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オーバーラック  作者: 餅月 きなこ
第一幕 動乱の首都編
9/22

人王


 シーリス公国から南西20キロに位置する立入禁止区域である無数の遺跡群。そこから直下10キロ付近にある公には未発見とされている地下空間。


 そこにいる仮面を被った白衣の男は己とは別の視点でエリュンシュタッドのとある座標を観測していた。


「A-2地点の魔法陣は問題なく作動。 ガルグイユへ掛けたギアスも十全に作用している」


 ギアスを掛けた対象に作用する視覚共有化魔法、アウトサイト。

 その魔法はやがて効力を失った。それはギアスを掛けたガルグイユに想定外の干渉があった事を示唆する結果だ。


「邪魔は入りましたが成果は重畳ですね。 実験を二段階目に移行しましょう。 ようやくです、ようやくーーー」


 憎しみ、恨み、悲しみ、悪意、殺意。入り乱れる悪意を孕んだ言葉を漏らす。

 まるで積もり積もった感情を吐露するような、悪感情を露わにするような笑みを浮かべる白衣の男は次の計画の準備をすべく、研究所を後にした。



 ○○○○○



 宿屋一階の大広間、そこで少し遅めの朝食を取る蒼蓮(そうれん)は向かいに座る涼人(りょうと)に深夜に起きた出来事を問い詰められていた。


神賜武具(ファンタズム)も持たない生身の人間がガルグイユと対峙して生き残った………にわかには信じ難いな」


 事情聴取で連行され詰所でも同じ事を問われた蒼蓮(そうれん)は『はぁっ』と気怠げな溜息を小さくつき事のあらましを全て誇張ぬきで伝えた。


「………ヤバそうな雰囲気の和服を着た男、ねぇ。 聞いた限りじゃかなりの強者だけど分からないな。ザンキなんて名前の剣士は国を守護せし八脚将(アルマ・スレイプニル)にいないし」


「ご馳走様でした。 それじゃあおやすみなさい」


 今になって疲れが波のように押し寄せる感覚に襲われた蒼蓮(そうれん)は手短かに朝食を済ませて睡魔に身を委ねる為に仮屋のベッドへ向かおうと立ち上がる。


「おっと。そうは問屋が卸さないって奴だ」


 足に違和感を感じ長卓(テーブル)の下を覗くと蒼蓮(そうれん)の足は涼人(りょうと)の足に踏まれて固定されていた。そこから勃発した卓の下で繰り広げられた些細な争いは涼人(りょうと)に軍配が上がり、不満気に卓に突っ伏す蒼蓮(そうれん)はベットを恋しく感じていた。


「ったく、やっと諦めたか。 それでお前さん、武術使えるのか」


「一応は……使えますけど」


 歯切れの悪い返事をする蒼蓮(そうれん)は複雑な表情を浮かべていた。


「使いたくない理由がある、って顔だな」


 様子を察した涼人(りょうと)蒼蓮(そうれん)に一つの助言をする。


「 生き残る為には力がいる、それが例え忌避される類のものだったとしてもだ。 生きる為に力を使えない奴はこの残酷な世界じゃ真っ先に死ぬ」


 真撃に話す涼人の言葉に蒼蓮(そうれん)の眠気も覚め、真面目に話に聞き入っていた。


 蒼蓮が武術システマを扱えるのは昔、ロシアの軍に服役していた叔父に習ったからだった。


 武術を習い始めて五年が過ぎたある日、家にナイフを持った強盗が押し入った。蒼蓮(そうれん)はこれを撃退する為に武術を行使した。冷静に、脱力して、人体の急所に初めて掌底を放った。

