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96話 崩落現場へ到着


 大崩落している峠の向こうにある街――ソバナ。その街と国境を挟み背中合わせにするように、もう一つ帝国の街がある。

 名前はドンクレスウエストエンドシュタット。そこに俺と同じ元世界からの転移者が訪れているらしい。

 そろばん等を普及させていることから、日本人の可能性が高いと思うんだが――そろばんって元は大陸だっけ?

 俺達が土砂を除去した後、ソバナへ向かうと言うと――王女もついてくると言う。

 その理由を聞けば、「俺が逃げるかもしれないから」らしい。

 ぶっちゃけありえない。


 朝飯を食ったし情報もゲットしたので、いよいよ峠へ踏み込む。

 近くの小川へ行くと、プラ容器を大量購入し、水で満たしてアイテムBOXへ収納する。

 そして家や小屋も収納して、ハ○エースを取り出すとバイオディーゼル燃料を給油。

 もっと乗客が増えるなら、T田のコースター(マイクロバス)もいいかもな。


「ケンイチ、それは何じゃ?」

「これが、この召喚獣の食事でございます。私が魔法で合成した特殊な油しか食べません」

「それがなければ動かないのか?」

「はい、もし私を殺して、これを奪ったとしても、すぐに動かなくなってしまいます」

「むう……」

「姫様、珍妙な生き物でございますね」

 メイドさんが王女に耳打ちするのが聞こえる。


「全くその通りだの」

 腕を組んでいる王女を助手席に乗せ、皆もハ○エースに詰め込み出発。

 馬なしで動く車は好奇の視線を集め、アグロステンマの町を抜ける。

 さすが交易が盛んな街道の町だな、いろんな人種がいる。獣人も猫人と犬人が一緒にいるようだ。


「お~い、犬人も一緒に暮らしているようだけど、お前等的にはどうなんだ?」

「どうって聞かれても旦那――ここで暮らすしかねぇなら、我慢するしかねぇ」

「そうだにゃ」

 端からそういうのが我慢出来ない連中は、こういう街には近づかないって事か。そりゃそうだな。


 外側の城壁がそのまま建物になっている変わった町だ。時間があれば滞在してみたかったが……。

 だが先ずは、崩落現場をなんとかするのが先決だ。


 町を抜けると、いよいよ峠に入る。元世界の峠なら、沢を埋めたり橋を架けたりして道を真っ直ぐにしようとするのだが、勿論もちろんそんなものは一切ない。

 ただひたすらに岩を削って作った道が崖にへばりつく。道は細く馬車がすれ違うのもやっと。

場所によっては、すれ違いも出来ない難所もある。そんな、うねうねと蛇のように曲がりくねっている道が延々と続く。

 そしてガードレールもなく横は崖が剥き出し。こりゃマジで暗くなってから通るのは自殺行為だわ。


 滑り落ちれば数十メートルは転落するだろう。いくら文明の利器とはいえ、転落すれば皆の命はない。

 ハンドルを握る手に汗が滲む。勿論もちろんスピードは20~30kmの微速前進。

 それでも坂道を進む馬車に比べれば、かなり速い。


「これが名高い、『地獄街道』じゃ!」

 王女の言葉通り――まさに落ちたら地獄。ウチの田舎の峠は、『棺桶街道』って言われてたけど、それを彷彿させるな。

 王都の住民を養うために、こんな街道を行き来しなくちゃダメなんて、こいつは相当ヘビーな仕事だぜ。

 だが、それだけ商売としては儲かるって事なんだろう。

 なにせ経費が高くついて値段が高くなっても、買ってくれる客がいるって事だからな。


「ひょえー! すげー!」

「これは凄いにゃー」

 一番後ろで獣人達が喜んでいるが、彼女達は高い所は平気だ。

 他の女性達は、椅子にしがみついている。しかしこの世界の馬車ってステアリング機構がついていないから、曲がるのは大変だと思うが……。

 途中、多くの下りの馬車とすれ違う。


「おっと、あぶねぇ!」

「きゃぁぁ!」

 メイドさん達の悲鳴が聞こえる。悲鳴を上げたいのはこっちだ。


 下りでスピードが出た馬車に突っ込まれそうになり、焦る。

 馬車のブレーキは貧弱だ。車輪を板切れで押さえてブレーキを掛ける。当然、ドラムブレーキもディスクブレーキもない。

 ステアリング機構がない代わりに片輪だけブレーキを掛けて、馬車の方向を変えているようだ。

 貧弱なブレーキでも、ないよりはマシだと思われるが、壊れたらそこで終了――馬共々、谷底へ真っ逆さまだな。


「冗談じゃねぇ、もらい事故でも地獄へ一直線じゃねぇか」

 愚痴りながら峠を登る。そして、曲がりくねった道の先に崩落の現場が見えてきた。だが依然として10台程の馬車がとどまっているようだ。

 そして馬車列が近づいてきたので追い越す。王女には、お城で使った拡声器を渡してある。

 

