を物語っているのは目と表情だ。漆黒の目には活力が無く、全体に無表情なので、すごくおとなしい印象だ。

 

 新しい同居人を得て最初にしたかった事はこの世界についての詳細を知ることだ。しかし。この魔女は世捨て人的な性質を持っているらしく、社会についてあまり詳しくはなかった。がっくしである。亜人差別とか知りたい事沢山なのに。しかし流石に、近隣の町の情報くらいは持っていて、そこからアミたんの最後を推測することが出来た。

 

「ナオ、もう掃除は良いから、座って。」

「そんな訳にはいきやせんぜっ☆、まだリビングの掃除がーーー」

「いいから。話がある。とても大事な話」

 

 こちらのテンションに若干引き気味な気がする。彼女元来の性格で、あまり無駄な会話は得意ではなさそうで、あまり表情を動かすことがない。なもんだから、こちらが喋らないとどんどん場の空気が静かになっていく。だから、喋る、仕事をする。そして俺はますます変なテンションになっていく。

 

 彼女はアミたんがいなくなった日に現れた新たな同居人だった。

 たまたま近くを通りかかった時に俺の声を聞きつけてこの洞窟を発見し、幼い俺を保護してくれたらしい。新しい保護者なので、俺は白ママと呼んでいた。


ママって呼ぶと距離間が近づいて仲良し感を演出できるし。

 

「ナオ。食事の話。ナオはもっと食べないと死んでしまう。1週間で痩せてきている気がする。このままだと骨と皮膚だけになってしまう」

「うーん、わかってるんだけどぉ。食欲ないってゆうかぁ。ナオたんセンチなお年頃なのっ。こんなあちきも愛してっ☆」

「・・・ナオ、ふざけないで」


 また食事の話だ。彼女は食事を作って俺に与えてくれる。凄く美味しくもないけど不味くもないご飯だ。しかし、問題は俺の方にある。


 この体に生まれてから5年間、生きるための栄養は全てアミたんのキスから貰ってきた。つまり固形の物を食べたことがなかったのだ。そのせいで食道が未発達なのか、少しの量しか食べられない。

 ただ空腹を感じるのも事実で最後にアミたんから食事をしたのは1週間前。つまり1週間まともに食事をしていない。

 

 目の前の少女、白ママたんを見る。いつも通りの冷静な声音で食事の大切さについての話をしている。


 全体の色素が白いので唇は綺麗な薄ピンク色でツヤツヤと輝いている。しゃぶりついたら美味しそうだ。まず唇を堪能しよう。薄めの唇だが吸い付いたらプニプニの肉感を感じれるだろう。一通り堪能したらいよいよ舌を中に絡ませる。その瞬間甘い唾液の味と香りが俺の口の中に広がり、と同時に柔らかな彼女の舌がーーー。


 バシンっ。という軽い衝撃が頭に入る。白ママたんがこちらを睨んで立っていた。どうやら頭を叩かれたらしい。

 

「話を聞いていた?」

「えっ? あれぇ? ごめんなさいっ」


 頭をさすりながら考える。でも、それは出来ない、してはいけない。亜人は差別対象だ。もし俺が亜人であることがバレたら、彼女は去ってしまうだろう。もしかしたら殺されるかもしれない。幸い俺の外観は人族と変わらない。このまま黙っていればやり過ごせるだろう。


 優しい彼女を裏切るようで悪いが、アミたんの俺を生かしてくれた気持ちは受け取らなくてはならない。なにがなんでも生きる。

 

「う、うん。ごめんなさい白ママたん。次からはちゃんと食べる」

「いや、そうではなく……」

「それじゃあ晩御飯の準備しようかっ☆ 手伝うねっ☆」


 俺は笑顔を作って言った。仕事をしなければ、なにか作業を。

 

 それから、すぐに晩御飯となった。

 白ママたんは今日も頑張って腕を振るってくれたらしく、色とりどりの食材が食卓に並ぶ。

 

「おててのシワを合わせてっ、いただきますっ☆」

「……いただきます」

「うわぁ! おいしそうだねっ☆」


 俺はまず野菜のサラダに手をつける。これはさっぱりしてて食べやすそうだ。レタスをフォークでつつき、一口噛むと瞬時に青臭い匂いが口に広がった。虫になった気分だ。


 もうこれ以上一口も噛めない。そのまま一気に飲み干した。……うん、サラダはもう良いかな。

 

「このドレッシングすごくおいしいっ」

「……」


 そして次に、肉料理だ。子供と言ったら肉だろう。これは食べれる、はず。小さく噛むと強烈な脂っぽい獣臭さが口内に広がる。しかも噛んでも噛んでも飲み込めず、肉の脂が噛むたびに出てくる。

 最悪だ。えづいてしまってゲップが出てしまった。吐きそうだ。

 

「あ、あはは、失礼しました」


 まだ口に残っている肉を無理やり飲み込む。またえづく。涙がジワっと出てきた。

 まずい、今泣くのはまずい。考えてみろ。もう精神年齢20過ぎなのに人前で泣くとか恥ずかしくて溶けちゃうっ!

