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オーバーラック  作者: 餅月 きなこ
第一幕 動乱の首都編
8/22

月下の強者


 黄色の双眼に動揺が過ぎる。悪魔は圧倒的優位から転じて圧倒的不利な状況に陥った事を本能と僅かばかりの知性が悟った。


 本来、魔獣に分類されるものは知性を持ち合わせないのがこの世界の道理。それが何の因果かこの魔獣、ガルグイユは知性を保有している。


 眼前の男が危険であると理解したガルグイユは黄色い双眼で美しい刀を肩に乗せる男を牽制しつつ距離を取った。


「ほぅ。 魔獣の癖にやっぱぁ知恵があるんか。 ええのぅええのぅ、斬りがいがあるわ」


 和服姿の男は追撃を加えずに嬉々としてガルグイユの動作を観察していた。それはまるで捕食者が獲物を前に舌なめずりする様な、先のガルグイユと蒼蓮(そうれん)の立場に酷似していた。


 蒼蓮(そうれん)にはその光景が理解できなかった。命を脅かすものがいてそれを排除する力があるのなら、すぐに排除すべきだと、油断は足元をすくわれると、そう思うのはガルグイユに殺されかけた蒼蓮(そうれん)にとって当たり前の思考だった。


「おぃ、おまえ。 おもしろい技を使(つこ)うてたのぅ。 気に入ったから助けちゃるわ。 強くなりそうじゃしな」


 ふいに声を掛けられた蒼蓮(そうれん)(かぶり)を振る事しかできなかった。濃密な死臭を振り撒く男の異様な雰囲気に、抜き身の刀の様に鋭く、剣呑な殺気を放つ男を前に声を出すことが(はばか)られたのだ。


「ビビんなや。 殺したくなるじゃろが」


 突き刺す様な鋭い声に僅か蒼蓮(そうれん)の呼吸が止まった。男が無言の蒼蓮(そうれん)に苛立ちを覚え、ほんの僅かばかりの殺気を向けた、ただそれだけの事で蒼蓮(そうれん)は死を予感した。


「チッ。 さっきとは別人じゃのオマエ。 スイッチでも切れたんか。

 まあえい。 そこで目かっ開いてよぅ見ちょれ」


 男は妖気の迸る美しい白刃をガルグイユに向けた。


 ガルグイユは男が無駄話をしている間に損傷箇所の修復、並びに魔力による自己強化を最大まで行い、万全の状態を整えていた。


 先程とは比べ物にならない程に禍々しく、強烈な魔力を放つガルグイユは両腕に漆黒の槍を魔力で具現化させる。

 それは先程の槍よりも魔力密度の濃い、頑強で鋭利な槍、きっとこれが本来の在り方であり、先程に蒼蓮(そうれん)と対峙した際には舐めてかかっていたのだ。


 ガルグイユが足に力を込める。

魔力で強化された人外の膂力はまるで拳銃から放たれた弾丸の様にガルグイユを加速させ、男に迫る。


「いくら上等なもん使おうが」


 男が言を発した。

次の瞬間、濃密で荒々しい殺気がガルグイユに向けられる。

 それは先程に蒼蓮(そうれん)が向けられた殺気とは比べ物にならない、およそ普通の人間には耐える事が出来ない程の殺気だ。


 ガルグイユはその殺気を一身に浴びるが最早止まる事はできない。


 車の原理で言う所の制動距離と同じだ。加速しすぎた車は必然、ゆるやかに速度を落とすしかない。急停止しようものならば、かなりの負荷が掛かる。

 その法則はガルグイユにも適用されるらしく、危険だと理解していても止まる事は出来なかった。


「雑魚が使(つこ)うてたら話にならんわ」


 男が白刃をただ横に振るう。

それは神速。淀みのない、洗練された一太刀は的確にガルグイユの腕を切り落とす。魔力で編まれた黒槍は地面に落ちると無音のまま黒い霧となり霧散した。


 グルアアアァァァァァア


 両腕を切断されたガルグイユの叫びが、静寂満ちる外れの広場に響く。

 それは痛み、恐怖、怒りを孕んだ魔獣らしからぬ断末魔。


 ガルグイユは生存本能に従い逃走を図る。もはや闘争本能はなりを潜め、圧倒的強者への恐怖がガルグイユを支配していた。


『民を殺しなさい』 『首都を破壊しなさい』 『人王を殺しなさい』 『死ぬまで悪逆の限りを尽くしなさい』


 ガルグイユの頭に直接声が響いた。

それは誓約(のろい)の言葉、一種の()()()である呪法。


 グガガガガガァァア″


 ガルグイユに抗う術はなく、意識は黒く塗りつぶされ、僅かばかりの理性は欠落し、ただの魔獣であるガルグイユになりさがった。真っ赤に充血した瞳はこの世の全てに害意を向ける。