 日々の叔父との鍛錬のおかげか落ち着いて強盗に対処する事ができた………が。


 結果、強盗は死亡した。

 力を御しきれなかったからだ。正当防衛として扱われたが今もなお、蒼蓮(そうれん)の脳裏には当時の光景が、感触が、鮮明に焼き付いている。

 そして強盗を殺した日から蒼蓮(そうれん)は武術の鍛錬をやめ、これを封印したはずだった。


 しかし、ガルグイユに殺されかけた蒼蓮(そうれん)は生存本能からか心の枷が外れ、武術システマで応戦した。

 これからもそんな命の危機は数多にある。生きたいのなら出し惜しみするな、と。涼人(りょうと)の言葉は一概にそう述べていた。


「そうですね。 考えが甘かったかもしれません」


「けどまあ魔獣に武術なんて焼け石に水みたいなもんだけどな。 時間稼ぎにはなるだろ。そういや傷はないのか」


「ええ。打ち所が良かったのか擦り傷程度です」


 ガルグイユに蹴り飛ばされた腹部を(さす)る仕草を取り異常がない事を伝える。

 本来であれば重症の筈だがガルグイユが手を抜いたのか、たまたま運が良かったのかは分からないが擦り傷程度で済んでいるのは奇跡だと言えよう。


(あん)ちゃんは運が良いんだな」


 蒼蓮(そうれん)はその言葉に疑問を抱く。

 運が良ければ元の世界であんな酷い死に方はしないだろうし、魔獣に遭遇するトラブルに巻き込まれない筈だ。


 そんな事を思っていると宿屋の扉が粗雑に開けられた。何事かと思い二人の目線が入口に向けられる。


 ガシャ、ガシャと鉄と鉄とが擦り合う音が聞こえ、入口から五人の鎧騎士と一人の女が入ってきた。


「こちらに如月(きさらぎ) 蒼蓮(そうれん)様はいますか」


 その涼しげな声に、凛とした姿には見覚えがあった。

 つい昨日会ったばかりの女性。国を守護せし八脚将(アルマ・スレイプニル)の一人、クラリス・マルティネスだ。


 蒼蓮(そうれん)はおおよその事を察して諦めるように名乗り出た。


「自分が如月(きさらぎ) 蒼蓮(そうれん)です」


 クラリスは名乗りを上げた蒼蓮(そうれん)を見ると少し表情に変化をきたした。


「貴方は昨日の」


 ほんの少しの時間しか話していないが覚えてくれていた事に内心喜ぶ蒼蓮(そうれん)だったが、この後に控えるであろう事情聴取を思うとその喜びもすぐに消え失せた。


「災難でしたね。 事情聴取を行いたいので同行を願います。これは王命ですので拒否権はありません。ご理解下さい」


「ちょっと待った」


 割って入る様に涼人(りょうと)の声が割り込む。不躾な声をクラリスに掛けた事で騎士達は訝しげに涼人を睨むが彼は全く気にしていない。


「何か異議申し立てがおありですか」


「コイツはこの世界に来て日が浅い。王の御前で無礼をやらかすだろうよ、それでもいいのか」


「王は寛大です。些細な事は気にされません」


「王様はそうかもしれんが元老院とか右翼派の連中はよく思わないだろうって話だ」


 王の周りには古来よりしがらみが付き纏うものだ。王に助言を与える元老院は悪意を持てば王を傀儡にしようとし、右翼派は過激になれば権力を誇示、固執するばかりに絶対王政、特権階級を推進しようとする。それに対立する左翼派もアナキズムが過激になれば混沌を招く。

 そんな輩がいるかもしれない場所に行くのだ。作法を知らない蒼蓮(そうれん)に対して悪意を抱くものもいるのだろう。


「ご心配には及びません。 この国に悪意などありませんし火種は我々が処断していますので」


「いや、そりゃ表向きはそうだが人は多面性なんだ。裏でどうしてるかなんて」


「それでは時間がありませんので。 如月(きさらぎ)様、こちらへ」


 騎士達に囲まれた蒼蓮(そうれん)はなす術なくただ状況に流されるがままの受動態に徹していた。これは状況の悪化を防ぐ為でもあり、荒事を引き起こさない為だ。そもそも拒否権はないのだから拒んだとしても無駄だと理解していた。


 涼人(りょうと)の不服そうな表情を去り際に見た蒼蓮(そうれん)は、申し訳なさげに豪奢な馬車に乗り込み、人王の所在地であるバレスティネ王宮へ連れていかれた。


「ほぇー」



 バレスティネ王宮。そこはこの世界においても異質であり異様だった。遠目から見ていた蒼蓮(そうれん)だったが近くで改めて見るとただただ圧倒されるばかりだった。故に間延びした声を漏らすのも仕方のない事だ。


 細やかな装飾が施された入り口へ連なる純白の柱は規則正しく並んでおり左右が完全に対象なシンメトリーとなっている。

 歩く地面は継ぎ目の無い、まるで氷の様に美しい素材が使われていて歩くのが憚られる程だ。

 そして城と呼べる巨大な建造物には左右に螺旋状にとぐろを巻く龍の石像が配置されていて見るものを圧倒する。総じて壮麗な城だと蒼蓮(そうれん)は凡人の尺度で感じていた。


