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オーバーラック  作者: 餅月 きなこ
第一幕 動乱の首都編
5/22

同郷

 温かい陽射しと、冷たい石の感触を感じ、蒼蓮(そうれん)の意識は覚醒した。

 未だ微睡みの内にある薄弱とした意識だが全てを克明に覚えていた。死んだ事、暇な神と名乗るオティオーススと出会った事、新たな世界に転移した事。その事だけは記憶の深層に突き刺さっていた。


「ーーーッ」


 断続的な頭痛に苛まれる度に新たな知識が脳に溶け込むような違和感を覚えつつ、蒼蓮(そうれん)は本格的に意識を覚醒させる。

 やがて、頭痛が治まった頃には大体の事を把握した。けれどもそれらは恐らく初歩的な事柄であり、やはり実際に様々な事を目にして感じた方がいいだろう。そう結論を出した蒼蓮(そうれん)は黒い大理石のような素材でできた台座から腰を上げて新たな一歩を踏み出す。


「ここは何処なんだ」


 至極当然な独白。蒼蓮(そうれん)がいる台座は四方を白い壁で囲まれていて天井が無い不思議な部屋になっていた。ただ、それだけの無機質な空間、それだけでは情報量が少なすぎると判断した蒼蓮(そうれん)は行動を起こす。


「とりあえず出てみるか」


 正面にある観音開きの扉を押す。ズッシリとした扉は重厚感のある音を出してゆっくりと開いた。錆び具合から見てかなりの年月が重ねられた年代物の扉だ。


 そして蒼蓮(そうれん)は見果てぬ景色を目の当たりにする。



 鮮やかすぎる景色に目が眩み、爽やかな微風(そよかぜ)蒼蓮(そうれん)の頬を撫でた。美しい大草原は彼方まで続いていて、澄みきった青空は万人の心を晴れやかにする。遠目にだが見知らぬ生物(まじゅう)が草原を駆けているのが分かる。

 不安もあるのだろうが今は好奇心がそれを上回っている。その事を証明するかのように蒼蓮(そうれん)の瞳は輝く。ここは本当に知らない世界なのだと、理解するには充分な光景だった。


「おっ。ようやく起きなすったか、まあなんだ、水でも飲むかい(あん)ちゃん」


 唐突な声に蒼蓮(そうれん)は反射的に仰け反った。

 年は蒼蓮(そうれん)よりも少し上だろうかという男が水の入ったボトルを蒼蓮(そうれん)に差し出す。

 怪しさ満載なその男を怪訝に思い少し距離を取る蒼蓮(そうれん)は目を細めて観察する。出で立ちはラフな格好だが背に槍の様な得物を携えていた。コスプレならばいざ知らず日本ではまずありえない格好だ。異世界交流の第一歩は予期せぬ形で唐突に現れた。


「まぁ怪しむよな、そりゃそうだ。 あんた、日本人だろ」


「な、なんで分かるんですか」


「そりゃあ、俺も同じ()()()()()()()()だからな。暇な神だろ? 転移させてくれたの」


 男が言い放った言葉は的確で何一つ間違いがなかった。何より驚いたのは同じ転移者である事だ。共通点があれば人はそれをきっかけに意思疎通ができるものだ、得て不得手はあるが蒼蓮(そうれん)は別段苦手としていない。それに、知らない世界で一人はあまりに心許ないと一抹の不安を感じていたのは事実だ。


「どうやら信じてくれたみたいだな」


「貴方は?」


「俺は涼人。山吹(やまぶき) 涼人(りょうと)だ、呼び捨てで構わない。あんたは?」


 笑顔が似合う青年は明るい口調で名乗りをあげる。親しみやすさを抱かせる青年に蒼蓮(そうれん)は警戒心を緩め安堵する。


「如月 蒼蓮です。 よろしーーーッ!?」


 槍の刃先があまりにも自然に蒼蓮(そうれん)を捉える。今までの弛緩した雰囲気の流れに反したその動きに蒼蓮(そうれん)は目を大きく見開く事しかできず、硬直する。鋭利な刃先は命を容易く奪えるのだろう。


「油断しすぎだぜ(あん)ちゃん。 ここは未知の世界、目の前には武器を持った奴がいるんだ、警戒心を解いちゃならねえ。 なんだ、自己紹介で同郷だと知って気が抜けたか? 」


 先ほどの明るく、朗らかな態度から豹変した男は蒼蓮(そうれん)を射竦める。放つ眼光からは明確な敵意を感じる。ひりつく雰囲気は、じりじりと蒼蓮(そうれん)に負感情を刻む。

 

ーーまだ何もしてない、まだ何も為してない、まだ何も、何も何も何も………この世界でも無意味に死ぬのか


「っと。 まあ先輩からの指導(レクチャー)だ。 死にたくなかったら何事も疑ってかかれってな。 悪かったな、(あん)ちゃん」


 刃先は下ろされ、鋭かった眼 目つきが(まなじり)の下がった穏やかなものへと変わる。その瞬間、蒼蓮(そうれん)の張り詰めていた緊張の糸が緩みそうになるが先程の態度を思い出し、警戒を怠るまいと気を張りなおした。


「おっ。 学習能力が高いのはいい事だぜ。けどまあ安心してくれよ、俺は敵じゃないからさ、ほら」


 男は槍をへし折りそこいらに放り投げ武装放棄した。戦意がない事を示すにはこの上ない手段だが経済的にはよろしくないだろう。彼はこうでもしないと蒼蓮(そうれん)の警戒心は解けないと悟りこの勿体無い行動に及んだ。


