83話 王女の依頼
この国の国王に呼び出されて、王都へやってきた。
散々道に迷った挙句、お城へ到着したのだが、肝心の国王との謁見がいつになるか解らないという。
お城の裏門へやって来た王族らしき女の子に、中庭への宿営の許可を求めると、すんなりと認められた。
周りにいた護衛から察するに、この少女は、この国の王女だという。
そして、その王女様は、俺の家で一泊すると言い出した。
――とはいえ、まさか俺が同衾するわけにはいかないので、俺は外で寝袋に入って寝た。
――次の日。
目を覚ますと、俺の隣に毛布を被ったアネモネが寝ていた。その反対側にはベル、その周りにはミャレーとニャメナが寝ている。
「ん……なんだ、みんな結局外で寝たのか」
王女の相手はプリムラに任せておけば大丈夫だろう。貴族との付き合いもあるので、扱いは心得ているはず。
「ふぁぁ~」
皆はまだ寝ているが飯の支度をするか。アイテムBOXからテーブルと道具を取り出して準備を始めた。
しばらくするとアネモネが起きてきた。
「アネモネ、おはよう。あそこにある井戸で顔を洗ったら、朝飯の準備を手伝ってくれ」
「うん」
彼女が井戸の所へいくと、釣瓶を使って水を汲み始めた。シャガの所で捕らえられていた時に、水汲みやらを散々やらされたそうなので、意外と体力がある。
それでも、残飯が食べられただけ、実家にいた時よりはマシだったようだ。
釣瓶の落ちる音を聞いて、すぐに獣人達も目を覚ました。
「ん~」「にゃ~」
獣人が2人で伸びをする。それに釣られたのか、一緒にベルも伸びをしている。
前脚をピンと伸ばしてお尻を上げ、大きな口を開けて伸びをする姿は猫のままだ。
獣人達はそのまま井戸へ行くと、アネモネの代わりに釣瓶を上げ始めた。側にあった桶に水が貯められると、皆で顔を洗っている。
「うひょ~、つめてぇ!」「目が覚めるにゃ~」
いつも使っている川の水は冷たくないが、井戸の水は冷たいのだ。
「アネモネ、パンを焼いてくれ。それから、ミャレーとニャメナは鳥さんの下拵えをしてくれ」
「うん」「はいよ~」「解ったにゃ~」
シャングリ・ラから、透明なゴミ袋を購入して、彼女たちに鳥と一緒に渡す。
「ほら、この袋をやるから、この中で毛を毟ってくれ。内臓やらもこの中にな。お城の中庭を散らかすわけにはいかないからな」
「おおっ、なんだこりゃ、ぺらぺらの袋だ」「うにゃ~」
獣人達が不思議そうに、ゴミ袋を掲げた後、鳥の毛を毟り始めた。
それを横目で見ながら、女の騎士がやって来た。昨日、王女の護衛についていた女騎士である。
どうやら、ロウという騎士と交代するようだ。
「こりゃ、羽根が飛び散らないでいいな」「にゃ~」
鳥の下拵えができたら、ぶつ切りして野菜と炒めてから、圧力鍋のスープへドボン。
しばらく加熱すればスープは完成。ついでに、ゆでたまごも作ろうか。
そうこうしているうちに、パンも焼きあがった。
テーブルに食器を並べていると、家の玄関の扉が開いた。
そこから出てきたのは、頭がボサボサで、まだ白い寝巻き姿の王女。そして俺に駆け寄った。
「ケンイチ! 花摘みじゃ!」
「はいはい、この小屋ですけど、ここでします?」
俺が作ったトイレに案内する。
「こ、これはどうやって使うのじゃ!」
「こうやって、蓋を開けて座ります。用が済んだら、ここにある紙で拭きます」
文化的な作法のデモンストレーションを行う。
「何? 紙だと?!」
「はい、柔らかい特別製な紙ですから大丈夫ですよ」
「ほう、これは……解った! ここでいたす!」
バタン――と勢いよく扉が閉まった。
「騎士様も、ご一緒に朝食はいかがですか?」
「朝食は済ませてきたので、お心遣いすまない」
この女騎士は、あのロウという騎士よりは話が通じるようだ――多分。
茶色の巻き髪に、黒い制服がよく似合う。金色の剣も皆同じものを装備しているようだ。
