93話 呉越同舟
獣人特有の発情期がきてしまったニャメナの相手を一晩中した。
もうクタクタの傷だらけになってしまったが――彼女達と付き合うならば、これも受けいれないとダメってことだ。
――目が覚める。見上げれば青空。
「う~ん……」
だが、慌てて飛び起きると、アネモネとプリムラは椅子に座っていた。
ミャレーは地面に胡座をかいている。
「ケンイチ、起きたにゃ?」
「ふぁぁ~すまん、寝過ごしたな。皆、飯は?」
「皆、食べたにゃ」
「悪いな、飯の用意も出来なくて」
「構いませんよ。それより大丈夫なのですか? まるで殴りあって戦っているような感じでしたけど……」
「いや、本当にそんな感じだったぞ」
俺は下着を捲って、身体についた傷を見せた。
「まぁ!」
「私が治してあげる! 回復!」
駆け寄ってきたアネモネの声と共に、青い光の粒子が集まってきて、俺の身体の中へ染みこんでいく。
「ふぅ――獣人のアレ、皆こんな感じなのか?」
「普通はこうはならないにゃ。まったくトラ公は仕方ないにゃ」
「悪かったな……」
不意の言葉に、小屋の方をみると、素っ裸の彼女が開いた扉に寄りかかっていた。
さすがに疲れ果てた顔をして、ぐったりとしている。
「おい、ニャメナ。大丈夫か?」
だが、ニャメナに近づこうとすると、彼女は俺を避けるような動きをして、もじもじしている。
「どうした?」
「あの――旦那……悪い、こんな事になっちまって」
ニャメナの手を引くと抱き寄せて、彼女の毛皮の中に埋まる。
ふわふわのふさふさで、極上の毛布のような抱き心地。
「いいって事よ。獣人と付き合うって事は、こういう事も受けいれないとダメって事だろ?」
「旦那……」
彼女の顎を撫でてやると、うっとりと目を閉じてゴロゴロと喉を鳴らす。
「トラ公、1つ貸しだにゃ」
「解ったよ! クロ助が盛った時には、俺も相手してやるから」
「にゃ! なんにゃ! ウチはそんな趣味ないにゃ! 冗談じゃないにゃ!」
「そう、遠慮するなよ」
「ぎゃー!」
ミャレーが毛を逆立てて、逃げまわっている。余程、嫌らしい。
「そうだニャメナ。身体を洗った方がいい。アネモネ、お湯を沸かしてやってくれるか?」
「いいよ」
アイテムBOXから浴槽を出して、その中を井戸の水で満たす。
「む~温め!」
すぐに適温になり湯気が立ち上る。全く便利だ。
その中にゆっくりとニャメナが脚をつけて、そして全身を沈めた。
「ふぅぅぅ~……」
湯船に浸かり目を瞑っているニャメナに質問する。
「獣人のあれって、いつもあんな感じなのか?」
「とんでもねぇ! 俺も、あんな事になったのは初めてだよ……レッサードラゴンを倒した旦那を見ていたら、身体の芯から熱い何かが込み上がってきて、自分が何をしているのかも解らなくなっちまって……ああ」
彼女がお湯でバシャバシャと顔を洗っている。
「記憶はあるのか?」
「……なんとなく……」
恥ずかしそうにしているのではあるが、獣人の顔色というのは判りにくい。
「腹減ったな……ニャメナは腹減ったろ?」
「……ちょっと食欲がないよ……」
「ふ~む、こういう時はあれだな」
俺は、シャングリ・ラから桃缶を購入した。
「にゃ! それ、美味いやつにゃ!」
「お? 皆も食べるか? そういえば、前に食った時はニャメナはいなかったな」
皆も食べたいというので、もう1缶購入して。缶切りで蓋を開ける。
桃を小鉢に盛って、スプーンと一緒にニャメナに渡す。
「甘酸っぱい果物を、砂糖漬けにしたもんだ」
「美味いにゃ! トラ公が食わないなら、ウチがもらうにゃ」
「……うるせぇ、食うに決まっているだろ!」
彼女が桃を一口食べた。
「う、うめぇ……」
「これなら、食欲がなくても食えるだろ。消化もいいし栄養満点。言うことなし――あっ、そうだ!」
俺は、シャングリ・ラからブランデーを購入した。