『あ~あ~! これは、本当に声が大きくなるの! 妾はカダン王国王女、リリス・ララ・カダンである! この崩落現場の除去作業の指揮を執りに参った!』

 馬車にいる連中が、皆こちらを見ている。突然やって来た馬なしで動く車や、大声で叫ぶ少女――そりゃ何事かと思うだろ。

 ついに馬車列の先頭へ辿り着いた。目の前には、てんこ盛り土砂が街道を斜めに埋めている。

 とりあえず車を降りて偵察だ。


「はぁ~、こいつはすげぇなぁ。こんなの本当になんとかなるのか?」

「それでも、なんとかせねば国が瀕死になるぞぇ?!」

「それは解りますが……どうだ? 王都の大魔導師様は?」

「……こ、これは大変そうね……」

 メリッサも思わず、たじろぐぐらいの凄まじい大崩落だ。

 しかし、先が見えないので、全くどうなってるのか、さっぱりと解らん。

 王女の話では、峠の頂上にある宿場町の手前らしい。標高はざっと1000mぐらいであろうか。

 車や重機のエンジンはディーゼルで燃料噴射だから空気が多少薄くなっても平気だ。過給器ターボもついているしな。


「ドローンを出して、上空から偵察だな」

 アイテムBOXから、クアッドドローンを出して、偵察させる事にした。

 とりあえず100m程上昇させれば全体像は解るだろう。

 コントローラーのレバーに掛かる指に力を入れると、甲高い音をたててドローンが垂直に上昇した。


「おっ! なんじゃ? 空を飛んだぞ?!」

「お姫様、あれも旦那の召喚獣ですよ。空から何があるか、教えてくれるんですぜ。ゴブリンの巣を潰した時も上から丸見えだったぜ、はは」

 ニャメナが、得意げにドローンの説明をしている。そっちは彼女にまかせていいだろう。俺は操縦に集中しないと。

 谷底へ墜落させたら、そこで終了だ。


「あんな物は見たことないわ!」

 メリッサが驚くが、そりゃあたり前田のクラッカー。魔法でも召喚獣でも、なんでもないんだからな。

 ドローンからもたらされる映像は、間違いなく100m程の大規模な崩落。

 確かに100mに渡り崩落しているのだが、途中で曲がりくねっているので、俺達のいる所からは土砂の終点が見えない。

 崩落の反対側の街道にも何台かの馬車が止まっているのが見える。その先の峠の頂上には宿場町。

 ドローンを降ろして、録画した映像を王女に見せる。


「こ、これは、どういう仕組みなのだ?!」

「空を飛んでいる召喚獣が見た事を記録出来るのでございますよ。あまり遠くへは飛べませんけどね」

「な、なんと! このように上空から見れば、敵軍の配置などが一目瞭然ではないか!?」

 やっぱり、そういう使い方を想定してしまうのか。戦に引っ張りだされそうになったら逃げよう。


「戦の為には使いませんよ?」

「うぐ――しかし、国の危機となれば――」

「今は、こちらが優先でございます」

「ぐぬぬ…………やはり、崩落の規模は約50カン程で間違いなさそうじゃな」

 長さの単位1カンは約1.8mぐらいらしい。初代の王様の身長からその長さが決まったという。

 その元になった棒は、今も王家に大切に保存されているという話。


「あの――メリッサ様」

 後ろから声を掛けられた。振り向けば、白髪と髭を蓄えた60歳程の男性。

 商人らしく派手な色使いの服装をして、チャラチャラと多数のネックレスが揺れている。


「ああ、ジニアか。こんな所で会うとは奇遇ですね」

「知り合いかぇ?」

