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ランク外冒険者がゆく  作者: 小馬鳥
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冒険者エティオの日常

 エティオはその日もいつもどおり朝の鍛錬を終えた。朝はここ十年ほど、どんなに忙しくともその鍛錬をサボったことはなかったし、その内容を変えたこともなかった。


 起き抜けに、まずはベッドから出るまえに必ず肉体活性の発動を試みる。もしかしたら肉体活性が成功するかも知れない、という淡い期待を込めて、夢から覚めたばかりの、まだ神秘の力のようなものが僅かでも残っているかも知れないそのタイミングに、宝くじ一等当選のような一縷の望みをかけて。

 またベッドの上での発動は、万が一発動してしまった場合、不完全な形での発動に決まっているので動けなくなる可能性が高い、という自分に対する絶対的な負のベクトルの自信があるためでもある。それでも構わないから、いざというときのことを考慮して念の為、と願かけにも似た気持ちを上乗せさせる。


 結果はいつもどおり、不発。

 しかしその不幸な事実は、エティオにとってのあたりまえになっており、あまり気にならなくなっていた。それでもめげずにこの日課を続けるのには、願かけやルーティーンということ以上に、体調管理の側面が強い。子供の頃から続いている倦怠感などの不調は、年を追うごとに徐々に強くなってきており、何もしなければそれが無視できなくなってしまうのだ。

 しかし朝に肉体活性を試みると、そうした肉体不調がかなり軽減され、一日を無理なく過ごすことができるようになる。理由は定かではないが、不発に終わっているはずの肉体活性の回復魔法部分が、良い方に作用しているのではないかとエティオは推測している。いずれにせよ、結果として体調は良くなるのであまり深く考えることはしていなかった。


 その後ベッドから起き上がると、顔を洗いに行く。相変わらずと言うべきか、鏡の前に立つのが嫌いなのは変わらない。転生してから領地を出るまでは、母であるエルザにときおり散髪してもらっていた。王都に渡って以降は、自分で気が向いたときに適当に切っているだけである。自然と髪型は徐々に天秤であった頃のボサボサ頭に近付きつつあり、特に前髪はまた目元を隠すようになってきていた。そんな自分から目を背けるように、洗面台の前から早々に逃走する。

 借家の庭に出てから、準備運動や破術の型の確認、様々な武器での素振りと、徐々に身体を起こすように運動量を増やしていき、そこそこ温まってきた辺りで鍛錬を終え、朝食を摂る。あまり激しく鍛錬すると、一日の仕事に差し支えが出るので加減しているのだ。この辺りは冒険者になってから変わった部分である。


 そうしてひととおり日課を済ませてから家を出て、今日もヒュージラビット狩りで糊口をしのごうと考えたエティオは、最早通い慣れた自宅から冒険者ギルドへの道のりを歩いていた。朝日は地平線からすっかりその姿を上に持ち上げてはいるものの、まだまだ天頂に至るには時間がかかりそうに見える。往来も疎らではあるが、徐々にその数を増やしているように思え、今日も活気ある王都の一日が始まろうとしていると感じられた。


「あら、エティオじゃない。今日も格好いいわね。朝ご飯に新鮮な果物でもいかが?」


「さっき朝飯は済ませた。だが、うまそうだしな。何かひとつもらっていこう」


「あら~、嬉しいこと言ってくれるじゃない。それなら一番美味しそうなやつを選んであげるわね」


「ああ、頼む」


「相変わらずぶっきら棒ね。でもいつも買ってくれるし、おまけして銅貨十枚でいいわよ」


「いつも言っているが、これが普通だ。銅貨十枚だな」


「ふふ、確かに。今日も頑張ってくるのよ」


「ああ。それなりにここなしてくるさ」


 道中顔見知りの売り子のお姉さんと、いつもと同じようなかけ合いを楽しんだ。エティオの口調はつっけんどんになっていたが、これは王都に独り渡ってきてからだ。挫折から逃げるように暮らし始めたため、その頃は他者に対して壁を作るような喋り方を自然とするようになっていた。やさぐれていた当初に比べ、暮らしに慣れてきた今では気持ちもだいぶ落ち着き、自分の口調に僅かな違和感を持つようになってはいたが、一旦作ってしまった自分という偶像を崩すことができず、ずるずると半ば無意識で演じ続けている。そうして彼は今日も、孤高な冒険者エティオという仮面を貼り付けたまま、買ったばかりのリンゴに似た果物を頬張りながら冒険者ギルドの入り口を入っていった。

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