 しかし、一度塊になってしまった涙を引っ込めるのは難しく、次から次へと出てきてしまう。これは困ったな。……一回トイレに化粧直しに行かないと。

 

 顔を隠しながら席を立つ。逃げるように背を向けようとしたところで白ママたんに捕まってしまった。

 まずい顔を見られたくない。


「ちょっ、やだっ! 見ないでっ、今スッピンだからっ」


 そんな抵抗も虚しく、俺は彼女に背後から抱きしめられて、後から首を伸ばしてきた白ママたんとキスをした。アミたんとは違う匂いに包まれて、アミたんとは違う味を感じる。


 俺は気が動転していて、訳がわからない。

 

 少しの間キスをした後、解放される。彼女はサキュバスじゃないので魔力を送るに慣れておらず、また俺も魔力を自分から吸う事に慣れていなかったので、ほんの少しの量だったが、飢えていた体に染み込むように魔力が入っていく。

 

「あ……な、なんで……?」

「無理をしなくていい。ナオのこと知っているから」


 俺はもう一度、今度は正面から抱きしめられる。混乱していた。なぜ彼女は俺が淫魔だと知っていたのか。なぜそれを知りながらも助けるのか。

 

 混乱はしつつも、体は温もりを欲していたのか、伝わってくる体温が心地よくて、心地よすぎて、涙が後から後から出てくる。

 

 白ママたんは一度抱擁を軽く解いて、再び俺にキスをした。今度は抵抗なんて出来なかった。俺は目を閉じる。

 

 気がすむまで彼女を啜った後は、そのままいつの間にか寝ていた。 


 

 ◇


「ナオは今すごいバカ。あ、誤解しないで、脳みその処理能力が低いという意味でのバカ」

「あっるぇ? なにそれ、全然フォローに聞こえないんすけどっ!」


 次の日俺たちは話し合いをしていた。

 前の日に取ったスキンシップが功を奏しオレ達の距離を近づけてくれたようで、かなり自然に会話ができるようになっていた。やっぱ体の距離は心の距離だよねっ。 童貞が語るなっ☆


 彼女は俺が淫魔だと最初から気づいていたようだ。どうやってと聞いたらはぐらかされたが、なんだか知らない偉大な魔法を使ったようだ。偉大だ。


「これはフォローになっている。なぜならナオのせいじゃないから。淫魔は生きるのにそこまで頭脳が必要ない。精気という競争の少ない栄養素を糧として選択したから。必要のないものは成長しない。つまりこれは淘汰による進化」

「今、俺の未来の息の根も止まったよっ! アディオスっ、来世で会おうっ!」

「大丈夫落ち着いて、実は解決策がある」

「な……なんだよー、それを先に言ってよぉー。すごい、興奮しちゃったよぉ」

「それは、食事だ」

「また、食事の話? もう俺は良いって、ノアと二人で、ノアの唾液だけすすって生きていくって……」

「そ……それは……」


 ノアは目を閉じてしまい、何かに耐えるように唸り初めた。眉間にシワがよっていて何だかんだ体全体に力が入っているように見える。

 

「え? だ、大丈夫?」

「……うぬぬぬぬぬ……ぬぁーしぃーっ……」


 目を開いて、そう言うノア。え、なんて? 無し? 

 いつもと同じように棒読みだったが、本人なりに力が入っていたのか肩でぜーぜー息をして咳もしている。


俺はお婆ちゃんにするようにノアの背中を撫でてやった。

 

「大丈夫? どうしたの急に?」

「いま、ごほっ、ぜー、ぜー、とても大切な選択をした。ぜー、大きな犠牲を払ったが、世界を救った。危なかった」

「そ、そう、よかったね、はいお水だよ」


 彼女にコップに入った水を渡すとそれを一息に飲んむ。ドムっ、と机に下ろした。


「ともかく、食事の話。淫魔の体と人族の体の何が違うかというと、実はそんなに違いはない。淫魔は人との間に子供を作るから当然。では何がここまで頭脳に差をつけるか。それは食事」