「ナスタチウム侯爵家にも、出入りしている商人でございます。こちらは王女殿下であらせられる。失礼があってはなりませんよ」

「はは~っ!」

 後ろに集まってきた商人も一緒に膝を折って平伏する。


「よいよい、そんな事をしている場合ではない故」

「私達が、この崩落を除去するための先遣隊として送り込まれたのですよ」

 メリッサの言葉を、商人達は真剣な眼差しで聞いている。


「しかし……畏れ多くも、この規模の崖崩れを、この人数では……他の貴族様達は……?」

「そうさな――これから人手を集め、準備をして、徒歩でここまで行軍――3週間はかかるの」

「ああ~っ、やはり……」

 商人達が、王女の言葉にがっくりと肩を落とす。まぁ、おおよそは想定していただろう。


「しかも、崩落は50カンにも渡っています。これを人力で除去するとなると――早くて半年、遅くて1年……」

「ありえるの」

 俺の言葉にまた商人達は、どん底へ落ちたような顔になった。


「なんということじゃ……やはり引き返すべきか……」

 商人たちは円陣を組んで、伸るか反るかの会議を始めてしまった。

 後ろの馬車には、獣人の姿もチラホラ見える――おそらく積み下ろしなどの力仕事と護衛の任務を兼ねているのだろう。

 だが、猫人ばかりだな。犬人の姿は見えないようだ。


 先ずは作業を始めるために、キャンプ地を作らなければならない。

 街道は狭く、これじゃ家を出しただけでイッパイイッパイで何も置けない。

 商人達に事情を説明して少し馬車を下がらせる――だが邪魔になっている空馬車がある。


「あそこにある馬車が邪魔になっているのですが……持ち主の方は?」

 俺の質問にも、商人たちは顔を見合わせて、歯切れが悪い。


「あの……その馬車の持ち主は、この現状を見て悲観してしまいましてな。そこから飛び降りてしまいまして……」

「ええ?」

 荷物が運べないとなると、倒産する商人も出るってわけか……。


「いや……王都に戻っても万策尽きて、首を吊る者も出るかも……」

「その通りじゃ……」「全く洒落にならん……」「この歳まで順風満帆だったが、ついに死の神に捕まったか……」

「孫の顔も、もう見れぬとは……」

 止めろ、そういう話は俺に効くから止めろ。

 商人達も明日は我が身と心配している。死んだ男の荷物は他の商人で分配して、馬も余裕がある者が引き取ったらしい。死人が持っていても仕方ないからな。

 こんな場所で泊まっていて、馬の飼葉はどうしているのだろう?

 聞けば――商人達が金を出し合い、飼葉を運ぶ荷馬車をチャーターして、アグロステンマから運んでいるらしい。

 連絡係には、獣人を使っているようだ。彼等なら数十kmのマラソンは余裕だからな。


 このまま邪魔な空馬車を放置しては作業が出来ない。空馬車を俺のアイテムBOXへ入れた。


「「「おおっ! アイテムBOX!」」」

 商人たちの目が輝く。彼等にとって、アイテムBOXは憧れの的だ。

 邪魔な空馬車がなくなり、スペースを確保する事が出来た。

 先ずは家を設置するスペースを作ろう。しかし、大量の労働者がここへやって来たら、どうやって補給をするんだろうな。

 力自慢の獣人達が多いと思うが、彼等に飯を食わせて、寝るスペースも確保しなくてはならない。

 しかし、ここに余分なスペースなどない――こんな狭い街道の上に数百人が寝泊まりして、飯を食うのか?

