序幕 1
ゆるゆると更新していきます。
週2〜3の更新予定(予定だよ予定)
想像を絶する浮遊感が体を襲う。
舗装されたアスファルトの路面が近づく中で、何故か体感時間が酷く遅いせいで残酷な現実を理解できた。
道行く人々は皆、一様に立ち止まりこちらを見上げているのが視認できる。
(あぁ、痛いのは嫌だな)
重力に逆らい上を見上げるのは無意識の行動だった。地面が近づく度に死が迫るのが分かるから現実逃避したかったのだろうか。
だが、現実逃避した先にも恐怖があった。
誰かが自分の後を追従してきている。それは長い黒髪をなびかせて歪な笑みを浮かべていた。狂気を灯す虚ろな瞳は大きく見開かれこちらを見つめている。 そして歪んだ口元が動く。
別に読唇術を身につけていた訳じゃないがソレとは長い付き合いだったせいか何を言ったのか理解できてしまった。
>>>>>>>>これでずっと一緒だね<<<<<<<<<
こんな状況でも悪寒は感じるらしい。思わず視線を下に向けるもそこには鮮明な死が目に見えて迫るだけだ。
数秒先のひしゃげた自己の肢体を想像する。
(どうして………こんな)
僅かな意識を手放し思考する事を放棄した。
○○○○○●●●●●
「おぅ、蒼蓮。まーた彼女とチャットか」
「な、何で分かったんですか」
ひょっとして専務、こと九十九さんはエスパーなのだろうかと蒼蓮は思った。
仕事の合間休憩でオフィスから抜け出してきた彼、如月 蒼蓮 と九十九専務はビルの屋上で一服をしていた。
「そりゃお前さん、顔がだらしなく緩んでるしな」
愛煙家である九十九専務は煙草の煙をふかしながらそう言った。社内でダンディーなおじさまとして通ってるだけあって煙草をふかす様も渋い、渋すぎる。
当人である彼は慌てて自分の表情をスマホのインカメラで確認する。そこに映ったのは少しだけだらしのない表情を浮かべる蒼蓮だった。
「流石専務ですね」
「まああれだな。お前さんは部下から頼られてるし上司からは期待されてんだからよ」
ピコン
「公私混同はするなよって事ですよね」
「まあ、そんな所だな。俺はそんな期待してないけどな」
ピコンピコン
九十九専務は社内で人望が厚い人間だ。蒼蓮にとっての彼は憧れであり目標だ。見た目は少し怖いけれど人を見た目で判断してはいけない、という言葉の体現者に相応しいのはひょっとしたらこの人なのかもしれない。
「年寄りのツンデレとか需要ありませんよ」
「ばっか。お前、キモい事言うんじゃねえよぃ」
ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン
「蒼蓮よぉ。さっきからスマホ鳴ってるぞ」
「すいません…………。彼女からのチャットでした。マメなんですよ」
彼のスマホに映る通知は100件を超えていた。その全てが彼女によるものであり、流石の専務も苦笑いを浮かべていた。
「マメとかそんな次元じゃ………いや、人それぞれだよなそんなの。 大切にしてやれよ」
すぼめた口から出る紫煙は揺らめき風に流される。九十九専務は喉まで込み上げた言葉を飲み下し、まだ燃焼しきっていない煙草を灰皿に押し付けた。そんなやり取りをしているうちに休憩は終わり二人はオフィスに戻っていった。
通知100件。これをどう捉えるのかは個人の自由だが短時間でこれだけの通知が来るのは一般的に見て異常だろう。
20年間生きてきて初めて付き合う事になった彼女に夢中な彼は、まだ気付けないでいた。その彼女が異常者である事に。もし、気づけていれば別の結末があっただろう事を当然知る由もない。
○○○○○●●●●●
都内の外れにあるマンションの入り口にくたびれた様子で近づくのは如月 蒼蓮だ。
時刻は夜の23時過ぎ、もう数分で日付が変わる時間帯である。彼の勤務時間は基本、9時から18時。つまりは残業でお疲れなご様子だ。
そんなくたびれた彼は気怠げな足取りで自分の住む二階へ向かった。
「はぁー、疲れた」
靴を乱雑に脱ぎ捨てると上着に手を掛けながらリビングに向かった。この時、彼は異変に気づいた。
(なんで、リビングの灯りがついてるんだ)
疲れていても流石に分かる。電気系統の消灯確認は出勤前に必ずしている筈だし施錠もしたのだから絶対おかしい。
冷汗が首筋を伝う。一応護身用として玄関にあったタイヤの空気入れを掴み、恐る恐るリビングのドアに手を掛けた。
細心の注意を払いドアを少し開けてリビングを覗く。………誰もいない。最悪な予想が当たらず彼の強張った表情が少し緩む。
その瞬間を狙ったかの様にイタズラ気味な声が耳に響いた。
「ーーーー!?」
突発的な声に呼吸が乱れる程驚き、動悸が激しくなるのを感じつつ視線を聞き慣れた声の主に向ける。
「はぁ、勘弁してくれよ」
そこにいたのは黒髪の女性だった。彼女は満足した様にクスッと笑みを浮かべると両の手を合わせて謝った。
「ごめんなさいね。でも可愛い反応でしたよ」
犯人はイタズラ気味な笑みを浮かべる様にもどこか気品を感じられる女性。色白な肌と美しい黒髪とのコントラストは何処か幻想的に感じさせられる。
如月 蒼蓮の彼女、雪美 真白だった。
真白は透き通る様な淡くて白い肌をしばし紅潮させて笑っていた。どうやら蒼蓮は彼女の思惑にまんまとハマったらしい。
大きく息を吐く蒼蓮はムスッとした表情を浮かべて真白に近づきデコピンをかました。
「ウゥ、痛いです。謝ったじゃないですか」
「仕返しだよ。それより何で家に」
「暇だったもので。レポートも終わりましたしせっかくだからご飯でも作ってあげようかなと。後、お風呂も沸かしておきましたよ」
テーブルに目を向けるとラッピングされた数々の料理が陳列されていた。体は疲れきっていたが彼女が作ってくれた料理を見ると胃が歓喜をあげるのが分かる。
「ありがとう。頂くよ」
彼女が作ってくれた料理を頂いた後に1日の疲れを癒す為に湯に浸かる。真白は皿を洗っているのか台所から鼻歌が聞こえてくる。
よく出来た彼女だと蒼蓮は改めて思う。見た目は可愛いし性格もいいし料理が上手だし一個下の現役JDだし文句の付け所がない完璧な彼女だ。
そんな幸せを噛み締めて今更ながらふいに一つの疑問が浮かんだ。
どうやって真白は家に入ったのか。蒼蓮はまだ真白に合鍵を渡していない。生憎と合鍵はなくしており作らないといけないのだが、面倒なので作るのは先延ばしになっている。だから真白が家に入る術は無い筈だ。
ふとベランダの引き戸が少し空いてた事を思い出す。
「鍵、掛け忘れたのかな。明日から用心しないとな」
あまり深く考えずにその日は眠りについた。
読んで頂きありがとうございました。