80話 商人悲喜交交
王都へ行く途中、ゲリラ豪雨のような大雨に見舞われて、街道に架かっていた橋が落ちてしまった。
水が引いたら、ゴムボートで渡る算段をし、道端に家を出して一泊したのだが――。
プリムラが家の前で始めた露店。その前で客達が酒盛りを始めてしまい、結局は深夜まで続いたようだ。
ニャメナも一緒に飲んでいたので、そのうち戻ってきてベッドで寝るのかと思っていたのだが、いつまで待ってもやってこなかった。
――そして朝。念の用心のために出した丸太のバリケードをアイテムBOXに収納する。
そして道端には、酔いつぶれたと思われる男たちが寝転がっている。
「なんだこりゃ……」
ニャメナを探すと、草むらで裸になり大股開きで寝ていた。当然、ゴニョゴニョが丸見えである。
「おい、ニャメナ。起きろ」
「う~ん、旦那ぁ――もう食えない……」
何を寝ぼけているんだ。そんな事をしているうちに、道端で寝ていた男達も起き始めた。
「あんたら、こんな所で寝て大丈夫だったのか?」
俺にそう言われて、男達は我に返ったのか、体中を撫でまわし始めた。
金銭等、取られた物がないかチェックするためである。だが、幸いな事に、物をなくした者はいなかったようだ。
この世界で、道端なんかで無防備に寝ていたら、何をされるか解らんからな。
そのぐらい迂闊な行為と言えよう。
その迂闊の極みにいるニャメナを起こす。
「おい、ニャメナ!」
ニャメナの毛皮に指を埋め身体を揺さぶると、彼女が目を覚ました。
「……うん……」
「お前、こんな格好で寝て――まさか輪姦されたんじゃないだろうな?」
俺の言葉に、ニャメナは、そのまま起き上がると胡座をかいて、身体中をポリポリと掻いている。
何を言われたのか、解らないような顔をしていた彼女だったが、徐々に目が覚めてきたのだろう。
「そこら辺の男が束になっても、俺を押し倒したりは出来ませんよ――ふあぁぁぁ!」
彼女は大きなあくびをした。
「それならいいが……」
「心配してくれるんですか?」
「当たり前だろ」
その言葉を聞いたニャメナが俺に抱きついてきた。裸なので毛皮がもふもふで、実に心地よい。
「なぁ、ニャメナ」
「なんだい旦那ぁ」
「しっぽの付け根と前を同時に弄ったらどうなるんだ?」
「そんな事されたら俺、飛んじゃうかも……」
そんなアホな事をやっていたら、ミャレーが家から出てきた。
「ぎゃー! 何やってるにゃ!」
「なんだよ、クロ助いいところで。もうちょっと寝てろよ」
「そうは、いくかにゃ!」
アネモネとプリムラも起きてきたので、悪ふざけはこのぐらいにして、朝飯にする。
朝飯は、昨日の商売で売っていたスープの残りと、シャングリ・ラで買ったパンだ。
ニャメナに話を聞くと、大店らしき商人達は、手代が迎えにやってきて、自分達の馬車へ戻ったらしい。
最後まで残って、道端で寝ていた奴らは、1人で商いしている連中のようだ。
馬車とか荷物とか、放っておいて平気なのだろうか?
