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90話 王国の危機?


 やっと国王陛下との謁見が叶ったら、いきなり戦闘させられるという無理難題。

 王女は、俺のアイテムBOXの中に入っている、見たこともないようなプレゼントが欲しいらしい。

 子供っぽい願いのようだが――まぁ王族とはいえ、実際に子供だし、歳相応か。


 俺が持っている物は、アイテムBOXに入っているんじゃなくて、シャングリ・ラから買っているのだが……。

 そのシャングリ・ラから買ったプレゼントを王女に見せると、彼女は驚愕の表情で固まった。


「こ、これは?!」

「ご存じありませんでしたか? これは『真珠』といわれる物で――」

「そんな事は知っておる! 王家にも伝わっておるからの! だが真珠だと? これが真珠と申すのか? こんな巨大な粒と色の揃った玉が連なった首飾りとは……この世にあらざる物じゃ……あってはならぬ物じゃ」

「驚きになられましたか?」

 俺達の会話に、周囲の貴族達もざわめく。


「真珠だと?」「あれが真珠?」「あのような巨大な粒揃いの物が?」「ありえん!」

 貴族達も真珠という物は知っているようだ。だが、これらは元世界の養殖技術によって作られた物。

 それ故、養殖技術がないこの世界には存在しない物だ。

 王女は、まじまじと真珠のネックレスを見つめると、俺にネックレスを手渡し、背中を向けて金色の髪をかき上げた。


「はいはい」

 王女の首の後ろでネックレスの留め具が閉じられると、彼女は陛下の下へ走っていった。

 そして父親の膝の上に乗ると、首元に抱きつき、なにやら話している。国王は彼女の事を溺愛しているらしいからな――これは効くかもしれない。

 待っている俺の下へ、ベルがやって来て、身体をスリスリしている。


「ベル、ありがとうな。お前大丈夫なのか?」

 魔法を弾き飛ばしたベルの身体をでてチェックするが、別に異常は見当たらず。

 森猫の毛皮も魔法を弾くと言われているので、それを使ったのかもしれない。

 そして辺りを見回す――俺の家族は皆が無事。ベルが殺った魔導師の他にも騎士団やらに犠牲者が多数。

 こんな王侯貴族のお遊びに付き合わされて、命を落としたんじゃ全く割にあわないな。

 俺達と対峙した女の魔導師は、しょんぼりしたまま佇んでいる。

 あれが、スノーフレーク婆さんの孫か。あの婆さんも若い時は、あんな性格だったのかもしれないな。


 そして王女と陛下のしばらくの会話の後、紙と羽根ペンが載った板が国王の下へ届いた。

 だが、それを隣で見ていた王妃が俺の方を睨んでいる。まるで黒い死神の赤い目が光っているように……。

 やべぇぇぇ――超怖ぇぇぇ、さっきのレッサードラゴンより、こっちの方がヤバいんじゃないのか?

 羊皮紙に国王のサインが終わると、王女がそれを持って俺の下へやってきた。


「ほれ、其方の物じゃ。これを持っていれば、天下御免じゃぞ?」

「はは~っ、ありがたき幸せ」

 茶番に付き合わされてかなりムカついたが、これで丸く収まるというのであれば、鉾を収めた方が得策だろう。

 これ以上関わり合いになりたくないし、早々にトンズラするに限る。

 皆も巻き込まずに済むしな。それに――これさえあれば、他の貴族が絡んできたり嫌がらせ等も、全て排除出来る。

 例えば、プリムラの店に行われていた嫌がらせ等も、王の名の下に於いて排する事が可能なのだ。

 何か騒ぎを起こしても、逃げまわる必要もなくなるってわけだな。


「しかし、この首飾りの代金としては、安いぐらいじゃぞ?」

「あ、あの……リリス様、王妃様がこちらを睨んでおいでなのですが……」

「ああ、陛下の書状も、母には通用しないので、上手く切り抜けるがよい」

「それだけですか?」

「妾には、どうしようもできぬ!」

 王女とそんな会話をしていると、俺の近くにいつの間にか王妃がやってきていた――まるで気配もなく。

 床に膝をついて平伏するのだが、すごいプレッシャーだ。背中が冷や汗でびっしょり。


「其方、ケンイチと申したか」

「はは~っ、名前を呼んでいただき、恐悦至極」

 