「敵じゃないなら貴方は一体。 初心者狩りだと思ったんですが」


「初心者狩りって、随分と辛辣だな。俺はこの世界に転移した人間を案内、まあチュートリアルをしてやる親切なお兄さんだと思ってくれて構わない」


 半分ほど警戒心を解いた蒼蓮(そうれん)は、ふいに感じた疑問を思わず口の端から零してしまう。


「なんでそんな面倒な事を……あっ、すいません」


 せっかく異世界に来たのだ、自分のしたい様にするのが一番だ。日本という国は法という血管が随所に根付き、何か行動を起こすには大抵リスクを背負う。街行く人々は全てが法の監視者、罪の密告者であり息の詰まる様な高度に洗練された監視社会、それが日本。


 そんな国から解放されたのだ、暇な神が言うには自由な世界。そんな世界で小さく縮こまるなんて勿体無い。旅をするのもいいし、強さを求めるのもいい。もっと自由に生きないのかと蒼蓮(そうれん)は不思議に思った。

 その事を察したかの様に涼人(りょうと)は湿った言葉を紡ぐ。


「俺は同胞が死ぬのを見たくないんだよ。この世界は日本より死が間近で鮮明だ。それを教えてやらないと直ぐに死んじまうんだよ、平和ボケした日本人は。俺は何回も見てきた。夢を見て生き急ぎ死んだ奴、恐れを知らずに魔物に殺された奴、多種族の領土に踏み入り処刑された奴、そりゃもう、たくさんな」


 涼人(りょうと)の言葉には計り知れない後悔と哀情(あいじょう)が籠っていて明るかった語気も幾分か下がるのが分かる。

 いつのまにか蒼蓮(そうれん)は自分の気持ちが常時より遥かに昂ぶっていた事に今更ながら気づく。未知の環境、これからの事に思いを馳せてそうなってしまったのだろうか。


「そうだったんですか。 その、有難うございます」


「おう。 だからこれは勝手な罪滅ぼしだな。 自分勝手なんだよ、俺は。

 っと、湿っぽい話はこれで終わりな」


 明るく取り繕う涼人(りょうと)には僅かばかりの陰りが見える。しかし、出会って間もない蒼蓮(そうれん)が踏み入っていい話題ではない事を察して(かぶり)を振る。


「ある程度の知識はあるだろ? 暇な神の計らいで」


「はい………姿を見るに涼人さんは人族、日本にいる人達と同じ、ですよね」


「ああ、兄ちゃんもな。理解が早いのはいい事だ。 取り敢えずここじゃあれだ、人王の国(エリュンシュタッド)に行こうか」


「エリュンシュタッド ?」


 知識に無い言葉に当惑する。言い方からして何処かの場所なのだろうかと蒼蓮(そうれん)は憶測を立てる。


「ああ、この辺は知識に無いんだったな。 人王が統治する国の首都、それがエリュンシュタッドだ」


 蒼蓮(そうれん)は無垢な幼子の様に爛々と瞳を輝かせる。

 見知らぬ国へ行くのだ、好奇心は止めどなく溢れてしまう、それを抑えろというのは酷なのだろう。


「行くのはいいですけど。辺り一面が大草原ですよ」


 見渡す限りの緑。空気は都会の比では無いくらいに澄んでいて爽やかな風は気持ちを陽気にさせる。 見知らぬ生物が遠目にチラチラと映るが街の名残はないし、そもそも生活の営みを感じられない場所に二人はいる。


「これを使うんだよ」


 涼人(りょうと)は薬指に嵌めた赤い指輪を見せつける。それ以外にも4本の指にはそれぞれが違う色、形の指輪が嵌めてある。


「これはな、神賜武具(ファンタズム)って言う人族にしか扱えない唯一無二の武具なんだ。この世界で人族が勢力を保てているのはこの武器のお陰だな、って。随分爛々とした目だな」


 話を聞いた蒼蓮(そうれん)はマジマジと指輪を見つめていた。これぞ異世界、日本には無い摩訶不思議な要素に蒼蓮(そうれん)の心は踊る。元々この手の創作品、小説が好きだった蒼蓮(そうれん)の目の前に架空の産物である、異能を有するであろう武器があるのだ、心が踊るには充分だった。


「あの、どうやったら神賜武具(ファンタズム)? を手に入れられるんですか!!!」


 無邪気な子供のように目を輝かせ詰め寄る蒼蓮(そうれん)に対し涼人(りょうと)は落ち着けと言わんばかりに手で制す。 その光景は小さい子供を宥める母親に少し似ていた。


神賜武具(ファンタズム)人王の国(エリュンシュタッド)に行けば手に入るから落ち着け、な」


「す、すいません。つい興奮してしまいました」


「まあ俺も始めて神賜武具(ファンタズム)を見た時は(あん)ちゃんみたいな反応だったから謝んなくていいさ。それじゃ、行くか」


 涼人(りょうと)が赤い指輪の嵌められた指を頭上に掲げ、呟いた。


「転移・エリュンシュタッド」


 自然色豊かな大草原に不相応な赤い光が発生した。その光が消える頃には、二人の姿は跡形も無くなっていた。


読んでいただきありがとうございます。

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