女騎士の制服姿に見とれていると、トイレのドアが勢い良く開いた。
「王女殿下、井戸に水があります」
「うむ!」
しゃがんで手と顔を洗う彼女に、タオルを渡す。
「拭き布でございます」
「うむ――ふぅ。それにしても、城の中庭でこんな経験が出来るのは新鮮じゃの」
「しかし、護衛の方々は苦労しておいでですが……」
「それが騎士の仕事故、其方が心配する事ではない。それから、妾の事はリリスと呼ぶがよい」
「それでは、リリス様とお呼びいたします」
まさか、王女を呼び捨てにするわけにもいくまい。
「誰かある!」
王女の声で、ドレスや飾りの付いた箱を持った数人のメイドさんが集まってきて、俺の家の中に入っていった。
ミャレーとニャメナは待ちくたびれたのか、地面に座って朝食を食べ始めてしまった。
一緒に、ベルにも猫缶を開けて鳥肉をやる。
そして、しばらくすると玄関のドアが開いた。
「待たせたな!」
白いドレスを身に纏い、頭にティアラを載せた王女が現れた。
その後ろにはメイドさん達と、プリムラが並んでいる。
「殿下――リリス様、私達と同じ朝食でよろしいので?」
「うむ! 昨日食べた料理と同じ水準の物であれば、なんの問題もない。王家の食卓に並んでも、不満が出る事はないはずだ」
食器もいつも普通に使っているものを用意した。毎回、高いの買ってられないし。
「これは、もったいないお言葉」
俺のテンプレ挨拶に、王女が訝しげな顔をする。
「其方――まさか、元貴族ではあるまいな」
「いいえ、代々生粋の平民でございます」
「それにしては、商人らしくないぞ――昨日の夜に話を聞いたのだが、其方の妻も商人らしいの」
「その通りでございます」
王女が席についたので、俺の隣に座ったプリムラに声を掛けた。
「プリムラすまんな。王女様の相手をさせてしまって」
「いいえ――とても、有意義な話を沢山聞かせていただきました。金銭に代えられない貴重な体験です」
「そりゃ、いくら金を積んでも王族と話す機会なんて滅多にないだろうしな」
「そうですわ。父でさえ、王族にお会いした事はありませんし」
「おおっ! それじゃ、プリムラは商人としても、お義父さんの一歩先を行ったってわけだな」
「それはどうでしょうか、うふふ」
王女が鳥肉と野菜のスープ、そしてアネモネが焼いたパンを食べているが、満足そうだ。
「このパンはアネモネが焼いたのか?」
「うん、そうだよ」
王女の質問にアネモネが得意げに笑う。
「ほう、大したものじゃのう……柔らかいし、とても香ばしくて美味い」
パンを食べている王女に、ゆでたまごを勧めた。
「ゆでたまごは、行儀悪く手づかみでどうぞ」
メイドさんが、山積みになっているゆでたまごに手を伸ばし、殻を剥いてから王女に手渡す。
「塩でもよろしいですが、これも美味しいですよ」
俺は、白い皿に盛った、黄色いうねうねを差し出した。
「ほう、これはマヨじゃな?」
「はい、何やら帝国で凄く流行っているそうで」
「王国でもソバナから入ってきての。城でも使い始めておる。なんにでも合う……むぐむぐ――万能ソースじゃ」
輸送に時間が掛かるので、マヨネーズがそのまま入ってきているわけじゃないだろう。多分、製法が入ってきたって意味だな。
しかし、原料の卵も油も高価な物だからな。金持ちの間でしか流行らんだろう。
そんな事を考えているうちに、王女は、ゆでたまご4つ食ったぞ。この細い身体で、えらい大食漢だな――いや、男じゃないので大食漢は適切じゃないか。
「ふう――城にいながら旅行気分が味わえるとは……こんな事を人に話しても信じてもらえそうにない」
「ここには井戸もありますので、風呂にも入れますね」
「なんと! 風呂まであるのか?!」
「はい、アイテムBOXの中に入っております」
「むう……それでは、今日の夜も泊まろうかの……」
だが、メガネのメイド長らしき女性が割って入った。
