真っ黒金魚
周りの仲間、他の金魚達は綺麗な赤色だけれど何故かこの一匹だけが真っ黒だった。
そして何故かこの真っ黒金魚だけは、人の言葉を理解できた。
年老いた男性が言う「たーんとお食べ」という言葉しか聴いていなかったが、それが「しっかりエサを食べなさい」という事が理解できた。
他の金魚には理解していないようで、ただ口をパクパクと開いたり閉じたり。
真っ黒金魚はただただ一人、いや一匹、なんで彼の言葉がわかるんだろう。
そんな答えの出ない答えを考えながら、仲間達と暗い部屋で曖昧な毎日を過ごしていた。
そんなことを考え続けて毎日が過ぎていった。
だが、今日だけはそんな毎日は訪れなかった。
転機が来たのだ。
真っ黒金魚は仲間達と今よりもっと狭い住処に閉じ込められる。息が苦しい、そう思いながら真っ黒金魚は、それでもいつもとは違う日が来るんじゃないかと胸を躍らせていた。
少し時間が経って、黒色金魚はいつもとは違う、緩い水に解き放たれる。そしてそこは暗い場所ではなく明るい場所だった。
黒色金魚には既視感があった。自分はこの場所を知っている。
そして知らない人の言葉が聞こえた。「おじさん!この金魚!欲しい!」真っ黒金魚は思わず上を見上げた。
そこには仲間と同じ、真っ赤な金魚の柄の浴衣を着た少女が目を輝かせて立っていた。
その時真っ黒金魚は思い出した。
あぁ、自分は昔、1人の人間であったということを。そして、自分が昔、夏の暑い縁日に、この少女のように金魚を掬おうとしていたことを。
少女と真っ黒金魚の目が合う。少女のもつポイが真っ黒金魚に近づく。
真っ黒金魚はこの子になら飼われてもいい。記憶を思い出さしてくれたこの子になら、そう思って真っ黒金魚は抵抗せず、彼女のものになった。
真っ黒金魚は、狭く息苦しい、金魚袋に閉じ込められた。初めて周りに仲間がいないという孤独を味わったが、時折少女がこちらを見る、たったそれだけでその孤独は薄れていった。
真っ黒金魚は自分が人だった頃を思い出そうとしたが、自分が金魚を掬ったこと、そして今の彼女のように金魚袋の中にいる金魚を眺めていたこと、それ以外は何一つ思い出せなかった。
真っ黒金魚は目を瞑ってこれからの新しい生活に想いを馳せた。たとえ短い人生だろうと、きっと素敵になる。
そう思った。
しかし、そんな事を思った瞬間、眩しい光が真っ黒金魚と少女を襲った。
真っ黒金魚が目を開くと目の前にはトラックが迫っていた、少女は動こうとしない。
真っ黒金魚はもう一つ思い出した。自分もこうして、車に轢かれたことを。
真っ黒金魚は目を醒ます。
そこには赤色の仲間が沢山いるけれど、もう一匹、真っ黒色の仲間が泳いでいた。
その真っ黒金魚の目はとても綺麗で見覚えがあるけれど、何も思い出せない。