89話 死闘! 謁見の間
王都へやって来ていた俺達だったが、謁見には時間が掛かるようだ。
俺達が車を使ってあっという間にやって来たので、面を食らったのかもしれない。
それでも、かなりあちこちへ寄り道をしたのだが――ゴブリン退治もしたしな。
だが、やっと国王陛下にお目通りが叶うと思ったのだが、少々揉めた。
獣人達とベルを謁見の間に入れるかどうかで、一悶着あったのだ。
だが、皆が一緒に謁見に臨む事が認められなければ、このまま帰るとゴネたら訴えは認められた。
「旦那ぁ、俺達のために、そんな無理をしなくてもいいんだぜ?」「そうだにゃ」「にゃー」
「何を言ってるんだ。前にも言ったが、俺たちは家族じゃないか」
獣人達は、俺の言葉に感激しているのだが――勿論、その言葉に偽りはない。
だが何かトラブルがあった時のために、彼女達の力が欠かせないのも事実。
王族が無理難題をふっかけてくる事も考えられるからだ。
逐電する際に関しても、獣人達にアネモネとプリムラを担いでもらえば、移動速度がかなり上げられる。
そうなれば騎士などの追撃も振り切る事が出来るだろう。
何にしても戦力は多い方がいい。
皆で一列に並んで案内人に従い、お城の中へ入る。赤い絨毯が敷かれた少々薄暗い石造りの長い廊下をてくてくと歩く。
元世界なら、どこへ行っても煌々と明かりがついていて、光に溢れていたのだが、この世界は薄暗い所ばかりだ。
それは、この世界の頂点ともいえる、お城の中でも変わりない。
俺のすぐ後ろを黙ってついてくる、黒い毛皮が光るベル。
彼女の顔を見ると――心配するなよ、私に任せろ――みたいな顔をしている。
皆が黙って歩いているのだが、ニャメナは何かそわそわと落ち着きがない。
「なんにゃトラ公、ビビってるにゃ?」
「誰がビビるかよ!」
「とはいえ獣人で謁見の間に入るなんて前代未聞かもな。そこんところは、どうなのでしょう、案内人さん?」
俺の前を歩いているのは、深緑色のすっぽり身体が隠れるローブを着た若い男。
「さぁ、どうなのでしょう。しかしながら私の記憶が確かならば、謁見の間に獣人が入った事はありませんねぇ」
「ほら、ニャメナ、酒場で自慢が出来るぞ?」
「こんなの、誰も信じてくれなくて、ホラトラ呼ばわりだよ」
「そうだにゃーにゃはは」
まぁ実際、ニャメナの言う通りなんだろうな。
「さすがのプリムラも緊張気味か?」
「それはそうですわ。陛下に謁見なんて、父でも承った事がない大役ですから」
「プリムラはお父さんの一歩先を行った事になるな」
そんな俺の冗談にも顔がひきつる彼女に比べて、アネモネはいつもと変わりない。
肝が据わっているというよりは、あまり事の重大さが解らないのかもしれない。
彼女にひそひそ話をする。
「アネモネ――念の為に、魔法の触媒に使えるこの金属を渡しておく」
「うん」
「もし魔法を使うような事になったら、遠慮無くぶちかましていいからな」
彼女にアルミ板を渡す。小さな銀色の板に、ゴム紐を通して手首に巻けるようにした物だ。
長い廊下が終わり、立派な飾りがついた大きな両開きの扉が開かれると、そこには大広間が俺達を出迎えてくれた。
ビルの吹き抜けのような高い天井。その上には明かり取りの窓が開いて、光が射し込んできている。
その高い天井を支えるために等間隔で並んだ太い柱。真ん中には、奥に控える玉座まで走る幅広い真っ赤な絨毯。
