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ランク外冒険者がゆく  作者: 小馬鳥
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バルザック瞬殺

 自由になった両の手をしげしげと見つめつつ、エティオの驚愕はなかなか冷めやらなかった。左手の手首にあるステータスマークの文様が、2という数字から、丸の中に数字の8を横倒しにした奇妙なものへと変わっていることに気付くこともなく。

 しばしの沈黙ののち、手枷が外れたのでまずはと首の後に手を回し、邪魔な猿轡の帯の部分を引き千切る。


「あ〜、やっと口元がすっきりした。口を閉じられないと、喉が乾燥して痛くなってくるんだな。はじめて知ったよ。別に知りたくもないことだったけど」


 そう独りごちると、エティオは足の拘束も手と同様にして、足の捻りで捩じ切った。今度は先ほどと違い、しっかりと意図した力加減で枷を壊すことに伴う反動も感じられた辺り、マアトの調整もきっちり行われたことが分かった。


(手足も自由になったところで、型の反復をして動きの感覚を調整なさいますか? それとも牢の破壊から、バルザックの討伐を優先されますか?)


(型の反復は魅力的だけど、今はバルザックを放ってはおけないな。マアトを信じているし、さっきの力を見る限り、確かにこれならそうそう負けそうにはないと感じられるから、思い切って討伐まで一気に行ってしまおう)


(もちろんです! ではエティオの思うまま、振るう力とその結果を想像しつつ、以降は思う存分お好きなようになさってください。ご期待にはワタシの全能力をもって、完璧に応えさせていただきます!)


 それを聞いたエティオはそっと目を閉じ、牢の出入りを強固に阻止する金属製の扉に向かい、これまで幾千、幾万回も繰り返してきた、無手での基本の型にある突きを実行した。両足を肩幅に広げ、腰をやや落とし、両足の拇指球と膝から始まる小さな回旋運動を、腰から胸へと連動させつつ徐々に大きくし、さらに肩から右肘へと捻りを加えてその威力を増幅させながら伝えていく。最終的に右の拳が扉へ衝突する際にその拳を握り込むことで、インパクトの瞬間に全衝撃が逃げないよう、鉄の扉へと叩きつけるようにする。

 扉と衝突したはずの右拳は大した反動を感じることなくしっかりと振り抜かれ、大きな音とともに蝶番が拉げて吹き飛んだ鉄の扉には、その中心に拗じられた跡のような皺が刻まれた大きな穴が空いており、その威力の大きさを雄弁に物語っていた。


 自分が引き起こした破壊の痕跡にしばし呆然としていたが、しかしイメージした行為と結果がぴったりと重なっていたことに密かな感動を覚え、エティオは小さく頷いたのだった。

 そしてマアトはそれに強い充足感を覚えていたが、あえて何も語らずに、エティオのことを陰ながら見守っていた。


「それじゃあ、一丁張り切ってやってみますかね!」


 大きな音と衝撃によりバルザックが異常を察知したことは間違いなく、どうせ戦うならば広いところが良いだろうと考えたエティオは、絶対に奴を打倒するとの強い想いを胸に秘め、牢を出ると我武者羅に走り出した。


(エティオ、その先は行き止まりですので、バルザックと戦いやすい広間に向かうならば反対です)


 即座にマアトに回れ右をさせられたが。


 苦笑を噛み殺しつつ、その後もマアトのナビにしたがって迷路のような建物の中を右に左に走り抜け、そして階段を下へ下へと降りていく。肉体強化により脚力も相当上がっており、その速度は相当なものだった。


 一方のバルザックは衝撃を感じるとすぐに地下にある研究室を厳重に施錠し、異常の原因を探るべく牢に向かおうとした。しかしエティオの速度はすごまじく、翔ぶような勢いでバルザックのほうへと向かってきたため、二人がかち合ったのは建物の入口を入った所にある、エントランスホールのような広間であった。


「キサマ、一体どうやってここまで?」


「熱烈な歓迎は感謝に耐えなかったが、そろそろこちらの都合でお暇しようかと思って応接室を辞して来た。

 ただパーティーへ招待されて一曲も踊らないのは失礼に当たるかと思い、こうして広間での舞踏会へと顔を出した次第さ。

 本当だったら美しいお嬢様とご一緒させていただきたかったが、あまり贅沢も言うまい。

 そういう訳で、帰りしな、ぜひ一曲お願い申し上げる」


 エティオは右手の肘を直角に曲げて掌を胸に当て、左手は同じく曲げたまま腰の裏へ回す。そのまま左足をほんの少しだけ引き、腰を深く曲げてバルザックに丁寧なお辞儀をする。

