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【アニメ化決定!】アラフォー男の異世界通販生活  作者: 朝倉一二三


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95話 転移者の影


 ベロニカ峡谷へ向かう途中の宿場町、アグロステンマの外で一泊する。

 王女の話では暗くなった峠を走るのは自殺行為らしい。

 町には王女が泊まるような立派な本陣もあるというのに、俺達と1泊するようだ。全く物好きな。


 そして、飯が出来るまで時間があるので、メリッサが召喚魔法について教えてくれる事になった。

 食事の準備のため、レッサードラゴンを解体しながら、俺も一緒に話を聞く。

 彼女の説明によると――召喚魔法は、俺のアイテムBOXと似たような仕組みらしい。

 魔法で作った空間に生き物を入れておける仕組み。アイテムBOXには生き物は入らないのだが、召喚魔法は、その逆で生き物しか入れられない。


「生き物なら、なんでも入れられるの?」

「そりゃ入るけど、入れた生物は魔力によって魔物化するから」

 つまり普通の犬や猫を入れても、魔物になってしまうらしい。

 ちなみに生きた人間を入れても魔物になるという。なにそれ怖い。


「そんな実験をやった奴がいるのか?」

勿論もちろん、私はやったことがないけど、そう言われているわ。学校の授業でも習ったし……」

 紙の上の学問と実地は違うんだけどなぁ。だが確かめるわけにもいくまい。

 多分、犯罪者や死刑囚を使って実験したんだろうな――恐ろしい。


 メリッサの話に恐怖を感じながら、レッサードラゴンの硬い鱗を剥がし太腿の肉を切り取る。

 この鱗もスケルメイル等の材料として高く売れるようだからな。大切にアイテムBOXへ保管する。

 まるでセラミックのように軽くて硬く、合わせると、チンチンと乾いた音がする。

 作業をしつつ話を続ける。


「それじゃ、ものすごい魔力を持った魔導師やらが、自分で自分を召喚したらどうなるんだ? リッチとかになるのか?」

「リッチ?」

「にゃんだそれ?」

「俺もしらね」

 皆が聞きなれない言葉に首を傾げている。


「よくリッチなんて知っているわね。でも、それは当然、禁忌、禁呪とされているわ」

「ははぁ、それが『禁呪に至る病』か――」

「その本を読んだの?!」

 メリッサが俺に掴みかかってくるが――顔が近いので、下を向くと彼女の胸の谷間が目に入ってしまう。

 う~ん、中々に良いおっぱい。


「お城の書庫にあった」

「な、なんで貴方なんかが!」

「その者は城に巣食っていたゴースト退治をしてくれたのよ。その褒美として王室の書庫の閲覧を認めた」

 王女がメリッサに、ことの成り行きを話してくれた。


「そ、そんな……私だってそんな場所に入室を認められた事がないのに……」

 皆にリッチの説明をする。


「リッチってのは、魔物化して不死アンデッドになった、超強力な魔導師の成れの果てだ」

「そんな恐ろしいのが、いるのにゃ?」

「へぇぇ」

 街の噂などに詳しい獣人達も知らないって事は、一般には全く知られてないって事だな。


「相変わらず其方の知識には舌を巻くのう」

「恐れ入ります――しかし一般常識には疎いですから」

「そうじゃの」

 王女が否定してくれない。まぁ、その通りだから仕方ないけどな。


 40㎝程の肉を切り取り、レッサードラゴンを再びアイテムBOXへ入れる。

 倒してすぐにアイテムBOXへ入れたので、まだ温かいままだ。本当は内臓を抜き血抜きをして冷やしたいのだが、こんなデカブツをどうやって処理すればいいのか、皆目見当も付かない。

 大きな川を見つけたら、入れてみるか――それとも、アストランティアへ戻った時に、ギルドへ頼むか……。

 