絨毯の脇にはフルプレートの騎士や、金糸が施された派手な色とりどりの衣装に身を包む、貴族だと思われる面々。
だが、その中に気になる人物がいる。胸の部分が広く開いた裾の長いワンピース。腰には金の飾りが巻かれており、スカートの側面から入った長いスリットが腰の上まで延びている――こんな格好をしているのは魔導師だ。
だが他にも、そこまで派手な格好ではないが、魔導師らしき老若男女が多数いる。
おそらくは貴族の護衛か何かだろうが――こりゃもう嫌な予感しかしない。
「なんでこんなに貴族が集まっているんだ?」
そりゃ、これだけの人数の予定を合わせるのであれば、謁見の準備に時間が掛かるのも当然だと思われる。
しかし、ここまで来てトンズラするわけにもいかないだろう。無理を言って、獣人の謁見まで認めさせたのだから。
きらびやかに並ぶ大勢の貴族達の中を進んで、ホールの中心辺りにやって来た。周りから貴族達のざわめく声が聞こえる。
「奴が魔導師なのか?」「そんな者には見えないが……」「謁見の間に獣人や畜生を入れるとは、陛下も悪ふざけがすぎる」
言いたい放題である。まぁ、いわゆる上級階級の言い分としては、そんなもんだろう。
普段なら俺達平民とは接点すらない、やんごとなき人々なのだから。
それにしても国王との距離が開いているように思えるが……。
その国王陛下――金色の背の高い玉座に座り、白い飾りがついた赤いマントと大きな宝石が付いた勺杖を持っている。口ひげと顎髭を生やしたいかにも王様って感じだ。その隣には同じぐらい背の高い玉座に座った女性。
白い胸の開いたドレスを来て、金色の髪を後ろ頭で金銀の飾りを使ってまとめている。
歳は30代半ばか――さすが遠目でも美人だと解る。
あれが怒らすと怖い王妃様か……。
俺たちは、全員平伏すると膝を突いた。
すると俺達の前に、役人らしき男が立った。黒い髪をオールバックにして黒い制服を着た、背の高い男である。
そして、ざわつく観衆達に両手を上げて叫んだ。
「皆様静粛に!」
静まり返ったところで、男は俺の方を見ると、顎をくいっと上げた。
あ~はいはい。
「国王陛下からのお招きにより、まかり越しました、辺境の魔導師ケンイチとその家族にございます」
「その魔導師ケンイチには、今から陛下の御前で試合ってもらう」
「はぁ? おいこら、ちょっと待て?!」
一斉に周りにいた貴族や騎士達が距離を取る。
「対するは――王都の、きらびやかな新星、メリッサ・ラナ・ナスタチウム様!」
「「「おおお~っ!」」」
周りから歓声があがる。なるほど――なんでこんなに人が集まっているかといえば、何のことはない、見せ物に集まったただの暇人共だ。
くそ、人を見せ物にしやがって。
俺の相手は――嫌な予感が的中した通り、黒いロングワンピースを着ていた女だった。
胸の開いた所から、こぼれ落ちそうな白い乳房、スリットから覗く細く長い脚。茶色の巻き毛が腰まで伸びている。歳は――18ぐらいか、若い。
こんなムカつく場面でなければ、じっくりと鑑賞したい身体だが、そんな事をいっている場合ではない。
この若さで貴族達に混じってこんな場所にいるのだから、かなりの手練なのだろう。
しかし待てよ……ナスタチウムって言ったか? 確か――アストランティアの婆さんが昔付き合ってた貴族ってのが、ナスタチウムって家じゃなかったか?
それじゃこの女が――もしかしたら、あの婆さんの孫? あの婆さんも若い時はこんな美人だったのだろうか?