 見るからに無理そうだ。


「リリス様。ここへ数百人の労働者がやってきたら、物資の補給が大変そうですね――」

「その通りじゃ。この峠の工事も難工事で、犠牲者が山のように出たという事じゃ」

 コ○ツさんを召喚するが――スペース的に大丈夫だろうな。重さで道が崩れたりしたらアウトだな。

 どの道、重機なしでこの土砂を取り除くなんて不可能に近い。人力でやってたら本当に1年ぐらい掛かってしまう。


「よし、コ○ツさん召喚!」

 地響きを立てて、黄色い巨大な重機が落ちてきて、グラグラと地面が揺れる。

 その振動で崖上からパラパラと小石が降ってくるが――セーフ。


「おおっ!」

「だ、大丈夫か?」

 王女と一緒に辺りを見回すが大丈夫のようだ。鋼鉄の召喚獣を見て、商人たちがあわてふためく。


「お城でも見たけど――この鉄の魔物が召喚獣だと言うの?」

 メリッサが鋼鉄の塊であるカタピラに触れているが、バレるかな? まぁ、その時はその時だ。

 ミャレーとニャメナに手伝ってもらい、コ○ツさんのバケットを油圧ブレーカーに換装することにした。


「おおい、ミャレーとニャメナ、手伝ってくれ」

「よっしゃ! こいつの鉄の爪を交換するんだよな?」

「任せてにゃ」

 アタッチメントの交換は以前に手伝ってもらった事があるので、問題ないだろう。


「にゃー」

 暇なのか、ベルが俺の所へやって来た。ここじゃパトロールも出来ないし、狩りも出来ないよな。

 彼女には、ちょっとつまらない場所だと思われる。

 俺達の作業を見ていた商人の隊列から、獣人達がやって来て、こちらを見ている。


「ほら、ベル。出番だぞ」

 獣人達の前にベルが座ると彼等がペコペコと拝み始めた。こんな所に森猫がいるなんてありえないからな。

 その中から、三毛の女の獣人がこちらへやって来た。


「森猫様の仕事なら、あたいも手伝うよ!」

「別にいらねぇよ!」

「そうだにゃ」

 だが、やって来た三毛が、ニャメナの身体の異変に気がついたようだ。


「あれ? あんた、あの日だね? あの旦那に、かわいがってもらったかい?」

「ああ、たっぷりとな。だから、お前の手助けはいらねぇ」

 おいおい、コッチまで会話が聞こえているんだぞ。


「なんだよ~。森猫様がいるって事は良い人なんだろ? あんな凄い鉄の魔獣も使えるし――当たりのご主人様じゃないか~。あたい達にも分けておくれよ~」

「誰がやるか」

「そうだにゃ」

 爪の交換作業が終了すると、メリッサが俺の所へやってきた。


「ケンイチ! 私のコアを出して」

「解った」

「貴方ばかりに、いい格好はさせられないから」

 別に張り合っているつもりはないんだがな。俺は作業を終わらせてアストランティアのあの場所へ帰りたいだけなのに。

 そうそう、その前にソバナの反対側にいるっていう日本人らしき男に会わないとな。

 アイテムBOXへ収納していたゴーレムの巨大なコアを、崩れている土砂の所で出す。

 すると、メリッサが何やら呪文を唱え始めた。


『大いなる万物に連なる者よ、この石の礫に仮初かりそめの命を与え給え』

 道を塞いでいる土砂がコアの周りに集まると、みるみる大きさを増し、二本足で立ち上がった。

 デカい! 高さ10mぐらいか――前にも見たが完全に巨大ロボだ。これで肩に乗ったら、鉄人2○号か、はたまたGロボか……いや、大きさ的にはボ○ムズか。

 そして巨人が動き始めると、大きな岩の塊を掴んで谷底へ放り始めた。

 両手で持ち上げて、ポイって感じだな。多分、野球のような複雑な投げ方は不可能だろう。


「「「おおおっ!」」」

「すげぇぇ!」「すごいにゃ!」「わー」「凄いですわ」

 商人達、そして俺の家族からも驚嘆の声が上がる。

 確かに、こりゃ凄い! だが、こんなのがマジで動くのであれば、その隣で俺の重機が動いていても、別に不思議はないように思える。


「私もあれを動かせれば、ケンイチのユ○ボさんや、コ○ツさんといっしょに色々できる!」

「そうだな。もっと高い崖に登ったりするのも、ゴーレムで出来るようになるかも」

「よし! ふんすっ!」

 アネモネが気合を入れている。王家の書庫でコピーした物の中には、ゴーレムの本もあったはずだ。

 彼女には才能がある。それも可能だろう。


 俺も負けてはいられない――運転席に乗り込むと、右側の液晶パネルからブレーカーモードを選択。


「よっしゃ!」

 ガンガンガン! と金属を叩く大音響と共に、鋼鉄製の杭が岩の壁を崩し始めた。

 重機に装着されたブレーカーにより、崩れた岩が下に山積みになる。


「どんどん行くぜ!」

 俺は、コ○ツさんを操るレバーに力を入れた。

 一心不乱に崖を掘る。


「「…………!!」」

 外が何やら騒がしいが、重機が動く騒音で全然聞こえない。

 そして奥行き3m、長さ10m程のスペースを作った。これで結構広くなったはずだ。

 コ○ツさんを収納。代わりにユ○ボを出し、こいつの排土板を使う。掘り出した岩石を崖下へ押し落とすのだ。

