出会い
死神は、笑わない。
死神は、姿を持たない。
死神は、死なない。
死神は、鎌を持たない。
死神は、資格試験でなれるのです。
「フーフーフフー…フーフーフフ…」
とあるビルの屋上で鼻歌を奏でながら、その男は一点を見つめていた。その先には、二人の男女が帰路に着く途中だった。
「さーてとっ、今回の対象者…発見。」
男は、掛けていた眼鏡をクイッと上げ直し屋上から姿を消した。
男が見つめていた男女は、マンションの一室で、ベットを共にしている。
「山元くん…好きよ。」
「うん…僕もだよ。」
その時、先程と同じ鼻歌が寝室に響いた。
ベットの横を恐る恐る見る男女。
そこに佇んでいたのは、長身で細身の喪服を着たオールバックの男だった。
「…きゃあああ!!!貴方誰よ!!」
女は、悲鳴を上げ山元と呼ばれた男の背に隠れた。山元は、女の盾となり男に声を荒げた。
「誰だよ!!!お前!何処から入って来たんだ!」
「まあーまあー、そんなに声を荒げなくても
…お取り込み中の所失礼致します。私、冥府官公庁から参りました…死神、山田と申します。」
「山田…死神?」
山元は、目の前に 起こってる現状を上手く受け入れられず、自身を死神だと言った山田を見つめていた。
「おやおや、随分と混乱しておいでだ。」
一方の山田は淡々としており、掛けていた眼鏡をまたクイッと上げ直した。
「私は、別にあなた方の邪魔は致しませんよ。…まだ少し時間が残されていますので、どーぞ…続けて。」
「続けてって…出来る訳無いだろ!!」
「そうですか?なら、その時間まで少し待たせて頂きますね。」
山田はベットに腰掛けて、脚を組んだ。内ポケットに入っていたスマホ型の機器を取り出し、何やらブツブツと何かを呟いている。
「…3…2…1…0」
0と聞こえた瞬間、ずっと山元の背に隠れていた女が苦しみだした。
「えっ…理沙!理沙!!!」
「ううっ……はぁ、はぁ、い…息が…」
「救急車!!!おい!アンタ!それで、救急車呼んでくれよ!」
「えっ?ああ…これですか?これ、現世の通信回線は、繋がらないので救急車は、ご自分で呼んで下さい。それに…この女性は、助からないですけどね。」
「はあ?何言ってんだよ?」
「アレ?私、先程名乗りましたよね?死神だって…この女性は、対象者。つまり死ぬって事です。」
山田は、大人しくなった女の首を触った。
そして持っていたスマホ型の機器に何やら打ち込んでいる。
「対象者No.3828脈無し…0時27分45秒…田島理沙、心不全により突然死…享年23歳っと。」
「おい!!!どうしてくれんだよ!お前のせいだろ?」
「私の?冗談じゃない…この女性は、今日ここで寿命を迎えただけですよ。私が来たから死んだのではありません。」
「でも!!」
「それより、よろしいのですか?救急車?呼んでおいた方が何かと貴方の為ですよ?下手すれば貴方…警察のお世話になるかも…?」
「うっ…確かに。ケータイ、リビングに置いてあるんだ。取ってくる。」
「どーぞ。私は、作業を続けさせて頂きます。」
山元がリビングへ向かうと、山田はまたスマホ型の機器で誰かと通話し始めた。
「お疲れ様です。山田です…対象者No.3828死亡確認致しました。それでは、魂回収課の首無しライダーさんをお願い致します。では。」
「おい!通話出来ないんじゃなかったのか?」
「えっ?あぁ…通話は、出来ますよ?但し、あの世限定ですけどね?これ、我々の必須アイテムなんです。死神の鎌。」
「はあ?死神の鎌…どう見たってスマホだろ?」
「まぁ、そうですよね…我々死神のイメージって言ったら全身黒づくめのフード被った骸骨が馬鹿デカイ鎌持ってるって感じですもんね…。でも、それほんの数百年前までは、そんな感じだったんですよ?」
「マジかよ…」