だが、俺達が食事をしているのをみて、スープやパンを売ってほしいという奴らがやって来た。
そうなると黙っていられないのが、プリムラだ。
俺からインスタントスープとパンをもらうと、食事もそこそこに家の前で売り始めた。彼女は、俺が粉のスープの素を持っていると知っているからな。
どうも目の前に客がいると我慢出来ないらしい。
だが商売をしている彼女は、本当に楽しそう。
「商売をしているプリムラは、生き生きしているよな」
「ウチ等が、狩りをしている時と同じにゃ」
「そうだよなぁ」
多分俺は、工作をしている時とか、鉱石を掘っている時には、ああいう顔をしていたんだと思う。
プリムラに商売は任せて、俺達は川の方へ行ってみる事にした。
まだ流れは速いが、水の濁りはなくなり、大分水量も減っている。これなら、ゴムボートで渡れるだろう。
ちょっと上流へ行ってから斜めに下ればいい。確かゴムボートは5人乗りだから――大人4人と子供1人、そして森猫、多分大丈夫だろう。
一旦、家に戻り、出発の準備をする。
戻ると、プリムラが汗を流して商売をしていた。
「朝からそんなに頑張る事はないだろう」
「いいえ、客がいて、売る物があれば、汗を流すのが商人ですから」
そう言われると、俺みたいなインチキ商売人は耳が痛い。
だがキリがないので、商売をほどほどにさせて、出発の準備をしなくては。
「ケンイチ、汗をかいてしまったので、身体を拭きたいのですが……」
「解った、着替えも出すよ」
俺も手伝ってやろうと言ったら、顔を赤くして、家の中へ逃げ込んだ。夫婦でも、まだ恥ずかしいのか。
プリムラの準備も出来たので、家やテーブル等をアイテムBOXへ収納した。
「おおっ!」
ギャラリーから、どよめきが起こるが――渋い表情をしている商人らしき者もいる。
もしかして羨ましいのかもしれない。そりゃ、商人がアイテムBOXを持っていたら、鬼に金棒だからな。
マロウさんのアイテムBOXの容量は、4畳半の部屋1つ分ぐらいらしい。それでも馬車1台分は入るからな。
それに重さは関係ないので、馬車に積めないような重量物もアイテムBOXで運べる。こいつは強力だ。
それでも、マロウさんはアイテムBOXに依存する事なく、どうしても馬車で運べない物や、貴重品、生鮮品などに限って使っているようだ。
皆で川へ行くと、川辺に降りて、アイテムBOXからゴムボートを出す。
川へ半分だけボートを浸けて、先ずはアネモネとプリムラを乗せた。そしてベルだ。
「よし、ベル! 乗れ! 爪を立てないでくれよ」
俺の声で、ベルがぴょんとボートへ飛び込んだ。
続いて俺、最後に力自慢の獣人の2人に押してもらう。そしてボートが水に流れ始めたら、獣人達がひょいと飛び乗ってきた。
「よっしゃ! 漕げ漕げ!」
皆でバシャバシャと水を掻き、獣人の2人はオールを使っている。多少、水しぶきで濡れてしまうが仕方ない。
対岸まで1分ぐらいだと思うのだが、凄い長く感じる。これも走馬灯現象なのだろうか?
そして対岸に接触したら、獣人達に先に降りてもらい、ゴムボートについている紐を引っ張ってもらう。
「ふう! 到着!」
「怖かった!」
「こんな具合に川を渡ったなんて初めてですわ」
しかし、なんとか川は渡れた。ここから車をアイテムBOXから出して王都へ向けて、また出発すればいい。
少々服が濡れたので、アネモネの魔法で乾かしてもらう。
「ん~乾燥!」
王都は、ここから100km程らしいので、2時間もあれば到着するだろう。地面も乾きつつあるし、今日中に到着出来るはずだ。
――だが。
「俺達も渡してくれ! 頼む、金なら払う!」「俺もだ!」
そして渡ってきた対岸からも、その要請があった。対岸――つまり、王都へ向かう商人の方が多いし、切羽詰まっているように見える。
「ふう、俺は興味ないが……ニャメナ、渡しをして小遣い稼ぎするか?」
「え? いいのかい旦那?」
ニャメナの顔に花が開く。
「いいけど、俺は手伝わんぞ。プリムラ、渡し賃ってどのぐらいがいいと思う?」
「そうですわねぇ――小四角銀貨2枚(1万円)程だと」
「おおい! 小四角銀貨2枚なら、渡してやる」
ニャメナが、周りの商人達にデカい声で告げた。
「くそ……しょうがねぇ」「背に腹は代えられない……」
なんか、ブチブチ言っている奴がいるが、嫌なら止めろって話だ。こっちは渡してやる義理はないんだからな。
「ミャレーはどうする?」
「ウチは金があるから、やらないにゃ~」
「ちくしょう、俺だって金を稼いでやるからな!」
余裕の表情を見せるミャレーに、ニャメナは悔しそうである。
とりあえず、午前中だけという約束で、渡しを始めた。そんなに客がいるかな? ――と思ったのだが意外といるようだ。
商人は荷物もあるので、1回につき2人しか渡せない。ニャメナ1人なので、客にもオールを漕がせている。
そして上流までボートを持っていって、斜めに下る――というのを何回も繰り返す。軽いゴムボートだから出来る芸当だ。
普通の船じゃちょっと無理だろう。俺達は土手の上で椅子とテーブル、そして日よけのパラソルを出して、ニャメナを待つことにした。
体力自慢の獣人だから、体力的には問題ないだろう。
ゴムボートを売ってくれ! という商人もいるのだが、当然非売品。売るわけにはいかない。
アネモネは、テーブルについて読書。日本語の本なのだが、難しい漢字でなければ、かなり読めるようになっている。
やはり彼女は非凡である。ベルはテーブルの下で香箱座りになって、橋が落ちた所にたむろしている人達を、じっと眺めているのだが、何か気になる物でもあるのだろうか?