「ほ、ほう?」

「人の体はその殆どがタンパク質で出来ている。しかし通常、淫魔は人の精気を摂取して、淫魔だけが持つ消化器官で魔力へと変換し、その魔力でエネルギーを賄っている。そのせいで体の成長に必要な栄養素が十分に摂取できない。そして淫魔は華奢で脳みそが小さく成長する。これを解決するにはどうしたら良いか? それが食事」

「うーん、なるほどねぇ」

「理解できた? その小さな脳みそでも」


 小首を傾げて尋ねてくる。愛くるしい動作だ。内容がしっかり俺にぶっ刺さってるのはともかく。


「わかったよっ! でもさあ、そんなに必死に脳みそをでっかくしなきゃいけないもん? まあ賢いに越したことは無いだろうけど、バカでもハッピーだよ? ノアさえいればっ☆」

「……くそっ、……このくそ世界がぁっ……! ……すまない、少し取り乱した。」


 うん、なんだか面白い。


 彼女は一度咳払いをして仕切り直す。もう喉がかれてきてしまってかわいそうだ。また喋り始めるが、少し声が小さくなってしまっているので聞き取りずらい。席をズラして膝と膝が触れるほど近ずくと、普段無表情な彼女の白い頬が少し赤く染まった。5歳児ですよ。

 

「ええっと、どこまで行った? そう、脳みそだ。一見淫魔でいれば生活していけそうに思える。50年前なら生活できたかもしれない。しかし実は問題がある。ナオ、あなたは魔法を覚える必要がある」

「魔法? 魔法って魔法? なんでまた?」

「この世界は危険で満ちている。特に亜人であるお前は生きるために力を身につけねばならない」

「あーなるほどー。んー、それはわかるけど、でも俺剣とかの方が好きっていうか得意っていうか、魔法のセンスないと思うんだけど」


 ふわふわした言い方になってしまったが、これは前世の知識だ。

 勇者として召喚された俺は聖剣を扱うために特化した体質だったために選ばれた。聖剣は、魔族の王、魔王、つまり魔力を一番強力に操れる者を切るための剣だ。その剣だけが持つ能力として近くの魔力や魔法を勝手に分解して霧散させていく。そして、もし魔力を豊富に持つ者が聖剣を握ると、魔力と聖剣の力がお互い干渉し、真の力が引き出せなくなるのだ。つまり、聖剣を扱うには魔力は逆に邪魔なのである。


 俺はこの人生でももちろん聖剣を手に入れるつもりだった。前世を一緒に駆け抜けた剣だ、愛着もあるし、単純に俺は剣が好きだ。

 ノアはそう言った俺を見て少し黙った。そして、すまなそうにこう切り出す。


「残念だが、それはおススメしない。理由は三つある。一つ目は淫魔は剣を振るのに向いていないという事。さっき話した食事が原因で、淫魔は体が華奢だ。どちらにせよ食事を改善する必要がある。二つ目は、淫魔は魔法使いに向いた種族。他人から精気を吸収し魔力と変えるその特徴は魔法使いとして大きなアドバンテージとなる。そして最後に、その、例えば、例えばだが、聖剣というものがある。」


 俺は、考えていたことが他人の口から出てきてドキッとしてしまった。だがそれを外に出さないように抑える。

 

「聖剣は魔力無き者が使うと比類なき力を発揮するが、淫魔であるナオは魔力がないと飢えて死んでしまう」

「あ、そうか、そりゃそうか、忘れてた」

「すまない、私は頭の悪い者との会話に慣れてない。こんなに早く忘れるなんて。すまない、気が回らなくて」

「もうっ! 淫魔のせいじゃなくてこれぐらいのうっかり誰でもあるっしょ!」

「冗談」


 ノアは眉ひとつ動かさずそう言う。相変わらず無表情だ。

 

「なぁーるほどねぇ。そうか、そりゃ食事した方が良さそうだねぇ。ノアとキス出来なくなるのは残念だけど」

「・・・別に、魔力と食物は別のプロセスで消費され、別の用途で使われる。キスは今後も続けた方が良い、魔術師的意味で」


 顔を見られないように帽子の幅広いツバを引き下げながら、早口でそういう彼女。その真っ白いお手々も赤くなっちゃってますけどね。

 さっきも思ったけど、5歳児をそういう風に見るとかヤバくない? まあこれは俺の淫魔としての体質なんだろうか。

 

 可愛いもんも見れたし、それじゃあ、少し早いけど昼ごはんの準備をしよう。気は進まないが、今日も生きねばならんのじゃ。

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