「忙しない奴じゃ」


 ガルグイユの両断された腕が瞬時に再生した。その腕は以前よりも遥かに太く、禍々しい。


 それを見た男は喜びのあまり口角を吊り上げる。まるで戦いを、殺しを是とする振る舞いは常人からしたら異常と捉える他ない。


 男の感情に呼応するかの様に美しい氷柱の様な白い刀身から冷気が現出する。 その冴えは月の光を浴びてますますもって幻想染みた有様を見せつける。


 天下五剣が内の一振り。撃剣・三日月宗近。それが男の神賜武器(ファンタズム)だ。

 その刀は決して汚れず美しくあり続けると伝承に残されている名刀。


 グガガァァアアァァァ


 理性を無くしたガルグイユが力任せに突撃する。様子を伺う行為は理性があったからしただけで理性がなければ個体差にもよるが魔獣はただの害為す獣だ。獣は単一性の思考しか持ち合わせない。それは生命ある者への殺意。実際、魔獣による被害は甚大だ。


「斬っても超速再生か。 なら、これはどうじゃ」


 刻まれたギアスにより殺戮装置に成り果てたガルグイユの突撃を身軽に躱した男が剣を振り下ろした。

 その(きっさき)からは莫大な冷気の奔流が放たれガルグイユはなす術なく氷の彫像と化し、粉々となった。その際に、黒い欠のようなものが出現し、何処(いずこ)へと消え去った。


「こんなもんか。 つまらん殺し合いじゃったのぅ」


 氷の彫像と化したガルグイユを切り刻んだ男は刀身を鞘に納めつまらなそうにその言葉を吐き捨てた。


 気がつくと辺りには霜が降りていて、蒼蓮(そうれん)は今更ながらに肌寒さを感じ始めていた。 それ程までに、蒼蓮(そうれん)は目の前で繰り広げられた戦いに目を奪われていた。


「すごい」


 自然、言葉が漏れる。

その言葉を聞いてか聞かずか男が蒼蓮(そうれん)に近づくと。


「何が凄かったんじゃ」


 血が凍りそうなのは外気のせいか、それとも恐怖のせいか。震える口から嘘偽りを排した言葉を白い息と共に吐く。


「あ、あなたの強さが。 その、助けて頂きありがとうございます」


「よせよせ、ワシに敬語なんか使うんじゃなか。 ワシは敬われる様な思想持ち合わせておらんきのぅ。 それで、強さって言うと具体的には」


 やけに問い詰めてくる男にたじろぎながら先程の戦いを思い出し言の葉を紡ぐ。


「あの恐ろしい化け物に怯まず向かっていった事とか、身のこなしとか、剣の腕とか、沢山です」


「ほぅ。 そうかそうか、ほぅほぅ。 お前、ええ奴じゃの。 名を教えい」


 明らかに気分良さげにする男を見た蒼蓮(そうれん)はホッとするとともに『こいつ、チョロいな』と感じていた。

 もしも気を損ねればあの殺気を浴びせられるかもしれない、そう考えると与し易そうな性格をした男は蒼蓮(そうれん)にとっては都合が良かった。


「自分は如月(きさらぎ) 蒼蓮(そうれん)って言います。 あなたは?」


「ワシは………。 そうじゃな、ザンキじゃ」


 一瞬悩んだ男の顔には複雑な感情が見え隠れしていた。


「ザンキさん。 改めて、命を救って頂き、本当にありがとうございました」


 もしもあのままこの人が来なかったらまた理不尽な死を迎えていた。そう考えた蒼蓮(そうれん)の真摯な姿勢と感謝は当たり前の事だった。


「ザンキでええわ。 それと敬語はやめい。 次また使(つこ)うたら叩っ斬るけぇの」


「わ、わかりま……った。 一つ聞いてもいいか」


「なんじゃ」


「さっきの化け物はなんなんだ」


「そんな事も知らんのか。 あれは中位の魔獣、ガルグイユじゃ。 本来なら知性は無いんじゃが、おかしなやつじゃった。 それに魔法陣があったのも不可思議じゃ」


 中位の魔獣。ザンキにとっては取るに足らない弱者なのだろうが今の蒼蓮(そうれん)にとっては強者だ。


 力が足りないと、そう痛感した蒼蓮(そうれん)はザンキの強さに憧れを抱くと共に、この世界で生き残るために強さを手に入れようと決意した。


「チッ。 少し騒ぎすぎたか。それじゃあの、また会ったら仲良くしようや」


 辺りから無数の人が近づく足音を聞いたザンキは蒼蓮(そうれん)にそう告げると足早に夜の街に溶けていった。


 その後、騒ぎを聞きつけた住民達が治安機関へ通報、事情聴取の為に連行された蒼蓮(そうれん)は眠る事のできぬまま、新たな日の出を迎えたのは想像に難くない。


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