「えぇ…顔は骸骨では、ありませんがね。でも中にはいましたね!凝り性の死神とかは…私も数百年前は、フード被って鎌背負ってましたよ!でも!死神の鎌って尋常じゃないくらい重いし、邪魔なんですよ!取り扱いを誤ると脚持っていかれたり、頚動脈切って大惨事とか色々あって、改良された結果がコレです。」
山田は、そう言うとスマホ型の機器基、死神の鎌ともう一つ、錠剤が入った小さなケースを取り出した。
「コンパクトになったは良いですが、本来なら鎌一本で出来ることが、スマホ型とこの錠剤を合わせて持たなくてはならなくなってしまったのが痛いですけどね。地味にかさばるんですよ…」
「この錠剤は…?何に使うんだ?」
「コレは、魂と肉体を切り離し、肉体を腐敗させる薬です。冥府官公庁の研究班の汗と涙の代物だそうですよ。」
「随分と、あの世も変わってるんだな。」
「いずれ、死神のイメージも変わることでしょうね。」
地上ではサイレンの音が近づき、それと同時に上空からは、バイクのエンジン音が聞こえて来る。
「おや?今日は、思ったより早かったですね。」
「山田さん!お疲れ様っす!魂回収課の首無しライダー参上っす!」
「うわあああ!!!!!!!!」
首無しライダーと名乗る男は、本当に首から上が無かった。それを見た山元は、絶叫した。
「アレ?誰っすか?この人間?」
「首…首が…な…ない。」
「ああ…対象者の恋人ですよ。あまり気になさらなくて結構です。それよりも首無しライダーさん、対象者の魂を肉体と切り離すので、確認をお願い致します。」
「了解っす!」
山田はベットの上で死んでいる女の口元に、持っていた錠剤を入れた。すると、身体から白い靄が現れすぐに女の姿へと変化していった。
「おい!理沙が…理沙!」
「無駄ですよ。魂だけになった彼女に貴方は、触れられないし喋りかけても答えはしません。」
「首無しライダーさん…対象者No.3828の魂です。」
「ハイっす!確かに確認致しました!じゃ、俺はこの後も魂回収があるんで、失礼します!」
首無しライダーは、女の手首にNo.3828と書かれた腕輪をつけ、バイクの後ろに雑に括り付けてある木箱に女を乗せた。
「あの…首無しライダーさん…それで、大丈夫なんですか?」
「えっ?何がっすか?」
「おい!!理沙を雑に扱いやがって!!この首無し野郎!!!!」
山元は、恋人の魂とはいえこんなにも雑に扱われるとは、思ってもいなかったようで、泣きじゃくりながら、乱心していた。
「だから…こんなロープで括り付けた木箱なんかで魂の回収は、大丈夫なんですか?」
「あー!大丈夫っす!スピード出せばロープピーンッとなるっす!ほら!サンタのソリみたいな感じっすよ!」
「首無しライダーさん…サンタのソリは、ロープで括り付けてある訳では、ありませんよ?」
「でも、今日魂の回収立て込んでて俺のバイクじゃ乗せきれないんですよ〜。」
「くれぐれも、魂を落とすことのないようにお願いしますね!」
「山田さん!そこは任せて下さいっす!俺!魂回収で落としたり逃げられたりしたこと無いっすから!それに、この木箱の中に強力な鳥黐付けてありますから!魂も逃げらんないっすよ!」
「…………そうですか。では、お気をつけて。」
「おい!!!良いのかよ!アレで!!」
首無しライダーがバイクで走り去った後、山元は、山田のネクタイに掴みかかった。
「おや?何故まだ、見えるのです?」
「はぁ?何言ってんだよ?」
「いや…対象者の近くに居ると一時的に我々死神が見える事もあるようですが、対象者の魂を回収した今…貴方が私を見える事は極めて不可思議な現象です。」
「……んな事言ったって。」
「まぁ、明日になれば見えなくなっているかも知れませんしね。それでは、私はこれで!」
山田は、忽然と姿を消した。
残された山元は、到着した救急車のサイレンの音で現実に引き戻された。救急隊が部屋へ入り寝室で死んでいる女を見て、首を横に振った。
「(夢じゃなかった。)」