 本来お辞儀は首を相手に差し出し、相手に対して敵意がないことを示す行為である。皮肉たっぷりの慇懃無礼な口調とあわせこれでもかと挑発したわけだが、エティオの思惑どおりに堪えきれなくなったバルザックは気色を変えて飛びかかってきた。


 マアトと出会うまでのエティオならば知覚すら不可能なほどの速度で接近し、躊躇なく差し出されている首へ向けて手刀を繰り出すバルザック。拉致されてきた理由を考えれば殺すのが得策ではないと思われるが、頭に血が上った魔族にとって理屈が本能を抑えることは無理だった。

 しかしバルザックの渾身の一撃は、覚醒したエティオにとって、またマアトにとっても遅すぎるものであった。


(エティオ、今回は強化による防御力の向上がどの程度か試すために、あえてそのまま首に一撃を受けますか? ワタシの予測によればダメージは受けないものと考えられますが、もし万全を期すのであれば、躱すなり、肉体強化したうえでさらに魔力で表面を覆って防御力を高めた腕で受けるなりするという手もありますが)


(さすがに肉体活性に慣れていない現状で、まだ強いと思ってしまっている相手の一撃を急所に受ける自信はないな。

 ここはひとまず紙一重で躱しておいて、こちらの攻撃がどの程度相手に有効か見定めてから、以後防御するか受けるか決めていきたいと思うよ)


(はい、エティオの思うままに)


 マアトとエティオの情報交換は、例えが不謹慎かもしれないが、走馬灯が一瞬の内に膨大な情報を精神に投影するのに似て、現実時間の一瞬にも満たない間に多くの内容をやり取りしている。対外的に見れば刹那の間でも、二人にとって見ればこうした対話を平常心で行える程度にゆったりとしたものだった。


 こうしてバルザックの手刀による薙ぎ払いは、文字どおり紙一重でエティオの首の下すれすれを通過することとなった。

 予期していた手応えがなく、完全に格下だと侮っていた相手のまさかの反応により、その一撃が躱されたとバルザックが気付いたときには、彼は背中から広間の壁に突き刺さっており、腹には強い衝撃を受けたような窪みが刻まれていた。

 エティオは屈めていた腰をいくらか戻し、首を上げて手刀を躱すと同時に、その反動を利用して腰の裏に回していた左手を相手の鳩尾へと合わせたのだ。上半身を引き起こす反動で、おまけ程度に合わせただけの腰の入っていない一撃は、本来であれば大したダメージなど与えることはない。しかし磨き抜かれたエティオの破術の技倆は、手打ちと言えどその拳を的確に急所へと最適な角度で最短距離を走らせ、さらに肉体強化により一般的な物理を超えた衝撃とともにバルザックを撃ち抜くことを可能としていた。


 挨拶代わりの一撃として軽く合わせただけのつもりだったエティオは、バルザックが口から紫色の血のようなものを吹き出したのち、壁に埋まったままピクリともしなくなったのを見て、完全に肩透かしを食らってしまっていた。このあとはもっとこう、「キサマ、なかなかやるではないか」とか、「そうこなくてはな。だがオレサマの本気を見て後悔するなよ!」とか、「なるほど、確かにキサマは強い。だがオレサマを倒しても、まだまだアノ方たちがキサマを八つ裂きに……」とか、そういう真理(テンプレ)を期待していたのに、と見当違いの方向に妄想を膨らませながら。


 いや、まだ分からない。もしかしたら死んだふりか、ここから第二形態への変身があるのかも、と淡い期待を抱いたエティオだったが、マアトにより儚くもその期待は打ち壊された。


(標的、完全に沈黙しましたね。擬態の可能性もありません。

 不完全燃焼かもしれませんが、初戦は完勝です。おめでとうございます、エティオ)


 は〜、と深い溜め息を溢し、強敵に対する勝利の味というよりも、諸行無常の意味を知るエティオなのであった。

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