学園の華とか言われてた――と自慢していたから、多分そうなんだろうなぁ。
それじゃ、ダリアの道具屋の爺さんもナイスガイだったのかもしれん。
「あはは! 辺境から凄い魔導師がやって来ると言われて、興味本位で参上してみれば――タダのオッサンじゃない」
「オッサンで悪かったな!」
「それに、こんな場所にわざわざ家族まで連れてきた挙句、巻き込んで。馬鹿な男!」
「ウチは、家族で1つの戦力なんだよ、あの娘だって立派な魔導師だぞ」
実際、俺1人じゃ重機の運転しか出来ないしな。
「呆れた! あんな子供を当てにするなんて!」
突然の出来事に、どうしようかと迷っていると、女の魔導師がなにやら唱え始めた。
『我の願いに応えよ闇の倦族、我に徒なす敵に黒き裁きを与えよ』
怪しい呪文を唱えた魔導師の胸が揺れると、目の前に光文様が顕現――いわゆる魔法陣ってやつだろうか?
そして、まるで地獄の扉が開いたように、そこから巨大な生物が現れた。
四つ脚で踏ん張る長い尻尾を持った、巨大なトカゲ。硬そうな鱗を逆立ててこちらを睨み、赤い目を光らせている。
「「「おおお~っ!!」」」
周りの見物客達から歓声が上がった。
だが、やばい! こいつは一目で解る。やばい奴だ。
「コ○ツさん召喚!」
「旦那! こいつはレッサードラゴンだ!」
ニャメナの叫び声と同時に、黄色い巨大な重機が地響きを立てて現れた。
「こいつがレッサードラゴンか!」
「「「おおっっ!」」」「これはなんだ?!」「召喚獣なのか?」
さすがに相手の魔導師もコ○ツさんを見て驚いたようだ。全員が目を見開き、大きな口を開けて上を見ている。
しかし、そんなお見合いのつかの間。
大きくレッサードラゴンの口が開いた。
「旦那! 火炎がくるぞ!!」
「アネモネ!」
俺はプリムラの手を握り、重機に脚を掛けながら叫んだ。
「む~! 至高の障壁!!」
ギリギリのタイミングで顕現した、きらめく透明な壁が巨大な魔物から吐き出された火炎を押し広げて遮る。
轟々という唸りを上げて灼熱の火炎が押し寄せるが、当然の如く俺達までは届かない。
「なっ!?」
アネモネの至高の障壁に、魔物を召喚した女魔導師も驚いたようである。
「「「至高の障壁だと!?」」」「そのような高等魔法をあんな平民の子供が?」「信じられん!」「ありえん!」
信じられまいが、なんだろうが、目の前で起こった事は事実だ。
だが火炎の勢いが余ったのか――魔導師を雇っていない下級貴族や騎士達の何人かが火炎に巻き込まれて、火だるまになった。
それを見た上級貴族達から失笑が漏れる。やっぱり特権階級の貴族って奴らはこんな感じなのか。
全く最悪だぜ。ダリアを治めていたアスクレピオス伯爵や、アストランティアのユーパトリウム子爵はそれなりにまともに思えたのだが、王都に近づくほど俺が思い描いてた王侯貴族に近づいている気がする。
そっちがその気なら、こっちも遠慮なく反撃出来るぜ。
ニャメナに、アイテムBOXから出した圧力鍋爆弾を放り、ミャレーにはコンパウンドボウを投げ渡す。
「ニャメナ! 障壁を回りこんで、こいつをやつに投げつけろ! ミャレー、援護だ!」
プリムラを運転席の後ろに押しこめると獣人達に指示を出す。アネモネは俺の膝の上に乗ってきた。
爆弾と武器を受け取った彼女達は、自慢の素早さで魔物の両サイドに回り込み――。
「喰らえにゃ!」
ミャレーの放った矢が、レッサードラゴンの目にヒットした。
「ゴワァァァ!」
全身を硬そうな鱗に覆われた魔物が、目を貫かれて腹に響くような叫び声を上げた。
それを目掛けてニャメナが、鍋の黒い取手を振り回し、白く鋭い牙をむき出している魔物の口へ、そいつを投げ込む。
ナイスコントロールだ!
