転生は唐突に
諸事情により、以降は19時更新にさせて頂きますm(__)m
転生は、唐突に。それはいつも、どんなときも変わることのない真理なのだろう。天秤は気が付いとき、六畳一間の畳張りの和室にいた。畳の上にはちゃぶ台があり、その上には急須と湯飲みに入った湯気の立っているお茶が置かれ、また深めの皿には煎餅が盛られている。探せばどこかに黒電話も置いてあるかも知れない、と思わせるような、どことなく古き良き日本の雰囲気の感じられる、どこぞの磯の辺りの家にある居間のような空間だ。そんな空間の主は、ちゃぶ台の向こうで座布団の上に胡座をかきながら、これまた例の家の主よろしく新聞を読んでいた。そんな主は天秤に気付くと、新聞を軽く畳んで脇に避け、彼に向き直った。
天秤の家主に対する第一印象は、好々爺である。翁はやや垂れ目がちな目を細め、幾筋もの皺が刻まれた目尻を下げている。白いひげをたくわえた口元も緩み、天秤の来訪を歓迎しているようであった。
「よく来たの。と言っても、儂が呼び寄せたからここに来たのは分かっておるが。まああまり緊張せんと、そこに座りなさい。どれ、茶でも飲むか?」
「あ、いえ、どうぞお構いなく……」
「まあ硬くなるのも無理はない。なにせ、お主は死んだ直後じゃし、の。かっかっか」
「あ、やっぱり僕は死んだんですか。流れ星が急に見えなくなったので残念だったんですが、それなら仕方ないですね」
「ありゃ、儂の鉄板ネタをスルーするとは、やりおる。まあよい。たしかにお主は死んだぞい。流星群に紛れておった拳大の隕石に、心臓を綺麗に貫通されておった。あそこまで珍しいというか、不運というか、とにかく珍妙な死に様は儂でもそうそうお目にかかれん。気になったので、ここに招待したというわけじゃ」
「ええっと、残念ながら、言い直せていないのですが。ただそのお言葉から察するに、貴方様はいわゆる神様、と呼ばれるお方でしょうか?」
「うむ、確かにそう呼ばれることもある。だが儂がお主の神かどうかは、また別の話じゃ。ややこしくなるので、今はその話は置いておくとして。
さてお主は前世での存在と記録を抹消しても誰にも違和感を与えない人生を歩んできたという、異世界転生の条件を満たした可愛そうな人間じゃ。おまけに隕石に貫かれて死ぬという絶望的なほど運のない死因により、異能を渡す条件も同時達成という残ね…もとい、珍奇な運命を歩む者。せめて転生後の人生がより良いものとなるよう心からの願いを込めて、くじを引かせてやろう」
「……」
神様に残念な運命と同情された人間が、果たして今まで何人いただろうか。そんな酷いことがよく言えたものだ、と気分を害し、天秤は反論するために自分の人生を振り返ってみた。
(もうダメだ、死のう)
彼は振り返ったことを、死ぬほど後悔した。
何をやっても人並みにはできず、家庭環境は天涯孤独と壊滅的。さりとて働かねば食えぬと必死の思いで得た職場では、なぜか自分の近くにいると寒気がするという理不尽な理由から虐められ、それでも辞めることなどできるはずもなく、毎日誰とも会話せずに淡々と雑務をこなす日々。たまの休日はせめて心に潤いをと、顔面の筋肉が一斉ストライキを起こしたような表情のまま、Mytubeでお笑いの動画をエンドレスで流し続けるという有意義な一日を過ごしていた。
よく不規則な生活が原因でひいた風邪による病死でもなく、心を病んでの自殺でもなく、また残業に次ぐ残業での過労死でもない死因で死ねたものだと、自分で自分を褒めたくなってしまった。
しかしここで心折れても良いことなどひとつもない、と彼は自分で自分を奮いたたせる。これまで幾度となくそうして、希望の見えない状況でも歩き続けてきたように。
何やら先ほど、神様から異能という魅力的な単語が聞こえてきた気がする。考えようによっては、これまでの運の悪かった人生を一旦リセットして、異能という名の優待券を片手に、悠々自適に再度人生を歩むことが可能なすごい幸運が我が身に降ってきたとも言える。大丈夫、もうこれ以上悪くなることなどない、はずだ、と。
そこまで考えたところで、天秤は神様にいくつか質問してみることにした。
そう、真理に従って。