 いっその事、重機を使って――いやいや内臓を傷つけたりすれば、せっかくの肉が全部台無しだ。

 さて血抜きをしていないので、小分けにして一度煮てみる事にする。

 アイテムBOXから一番大きな寸胴を出して、肉を入れて水で満たす。


「アネモネ、水を温めてくれ」

「うん! 温め(ウォーム)!」

 アイテムBOXから野菜等の材料を出して、アネモネにはパンを――プリムラにはスープを作ってもらう。

 9人分――王女の分をいれて、15人分ぐらい作ればいいか。

 プリムラは、アストランティアで売り物のスープを作っていたので、このぐらいの量はどうって事はない。

 野菜などの皮むきは、メイドさん達にも手伝ってもらっている。


「呆れた! いつもそんな事に魔法を使っているの?」

「魔法の平和的な利用法だろ? 前は憤怒の炎(ファイヤーボール)で風呂を沸かしたりしたぞ、あはは」

 人殺しや戦争に魔法を使うよりは100倍マシだと思うのだが。

 レッサードラゴンの肉が煮えると灰汁が大量に出るので、そのままお湯を捨て新たに水を入れる。

 そして再び、アネモネにお湯を沸かしてもらい、煮えたらちょっと切って味見――うん、大丈夫だな。


「脂身が全然なくて癖もないし、鳥の肉みたいだな」

 サイコロ状に切ってから油で炒めて、プリムラの鍋へ大量投入。そして、余った方は薄く切ってカツにしてみよう。

 チキンカツのような感じになるに違いない。水と小麦粉、そして卵を入れた物に肉をくぐらせて、パン粉をまぶす。


「そのトゲトゲの粉は何なのだ?」

「パンを砕いて粉にした、パン粉でございますが――お城にはありませんか?」

「初めて見るのぅ」

 そして油で揚げれば、レッサードラゴンカツの完成だ。大食らいの王女がいるので、大量に揚げる。


「スープ出来ました!」

「パンも出来たよ~!」

「さぁ、盛りつけて、皆で食おうぜ!」

「「「お~っ!」」」

「全く、手際がいいのう」

「そりゃ、在所では毎日やってますからね」

 テーブルの上にはアネモネが焼いた焼きたてのパンと、プリムラが作った美味しそうなレッサードラゴンスープが並ぶ。

 そして、俺が作ったレッサードラゴンカツだ。酒が飲みたい人には赤ワインを出す。


「リリス様は、パンと穀物を炊いた物、どちらをお召し上がりになりますか?」

「穀物をもらおう」

 王女も、米の飯の虜になったようだ。俺とアネモネもご飯を食べる。

 地面に座っている獣人達が一足先に、料理にかぶりついた。


「ひょーうめー!」

「肉なのに、サクサクにゃー!」

 獣人達は刺激のある味が好きなので、マスタードを少し多めにやる。


「辛えー!」

「けど、鼻に香りが抜けて美味いにゃー!」

 パトロールから帰ってきたベルにも、猫缶と揚げていないドラゴン肉の塊をあげる。

 前脚で肉を押さえながら、豪快に引きちぎって美味そうに食べている。


「ほう! パンを砕いた粉で肉を覆い、油で揚げるとはな」

 王女の隣には、メリッサが座って一緒に料理を食べている。


「そういえば、リリス様。もう毒味はしませんので?」

「其方達相手に、それは不要じゃろ」

 まぁ、信頼してもらっているという事か。大変名誉な事ではあるのだが……。

 その後ろにはメイドさんが2人立っている。食事は後で取るようだ。中々大変な仕事だな。


「お城に似た料理は、なかったですか?」

「小麦粉をまぶして焼く料理はあったが、このような物は初めてじゃ」