 俺は凄いプレッシャーを受けて固まり、蛇に睨まれたカエル状態に――。

 陛下から天下御免の書状をもらって、後は帰るだけ――と思ったのだが、一難去ってまた一難。

 俺の前に王妃が立っている。

 大きく胸の部分が開いた白いドレスに、銀のティアラ。編みこんだ長い髪を金銀の飾りを使って、後ろで留めている。

 玉座に座っている時は解らなかったが、結構背が大きくて脚が長く肩幅も広い。

 モデルというよりは、アスリートのような……。

 遠目では全く解らなかったが、御目の下には泣きぼくろが見える。 

 それにしても得体のしれない圧力は――何か魔法のような特殊な力を持っている人なのかもしれない。


「其方に問いたいのだが……娘に、あのような首飾りを贈り、まさか妾にはない――とか、そのような事を申すつもりではないのだろうな?」

 どうやら、この世界にあり得ないような、真珠のネックレスを娘が先に手にした事が気に入らないご様子。

 俺の家族を危険に晒した王族だが、こりゃヤバいのが本能的にビンビンに解る。

 王女が、「王妃を怒らせるな」――と言っていたが、本当にその通りの人のようで、ここで逆らうのは得策ではないようだ。


「滅相もございません。勿論もちろん、王妃様への贈り物をご用意させていただいております」

 俺は慌てて、シャングリ・ラを検索する。王女に贈った物より玉の数が多いネックレスが550万円で売っていたので、そいつを購入。

 王女にアレコレと売りつけて小銭を稼いだのだが、かなり吐き出してしまった。

 落ちてきた真珠の首飾りを慌ててキャッチすると、王妃様に差し出す。


「これにございます」

 俺が差し出したネックレスを見た王妃の目が輝くと同時に、プレッシャーはなくなった。

 そして、王妃がくるりと背中を向ける。


「それでは、失礼いたします」

 文字通りの虹色に光るネックレスを王妃の白いうなじに巻き、後ろで留める。

 それにしても、色っぽいうなじだ。思わず吸い付きたくなるような衝動を抑えて――俺はある事に気がついた。

 正面を向けば、あのゴルゴンやメドューサのような恐ろしい視線を浴びる事になるのだが――後ろを向かせれば恐ろしくない。

 多分、目隠しをすれば平気なのではあるまいか? 無論、そんな事が出来るはずもないが。


 俺は、そんな事を考えつつ、シャングリ・ラでパイン材枠の姿見を購入した――6500円である。

 俺が出した鏡の前で王妃は、あれこれとポーズをつけはじめた。

 心なしか、顔も赤みを帯びて興奮しているようにも見える。恐ろしい死神のような女性かと思いきや、こんな顔もするんだな。

 その王妃を見ている、貴族達もざわめいている。


「あんな巨大な真珠とは……」「一体いくらになるのか……」「あんな物を正室にねだられたら、領が傾くぞ……」

 貴族達が何やら要らぬ心配をしているのだが――俺がシャングリ・ラから購入したこの真珠は、これしかない。

 故に値段は付けられないな。もし付けるのであれば、国宝級――天文学的な数字になるだろう。


「王妃様、大変お似合いでございます。そのお姿を見た貴族の夫人達は、嫉妬の余り悶死するでありましょう」

「ほほほ! 全く其方の言う通りだの、しかし――」

「何か?」

「国王陛下にも買えぬような贈り物にどんな値段を付ければよいのか見当もつかぬ……」

「いえいえ、王族とお近づきになれるのであれば、その価値は計り知れません」

「ほう……」

「それに、国宝級のお宝であれば、まさに王族の下にあるのが相応しいかと」

「なるほど……しかし、これだけのお宝をもらい、タダというわけにもいかぬ」

 王妃はそう言うと、どこからか金色の物を取り出して、俺の前へ差し出した。


「鍵?」

 金色に輝いていたのは、見事な細工の入った鍵。これだけでもかなりの値段がするものと思われる。


「うむ」

「一体どこの鍵でしょうか? それとも、どこかダンジョンへの入り口への鍵とか……」

「ほほほ――ダンジョンとな。それは妾の寝室の鍵じゃ」

「ええ~っ!」

 未到達ダンジョンよりヤバい物だった。話に聞き耳を立てていた、貴族達が一斉にざわめく。


「母上、お戯れもほどほどになされては?」

 王女が割って入ってきたのだが、王妃は全く意に介さず会話を続けた。


「妾の身体では不服かえ?」

「いくら何でも、そりゃまずいのでは?」

「本人が問題ないと申しておるのだから、問題ないであろう? それに金に替えられないとなれば、もうこれしか思いつかん」

 突然何を言い出すやら。そういえば、ユーパトリウム子爵夫人も似たような事を言っていたな。

 この世界の王侯貴族は、「金じゃ買えないものイコール自分の身体」と考えているようだ。

 そりゃ俺が騎士なら、「主としとねを共に」――なんて最高の名誉かもしれないが、生憎、俺は騎士でもないし忠誠も誓っちゃいない。

 いやいや、その前に国王陛下が――と陛下の方を見ると明後日の方向を見て、知らんぷりを決め込んでいる。


 だめじゃん!!