「ニャメナなら、少し酒を入れた方がいいかもな」
ほんの少し、ニャメナの持っている小鉢に、ブランデーを注ぐ。
そして、それを食べた彼女が呟いた。
「……旦那、もう少し……」
「そうか」
小鉢の中へブランデーをドボドボと注ぐ。
「あ~うめぇ~! 五臓六腑に染みわたるぜ!」
この世界でも五臓六腑って言うのかよ。
「ニャメナ、身体の方は収まったのか?」
「まだ身体は熱いが、もう大丈夫だ。あんな事にはならないと思う。もう半年分ぐらいイッた気がするぜ……」
湯船の中で、桃缶を頬張っているニャメナのために、テーブルにジェットヒーターを出す。
皆で桃缶に舌鼓を打っていると、王女がやってきた。
いつもの白いドレスではなくて、タン色の上着に紺の乗馬ズボンのような物を履いており――。
金髪も編みこんで短くまとめてある。
「朝っぱらから風呂かえ? 豪気じゃの」
「はは、ちょっと身体を汚してしまったので……」
「其方達、何を食しておる。妾にはないのかぇ?」
まぁ桃缶なら、王女の口にも合うだろう。俺達と同じ小鉢に桃を入れて王女へ渡す。
「ほう、果物か……」
「果物の砂糖漬けでございますよ」
「ふむ――なんと! 美味い! 柔らかく爽やかな酸味と強烈な甘み」
「リリス様のお口に合ったようで、なによりです」
「リンカーに似ている気がするが、このような果物は食した事がない……」
「リンカーも、煮てから漬けると似たような感じになりますよ。妻の店でそれを売って好評でした」
「なるほどのう……代わりじゃ!」
どうせ、山ほど食うのだろう。新しくシャングリ・ラで買った桃缶を開けて、缶ごと王女へ手渡した。
「これは、ちょっと品がないのではないかの?」
「これは失礼いたしました」
「まぁよい!」
俺は器に入れ直そうとしたのだが、彼女は缶を持ったまま、むしゃむしゃと食べ始めた。
そして、あっという間に1缶を平らげてしまった。
「あの――畏れ多くも王女殿下。お太りになりませんか?」
「今のところは大丈夫だの?」
「今は成長期かもしれませんが、成長が止まってもそのままの食生活だと……」
「其方も医者と同じ事を申すの! だが、王家で太った者はおらぬ」
どうやら、そういう家系らしい――まったくもって羨ましい。
俺も40近くなって、ちょっと食い過ぎると太るようになってしまった。
それだけ新陳代謝が落ちているって事なんだろうな。20歳前は、いくら食っても太らなかったのに……。
風呂から上がったニャメナが、ジェットヒーターで毛皮を乾かし始めた。
桃缶とブランデーでエネルギーが補給出来たのか、さっきよりは元気になったようだ。
「ええい、妾の目の前で裸で踊るとは――毛皮を着ているとはいえ、なんとかせよ!」
「はいはい」
王女は獣人に偏見があるタイプには見えないが、目の前で毛皮を乾かすためのセクシーダンスを踊られたので、我慢出来なかったようだ。
これで周りが男だったら、拍手喝采だったと思う。
しかし、なんとかしろと言われたので、やむを得ず――テーブルの前に衝立を2枚出して、完全防御。
「うむ、それで? いつ、ベロニカ峡谷へ向けて出立するのじゃ?」
「カールドンさんがいらしたら、すぐにでも……」
「そうか、其方に持っていってもらいたい物があるので、それまでしばし待つがよい」
「承知いたしました」
「それからの――妾も同行するぞぇ?」
「ええっ?!」
王女がとんでもない事を言い出した。
「不服かえ?」
「いいえ、滅相もございませんが、何が起こるか解りませんから……それに、お城とは段違いに不自由な生活を強いられますよ」
「承知しておる! それに、其方はその家も持っていくのだろう?」
「勿論でございます。私共の家でございますから……」
「其方がいれば、不自由はしなくても済みそうだの」