「それではこちらへ」


 クラリスに案内されて王宮の中へ。入り口を守る二人の重装兵士は訝しげに蒼蓮(そうれん)を見ていたが彼には視線に気付く余裕などなかった。

 こんな恐ろしいまでに美しく壮麗な王宮。そこにいる国の頂点に位置する人物に会うのだ、緊張するのが道理だろう。


 大理石のような美しい純白の床を歩く事数分。大扉の前に到着した蒼蓮(そうれん)の緊張はピークに達していた。加速する心臓の脈動は限界を超えて破裂するのではないか、と思うほどに脈打っている。


「これより先は王謁の間。人王様が御座します場所となります。 如月(きさらぎ)様には昨夜の騒動についての状況説明をして頂きますので。 準備はよろしいですか」


「ふぁ、ふぁい!?」


 無条件反射のように呆けた返事をする蒼蓮(そうれん)に不安を覚えたクラリスだったが、あまり王を待たせるのはよくないと考え大扉を丁寧にノックした。


「失礼いたします。 こちら、昨夜の当事者である如月(きさらぎ) 蒼蓮(そうれん)で御座います」


 煌びやかな王宮の中にあっては質素に感じてしまうようなシンプルな部屋、それが王謁の間だった。

 普通と比べれば充分に豪奢だが絢爛たる王宮の廊下と比べると些かこの部屋は見劣りして見えてしまう。しかし、この部屋に(はびこ)る空気は一般人には耐え難い。


 そしてこの部屋にいる穏やかな笑みを浮かべる国の頂点、人王は蒼蓮(そうれん)が想像していたような『王様が座る立派なイス!』には座っておらずこれまた素朴だが洗練されたーーーいわば普通より少し良い程度の椅子にふんぞり返らず礼儀正しく座っていた。


「やはりおかしいですか」


 怜悧な光を宿す人王の瞳は蒼蓮(そうれん)の思考を容易く見抜き、穏やかな声音で優しく対話を持ちかける。


「い、いえ! そ、そんな事はありません!」


「そんなに緊張しないで下さい。 そうですね、クラリスさん、ガディウスさん。 退室してくれますか」


 強張った表情の蒼蓮(そうれん)に対して困った仕草を取る人王はすぐ近くで待機しているガディウスと呼ばれる風格のある壮年の男と蒼蓮(そうれん)の後方にいるクラリスに退室を促した。


「御意」


 二人は懸念すら抱かずにあっさりと命令に従い王謁の間を後にした。この場に残るのは蒼蓮(そうれん)と人王のみとなった。


如月(きさらぎ) 蒼蓮(そうれん)さん、でしたね」


「は、はい、そうです。この度はこ、このような立派な王宮にお招き頂き恐悦至極で御座います」


 未だに緊張の解けない蒼蓮(そうれん)はぎこちない言葉をたどたどしく紡ぎ、王様の機嫌を損ねないように稼働率が著しく低下する凡脳で最善手の受け答えを模索する。


蒼蓮(そうれん)さん、こちらへついてきて下さい」


 何を思ったか人王は素朴な椅子から立ち上がりどこかへ向かう様子だ。

 後を追う蒼蓮(そうれん)は『やらかした』と思い、負の考えが全てを占有していた。


 そして数十歩程度歩いた先の壁の前で人王は立ち止まった。

 その壁を軽く押すと驚く事に壁の一部が半回転して奥へと続く通路が現れた。その光景を見た蒼蓮(そうれん)はカラクリ扉を連想した。


「ここなら落ち着いて話せますね」


「こ、ここは」


 辿り着いたのはただの小部屋だった。王宮にあってはあまりに浮いてしまう、庶民染みた、日本にあってもおかしくない部屋だ。


「昔、転移者の方に教えて頂いたのを参考に作った隠し部屋です。私とあなたしか知りませんよ。やっぱり狭いと落ち着きますよね」


 破顔する人王の顔を見て蒼蓮の緊張は完全に解けた。

 ーーーあぁ、この人は限りなく普通の価値観を持ってるんだ。


 そう理解した途端に親近感を抱いた蒼蓮(そうれん)は失礼が無いように配慮しつつ、先程よりも砕けた様子で深夜に起こった出来事を全て伝えた。


読んでいただきありがとうございます。

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