 王女は、カツを豪快に大きくナイフで切ると、口へ運んでいる。


「メリッサはどうじゃ? 口に合うかぇ?」

「はい、とても美味しいです。王女殿下」

「リリス様は、食べ物には偏見はないようですね? 変わった物を食べてみますか?」

「変わった物とな?」

 俺はアイテムBOXから、蜘蛛の卵のマヨを取り出した。


「これは、洞窟蜘蛛の卵から作ったマヨでございます」

「なんと! 蜘蛛の卵じゃと? ちとたもれ!」

 やはり好き嫌いもないし、食わず嫌いもない。美味い物ならなんでも食べるようだ。


「ほう! これはコクがあるのに、なんと軽やかな味わい!」

「さすが、リリス様。とても美味しいのに、私の他はアネモネしか口を付けないのでございますよ」

「なんと勿体ない」

「メリッサはどうだ? マヨを食べてみるか?」

 一応、女魔導師にも勧めてみる。


「い、要らないわ!」

 だが、否定しながらカツを赤ワインで流しこんで、彼女が固まっている。


「どうした?」

「あ、あの、このワイン、凄く美味しいのだけど……」

「うちの酒はみんな美味いぞ」

「そうそう、旦那の酒は貴族が驚くぐらい美味いんだ!」

 ニャメナがワインの入ったカップを掲げている。


 驚きつつ食事をしているメリッサだが――自分が飼っていたレッサードラゴンの肉なので、心中は複雑だろうけど。

 しかし相手は魔物だからな、愛着のあるペットを絞めて鍋にしている感じではないと思うのだが……。

 一応、本人もそう言っていたし。――だが、そういう俺は、夜店で買ってきたカラーひよこを鍋にしてしまったが。


「リリス様、ちょっと品がないと思いますが、こういう食べ方もございますよ」

 アネモネが焼いてくれたパンを取ると半分に切る。そして、マヨとマスタードとソースを塗ってカツを挟む――カツサンドだ。


「こう、手づかみで、パクっと――」

「はは、こうか? ――これは美味い! 確かに品はないがの! 絶対に城ではこんな食べ方はさせてもらえぬぞ?!」

 後ろにいるメイドさん達が、「あちゃー」みたいな顔をしている。


「トラ公、ウチ等もやるにゃ!」

「おう! 真似しようぜ! この黄色い辛いやつをたっぷり塗った方が美味い」

 獣人達はマスタードが気に入ったようだ。肉に付けても美味いからな。


「おほっ! 辛くてうめー!」

「にゃー!」

 獣人達は、マスタードの辛味を楽しんでいる。


「この黄色い辛いのも、香辛料なのか?」

「はい、植物の種を潰した物でございます」

 カラシナ――要はアブラナなんだが、この世界には白菜もキャベツもないみたいだからな、アブラナもないのかもしれない。

 道端を見ても、アブラナの類は見たことがないしな。


 皆の食事が終わった後、カツサンドと、カップに入ったスープをメイドさん達に渡す。


「マイレンさん達も、皆と一緒に食べればいいのに」

「そうはまいりません」

 そう言いながら、メガネのメイド長さんが、カツサンドをパクリ。


「お、美味しい! 口の中で、パンと肉とが混然一体となって――」

「メイド長! こうやっていろんな物をパンに挟めば、時間がない時にはつまんで簡単に食事をとる事が出来ますよ!」

「そうですね、これは真似いたしましょう」

 食事の後片付けは、メイドさん達に頼む。さすがプロだ。手際が凄くいい。


「ニャメナに町へ行ってもらって、噂を収集してきてほしかったんだがなぁ」