「姫様。あまり、わがままをおっしゃられましても」
「たまにはよいであろう。それに、昼間は勉強やら公務をこなして、夕方からなら何の支障もあるまい」
「それはそうですが……」
メイド長さんは、ちょっと心配な顔をして、俺の方をチラチラ見ている。
「この者達であれば心配いらぬ。まるで邪気がないからの」
「そんな気は毛頭ございませんよ。早く謁見を終わらせて、在所に帰りたいだけですから」
「やれやれ。望んでも一生謁見が叶わぬ者もいるというのに……」
王女が呆れているが、ハッキリ言って全く興味がない。プリムラとマロウ商会にしても、王都に進出すれば実力で謁見が叶うと思うし。
食後のお茶を出すために、シャングリ・ラでティーセットを買った。マ○セン製で63万円だ。
白い肌に、青い釉薬で書かれた模様が美しい逸品。紅茶の葉っぱはアールグレイで500g3万8千円。
こんな高いお茶なんて飲んだことがないよ。ヤカンに入れた水を、アネモネの魔法で沸かしてもらい、紅茶を入れる。
だが、この世界に紅茶はない。お茶と言えば日本の薬草茶に近い。
「む! これはまた、見事な茶器」
紅茶を淹れて、皆に出す。
「おお! お茶なんて全然解らんけど、こいつはうめぇって俺でも解る!」「そうだにゃーいい香りだにゃー」
「こんな美味しいお茶は初めてですわ。それにこの芳しい香り……」
獣人達にも紅茶の美味さは解るようだ。プリムラは当然わかるよな。だが、アネモネの口には、紅茶は合わないようだ。
やっぱり、お子様にはちょっと紅茶は早いか……。
彼女には砂糖とミルクを入れてあげた。
「美味しくなった!」
喜ぶアネモネであるが、果たしてこんな高いアールグレイをミルクティーにしてよいものなのか。
「……」
だが、王女は黙って紅茶の香りを嗅いで、じっくりと味わっているように見える。
「リリス様、お口に合いませんでしたか?」
「逆だ。これが茶だと? いったい、いくらするのじゃ?」
「え~、小壺で金貨2枚ほど……」
「は!」
王女は呆れたような声を上げた。
「うえ!」「にゃー!」「ええっ?」
俺の家族達からも驚きの声が上がる。
「これを飲ませて、王侯貴族の度肝を抜けるのであれば、金貨2枚は安いじゃろうの。この茶を口に含んだ瞬間に驚嘆し、そして次に襲ってくるのは強烈な身を焦がすような嫉妬じゃ」
王侯貴族はそのような見栄の張り合いに命をかけているらしい。
それは、こういう世界だけではない。日本の戦国時代――茶器を巡って様々なドラマが繰り広げられた。
口数少なく紅茶を楽しんでいる王女に質問をする。
「リリス様は、ご旅行でお城の外に出られる事は……?」
「殆ど無い。父に頼めば、許可はもらえるだろうが、護衛の騎士団やら、メイド達がわらわらとついて来て、鬱陶しい事この上ない」
「それは致し方ありません。御身に何か大事があれば大変ですから」
まぁ、国王からすれば当然だろう、可愛い娘なんだからな。
「全く其方やアネモネが羨ましい。どこでも好きな所へ行けるのだろう?」
「勿論、その通りでございますが、一歩街を出れば凶悪な野盗や追い剥ぎ、森へ入ればゴブリンや牙熊、そして黒狼と危険がてんこ盛りでございますが。そのためにも、リリス様に強力な護衛は必要でありましょう?」
「その通りなのじゃが……1人で、街をぶらぶらしたい時もあろう」
「お城の何処かに街へ抜ける秘密の通路等は?」
お城の抜け道は、定番の設備だろう、敵に攻められたときに、お城を脱出して落ち延びる時に使用するのだ。
「無論、あるが……ネズミと虫と蜘蛛の巣だらけじゃ。あんな所を非常時以外に通ろうと思わん」
「一応、試してみようとは思ったのですね?」
「……」
王女は黙っているが、その通りなのだろう。多分、場所は王族しか知らないはずだ。
そこを本当に使われたら、騎士達もまかれてしまうだろう。その当事者である女騎士を見ると――少々渋い顔だ。
使われたら困るだろうな。
