スキップ・ジャック
南門へと走るエティオの隣には、駆除任務で度々すれ違う程度に見知った顔があった。要はほとんど他人である。しかしその男は、これからスタンピードの対処に向かうとは思えないほど緩い空気を纏いつつ、エティオに話しかけてきた。
「よお、たまに見かける顔だよな。オレはジャックってんだ。レベル2で格闘が専門だが、モンクの真似事で気休め程度なら回復もできる。お前も南門に向かってるんだろ? さっさと終わらせて、ゆっくり酒でも飲みたいよな~。
南門だったらハナちゃんの店も近いし、終わったら一緒に軽くどうだい?」
「ああ、オレもその顔は見覚えがある。オレはエティオだ。同じくレベル2で、破術は使えるが肉体活性はできない。だから攻撃一辺倒だ。武器はひととおり使えるが、今はクエストで使ってたハルバートしか持ってきていない。よろしく頼む。
それと誘ってくれる気持ちは嬉しいんだが、今日はちょっと疲れててな。さっさと終わってくれればいいんだが、まあそんな簡単にはいかないだろうよ」
「そっか~、破術使いか~。そいつは心強いな。今回の任務はオレらの得意な駆除だろ? それだったら余裕だよ、ヨユ~。こう見えてもオレ、そこそこやるんだぜ? スキップしながら害獣駆除してるみたいに見えるってんで、一部ではスキップ・ジャックって呼ばれてるくらいだからな」
「ほー、ふたつ名もちなのか。そいつはすごい。だがこれまでそんな名は聞いたことがなかったが」
「ああ、そう呼んでるのはオレがその名前を広めようとして教え込んだ、近所のガキンチョ(五歳)だけだからな」
「おい、それは呼ばれてるんじゃなく、無理やり呼ばせてるだけだからな?
ふたつ名って、そういうものじゃないからな?」
「細かいやつだな~。あんま重箱の隅をつつくなよ。禿げるぞ?
ま、そんな訳で今回は泥舟に乗ったつもりで安心しろよ」
「いや、禿げない! オレは禿げないぞ!?
そしてどんな訳かも分からない上に、未必の故意は有罪だ」
「あれ、大船に盛ったつもりだっけ?」
「それは気持ちが先走りすぎだ。宴会が始まっている」
「なんだ、お前もやっぱり飲みたいんじゃないか! 正直が一番だぞ」
「はあ…もういい。とにかく、よろしく頼む」
「ああ、任せとけって! オレんちのフネに乗ったつもりで……」
「頼むからそのフネだけはヤメロください」
エティオは危うく、普段から着物を着こなす、お団子にまとめたひっつめ髪の女性が幻視されかけて、余りにも危険なその絵面におかしな言葉遣いになりながらもジャックの発言をぶった斬っていた。
もしかしてハナちゃんって、ツインテールじゃないだろうな? などとくだらないことを考えつつ走っていると、二人はいつの間にか南門へと着いていた。
南門へと向かっている冒険者が少なさそうだと踏んで向かってきたエティオは、やはりその予想が正しかったことを知った。そこには自分たち二人のほかに数人しか冒険者がおらず、しかし住人たちが避難して人気のなくなった王都の中へ入ろうとしているのか、低位の魔物が普段なら見かけないであろう門のすぐ近くまでやって来ていた。門番の兵士二人組と協力してその阻止に当たっていた冒険者たちは、エティオらに向けて協力を求めてきた。
当然そのために走ってきた二人に否などあるはずもなく、即座に自分たちにできる範囲での駆除を開始し、エティオはハルバートを大振りするために兵士たちと並んで門の外へと出張り、逆に格闘専門のジャックはその小回りが利く特性を活かした遊撃として、エティオたちのやや後方で取り零された雑魚の処理に当たることにした。
その後もちらほらと増援が到着し、全員で連携して仕事を上手く分け合いつつ事に当たるものの、いかんせん駆除すべき対象が多すぎて、次から次へと押し寄せてくる。次第に外に出ていたエティオと兵士たちは勢いに押され、防衛ラインは徐々に門のギリギリの所まで押しやられていた。
「おいおい、これいつまで続くんだ~、これ? きりがないぞ?」
「無駄口叩いてる暇があったら、その分雑魚を叩け。いい加減、こっちもシンドいから結構漏らしてしまってるぞ」
ジャックが愚痴り、エティオがそれを軽く窘めるものの、実際はエティオも含めてその場にいる全員が同じ気持ちだった。いくらなんでも多すぎる、と。ほかの門は大丈夫なんだろうか、とか、今回のスタンピードはすごく大規模なんじゃないか、とか、色々と押し込めていた不安が鎌首をもたげる。
しかも状況は徐々に、しかし確実に悪化しつつあり、防衛ラインが門のやや内側にまで押し込められるのも時間の問題なのではないかと感じられていた。
そんな危機的な状況の中で、さらに予期していなかった事態が発生する。