ああ、俺目当てか――そりゃ、アイテムBOX持ちだし、シャングリ・ラから食料でも何でも購入出来るからな。
「しかし……」
「まぁ、待つがよい。其方が妾の世話が面倒なのも解る」
「名誉な事ですから、そうとは言いませんが……」
「まぁ聞くがよい。現場では、妾が王家の代理となって指揮を執る。そうすれば面倒な事が起きてもお城まで早馬を飛ばす必要もなくなるじゃろ?」
なるほどな……王女が王家の人間として、現場の全ての責任を引き受けてくれると言っているのだ。
「よろしいので?」
「うむ、陛下や母上も了承済みじゃぞ? まさか、陛下が御自ら現場へは向かえんからの」
まぁ、そりゃそうだ。王家の跡取りとなる男子がいない現時点で、国王が事故にでも巻き込まれたら、政変で大変な事になる。
「しかし何かあれば全ての責任がリリス様へ――」
「妾は王族じゃぞ? そのぐらいの覚悟はいつでもできておる」
「それで私が持っていく物というのは……?」
「まぁ、しばし待て」
やって来たカールドンさんと一緒に、テーブルに座って飲み物を飲む。
カールドンさんの実家へ行って魔道具を受け取るわけだが――彼の手元にはドライジーネがある。
「そのドライジーネはカールドンさんが作った物ですか?」
「はい。街の噂を聞き、商人に現物を見せてもらい、似たような物を作ってみました」
前輪には、王女のドライジーネに付いていたような、魔法で動くモーターのような物が装着されている。
これで自走出来るのだろう。だが俺が持っていくアイテムってのは、カールドンさんとは関係ないらしい。
魔道具の話をしているうちに、外から荷馬車に積まれた、何かがやって来たようだ。
「来たようだの」
「あれですか?」
そして馬車と一緒にやって来たのは、黒いロングワンピースから覗く白い太ももが色っぽい魔導師。
メリッサとかいう、スノーフレーク婆さんの孫だ。
「なんじゃこりゃ」
馬車の荷台を覗いた俺に目に飛び込んできたのは、長さ2m程の丸太で出来たデカいクリオネ。
この形は本で見たな――。
「貴方、アイテムBOX持ちだそうね」
「ああ俺はケンイチだ。改めてよろしくな」
「ふん……」
女魔導師はそっぽを向いてしまった。俺にやられた事が、まだ気に入らないのだろう。
「これは、ゴーレムの核だろ?」
「へぇ、よく解るのね」
「まぁな」
その話を聞いて、皆が荷馬車へ集まってきた。
「へぇ~こんなデカいゴーレムの核だって?」
「こんなの初めて見たにゃ」
「大体、辺境でゴーレムを見ませんしね」
あちこち商売で渡り歩いているプリムラが見たことがないのであれば、他の者も見たことがないのは当然。
それを聞いたメリッサが顎を上げて得意げに、まるで漫画に出てくる悪役令嬢のようなポーズで話す。
「ほほほ――こんな大きな核を使ったゴーレムを動かすには、それなりの魔力が必要だから。辺境の田舎魔導師には無理でしょうね」
「それに、ゴーレムを動かすには、国の許可がいるんだろ?」
「それよ! ケンイチ」
俺達の会話を聞いていた王女が声を上げた。
「は?」
「現場でゴーレムを使うのであれば、妾がおればすぐに許可が出せるであろう?」
「ああ、なるほど――リリス様の言う通りでございますねぇ」
「この無礼者! 王女殿下のお名前を呼ぶなどと――」
「よいのじゃ、メリッサ。妾が許可した」
「そ、そんな……」
メリッサは王女の言葉にショックを隠し切れない様子。田舎の魔導師である俺が、王女の寵愛を受けているのが、ショックなのだろう。
「あ~そうか。城壁を修理していた、あのデカいゴーレムの核がこいつか……」
「そうよ……」
確かに、あの馬鹿デカいゴーレムなら、土砂や岩を退かすのに役に立つかもな。
俺は、アイテムBOXへゴーレムの核を収納した。
「随分と容量のあるアイテムBOXのようね?」