そして、プリムラはというと――俺のアイテムBOXから出したドライジーネに乗って、停車している馬車を巡り、掘り出し物を物色しているようだ。
このドライジーネは、アストランティアでマロウさんから貰った物である。彼のアイテムBOXの中に入ってきたのだろう。
赤く塗られて、金色でカービングが施された、プリムラ専用機である。当然、三倍速――くはないが。
勿論、只乗り回しているわけではない。彼女の実家であるマロウ商会の製品――ドライジーネの宣伝も兼ねている。
それに、こいつは新型だ。最初に作られたドライジーネは、ハンドル固定で真っ直ぐにしか走れなかったが、こいつにはハンドルがついている。
俺が後で送った手紙に書いてあった自転車を見て、改良を加えたのだろう。
土手でのんびりしていると、ニャメナの商売は終わったようだ。丁度プリムラも帰ってきた。
俺が数えていた分では、15往復を2~3人ずつ客を乗せて、60~80人運んだ計算だ。1人小四角銀貨2枚なので、120枚以上の小四角銀貨を手にした事になる。
「おおい! 旦那! 見てくれ、この銀貨の山! ははは!」
皆で数えると、小四角銀貨が132枚あった。1枚5000円相当なので、66万円稼いだ事になる。
だが、ずっと渡しをしていた彼女は、ずぶ濡れだ。身体に直接、乾燥の魔法は危険なので、ジェットヒーターを出す。
轟々と出る熱風の前で、ニャメナが毛皮を乾かしている間に、金貨に換算する。
「金貨にすると、3枚だな」
「ひょ~! 昼前に渡しをしただけで金貨3枚かよ。どうだクロ助」
「まぁまぁ、だにゃ」
そう言うミャレーだが、ちょっと悔しそう。美味しい仕事だと思ったのだろう。
「お嬢、旦那に分前はどのぐらい払えばいいんだ?」
「3割程度でよろしいのでは?」
「3割って金貨1枚だろ? いいのか?」
「だって旦那の軽い船がなきゃ、こんな商売なんて出来っこないんだから当然だろ。半分でもいいぐらいだぜ」
「そうですよ」
こういう商売をすると、7~8割取られる事も少なくないと言う。
まぁ、本人も納得しているようなので、金貨1枚分の小四角銀貨を分前でもらった。
ニャメナの分を、俺のアイテムBOX内にある、ニャメナフォルダの中へ入れる。
そして軽く昼食を取る。だが、ニャメナは重労働をしてたので腹が減ったと言う。
簡単に四角いパスタと缶入りのパスタソースで済ませる事にした。
「悪いね、俺だけ」
「まぁ気にするな」
彼女は出来上がったパスタを大口でかきこみ、ワインで流し込んでいる。
「んぐんぐ――ぷはぁ~! いや~金を儲けた後の酒は格別だね」
そして食事の後――俺達がテーブルやパラソルを片付けて、出発の準備をしていると、1人の商人がやって来た。
30歳ぐらいの男で、髪は茶色、藍色の上下に金のボタンをしている。
足元にはデカイ革袋がある。
「なぁ、あんた、アイテムBOXを持っているんだろ?」
「……まぁな」
「頼む! 俺の荷物を王都まで運んでくれ」
ミャレーが言うには、渡しで乗せた客だと言う。とりあえず、荷物が渡れないので、自分だけでも王都へ向かうつもりだったのか。
「断る。俺に利点も何もないからな」
「金なら払う!」
「量は?」
「急ぎの荷物が、馬車半分程……」
「それじゃ、金貨3枚だな」
「法外な!」
別に法外であろうが、輸送代は俺が決める事だからな。
すると期限に荷物が間に合わないと手形が飛ぶ――とかなんとか言い出した。そんな事は、俺の知ったこっちゃない。
「なるほど――手形が飛べば、お前の店も飛ぶわけだな」
「そ、そうだ」
「それじゃ、輸送代は金貨5枚だな」
「何故、上がるんだ!」
「荷物を運べば、お前の店は助かるんだろ? それじゃ俺は命の恩人じゃないか。命を助けてもらうのに、金貨5枚でも安いと思うが――」
「そ、そんな金はない……」
商人は、下を向いたまま固まってしまった。
「金がないなら、証文を書いてもらってもいいぞ。お前は女房子供はいるのか?」
「王都にいる……」
「それじゃ、金が払えなかったら、女房子供を奴隷に落とすって事で――」
「そ、そんな無茶な!」
「じゃぁ、ダメだな。どのみち借金残して店が飛べば、奴隷に落ちるぞ?」
「……」
俺の隣にいるアネモネが黙っている。いつもの「助けてあげないの?」攻撃がくるかと心配していたが。