「アネモネ!」
重機の座席に座った俺の膝の上――アネモネが、すかさず魔法を唱えた。
「爆裂魔法(小)!」
大音響と白煙と共に圧力鍋が破裂し、辺りに音速の破片と釘をまき散らす。
「きゃぁ!!」
轟音と振動に揺さぶられて、運転席の後ろからプリムラの叫び声が響く。
俺達へ向かって飛んでくる破片は、アネモネが作り出した障壁で停止した。
獣人達も、上手く障壁の内側へ潜り込んだようだ。さすが、ウチのパーティは、コンビネーションがバッチリだ。
その鉄の礫で騎士達にも犠牲者が多数。薄いプレートアーマーなら、たやすく貫通するだけの威力だからな。
その爆発の直撃を食らったレッサードラゴンだが、口の周りを半分失いながらも、まだ生きている。
その時、アネモネの至高の障壁は、光の粒子となって消失した。
「そんな! レッサードラゴンの身体が爆裂魔法一発で損壊するなんて、あり得ない!」
女魔導師が何やら騒いでいるが、それは魔法じゃなくて爆薬っていう物理攻撃だから。
女の台詞から察する――魔物は魔法に耐性を持っているから、普通は爆裂魔法一発じゃ大したダメージは与えられないのだろう。
魔物が、まだ動いているのを確認すると、俺は膝にアネモネを抱えたまま、コ○ツさんのエンジンを始動させた。
咆哮と黒い煙を吹き上げて、鋼鉄の腕を高さ9mの高さへ振り上げ――。
「コ○ツアタック! それは、この世界の不条理に抗う、憤怒の一撃! 相手は死ぬ!」
俺の掛け声と共に鉄の爪を、半死となった魔物の頭上へ振りおろす。
攻撃を食らったレッサードラゴンは、頭を床に打ちつけ、食い込んだバケットの爪から真っ赤な血と脳漿が吹き出した。
「おりゃ! もう一発!」
振り上げたアームが再び振り下ろされ、床の石材まで食い込んだ鈍い金属音が謁見の間に響いた。
赤くどろどろした物が床一面に溢れだして、巨大なトカゲはあえなく息絶えた。
山のような肉の塊にベルが近づくと――クンカクンカしている。食いたいのであろうか?
レッサードラゴンの後ろでは、自慢の召喚獣が撃破されてショックの余り――女魔導師が放心状態で座り込んでいる。
俺はそのままフットバーを踏み込むと重機を前進させ、下に敷かれた赤い絨毯をカタピラで切り刻む。
そして、屍となったレッサードラゴンをアイテムBOXへ収納――それを見た観客から再び驚きの声があがった。
女魔導師の前を通り過ぎ――ガタガタと床の敷石に傷を付け、重機を太い柱の前まで移動させると、長いアームを再び振り上げた。
一緒に付いてきている獣人達とベルは周囲を警戒中。アネモネは大魔法を使ったが、俺が渡したアルミのせいか魔力にはまだ余裕があるようだ。
「取り押さえろ!」
重機の周りに騎士達が集まってくる。
「腕を振り回す! ミャレーとニャメナ! 当たるなよ!」
重機の陰に隠れている獣人達に声をかけると、バケットを床すれすれの所まで下ろし、ぐるりと車体を一回転させた。
「コ○ツ大回転! それは、我が行く手を遮る物を地獄へ導く、車裂きの刑! 相手は死ぬ!」
鋼鉄の腕に弾き飛ばされた鎧達が、なすすべなくごろごろと転がっていく。
こいつらに恨みはないが、命を狙われたんじゃ反撃するしかない。
