魔族バルザック
「おやおや、これはこれは、皆様頑張っておいでですね。ええ、ええ、頑張っておいでだと思いますよ。結構な数の魔物をこちらに差し向けさせて頂いたにも関わらず、まだ門を死守されていらっしゃるとは」
魔物共が所狭しと蔓延っている門の外、しかもその上空から、皮肉をたっぷりと効かせつつ鷹揚な声が響いてきた。日は沈んでからそこそこ経ち、辺りはすでに冒険者たちの中の誰かが唱えたであろう光源の魔法による灯りしかないため薄暗く、その声の主の姿ははっきりとは見えなかった。しかしその場にいる全員が、声を聞いただけでへたり込みそうになるほどの圧を感じ、その正体を絶望とともに推測していた。
「魔族、か?」
誰とも知れぬ呟きは、本来であれば魔物共のひしめき合う喧騒の中に紛れて誰の耳にも届かないはずであったが、何故か魔物共は一斉にその動きを止めており、状況にそぐわぬ不自然な静寂が満ちていたその一帯に、やけにくっきりと響いた。
「そうです、そうです。なんとも素晴らしいご推察です!
ええ、ええ、そのとおり、私は魔族でございまして、バルザック、と申します。以後、どうぞお見知りおきを。
ああ、ただ残念ながら、皆様に以後があるかどうかは保証しかねる、と言うよりも、はっきりと、ないと申し上げたほうが正確な状況ではあるわけですが」
バルザックは全員の死を予言し、そしてその予言は直後に宣告へと変わったのだった。本来であれば冒険者たちは売り言葉に買い言葉で気勢を上げるところではあるものの、それすらできないほどの隔絶した力量差を察し、ほぼ全員が一様に黙ってしまった。
一人を除いては。
「随分なご挨拶だな、バルザックとやら。だが確かにそう宣うだけの力はありそうだ。
ただひとつ気になるのだが、今回のスタンピードはお前が引き起こしたものなのか? さっきお前が喋り始めてから、魔物共がこれまでの鳴りを潜めているのが不自然だ。
そうだとするならば、お前の目的は何なんだ? わざわざスタンピードなど起こさなくとも、それほどの実力があれば大抵のことは何とかなるだろうに」
エティオは挫けそうになるのを懸命に堪えつつ自らに鞭を入れ、バルザックへと疑問をぶつける。
徐々に目も慣れてきたのか、エティオにはバルザックの姿が薄っすらと見えてきていた。バルザックはざっくりと言えば人の形をしていたが、しかし背中には一対の翼のようなものが生えていた。鳥のように羽毛に覆われたそれではなく、翼膜のある、トビトカゲや蝙蝠、もしくはドラゴンのようなものであった。また額の左右から尖った耳の上を通るように、後方へ向けて角のようなものが生えているようだった。
「そうです、そうです、これまた素晴らしきご推察です!
ええ、ええ、そのとおり、今回のスタンピードは私が意図的に引き起こしたものです。魔物共を操ってこちらの王都を襲わせ、それにより魔王様復活の礎とすべく必要なモノを集めに参ったのです。
確かに私一人でも何とかすることはできるのですが、如何せん必要なモノというのが、魔王様復活の代償として求められる莫大な魔力なのです。魔力は色々な方法で集めることができるのですが、今回は私の手間を最小化すべく、少ない魔力を数多く集める方法を採用させていただきまして。
これは私が作り上げました魔法具なのですが、私の支配下にある魔物に屠られたものの魔力を集約するという特性を持っております。これを用いまして、大変弱いながらも数多く蠢く魔物共により、王都の皆さまを鏖殺せしめることで目的の達成を図ろうかと愚考いたしました。
これでご質問にはお答えできたかと存じますが、いかがでしょうか?」
ツラツラと淀みなく、しかもとても楽しそうにバルザックは答えた。質問したエティオもここまできっちりと答えられるとは考えていなかったためいささか拍子抜けしたが、その理由がここで死ぬ自分たちに何を喋っても関係ないだろう、というバルザックの思考が垣間見えて辟易した。
しかしこれで目的は果たした。恐らく今回の規模のスタンピードにおいて、全体指揮を取るのは冒険者ギルドのグランドマスターだろう。噂によると彼の補佐に付く精鋭の中には、遠く離れた場所でも情報を収集するスキルを持った者もいるとのこと。
そんな噂程度の情報に縋ることしかできない現状は情けないことこの上ないが、死に瀕してなお足掻こうとするのは、”できることをしっかり頑張る”という思想がエティオの魂に深く根付いていることの証左であろう。もちろん”無理せず”という本来の前置きが機能しないことは、大変無念であっただろうと思われる。
と、ここまで考えた所で、エティオは目の前の魔族が首を傾げていることに気付いた。
「回答には満足した。だがむしろお前が満足していないように見えるのは、なぜだ?」
情報収集のためではなく、ただの疑問としての問いかけは、先ほどとは打って変わり、答えられることなく、ブツブツとした呟きが所々聞こえてくるだけであった。
「あれは、何だ? 何なのだ?? 内包する……が……。しかし、それだけで……。
だが、もしそうだとすれば……。いや、仮定で失敗するわけには……。
しかし、しかし、もし万が一……。であれば、リスクとリターンは……」
その独り言はこれまでの喋り方とは異なり、バルザックの地が出ていた。仮面を脱ぎ捨て、と言うよりも、思索に耽りすぎた結果、作ってきたキャラを取り繕えなかったのであろう。それほどまでに深く自らの内に潜っていた彼は、唐突に顔を上げると、こう宣言した。
「よし、決めたゾ。おい、そこのお前。そう、今喋っていたお前だ。
お前を頂いていくことにする。ああ、もう問答など無用だ。喋るな。
これはただの宣言だ。決定事項だから、口は開かんでいい。
残りの奴らは、魔物共に喰われることになるとは思うが、正直もう興味はないので好きにしろ。目的は達した。あとは面倒だから、適当にやっておいてくれ。
ではな」
そう傍若無人に通告すると、バルザックはついと突き立てた右手の指先から一条の光を発し、それが命中するやいなや、エティオは青白く光る半透明の球体に閉じ込められてしまった。
バルザックは呆気にとられている冒険者たちにはもはや目もくれず、さっと振り返ると南の空へと飛び去っていった。そしてその後ろを、エティオの入った青白い球体が追いかけていった。
一方、取り残された冒険者たちはしばしその動きを止めていたが、バルザックが飛び去ると同時に活動を再開した魔物共に対応するため、釈然としない思いを一旦棚上げして再び武器を振るい始めた。
しかし誰も彼も先ほどまでの衝撃から立ち直ることがなかなかできず、喋ることを忘れ武器を振るい続けたため、辺りには剣戟の音と魔物の悲鳴や威嚇音が鳴り響くだけの殺伐とした異ような空間が形成されていた。そしてその状況は、なぜか予想よりも大分早く救援に駆けつけた上級冒険者たちに、しばし呪いや罠の類かと警戒されて様子見をさせてしまったのだった。




