ルドルフの本気
「どうした? 本気で来ないとすぐ終わるぞ? 折角の機会だ、遠慮なく来い」
「大変失礼致しました。このルドルフ、次の一合に全身全霊をかけて挑ませていただきます」
ここのところ晒していた無防備な態度を引っ込めて獰猛な雰囲気を発するエティオと、さっきまでの飄々とした態度を一変し目上への最上位の敬意を示しつつ応対するルドルフ。そのやり取りだけで、二人の関係性は揺るがないものとなっていた。すでに模擬戦の目的は達せられていたのだが、ここから先は武の道を歩む者同士が避けて通れないものであり、ジョセフィーヌやキースも固唾を呑んで見守ることしかできなかった。
一旦距離を取り直したルドルフは、先ほどとは異なりレイピアをもった右手を前に出した半身の構えを取る。左手は指先を下に向け、手の甲を左腰の後ろへと付け、掌を自身の後方へと向けている。
「参ります」
そう呟くと、ルドルフの姿がかき消えたように見えた。彼は左手から最大出力の風魔法を発し、その推進力とあわせてさらに踏み込むことで途轍もない速度での刺突を敢行する。その一撃は正真正銘、ルドルフの全力の一撃だった。さらに言えばここ何十年かで最も集中した状態での会心の一撃であり、竜を屠ったときと同じかそれ以上に洗練された一撃だった。
だがエティオにとって見れば、それでもまだ十分対応可能だった。確かに速いとは思ったが、ルドルフのレイピアが今度は胸に迫っているのをはっきりと認識し、まずはショートソードを持つ右手の甲を自分の方に向け剣先を真下へ向ける。その状態から時計回りに手首のスナップを効かせてショートソードを振り上げることで、ルドルフのレイピアを根本から切断して、折れた剣を上空に斬り上げた。さらにゆるりと前に出していた左手でルドルフの突進の慣性を制御し、徐々に減速させつつその動きを止め、先ほど時計回りの動きでレイピアを斬り上げたショートソードを円の動きの勢いを活かし、そのまま止まっているルドルフの左の首筋へピタリと当てる直前で寸止めした。その間エティオは突進の勢いに押され、その位置をわずかに後ろへとずらされていたが、全体としてのバランスはまったく崩すことなく、まるで型のひとつをなぞるかのような安定感があった。
ジョセフィーヌとキースからすれば、ルドルフが消えたと思ったらいきなりエティオにその動きを止められており、首筋でショートソードを寸止めされた状態で固まっているのである。さらにいつのまにか空中を舞っていたルドルフのレイピアの刃がくるくると回りながら上空から降ってきて、エティオの背の遥か後方で地面に突き刺さる光景を目の当たりにすれば、もはやそこに言葉は必要なく、ただただ呆然とその光景を目に焼き付けていた。
ルドルフはまたも茫然自失となっていたが、エティオに敗北したことを悟るとさっと身を引き、丁重にお辞儀をしつつエティオへの謝意と感謝を込めて礼を述べた。
「貴重な経験、ありがとうございました。自身の未熟さを痛感させていただきました!」
ルドルフはそう述べたきり、顔を下に向けたまま姿勢を変えようとはしなかった。
エティオはそれを見て苦笑し、先ほどまでの獰猛な気配を消し去り、無防備な素顔を向けてそれに答えた。
「こちらこそ、ありがとうございました。良い経験ができました。
今後ともどうぞよろしくお願いします」
そういうと未だに顔を上げないルドルフと、固まってしまったジョセフィーヌやキースを置いて、そそくさと踵を返す。
マアトには色々と彼らに釘を差しておかなくて良かったのか尋ねられたが、あの三人ならば信頼できると思われたし、何より調子に乗ってしまった自分が恥ずかしかったので、一刻も早く家に帰ってゆっくりしたいという欲求を優先させる形で、エティオは足早に冒険者ギルドをあとにしたのであった。
しかしそうしてエティオが自宅へ戻って寛いでいると、しばらくしてから申し訳なさそうな顔でライラが訪ねてきた。ピクニックの督促かな、と的はずれなことを考えていたエティオだったが、ライラから魔族の死体を検分したいので、申し訳ないがギルドを再訪して欲しいと請われ、自分がすっかりそれを忘れてしまっていたことに気付き、また赤面することになった。
自分のミスなので仕方なく疲れた体に鞭打ってギルドへ取って返し、裏手の空き地にバルザックの死体と帰りがけにマアトが自動で狩ってきた雑魚の内、そこそこ金になりそうな個体を選り分けて一緒に出してみると、ライラを始めとして、詰めかけていたギルドの職員たちから、悲鳴とも歓声ともつかない声が多くあげられた。
どうやら今回のスタンピードで取りこぼした、放っておくと不味い魔物が多く混じっていたようで、中には討伐クエストのレベルが7のものもあり、改めて自分の実力が大幅に上がったことを認識したエティオであった。
また彼が魔法の収納袋(中)を払い下げると伝えたところ、職員が何度も「いいんですね?」と確認してきたので、エティオは苦笑しつつ何度も頷かなければならなかった。それほど貴重な品だったのだが、今のエティオには、豚に真珠。代金は魔物の分とあわせてギルドの口座に入れておいてもらうことにしたが、かなり額が大きくなりそうであり、金銭感覚を狂わせないように手元に置くのは少なくしなければ、とまだまだ小市民なエティオであった。
なおエティオが大勢に褒められたと認識したマアトは、自分で狩ってきた魔物のくせにエティオはやっぱりすごいと褒めそやし、その後家に帰ってもしばらくご機嫌で、その騒がしい一日の終わりを最後まで賑やかなものとしたのだった。