 街道を走っている馬車もいるので、門が閉じるにはまだ時間があるようだ。


「俺は、まだちょっとダメだぜ? 多分、男どもが臭いで集まってきちまう」

 人間には全く解らないが、獣人には解る臭いのようだ。


「ニャメナみたいないい女がそんな事になってたら、黒狼の中へ肉を投げ込むようなもんだな」

「そうだにゃ。ケンイチ、ウチが町へ行ってくるにゃ!」

「そうか――それじゃ頼んだぞ。軍資金は銀貨(5万円)でいいか?」

「それだけあれば、十分だにゃ」

 金を受け取ったミャレーが、凄い速さで街道を駆けていく。

 噂を集めている間に門が閉じてしまうので、戻ってくるのは明日の朝になる。


「さて、風呂の準備でもするか~」

「え? お風呂?」

 メリッサが驚いた顔をする。まぁ、そりゃ驚くよな。


「そこに小屋をもう1つだして、そこを風呂の部屋にするから。お城にいた時には、リリス様も利用なされたぞ」

「はは、メリッサよ。中々快適だったぞ」

「ここから峠に行くと、湯浴みなどは出来なくなるかもしれないから、今のうちにした方がいい」

 先ずは水の確保だよな――料理に使う水なら、シャングリ・ラから水を買ってもいいんだけど、風呂となるとな……。

 サイトを見ると、2Lの水が9本、つまり18Lで1000円だ。

 湯船には200L入るから――12セット買えば、売ってる水でも風呂を沸かせる。1回1万2千円だ。

 湯船は2つあるから、1日2万4千円……あれ? 10日連続で風呂に入って、金貨1枚――王女の財力からすれば屁でもないな。

 それよりも、現場に家を出す場所があるかが問題だな。


「けど、こんな所で裸になるなんて……」

「ちゃんと風呂専用の小屋を出すんだぞ。そんな格好をしているのに、裸は恥ずかしいのか?」

「これは魔導師の正装よ!」

 恥ずかしいけど、魔導師の正装なので着ているということだろうか?

 小屋をもう1つ出し湯船を設置して、アネモネとメリッサにお湯を沸かしてもらう。

 メリッサも乗り気じゃないみたいだが、王女から「協力せよ!」って言われたら、従うしか無いだろう。

 本人だって風呂は入りたいだろうし。


 そして風呂小屋で、女子達のキャッキャウフフが始まった。

 メイドさん達は、やっぱり入らず。後で入るようだ。

 だが、アネモネが俺の胡座の上にいる。


「アネモネは入らないのか?」

「入らない……」

「女の子なら、綺麗にしていい匂いがしている方がいいんだがなぁ……」

「ケンイチはそういうのが好きなの?」

「もちろん」

「じゃぁ、入ってくる……」

 アネモネは立ち上がると、小屋の中へ入っていった。

 石鹸&シャンプー、リンス全部、中に揃っているからな。


 さて、ジェットヒーターの準備でもするか……。


 ------◇◇◇------


 ――朝、外の寝袋で起きる。女子達は家の中で寝ているが、狭い部屋の中――ベッドでギュウギュウだ。

 だが、外で寝るよりはいいだろう。普段は馬車の中で眠るか、天幕を張ってその中で毛布を敷いて寝るようだ。

 こんな場所でベッドで寝られるだけでも凄い事。不満を言う女性は1人もいない。

 メリッサの話では、結界の魔法があるそうなので、それを使ってもらった。王女の御身を守るためだ、嫌とは言わない。

 結界は、普通の人間や小さな魔物なら遠ざける事が出来るようだ。勿論もちろん、敵に魔導師がいれば解除されてしまうが、それなりに効果はある。

 