 どうも、この陛下は王妃を持て余しているようだ。

 面倒くさい王妃を俺に押し付けようとしているようにも見える。

 この国は大丈夫なのか? 要らぬ心配をしてしまうが、王妃に子供が出来ないのは、このせいもあるのではないだろうか。


 俺の出した姿見の前でポーズを決める王妃。

 そりゃ、美人でスタイルもいいよ。こんな美人の王族とゴニョゴニョ出来るなんて、そりゃ男なら夢見るのは間違いない。

 だが、こんな恐ろしい女に裸で迫られても、俺の息子はシオシオのパー(死語)だ。

 何か話題を逸らしてなんとか誤魔化さないと……俺の頭にあるワードが閃いた。


「王妃様、寝室といえば、よく眠れるようになりましたでしょうか?」

「おおっ! それもあったな! その事も礼を言わねばと思うておったところだ。其方のお陰で快眠を貪っておる」

「それは、よろしゅうございました。それでは、原因はあの花瓶で間違いないという事ですね」

「うむ」

 王妃は、どこからか扇子を出して、パッと広げた。

 扇子か――この世界にも扇子はあったのか、それとも帝国にいる奴が広げたのか?


「それでは、あの花瓶は処分なされたほうがよろしいかと。出処は判明しているのでしょうか?」

「それよ! あの花瓶を贈ってきた伯爵に尋問したところ、呪いが掛かっていると承知で、妾に寄越したそうだ」

 尋問――って多分拷問か、そういう魔法の類があるんだろうな……。


「え~、それじゃ……」

「うむ――伯爵家は閉門。男子は全て打首、女子は王都所払いとなる」

 周りにいる貴族達がざわめく――。

 平然とそんな事を言う、この王妃はやはり恐ろしい。まさに王家が具現化したような方だ。


「それじゃ、お取り潰しですね?」

「うむ」

 知っててやったってことは、王妃の暗殺未遂事件だからな。


「しかし女子所払いっていっても、何の生活力のない貴族の女が城壁の外に出されても……」

 貴族が、咎人の家族を保護しようとすれば、反体制派の仲間と疑われる。

 元貴族を売りに高級娼館へ流れるか、それとも大店の商人に囲われるか……どちらにしても、まともな生活は出来そうにない。


「それは妾の知った事ではないな。其方のお陰で反体制派の貴族を芋づる式に粛清できる――と、この手柄だけでも褒美に十分に値する」

「それじゃ、何か他の物で……」

「ん? なんぞ申したか?」

 ニコニコ笑う王妃の目が光り、再び凄いプレッシャーが俺を襲ってくる。

 俺の横にいたベルが、毛を逆立てているのだが、彼女を抑える。


「おいベル、襲いかかるなよ」

 しかし、こりゃいったいどうしたらいいんだろうなぁ……。

 俺が頭を抱えていると、遠くから救いの声がやって来た。


「一大事でございます!!」

 やって来たのは汗だくになって、ライトアーマーを着た役人だ。

 お城の役人とは格好が違うので、外からやって来たのかもしれない。


「陛下、一大事でございます!!」

「なんだ、騒々しい!」

 王妃が、やって来た役人に声を上げた。


「王妃様――」

 王妃の前に役人が膝を突くと、事の次第を語り始めた。


「国境の街ソバナへと続くベロニカ峡谷で50カン(約100m)に渡り谷が大崩落! 完全に街道が埋まってしまいました!」

「なんだと!」

 王妃が手に持った扇子で、自分の掌を叩いた。

 さすがに、奥の玉座に座っていた国王陛下も立ち上がった。


「ベロニカ峡谷が?!」「イベリスへの橋も落ちたというではないか?!」「これは、まずい事に……」「ソバナと言えば、塩の供給が止まるぞ?」「南からの海塩の供給は?」「イベリスの橋が落ちたではないか」「まずは、そちらの復旧を急ぐべき……」

