エティオの信頼
エティオは考えた。彼にとって都合が良すぎる内容なので、なにか裏があるのではないか、と。
しかしそれにしてはあまりにも、言葉に熱が籠もりすぎていた。マアトの姿は見えず、その音声しか認識できないでいたが、もしそれが見えているならば、胸の前で両手を組み合わせつつ跪き、目に涙を溜めながらこちらを見上げる女性だったのではないか。まるで一心不乱に神に祈りを捧げる、敬虔なシスターのように。
眉間に皺を寄せた難しい顔でしばし沈黙したのち、その表情を苦笑のそれに変え、彼はこう告げた。
「オレの名はエティオだ。マアト、お前を信じる。
オレはこれまで二度の人生を歩んできたが、まだどちらもちゃんと楽しんだとは言えないんだ。自分で引き起こしておいて何だが、できるならオレも今の人生の続きを楽しんでみたいと思っている。
どうかこんな情けないオレを、助けてほしい」
「っっ、はい! あなたは情けなくなどありません!! あなたに必要とされる限り、いついかなるときも、私の全能力をかけてっ!!!
エティオをワタシの唯一完全管理者として設定し、その補佐をするべくシステムを再起動します!!!」
直後、辺りに揺らめいていた光のカーテンは消失し、エティオは完全なる闇に包まれた。
五感からの情報が失われ、ともすればパニックに陥ったとしても不思議ではない状況であったが、不思議と不安はなく、むしろ心地良い静寂と、何かに寄り添われているような安心感を感じながら、エティオはただただ揺蕩っていた。
そして長かったのか短かったのか定かではない静寂は、マアトの優しい声によって緩やかに破られる。
「マスター・エティオ。再起動は完了し、システムは通常モードにてすべて正常に稼働しております。現在はマスター・エティオの構成を精査中ですが、一部解析に難航する部分があり、完全解析まではかなりのお時間を頂戴する必要があります。しかしこちらはバックグラウンドにて実行可能であり、次元魔法の基幹部分および魔力制御だけならば、現時点において問題なく実行できます。
またワタシの移行も完璧に実行され、以降はマスター・エティオの中に新規拡張された領域で、マスター・エティオのためだけにあることができるようになりました。
不束者ではありますが、どうぞ末永く、よろしくお願い致します」
「最後の方の表現が適切だったかどうかは良く分からないが、いずれにせよ事が順調に推移したようで何よりだ。
ただマスター・エティオはやめてくれ。さんも様も付けない、ただのエティオで頼む」
「え、そんな。いきなりマスターを呼び捨てにするなど。ワタシはまだそんなに……いえ、しかしマスターからの命令であれば致し方ありませんね。分かりました、覚悟を決めましょう。エティオ、よろしくお願いします。…ふふっ」
「それで早速だがマアト、さっき言ってた、魔力暴走以外の解決策ってなんだ?
こっちにいる間は時間が経たないとは聞いたものの、やはり気が焦ってしまう」
「はい、それはエティオによる魔族バルザックの討伐です。戦闘状態での接触による直接解析ではなく、空気漏れからの予測解析ではありますが、エティオの魔力を適切に運用した覇王術の使用により、討伐確率は九九.九九パーセントを超えます」
「いやいや、待ってくれ。色々とおかしいぞ。
まずオレはバルザックに手も足も出ないどころか、まったくどうしようもないレベルであしらわれてここに拉致されてきたんだぞ。それがどうまかり間違えば討伐なんてできるんだ? ましてオレの覇王術って、肉体活性ができないからこんなことになっている訳だし。そのうえで万が一にも負けないとか、どこをどうしたらそんなに計算結果を間違えるんだ? マアトって、実はポンコツなんじゃないだろうな?」
「む〜、劣等作はダメです! 即時訂正を求めます!!」
「マアト、キャラ変わってるぞ?」
「は!?
……マスターたるエティオに対しての失言、大変失礼致しました。しかし計算結果は誤りではありません。
エティオが懸念しているとおり、先ほどまでの状況における勝率は0.00一パーセント程度しかありませんでした。
ですが状況は変わりました。ワタシがエティオの補佐として能力を使用することができるのであれば、勝率はどう計算しても九九.九九パーセントを超えることは間違いありません。
ワタシはポンコツではないのです!」
これまでのようにどう計算したのか、という部分の説明を丁寧にしてくれないどころか省いてまで、一刻も早くポンコツという言葉を引っ込めさせたいのだな、という点についてエティオは気付いていたが、それ以上指摘することはしなかった。
しかし、彼は気付けていなかった。マアトにはキャラが変わっていると指摘していたが、自分の仮面もまた、剥がれかけているということに関しては。