「それに、姫様。それがもしや地下にあるのであれば、今はネズミだらけでしょうから、危険でございますよ」
「解っておる!」
メイド長の言葉に声を荒らげる王女であるが――その口調から察するに、実際にネズミに追っかけられたのかもしれない。
「ん~そうじゃ! ケンイチ、妾の頼みを聞いてもらえぬか?」
「なんでございましょう?」
「今の話に出た通り、城にはネズミが溢れておっての、どこもかしこもネズミだらけなのじゃ」
「それは、もしかして地下から登ってきているのでは?」
「……多分、そうじゃろうと思う……」
ネズミ退治か――こういう仕事はどこが受け持つのだろうな。前に聞いた話では、王都の冒険者ギルドは、ネズミ退治ぐらいしか仕事がないと聞いていたが。
「冒険者ギルドにネズミ退治の依頼は?」
「勿論、出しておるのだが、引き受ける者がいなくてな。そんな依頼は冒険者の仕事ではないと申すのだが、王都で魔物等が出るはずもあるまい」
「なんだよ、王都の冒険者ってのは、随分と贅沢だなぁ。俺なんて下水に潜ってネズミ退治とか普通にやったぜ?」
ニャメナのやっかみの声が聞こえてきた。
「しかしながら騎士団にネズミ退治をさせるわけにも参りませんしねぇ」
女騎士を見ると――俺の言葉にしかめっ面をしている。まぁ、そりゃ嫌だよな。
だが事情は把握出来た。
「ははぁ、私にネズミ退治をさせようというのですね」
「その通りじゃ」
う~ん、どうせ謁見にはしばらく時間がかかりそうだしなぁ。やる事もないし――バイトをするのもいいかもな。
それに、シャングリ・ラにはネズミ用の罠や殺鼠剤も売っているし、なんとかなるだろう。
「よろしゅうございます。お引き受けいたしましょう」
「おおっ! 引き受けてくれるか」
王女によると、ネズミ1匹銅貨2枚(2000円)でギルドには仕事を発注したと言う。
ネズミ1匹で2000円なら、結構いい小遣い稼ぎになると思うんだが……なんで、ギルドは引き受けないのかね?
「それでは、ネズミを100匹仕留めれば、金貨1枚でございますね」
「その通りだが、そんなにおるじゃろうか?」
「よっしゃ! 旦那、俺も行くぜ!」
俺と王女の話を聞いていたニャメナが立ち上がって拳を挙げた。
「ウチもにゃー!」
「私も!」
「おいおい、毛皮に臭いがついても知らないぞ? それに、アネモネ――地下じゃ魔法は使えないぞ? せいぜい、光よ! の魔法ぐらいだ」
「それでも行くの!」
アネモネも言い出したら聞かないからな。それに彼女が持っている魔法の明かりは便利だ。
ゲームのダンジョンだと何故か通路が見えるが、実際は真の闇――本当に何も見えないからな。
「ははは、ドブ掃除とネズミ退治で鍛えた、俺の忍耐強さを知らないな」
住んでいたところもそうだが、ニャメナは本当に苦労していたんだな。
「ニャメナ、お前は苦労したんだな。俺の所にいれば幸せにしてやるからな」
「だ、旦那ぁ……こんな所で、そんな事言われちゃ……」
「なんで、ウチには言わないにゃ!」
「勿論ミャレーもな」
「にゃふー!」
ミャレーが腕を組んで、ふくれっ面をしている。
王女はお城へ戻り、各所へネズミ退治を行う旨の通達を出すようだ。そうしないと怪しい奴だと捕縛されたりするかもしれん。
そして戻るまえに、マ○センのティーセットをお買い上げだ。値段は金貨30枚(600万円)で、アールグレイは2kgで金貨6枚(120万円)也。
シャングリ・ラへ金貨を10枚チャージしても、それが100枚になって戻ってくる。正に錬金術。
だが、こんな事をやっていたら、マジでこの国から金貨がなくなる。
「ベルは、ここでプリムラとお留守番な。それから、あちこちへ散歩しないでくれよな。お城の人間が驚くといけないから」
「ふあぁぁ~」
やる気のなさそうなベルが、白い牙をむき出して大きなあくびをした。彼女もやる事がなくて暇そうだ。