その時、観客の中にいた1人の魔導師から、光の矢がコ○ツさんに向かって放たれた。
だが俺の乗った運転席の前を黒い影が過る。そして大きくジャンプすると、命中寸前の光る矢を明後日の方向へ弾き飛ばした。
「ベル! 助かったぜ! ありがとうな!」
彼女は、弾むようにそのまま観客の中へ突っ込むと、魔法を使った魔導師の首へ噛み付き、そのまま引き倒した。
「ウウウ!」
男の死体を咥えたまま、ベルが他の魔導師達を威嚇する。魔法を使えば、お前達も命はないと言っているのだろう。
「アネモネとプリムラは大丈夫か?」
「……はい」
「全然、大丈夫だよ」
抵抗を排除したところで、再びアームを高く振りかざした。
そして、シャングリラを検索。拡声器を購入してスイッチを入れた。手に持って使う、メガホン型のやつだ。
「あ~あ~ただいまマイクのテスト中。本日は晴天なり本日は晴天なり。あめんぼあかいなあいうえお。え~国王陛下! この度は、趣向を凝らした素晴らしい歓待をしていただき、誠にありがとうございます。私の家族を危険に晒していただき、怒りが心頭に発しましたので、我が召喚獣の威力をもって、この謁見の間を倒壊させて逐電する事にいたします。そして――見事逃げおおせた暁には、私の持つ全知略を以って、この国を傾けて地獄へ引きずり込んで差し上げましょう!」
どよめく貴族達を尻目に、レバーに手をかけて、アームを振り下ろそうとした刹那――。
「待つがよい!!」
声がした方向を見ると、そこにいたのは王女殿下。
「其方の言い分は解る。いくら王族とはいえ、人を面白半分で呼びつけ、見せ物にして良いという道理はない! しかも、愛する家族を危険に晒されたのじゃ。其方が怒るのも当然じゃろう」
実際に、巻き込んでしまったのは俺だが――彼女達の力添えがなければ、レッサードラゴンによって火炙りになっていた。
「私を懐柔なさろうとしても無駄ですよ?」
「まぁ待つがよい……。ここから逃げ仰せたとしても、平穏な生活は、もはや叶わぬぞ?」
「それもまた人生でありましょう」
「其方は、それでいいかもしれぬが、其方の家族はどうじゃ? 其方の妻は商人だと申したな? その者の実家も安泰には暮らせぬぞ?」
くそ、汚い。やはり王侯貴族は汚い。運転席の後ろからプリムラの声がする。
「ケンイチ――何があっても、私や父は貴方を責める事はありません」
マロウさん父娘はそうかもしれないが――マロウ商会を巻き込めば、末端家族を含め千人近くが露頭に迷う。
勿論、その家族からも恨まれる事になるだろうなぁ……う~む。
アネモネも頷いているのだが、獣人達の様子がちょっとおかしい。
「なぁに、この場の収拾は、ある条件を飲めば簡単じゃ」
「その条件とは?」
そう聞いた所で、虎縞の毛皮が重機を這い上がり、俺に抱きついてきた。
「ニャメナか!? どうした」
「ふうううう!」
涎を垂らし、血走った目は完全に何かがおかしい。
「おい、どうした!?」
だが、俺の言葉を無視して、ニャメナが俺の首元に噛み付いた。
「あいたたたた! ちょっと、待て待て!」
「ケンイチ! この臭いは、あの日だにゃ!」
コ○ツさんの下から、ミャレーの声がする。あれって、あれか? 獣人が年に1回発情すると言う?