 俺たちを囲っていた貴族や騎士達が騒ぎ、城内は喧々囂々となった。

 あの時の大雨が橋を流してしまったが、それだけではなく、がけ崩れも起こしていたのか。

 だが、これは逃げるチャンスだな。


「あの~、なんだか皆さんお忙しくなりそうなので、我々はここらへんでおいとまいたします」

 だが、帰ろうとした俺にがっしりと王女が抱きついてきた。


「其方! まさかこのまま、在所へ帰ろうと言うのではあるまいな?」

「私のような辺境の魔導師は、お役に立てそうもありませんし~」

「王国の危機だというのに、其方は何も思わんのか? それでも臣民かえ?」

「いやいや、王侯貴族の方々から、とても身に余る歓待を受けましたので~」

「其方! 意趣返しのつもりかえ?!」

「いえいえ、滅相もございません。それに、王都には立派な騎士団や軍があるではありませんか。そちらを投入なさっては?」

「軍が王都からいなくなったとなれば、ここぞとばかりに共和国に侵攻されるじゃろが!」

 それを聞いた貴族達が、またざわついている。


「その通りじゃ……」「いや、ベロニカ峡谷が塞がったと帝国に伝われば、越境されてソバナに侵攻される可能性が……」「ソバナを落とされると、非常にまずい事に……」

 貴族達の言うとおりだな。その峡谷が塞がっているなら、王都からソバナって街へ援軍が送れないって事になる。


「それじゃ、そういう事で~」

「待つがよい! これで、イベリスとソバナへの街道が絶たれた! 王都は民を養うために膨大な物資を四方から輸入しておる! それが2箇所絶たれたという事は、手足をもがれたも同然じゃ!」

 王女が俺にぶら下がって引きずられている。


「そりゃ、復旧に1年と掛かってしまったら、王都は餓死者で溢れてガタガタになるでしょうね」

「それを其方は、なんとも思わんのか?」

「そう言われましても~」

「これは、すでに王国そのものの危機じゃ!」

「しかし、リリス様。先程、臣民と申されましたが、我々のような地方の平民にとって、ここにいるような、やんごとなき人々の首がスゲ変わっても、我々の生活に何の支障もございませんし……あそこの玉座に座るのが――え~と、誰でしたっけ? そう! 帝国皇帝ブリュンヒルド様に変わるだけでございましょ?」

「貴様ぁ~!」

 王女が、突然俺の腕に噛み付いた。


「あいでででで! 何をするんですか? リリス様!」

「ふがふがふが!」

 王女とすったもんだしていると、玉座を降りた国王陛下が俺の所へやって来た。


「儂からも頼む! 其方を呼び出して見世物にした事も、命の危険に晒した非礼も詫びる! どうか、この通りだ! 王国を救ってくれ!」

 平民に頭を下げる国王に貴族達がどよめく。


「国王陛下が、平民の私などに頭をお下げになられては……」

「いや、民が助かるなら、こんな頭などいくらでも下げる! 国王などと玉座に座っていても、儂には何も出来ん。だが其方の操る鉄の召喚獣であれば、きっと役に立つ!」

 そりゃそうだ。あの召喚獣と称しているのは、元々それ用の機械なのだから。

 しかし――国王が頭を下げたのに、それを無下にしたのでは、今度はこちらが悪者になってしまうなぁ。

 貴族達からの反発もあるだろう。だが、国王は頭を下げたのだが王妃は知らんぷりだ。


「ケンイチ――妾からも頼む……」

 そう言う王女は――それなりに申し訳無さそうな顔をしている。今回の試合には彼女は関わっていないようだ。


 それにしても――短気を起こして、王族を敵に回さないで良かったな。

 もうダリアにも、アストランティアにも帰れなくなって、帝国へ亡命――なんて事になって国境へ向かったら、通行止めの峡谷とやらで捕まっていたかも……。

 でも、重機とアネモネの魔法で谷を完全に崩して追手を阻み、時間稼ぎをした後で追跡をかわせたか……。

 しかしそうなると――峡谷の復旧には膨大な時間と多大なリソースを使う事になり、国境の街ソバナを失い、この国はマジで傾く事になる。

 俺は大罪人としてこの国を追われ、カダン王国の民からも恨まれる事になっただろう。

 頭を下げた国王のファインプレーだ。ファインプレーには賛辞を送るしかない。

 今回の事はムカつくが、男として国王のメンツは立ててやりたい。


「……ふう……しょうがねぇか。お~い、皆! ちょっと回り道になってしまうが、いいか?」

「ケンイチがそう言うなら、いいよ」

「構いません……」

「遠回りにゃ!」

「にゃー」

 皆に異論はないようだが、ニャメナはぶっ倒れたままで、ちょっと心配だ。


「「「おおお~っ!」」」

 貴族達が湧くと円陣を組んで、今後の打ち合わせをし始めた。

 いち早く部隊を編成して、一番乗りをする事が出来れば、国王陛下や国民にアピール出来るからな。

 人気取りに最高のイベントだ。国の事ではなく、自分達の人気取りを一番に考えているところが貴族らしい。

 しかし、気になることがある――貴族の仲間や騎士団からも犠牲者が出たのだが、それに対する反応が薄い。

 全て織り込み済みなのであろうか?