「デカい洞窟蜘蛛を商人へ売ったばかりだからな。空きがある」
「洞窟蜘蛛ですって?」
「本当じゃぞ、メリッサ。妾も見たからの」
「……」
どうも素直に俺の力を認めたくないようだな。
そりゃ、王都でも有数の大魔導師の彼女が、田舎の魔導師に実力で負けていると思いたくないのだろうが……。
まぁ実際、魔法でも何でもないのだが、レッサードラゴンを1発で屠ったのは紛れも無い事実だし。
それはさておき、気になる事を聞いてみた。
「君は、スノーフレーク婆さんの孫だろ?」
「何故、その名前を!」
「婆さんは知り合いだからな」
「ふん! 父を金で売った裏切り者!」
やっぱり、そう言われて育ったようだな。
「婆さんの話では平民の出だったから、無理やり子供を奪われて金を渡されたって話だったぞ?」
「嘘! あいつは父を捨てたのよ!」
「先代王妃が同じ学校で、婆さんも有名人だったみたいだし、彼女を知っている年寄りは王都にもいると思うが……」
「それにしても、母親が子供を捨てるなんて!」
「貴族に平民が逆らえるわけないだろ。お前の俺に対する態度をみれば、そのままナスタチウム家の婆さんに対する態度を彷彿とさせるんじゃないのか?」
「……」
この女も真実を求めてあちこちへ聞き込みしたりはせず、ただ家人の言う事を鵜呑みにしてたっぽいな。
それ故、俺の言葉を完全否定出来ないのだろう。
さて他人の家の面倒事に首を突っ込むのはこれぐらいにして、移動を開始するか。
だが人数が凄い増えてしまったな。
「リリス様の関係者は何人いらっしゃるので?」
「妾の他は、メイド長のマイレンと後メイドが1人――荷物が少々」
王女やメイドさんの荷物は俺のアイテムBOXへ入れればいい。
こちらは俺を入れて5人と森猫が1匹。後は、女魔導師――メリッサとカールドンさん。
合わせて10人と森猫が1匹。
「リリス様、護衛の騎士様は?」
「大魔導師級が3人もいるのに必要ないじゃろ? 現に、騎士達は其方等に手も足も出なかったではないか」
そりゃ、そうだが――騎士の面目が丸潰れだな。
「しかし――」
「剣技となれば騎士ではないが、あのマイレンとメイドもかなりの腕前だぞ?」
へぇ~、やっぱり王女の周りにいるって事は只者じゃないんだな。
「ケンイチ、この人数じゃ、いつも乗っている箱の召喚獣でも乗り切れないにゃ」
「旦那、あの馬なしで動く荷馬車に乗せるのかい?」
「まさか、王女殿下を荷車に乗せるわけにはいかないだろう」
「其方に乗せてもらった、あの妙な乗り物では、この人数は確かに乗れぬの」
仕方ない新しいのを買うか……。王家からアンティーク家具を手に入れたしな。
しかし、この人数か……マイクロバスは少々大きすぎる――そういえばT田のハ○エースのデカいやつがあったな。
田舎で爺婆達を乗せて、介護バスやらで使用されていた。
なんだっけ――シャングリ・ラの中古車を検索する。そうそう、ハ○エースコミューターだ。
2800ccディーゼルエンジンで14人乗り。程度の良さそうな車は、5万kmで320万円だ。
少々高いがオプション装備でLSD(リミテッド・スリップ・デフ )も付いている。
4WDといっても、デフロックが出来ない車種は、対角線のタイヤが空転するスタックを起こす事がある。
LSDが装着されていれば、それを防げるってわけだ。悪路が多いこの世界を走るためには必要な装備。
このハ○エースは少々高いが――これは必要経費だ。やむを得ないな。
「T田ハ○エースコミューター――召喚!」
バウンドして、白い車体が落ちてきた。前世界で有名、よく盗まれる車ナンバーワンだが、異世界で盗まれる事はないだろう。
それに、これはディーゼルエンジンなので、俺が作ったバイオディーゼル燃料が使える。
「「「おおお~っ!」」」
空中に現れて落ちてきた、四角い鉄の箱に皆が驚きの声を上げた。