「ふがふがふが!」
ニャメナは、俺の首に齧りついたまま、離れてくれない。
「あいてて! ミャレー、こりゃどうすればいいんだ!?」
「ケンイチ! 酒だにゃ! こういう時は、酒を浴びるほど飲ませるにゃ!」
慌てて、シャングリ・ラで酒を検索する。彼女のお気に入りだった、ブランデーでいいだろう。
購入ボタンを押すと、ブランデーが2本落ちてきた。
「ほら! ニャメナ! お前の好きな酒だぞ!」
酒を見たニャメナは、俺の首元から離れると、豪快にブランデーをラッパ飲みし始めた。
そして彼女は空になった瓶を投げ捨て、カタピラの上でふらふらになると、そのまま重機の下へ落下。
それをミャレーが受け止めた。45度ぐらいあるブランデーを丸ごと1本ラッパ飲みすりゃ、そりゃひっくり返る。
「もう、世話の焼けるトラ公だにゃ」
「大丈夫か?」
「多分、大丈夫にゃ」
ふう、なんでこんな時に――。
重機の下で呆然としている王女に声を掛ける。
「え~と、リリス様。なんでございましたっけ?」
間が悪く――口上を中断されてしまい、やる気を削がれたような王女だったが、気を取り直したようだ。
「え~い!! 魔導師ケンイチよ、我が物になるがよい!」
「お断りいたします」
俺の即断に王女はあっけに取られ、しゃがみこんだ。また貴族や騎士達がどよめく。
「即断かえ?! もうちと、考えるとか迷うとか色々とあるじゃろう?!」
どうやら王女は、俺が彼女の申し出を断ったのが、意外だったらしい。
「王族の玩具になるのは、まっぴらごめんです」
「むう……やはり、一筋縄ではいかぬようじゃな――それでは妾の女子としての些細な願いを一つだけ聞くがよい!」
「願い?」
俺の訝しげな顔色を見た、王女が続ける。
「其方、まさか幼気な乙女の僅かな願いも聞き入れないつもりではあるまいな?」
「自分で幼気とか言いますか? ――では、一応お聞きいたしますけど……」
「近々、妾の誕生日での! 其方の贈り物次第では――妾が父上にお願いしてこの場をおさめ、陛下の御威光の下、其方とその家族を無罪放免にしてやる」
無罪放免って、俺と家族は何も悪くないのだが。だって正当防衛だし――だが王族が黒と言えば、白い物でも黒になる世界だ。
それに魔導師や騎士団にも犠牲者が出てしまった。
これを丸くおさめるには、やはり王族の強権が必要だろう――だが、その彼等のお遊びから引き起こした事件なのだが、全く面倒な……。
「私に利点が全くないように思われますが……」
「そんな事はないぞ。無罪放免の他に、陛下の御威光があれば、ほかの貴族共は一切手出しが出来なくなる」
死んだ貴族や騎士達の親族による敵討も認められないって事だな。
「なるほど……しかし、贈り物ですか……」
「其方のアイテムBOXの中には、妾が見たこともないような物が詰まっておるのじゃろ?」
「いままで、リリス様にお売りした物や、お食べになった物では足りませんか?」
「うむ、その通りじゃ。あの手の物ならば、少なからず貴族共からの貢物がくる故――」
つまり他の王侯貴族に自慢できるような決定的な物が欲しいのではあるまいか?
全く、こんな茶番につき合う必要もないのだが……。
「どうじゃ?」
「承知いたしました」
「ほう、それは楽しみじゃのう、いったい何が出てくるやら。ちなみに妾が宝飾の類では驚いたりすることはありえんぞ? 我が王家に伝わる宝飾に敵う物があるとは思えん」
そう言われると、宝飾で勝負してみたくなるじゃないか。
ブリリアンカットのダイヤなんてどうだろうか? いや、プリムラにカットガラスを見せても、確かに驚いてはいたが、驚愕ってほどじゃなかったな……。
それじゃ、超精密加工の宝飾? ブレゲが作ったマリー・アントワネットみたいな超精密時計とか? だが金に糸目をつけなきゃ、それもなんとかなりそうな感じもするしなぁ。
この世界で、金を出しても買えないような宝飾か……。
俺は、シャングリラで宝飾のページを検索する――だが、それに当てはまる物を見つけた。
確かに、これもこの世界にはありそうだが、いくら金を積んでも買えなさそうな物だ。
シャングリラで購入した値段は350万円――これはイミテーションではなく本物なので、この値段だ。
コ○ツさんを降りて王女の下へ向かうと、俺の買った物を差し出した。
ちょっと黒味がかり、きらめく丸い玉が多数繋がった首飾り。だが、その首飾りを見た王女の表情がみるみる強張る。
「こ、これは!?」
俺のプレゼントを見た王女は、驚愕の表情で固まった。