 俺が思案していると、王妃が床に座り込んでいる魔導師の所へ行った。婆さんの孫らしいあの魔導師だ。


「メリッサ・ラナ・ナスタチウムよ」

「はは~っ!」

 魔導師が、王妃の前で膝をついて畏まる。


「最近、慢心していたようだが、ちと懲りたであろう。今日の醜態をそそぐ機会を与える。あの者に同行して、作業の手助けをするがよい。其方の持つゴーレムなら、土木作業を支援する事が出来るであろう?」

「はは~っ! 王妃様のお慈悲を心に刻み、邁進いたします」

「うむ、心してかかれよ」

 王族の命令とはいえ――俺と家族の命を狙った奴と遠出か、まさに呉越同舟だな。

 もしかしたら、この騒ぎは――辺境に突如現れた怪しい召喚獣を使う魔導師の力の程を知るために、王妃が仕組んだ事なのか?

 それを使って、天狗になっていた魔導師の鼻も折った。王女を俺のところで好き勝手させていたのも、そのためか?

 だが、王女が止めに入らなかったら、俺はマジで城を半壊させて逐電してたぞ?

 リスクがデカすぎるだろう。


 見れば国王陛下は人の良さそうな普通のオッサンっぽいし、実質の権力はこの王妃が握っているのだろうか?

 いつも王妃が色々とやらかした後、国王が頭を下げて事態の収拾をする――本当にそうならば、ちょっと陛下が気の毒だ。

 だが王国の危機に、とりあえずの対策が練られる事になって貴族達にも安堵の表情が見える。

 ――そう思ったのだが、群がっている貴族達をよく見れば……紙切れのような物を持っている。


「プリムラ、貴族達が何か持っているな。紙切れだと思うが……」

「ああ多分――賭札だと思います」

「なに? 賭け?!」

 おいおい! 見世物だけじゃなくて、賭け事の駒にされてたのか?

 その旨を王女に問い詰める。


「リリス様! 我々を賭けの駒扱いですか?!」

「そう怒るな。これは普通に行われている事じゃぞ?」

「それで――リリス様は、どちらにお賭けになられたので?」

「当然、其方じゃ! 貴族連中は皆、『優美なるメリッサ』に賭けたが――其方が凄い魔法を使う事を、誰も知らぬからの! 大儲けじゃぞ? はははっ!」

 よくもぬけぬけと……だが、さすがしたたかだ。


 プリムラによると――このように貴族の前で魔導師や騎士が試合をするのは、結構あると言う。

 簡単に言えば就職活動――売り込みだ。こんなに素晴らしい魔法や、剣技をもってますよ――とアピールして貴族に雇ってもらうためだ。

 それに著名な魔導師や騎士に勝負を挑み売名行為を働く者も多いと言う。

 普通は返り討ちに遭うようなのだが……そのため、今回のような試合というのも珍しくないらしい。

 貴族達も浪人達の売り込みを見ているつもりなら、それを見物したり賭けの対象にしても罪悪感等はないという事か。

 彼等からすれば犠牲者が出たことも、賭けレースのサーキットで事故に巻き込まれて不運だったね――ぐらいの感じなのか?

 こういう行事を知っていたプリムラも、まさか俺達が戦う羽目になるとは思っていなかったという。

 だってなぁ、ただの謁見だと思ってたし……マジで。


 謁見も勝負も終わり、貴族達があわてて帰り始めた。

 これから物資と人員を急遽集めなくてはならない。国としても動く必要があるだろう。

 子爵領での用水路工事と同じように、各領から数百人の人員を突っ込めば、それを支えるための物資が必要になる。

 それの確保と輸送が急務だ。だが今回その仕事をするのは国王陛下。

 おれは、それに協力するだけだ。

 処置が遅れれば国が傾く案件なのだから、可及的速やかに事が進むだろう――多分。


 帰り支度を始めた貴族の中から1人の男がやって来た。

 金糸が施された青色の上下を着て、白髪交じりの長い髪を後ろで束ねている初老の男。


「恐れ入りますが、私ユーフォルビア伯爵と申します」

「はい、魔導師のケンイチです。初めまして――ご丁寧にどうも」

 物腰は柔らかそうで、まともそうな貴族だ。だが、信用出来ないけどな。


 あんな出来事の後で、貴族を信用しろという方が間違っている。


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