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ランク外冒険者がゆく  作者: 小馬鳥
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エティオの日課

 やはりエティオは疲れ果てていたのだろう。家に帰ってマアトに褒められていた彼は、いつもよりもだいぶ早い時間に眠くなってしまい、そのままベッドへと潜り込んだきり意識を手放していた。長い熟睡を経て、覚醒へと至る微睡みからようやくおぼろげな意識を取り戻した頃には、もう日は天頂を過ぎる頃だった。そんな寝ぼけた状態で、長年染み付いたくせによって肉体活性の発動を試みようとした彼に、優しい声がその無用な試みを止めるように語りかける。


(エティオ、おはようございます。昨日はとても疲れたでしょうから、よくお休みでしたよ。でも肉体活性の練習は、もうしなくて大丈夫です。今もきちんとワタシの管理下で発動していますから)


(ああ、そう言えばそうだった。ありがとう、マアト。寝ぼけてたけど、徐々に目が覚めてきたよ。昨日のことも、段々思い出してきた。まだ夢だったんじゃないかと思えるほどに、現実離れした一日だったけど)


 エティオは糊付けされたようにベッドからなかなか起き上がれずにいたが、意を決して上半身を起こしてみれば、とても軽い体に驚いた。落ち着いた状況で改めて感じたが、魔力過多による肉体不調が取り払われたことによる清々しさは、簡単には言い表せない。

 無理な例えだと承知しているものの、視力が0.1以下だった人が、レーシック手術なりを受けていきなり両目とも1.5になった翌朝ような感じ、とでも言えばよいのか。起き抜けに眼鏡をかけずともはっきりと世界がその目に映るように、エティオの身体は何の不調も訴えることなく、思い描いた挙動を楽に反映していた。そんなあたりまえのことを忘れてしまっていた自分に思うところはあるものの、ひとまずそういったことを脇に避け、エティオは日課をこなすことにした。

 洗面台の前に立ち、前髪の奥から覗き込むようにして鏡に映る相手を見てみたが、不思議とその日は今までのような息苦しさを彼が感じることはなかった。顔を洗うまえに、ふと思い立って前髪を左手でかき上げてみる。


(っ、エティオ、すごく格好いいです! エティオは絶対、そっちのほうが似合っています! 今後はずっとそうしたほうがいいと思います!!

 あ、でもそうするとまた良からぬ虫が群がってくる可能性が…)


 いきなり興奮して叫び始めたマアトに驚かされたが、これまた唐突にトーンを下げてぶつぶつと考え始めたマアトの奇行に目を瞑り、手早く顔を洗ってしまう。これまでとは違った意味で、早々に洗面台の前を離れることになったエティオの顔には苦笑が浮かんでいたが、それはけして気分の悪いものではなかった。


 洗面台を離れたエティオは庭に出てから日課との型を反復したが、そこでも彼は多くの発見に驚かされた。まず最初に、破術の型は覇王術ではほとんど機能しない、というかなり根本的かつ致命的な問題が発見された。

 破術はあくまでも万人向けにアレンジされた覇王術の亜流であり、その型や動きが想定しているのは非力な人間である。肉体活性によらない純粋な武器格闘術として洗練されてきた動きは、肉体活性を使える者が実践しようとすると、多くの無駄とも取れる間が存在していることに気付かされるのである。ではその間を削り、単純に型の実行速度を早くしようとすれば、今度は型が想定している相手の反応と合わなくなるのである。型を崩して独自にアレンジすればよい問題ではあるのだが、それは時間をかけて自身の動きや相手の反応を研究していった先にある最適解を模索することと等しく、一朝一夕で解決する問題ではなかった。

 次に肉体活性と武器強化を併用しないと、武器は簡単に壊れるということも学んだ。これはマアトが想定した武器の強度と肉体強化のバランスに問題があったのだが、あの牢の中で簡単に壊れてしまった手枷は、実はオルビスという世界の中において質の良い金属で作られていたようだった。反対にエティオは低レベルの冒険者が持てる武器の中でも安いものしか持っていなかったので、その強度はマアトが想定していた下限値を完全に下回っていた。前日のルドルフとの模擬戦では、一級品のショートソードを使っていたため問題なかったようだが、いずれにせよエティオが自身の所持品である総金属製の槍を、軽いジャンプから空中で軽く振り下ろした際に、槍はその中ほどからポッキリと折れてしまったのだった。

 最後にあたりまえといえばあたりまえの話ではあるが、地面は柔らかいということを痛感させられた。オルビスにおいても物理法則における作用と反作用はきちんと仕事をしているようで、強い力を加えれば、その反対側には同じだけの力が加わることになる。肉体強化を施したエティオの踏み込みは、当然強いものである。武器を壊してしまい気落ちした彼は、それならばと牢の中で試した無手での突きを再現しようとした。その試みはあえなく断念させられてしまったが。地面が旋転による反動に耐えきれず、右拳を突きだそうとする前段階で、蹴り足となる右足付近が大きく抉り取られることによりバランスを崩されてしまったのだ。牢を形成していた石材の強度が手枷と同じく高かったこととあわせて、ギルドの訓練所もしっかりと補強されていたことで、マアトは足場の問題点に気付けていなかった。今後はマアトが足元の地面にも武器強化と同様の手法で、エティオの踏み込みにも耐えられる堅固な足場を作ることを約束した。


 肉体活性を得たエティオにとってのはじめての日課は、こうして惨憺たる結果となった。これまで修練してきた技術は改良を余儀なくされ、武器は壊れ、庭には大きな穴が空き、家の壁にはその土がべっとりとこびりついてしまっている。彼は小さく見えるほどにすぼめられた背中で、それらの片付けをしていた。ライラが昨日に引き続きエティオの家を訪ねてきたのは、ちょうどそんな折だった。

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