 外に張った小さいテントの中。俺の隣にはアネモネが寝ている。シャングリ・ラを検索すると、2人用の寝袋が売っていたので購入してみた。

 普通の布団の三辺が閉じた封筒のような作りになっていて中々暖かい。寒冷地でなければ十分に役に立つ。

 この中でならゴニョゴニョするのも可能だろう。寝袋の上にはベルがいて――起きたのに気がつくと、ザラザラの舌で俺の顔を舐めてくる。

 腹が減ったのかもしれない。


「ふぁぁ~、さて起きるか」

 川まで行って、デカいプラ容器に水を汲んでくる。

 テーブルを出して朝食の準備をする。王女は昨日食べたカツサンドが食いたいとご所望なので、アイテムBOXに入っているレッサードラゴンカツを取り出す。

 しかし朝っぱらからカツサンドかよ――ヘビーだな。

 とにもかくにも、王女のバイタリティは凄い。このぐらいじゃないと、魑魅魍魎が跋扈するお城の中で平然とした顔をして暮らせないんだろうな。

 豆腐メンタルじゃ、とても持ちそうにない。


 起きたアネモネにパンを焼いてもらい、スープは昨日の残り物だ。

 朝食を並べていると、町からミャレーが帰ってきた。


「おはようにゃ!」

「町で襲われなかったか?」

「そんな奴は、ぶっ飛ばしてやったにゃ」

 口ぶりからすると、からんできた男はいたようだな。彼女の毛皮はいつもブラシをかけてるからピカピカだ。

 そりゃ、獣人の男は放っておかないってわけだ。

 獣人達以外はテーブルについて朝食にする。カツサンドを食っている王女以外は、皆グラノーラを食べている。


「このパリパリも美味しいわ」

 メリッサがつぶやくが――これを不味いと言ったやつはいないので、この世界の万人に好かれる味なのだろう。


「ミャレー、何か面白い話はあったか?」

「物が入ってこなくなるって、値段が上がっていたにゃ」

「そりゃ当然だな」

「それから峠にいた連中が、戻ってきてるにゃ」

 峠が不通になってるんだ、いてもしょうがないだろうな。お城にも100m程崩れたって情報が入ってきたのだから、誰かが確認したんだろう。


「通行止めになってるんだ、待ってても仕方ないだろう。しかし迂回路とかあるのか?」

「ダリアから東へ行けば、峠がもう1つありますよ」

 プリムラが迂回ルートを知っているようだが――。


「王都からダリアまで行って、さらに峠を越えて、北上してソバナを目指すルートか?」

「ダリアに来る砂糖や塩などは、その峠を越えてやって来ます」

 しかし、ソバナから王都へ荷物を運ぶとなると、めちゃくちゃ遠回りだな。時間も2ヶ月は掛かる。

 商人達が引き返すって事は、そっちのルートに賭けるのかもしれない。

 でも、イベリスの橋も落ちているぞ? その情報は伝わってないのかな?

 何せ人の噂でしか情報が伝わらないからな。


「何人かは崩れた土砂の上を、歩いて荷物を運んでいるらしいにゃ」

「なんだそりゃ、そんな事をして大丈夫なのか? 下は崖なんだろ?」

「全く、自殺行為じゃの」

 王女の言うとおりだ。物資が不足すれば、物の値段が上がる――となれば、少しでも運べば金になるって寸法だ。

 それに、そういう仕事をするのは、身軽でパワーがある獣人達だろう。


「しかし、そりゃ博打だな」

「そうです。商売で博打をするのは感心しませんわ」

 プリムラは、堅実な商売をモットーとしているからな。

 彼女の言葉で思い出した――商売で博打といえば、橋が落ちた所で車に乗せた若い商人はどうしたかな?


「他に何か面白そうな話はないのか?」

「あるにゃ! 国境の街の反対側に帝国の街があるにゃ? え~と――にゃんだっけ?」

「ドンクレスウエストエンドシュタット」

 ニャメナの突っ込みが入った。王国と帝国、2つの国の国境線に背中合わせになるように、2つの都市が隣接しているのだ。

 王国側がソバナ、そして帝国側がドンクレスウエストエンドシュタットというらしい。

 帝国側の特徴として、人名や土地名がやたらと長いのが挙げられる。


「それにゃ! そのナントカシュタットに、帝国の『ドラゴン殺し』が来てるって話にゃ」

「ドラゴン殺しって、前に話が出てきたあいつか?」

「そうにゃ」

 マヨネーズを作り出すという特殊能力をもつ、俺のような転移者だと思われる人物だ。

 帝国魔導師であり、皇帝ブリュンヒルドに仕える近衛魔導師。


「もしかして帝国の軍隊が侵攻してきているのか?」

「そんな事実があれば、真っ先に王族の下へ話がやって来ているはずじゃ」

 王女の言うとおりだ。それなら、単独で先行しているって事なんだろうか?


