奴隷編1
「起きろ!ゴミども!」
看守が罵声を浴びせながら、鞭を勢いよく地面に叩きつける音が石造りの宿舎内に響く。
いそいそと奴隷たちが起き出し、通路に列を作る。
薄汚れた粗末な布切れと薄い毛布が1枚。それだけがこの宿舎の全て。
無理矢理に働かされ、鞭で打たれ、わずかな食事を与えられ、眠り、一週間に一度水浴びをする。
その繰り返しで、奴隷たちは人生を終えていく。もちろん世界中の奴隷がそうではないのだが。
ここには衛生環境なんてものは微塵もなく、奴隷たちは病気になっては死んだり、汚い布に住み着いた虫から身体中が食われ、酷い痒みに襲われたりしてしまう。
この物語の主人公である僕はどうだって?
どちらかというと、そうではない奴隷に入るだろう。
理不尽な酷い扱いを受ける側だ。何度も死なせてくれと叫んだこともある。
でもその度に監督者たちは鞭を振るったり、肋が折れるまで殴りつけたり、魔法の炎で傷口を炙られ続けたり、足が地面に届くか届かないかくらいで首つりを一日され続けたこともある。暴虐の嵐は止まない。奴隷になってから3年間、体に刻まれた残忍な跡は増えていくばかりだった。
止まない雨はないなんて、言われたこともあるけど僕の場合は止まないんだ。確定してる。
だって僕は一人だ。家族はない。ここを出てどうやって暮らしていけばいい?
外には魔物や野生の獣がうろついている。
ここから逃げおおせたとして、武器もないんじゃ、奴らに食い殺されておしまいさ。
だから僕は死ぬまでこの地獄からは抜け出せない・・・
でも絶対に死んでやるもんか。投げ出してやるもんか。絶対にあの男を・・・この手で殺すまで。
ギンは折れかかった精神に無理やり芯を通すと、奴隷の列に並ぶ。最近のギンはなんだか自分を上空から見ているようで、まるで自分の身に起きてることが他人事のようにしか思わないようになっていた。
ギンはなんとなく隣の寝床を見やると、そこに寝ている奴隷はすでに息をしないようだった。
手を挙げて看守を呼ぶと、看守は怒声をあげながら近づいてくる。
「どうした!ホペアのガキ!」
ホペアとは銀色の髪の毛を持つ人々のことらしい。そんな言い方は奴隷になるまで聞いたことはなかったけど、ここではそう呼ばれている。
口で答えると鞭で20回は叩かれるので、黙って隣の寝床を指差す。
看守は死体に気づいたのか、僕に1人で死体を埋めるように指示を飛ばす。
「お前は朝の作業はなしだ。代わりにそいつを一人で埋めておけ。チッ、また補充しないとな。」
ギンは軽く頷く。
「ではゴミども!点呼を開始しろ!」
看守が叫ぶと、入り口に近い方から1、2、3・・・・と奴隷たちが小さい声で自分の番号を言い始める。
全員が点呼を終えると、看守が言う。
「よし、全員いるな。それではこの豚小屋からさっさと出て作業を開始しろ!」
その言葉をキッカケに奴隷たちは幽鬼のようにゆらゆらと動き始める。
ギンは死体の片足を掴むと、死体を引きづりながら歩いていく。痩せ細っているが、腹だけは西瓜のように膨んだ死体は栄養失調であることを伺わせていた。虫に食われ痒かったのであろうか、死体には掻きむしった傷が付いていた。ギンはその死体に自分の末路を重ねて、歩いた。
職場である採石場は非金属鉱山資源である石材を切り出す場所だ。おおよそ50年も稼働しているらしい。奴隷たちはハンマーで楔を打ち込みながら、石材の周りを叩いていく。そうすると大きな力がなくても簡単に割れる。そうして割った石材は荷車に積まれ、収集場所に運ばれていく。ギンは石材が採石場外のどこに運ばれていくかは知らないし、知ろうとも思わない。おそらくは建材や研磨石にでもなるのだろう。
ギンは死体を引き摺りながら、採石場の外れにある奴隷たちの墓に着いた。
奴隷に墓なんて立派なもの要らないなんて監督者達は言うのだが、どうやら人の世の暗黙のルールとして、死んだら墓に埋めるらしい。
ギンは魂がどこへ行くのだろうかと考えたが、死んでもいないこの身では到底結論など出せぬ事に気がつくと、思い出したようにスコップを使って穴を掘り始める。
頭上からスコップを使って墓穴を掘り続ける自分を見下ろしながら、ギンの精神はどんどん体から離れていく気がした。
ギンは死体を埋め終えると、フラフラとした足取りで普段の職場に戻る。
そこに監督者の「どこに行っていたクソガキ!」と罵声が飛ぶ。訳が分からず、他の奴隷達に視線を向けると皆申し訳なさそうに目を伏せた。
あぁ、またかとギンは思った。おそらく看守が監督者にわざと報告しなかったのだ。いや、もしかしたら知らないふりをしてただ自分を痛めつけたいだけなのかもしれない。奴隷達は自分が鞭打ちされるかも知れないので、声を出すこともできない。
「俺が鞭を振るうのも飽きた。よし、そこのお前、このガキを鞭打ち30回だ。」
浅黒い肌をした奴隷は困惑しながらも渡された鞭をとる。黒い瞳が左右に揺れ動き、呆然と立ち尽くしているが、その間に監督者はギンの両手を近くにあった鞭打ち用の柱に括り付ける。
「早く来い!お前も鞭打ちされたいのか!」と叫ぶと、浅黒い肌をした奴隷はギンに近づいていく。
彼は申し訳なさそうに鞭を振るう。慣れていないためか、ギンの背中だけでなく耳や脚にまで鞭打が飛んでくる。鞭が当たった場所は数センチに渡って皮が裂け、白い肉を覗かせたかと思うと、徐々に血が染み出してくる。
背中一面が血に覆われた頃、ようやく鞭打が止んだ。ギンは気を失うとそのまま崩れ落ちた。
監督者はその姿を見て絶頂したのだろうか、鼻孔を膨らませ、顔を赤くし、作業着の股間部分に黒いシミを作っていた。盛り上がった股間が僅かに撥ねあがるたびにシミは広がっていく。
「フゥ。そのガキは朝までそのままにしておけ。誰も縄を解くなよ。」
監督者はそう言うと肥え太った体を左右に揺らしながら、着替えるためか一旦宿舎に戻って行った。
浅黒い肌の奴隷は何度も何度も謝罪の言葉を口から漏らしては、地面に頭を擦り付けていた。