 ガタガタとカタピラを軋ませ、土砂を押し寄せていく。

 そして、綺麗になったスペースに、アイテムBOXから家と小屋を出して設置。

 やっと、一息つけるかな。それとほぼ同時に、稼働していたメリッサのゴーレムも元の土砂へ還った。

 ゴーレムを谷底へ身投げさせれば、身体を構成していた土砂も捨てる事が出来るが、コアも一緒に落ちてしまうからな。


「ゴーレムはどのぐらいの時間、動かせるんだ?」

「1時間ぐらいよ……貴方の召喚獣は?」

「エサの油がある限り、一日中動く」

「……信じられない」

「実際に、アストランティアの子爵領で、用水路の普請を短期間で終わらせたからな。嘘じゃないぞ」

「メリッサよ、その者が申しておる事に偽りはない。通常では考えられぬ程の速度で普請を終わらせたのじゃ」

 王女と話していると、商人達がやって来た。


「王女殿下! この鉄の魔獣とゴーレムがあれば、あっという間に街道が開通するのでは?!」

「それはどうかの? 何事もやってみぬと解らぬぞ?」

 だが、商人達の顔は明るく、希望に満ちている。


 余裕が出来たので、双眼鏡を出して辺りを確認する。

 峡谷には川が流れているが、小川程度の水量しかなく、崖からは少々距離がある。

 土砂を捨てて川がせき止められてしまうと、洪水の危険性があるが――ここなら投げ落としても、スペース的には問題ないだろう。

 そして下を覗いていると、身投げしたという男の遺体が目に入ってしまった。


 すぐに目を逸らしたのだが、なんだか見憶えのある顔のような……。

 もう一度、覚悟を決めて覗く……それは、落ちた橋から王都まで乗せてやった若い商人だったのだ。


「ケンイチ! なんじゃ、それは!? 妾にも見せてたもれ!」

「はい……」

「おおっ! これは遠くが近くに見える! 魔法かぇ?」

「いいえ、メガネに使うガラスの板を複数重ねると、そのような能力を持たせる事が出来るのです。多分、カールドンさんなら、似たようなカラクリを製作出来ると思いますよ」

「ほう! 是非とも、作らせねば!」

 王女に双眼鏡を持たせて、皆の所へ戻ったのだが、俺の様子がおかしいのに気がついたようだ。


「ケンイチ、どうしたのですか?」

「ケンイチ、どうしたの?」

 プリムラとアネモネが俺に駆け寄ってくる。


「ああ、下に落ちてた遺体が、俺が橋の所から王都まで乗せてやった商人だった」

「あちゃー! これだから商売ってのは怖いよなぁ。儲けりゃ天国だけど、損すりゃ地獄だ」

「そうだにゃ」

「多分、博打の負けを博打で返そうとしたのでしょう」

「まぁ、そんな所だろうな」

 橋が落ちて荷物を運べなかった損失を、ソバナ――王都間のリスクの高い商売で取り返そうとしたのだろう。

 競馬のメインレースで負けて、有り金叩いて最終レースに賭けるようなもんだ。

 最終レースでバス代まで賭けて、オケラ街道を歩いて帰る奴とか、靴を売って勝負して裸足で帰る奴なんてのも、マジでいた。


 彼にも家族がいたって話だったが……しかし明日は我が身。

 気を引き締めていかないと。俺の家族も路頭に迷う事になる。

 だが、獣人二人は俺がいなくても平気だろうし、プリムラも実家に帰れば、問題ないだろう。

 残るはアネモネか……それなりに生活知識も仕込んだし金もギルドにあずけてある、なんとか出来ると思うのだが……。

 

「なんかあったのかい?」

 1人でいた俺に、三毛の女が話しかけてきた。


「ああ、そこの崖に身投げした男が、ちょっと知った顔だったんでな」

「ありゃ、そういう事も――まぁあるよ…………あたいが慰めてあげようか?」

 直ぐ様、ミャレーとニャメナが飛んできた。


「てめぇの出番はねぇ!」

「そうだにゃ! ちょっと目を離すと、これだにゃ!」

「なんだよ、ケチ!」

 獣人達のもみ合いを止める気もなく眺めていると、プリムラがやってきた。

 そして俺の背中に抱きつくと、背中から彼女の声が聞こえる。


「別にケンイチが悪いわけではありませんから、気にする事はありませんよ」

「こういうのは、商売をやっていると、よくある事なのか?」

「ええ、父と一緒に行商に出て、たくさん見ました」

 売掛金を回収にいくと、店で首を吊っていたりとか、マジであるらしい――ナンマンダブナンマンダブ。

 彼女はマロウさんと一緒に商売で各地を回り、こういう光景を沢山見てきたんだろうなぁ……。

 随分と女の子にはヘビーな環境だな。そりゃ強くもなるし、実を取るのを信念として商売で危ない橋を渡る事もないわけだ。

 マロウさんもプリムラも、博打が強い。だがあきないを博打にはしないという商売の秘訣を、家訓にしているようだ。


 しかし他の商人達も、それを見ているはずなのに、それでも商売を博打にしてしまうのか。

 死んだ男は気の毒だが、リスクを知った上で勝負に挑んだんだからな。



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