「アネモネ――今日は、『助けてあげないの?』って言わないのか?」
「今日のは、ちょっと違うと思う……」
「ほう、どう違うんだ?」
「商人っていうのは、儲けたり損をしたりするんでしょ? 儲けた時に、皆に分け与えたりしないのに、損をしそうだから助けてくれってのは、ちょっと違うと思う……」
「そうだな、子供でも解る理屈だったな」
「くっ!」
商人は立ち上がると、革袋を担いで王都へ向けて走りだした。
「アネモネは賢いなぁ」
「その言い方は、ちょっと嫌」
黙って見ていた獣人達がやって来た。
「俺りゃまた、旦那助けちまうのかと思ったよ」
「にゃー」
「馬鹿を言うな、俺は皆が言うほどお人好しじゃないぞ。王都に戻れなきゃ手形が飛ぶって事は、一か八かの勝負に出たって事だ。博打に負けそうだから助けてくれって、そんな虫のいい話があるはずがない」
「その通りですわ。余裕のある商人は、この状況でも仕入れをしたりしていたでしょう?」
「ああ、そうだったな。旦那から樽を買ったりな」
これで、商人が美人の女だったりすれば、また話は違うのだが。
「でも、サンタンカの奴らは助けたから、ケンイチはまた助けると思ったにゃ」
「クロトン一家は、先ず全財産を俺に差し出して、『助けてくれ』って言ったからな」
「そういえば、クロ助からそんな事を聞いたような……さっきの商人は金の事も後出しだったし、高いとか文句言ってたな」
「そういう事だ」
クロトン一家には、アネモネと遊んでくれたマリーがいたしな。知り合いなら、多少の贔屓はある。
プリムラだって、マロウ商会と全く接点がなかったのであれば、助けに行こうとは思わなかっただろう。
「あんな状態では、今回は凌げても、いずれは……」
「そうだよな」
中小企業で、運転資金のために街金に手を出したり、手形をジャンプしていたら、いずれ破綻する。
早いか遅いかだけの話。だが、なんとかしようとして結局、倒産間際に膨大な借金を抱えてしまう。
途中で廃業すれば、ちょいマイナスぐらいで済むのにな。
準備が終わったので、皆でラ○クルプ○ドへ乗り込み、出発する。
土手に集まっていたギャラリーは、何もない所から車が出てきて驚き、馬なしで動き出した鉄の塊を見て、再度驚きの声を上げた。
「出発~!」
そして、車が発進してすぐに――オドメーターで3km程進むと、さっきの商人が道端でヘロヘロになっていた。
「あ~あ、走れメロスのように」
少し、追い越して車を止めると、道端で倒れこんでいる男に話しかけた。
「王都まで行くのか?」
「ハァハァ……」
「こいつに乗れば、今日中に王都へ着けるぞ。運賃は銀貨1枚だ。そのぐらいは持ってるんだろ?」
「……本当に今日中に着くのか」
「もちろん」
リアゲートを開いて、荷物スペースに男を座らせる。日本じゃ違法だが、ここは異世界だ。
「なんだ旦那、結局助けるんじゃ」
「王都へ連れていくだけだぞ。その後は知らん」
荷入れを待ってもらうのか、それとも代替の馬車を用意して、なんとかするのか。
だが車が動き始めると、男が騒ぎ始めた。
「なんだこれは! う、馬なしで動くのか?」
「だから言ったろう。今日中に着くってな」
俺はスピードを上げた。もう道路は乾いており、所々に水たまりがあるだけなので、それを避けながら走る。
この世界も左側通行だ。剣を左側に差すので、ぶつからないようにするためだ。
まぁ、鞘がぶつかったりしても、『決闘!』とはならないのだが。
それから2時間、男から身の上話を聞いたりする。
聞けば案の定、一か八かの勝負に出たようだ。まぁ、そういう商売は普通は失敗に終わるのが常なのだが。
そんな話をしている間に王都の街が薄っすらと見えてきた。
「ほ、本当に王都へもう着いたというのか?」
「目の前を見てみろ、本当だろ?」
小山の上に城を建てて、その周りを城郭で3重ぐらいに囲った造りのようだ。
プリムラの話では、増築を繰り返しているので、もっと構造が複雑らしい。
そして城郭の中に収まり切れない小さな家々が、外にも溢れだし、その面積の方が壁の中より遥かに大きい。
人口は100万人以上らしいからな。北海道でいえば、札幌ぐらいの大きさがあるって事だ。
札幌で例えるなら、大通り公園辺りから札幌駅、すすきの辺りが城郭の中で、それ以外は壁の外。
――ちょっと例えがローカル過ぎるか。