「リリス様、帝国側へ越境の許可というのは、すぐに下りるものなのでしょうか?」

「商人で、それなりに実績があれば認められるが……其方まさか?!」

「その帝国魔導師に会ってみたくて……」

「会ってどうする気じゃ?! もしや、妾を捨てて帝国へ寝返るつもりではないじゃろうな?!」

 帝国へ寝返る事を心配するなら、あんな素敵な歓待をするなよ――と思う。

 まぁ王女は助けてくれたのだが。


「いやまさか、王都に咲く可憐な花を捨てて、帝国へ渡るなどありえません」

「そのような棒読みの台詞を、もう一度妾の目を見て申してみるがよい!」

「私が家族を捨てて、帝国へ亡命するなどありませんよ。そんなに心配なら、私の家族を人質に取ればよろしいでしょう」

「ぐぬぬ……」

 王女が躊躇するって事は――この国では王侯貴族が人質を取るとなると、彼等の誇りに傷がつくという文化なのかもしれない。

 まぁ、ここら辺は国によって違いがあるだろうな。人質が普通という国もあるだろうし……。


「いつもそうやって、謀略やら欺瞞やらを巡らしているから、お互いに疑心暗鬼になるんです」

「隙を見せれば地獄へ引きずり込まれる――魑魅魍魎が跋扈する世界なのだから、致し方ないであろう」

「いやはや、困ったものですねぇ」

「だからこそじゃ! 其方のようなしがらみがない者が欲しいのじゃ!」

「リリス様の味方になるとは申しましたが、それはお断りいたします」

 俺の即答に、また王女ががっくりと肩を落とす。俺達の話を傍で聞いていたメリッサも何か言いたそうに口を開いたのだが、そのまま黙ってしまった。


「また、即答かぇ?! 少しは妾の願いを聞いてくれてもよいじゃろう!」

「リリス様のお願いはお聞きいたしましたけど――それとも、あの首飾りは返却なさいますか?」

「いやじゃ! あれは妾の物じゃ!」

 貴族出身だと確かに柵は多そうだな。


「姫様! 姫様の傍らには、いつも我らメイドが寄り添っております故――」

「おうおう――其方達だけじゃ、妾の味方なのは……」

 王女と膝をついたメイドさんが抱きあって涙を流している。残念ながら、そんな三文芝居に心を動かされるようなオッサンではない。

 特にマイレンさんは、20歳過ぎているので、その涙は信用出来ないな。顔とスタイルは凄い好みなんだけどねぇ。

 でも、それを口に出すと絶対に色仕掛けがやってくるから、言わない。


「冗談はさておき、リリス様。そのドラゴン殺しは、私と同郷の可能性が高いのでございますよ」

「それは真か?」

「はい、それ故――もしかしたら、その魔導師を王国へと引き抜く事が出来るかもしれません」

 そいつも転移者ならば、元世界の食い物などに飢えているだろう。

 それで釣ればいい。まぁ無理だとしても、ただ会うだけでもいい。

 なにか、この世界へやって来た情報が掴めるかもしれない――とはいえ、別に戻りたいとも思ってないんだけどねぇ。

 俺の故郷のど田舎で暮らすのも、この世界で暮らすのも然程変わらないし。

 いつも思うのだが――シャングリ・ラがあれば別に生活にも困らない。

 これでネット通販もなく、アイテムBOXもない状態で苦労の連続――そんな状況なら帰還を願うかもしれないが。


「逆に言えば、帝国の魔導師に説得されて、其方が寝返る事もありえるであろ?!」

「先程も申しましたが――家族を残して、それはありえません。王侯貴族なれば親兄弟でも信用出来ないのは解りますけど」

「うぐぐ……」

「この無礼者!」

 メリッサが怒るのだが事実だろ。だが街道を埋めている土砂の除去が上手くいったら、国境の街ソバナまで行ってみようと思う。

 人口20万人の都市が背中合わせ、40万程の人が住んでいて、国境を挟んでの貿易も盛んらしいしな。

 だが王女がとんでもない事を言い出した。


「妾も行くぞ?!」

「ソバナへですか?」

「其方が逃げ出さないように、監視しなくては!」

 まだ言ってるよ。

 本気なのか? 再度確認しても本気だという。


 マジですか?


「にゃー」

 俺の足下にベルがやってきて、ズボンに身体を擦りつけている。

 しゃがむと彼女の黒光りする毛皮を撫でる。


「よしよし、お姫様は――俺が、君たちを置いて逃げるつもりだなんて言うんだぜ。全く身内も信用出来ない王侯貴族様はこれだからなぁ……」

「そんなの絶対にありえない!」

 アネモネも走ってきて俺に抱きついた。


「妾も好き好んで、こんな暮らしをしているわけではない!」

 ちょっと冗談が過ぎたか――暗い顔をする王女の前に立つと、深々と礼をして言う。


「双肩に国民の命が懸かっていると言われては――私などでは、とても耐えられません。リリス様の心中お察しいたします。どうかご無礼をお許し下さい」

「……」

 何不自由なく暮らせても、王侯貴族の暮らしってのは、全く憧れない世界だな。


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