王女は、これから勉強やら習い事やらがあるらしい。
「しょうがねぇ。じっとここで待つか……」
俺達は昼まで待つことにした。
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――そして昼。軽く昼飯を食べているところへ王女がやってきた。
下水の入り口へ案内するという。
その場所とは、俺達のいる裏庭の丁度反対側の城壁の近く――そこに小さな小屋があった。
扉は施錠されており、ロウという騎士が俺の顔を睨みながら鍵を開ける。
扉を開けて中を覗くと、石で組まれた地下へ降りる階段があった。当然、中は真っ暗で何も見えない。
そして、生臭い臭気が昇ってくる。
「ここが入り口ですか」
「その通りじゃ」
「ここか~やっぱり臭うな」「そうだにゃ」「臭~い」
アネモネが鼻を摘む。
「アネモネ、止めてもいいんだぞ?」
「そんな事言っても無駄だから」
小声で隣にいる王女と話す。
「あの、ロウって騎士が、私の事を恨んでいるようなんですが、闇討ちとかされないでしょうね」
「近衛というのは、いざという時に主を守る聖なる盾になるべき存在じゃ。そんな腐った輩なら要らぬ。其方の好きにせよ」
はい、言質いただきました~って、仕掛けてこなけりゃ何もするつもりはないけどね。
まぁ騎士の誇りはありそうだし、そんな人間ではないと思いたい。
王女も、色々と騎士達に意地悪をしているようなのだが、そういった行為でストレスを与えて相手を観察しているように見える。
そういう時にこそ、人間の本性が出るからな。それで人間性を見極めて、手元に置くか否か――判断をしているようだ。
やんごとなき人ってのも、中々大変だねぇ……。
そして王女から大きな鍵を1つ貰った。
現場は俺達に任せて王女が去ると、その後ろを護衛がぞろぞろとついていく。
ああやって、金魚のフンみたいに四六時中くっついているのか。
それよりもだ。
ここを攻略しないとな。
おれは、シャングリ・ラで対ネズミ兵器を物色し始めた。
汚くて汚れるから、使い捨ての防護服とかいいかもな。防毒マスク等で臭いも防げるのかな?
メタンガスの可能性があるから、ランプは不可――LEDランプでいいな。
それから殺鼠剤とネズミ罠か。
だが、どのぐらい用意すればいいか、現地を見てみないと判断出来ないな。
やはり下に降りてみるしかないか……。
俺は白い使い捨ての防護服をシャングリ・ラで購入すると、アネモネと一緒に着こむ。
子供用の防護服はないので、大人用をガムテープを使って短くしてみた。
だが獣人の2人は防護服の必要はないと言う。
「そんなの着てたら動けないよ」
「そうだにゃ」
「それに、そんなのは息苦しそうだよ」
どうも、獣人達は身体が汚れるよりも、動けなくなる方が問題らしい。
だが、ネズミってのは病気を持っている可能性が高い。有名なのはペストとかな。
それに、俺が知らないような未知の病気だって、この世界にはあるかもしれない。
彼等は毛皮を着ているので、普通の人種よりは防御力が高いが、どのぐらいのネズミがいるか解らないのだ。
一応の防御はするべきだろう。
「いや、ネズミに噛まれたら病気になったりするぞ? そうなりゃ余計な金が掛かる。せっかく稼いだ金を減らす事はないだろう」
「そういえば、ドブさらいをした時に、熱をだした事があったなぁ……治癒魔法で蓄えが飛んだっけ……」
「ニャメナ、『転ばぬ先の杖』っていうんだ。どんだけネズミがいるか解らん。最初はこの白い服を着ておけ」
「……わかったよ。旦那の言うことを聞く」「ウチもそうするにゃ」
そして、足元を守るために長靴も購入。獣人達用はかなり大きめの物を買ってみた。
そして、厚手のゴム手が必要だろう。
「これを履けば足元も濡れないから」
「へぇ~」「こいつは便利だにゃ」
白い防護服に身を包んだ俺達は――階段を降りてみることにした。