8話 良い裏ワザを考えついたかもしれない
洗濯が終わったので部屋に戻り、部屋の中に縄紐を張ると、洗濯物を干す。
シャングリ・ラで買ったバスタオルで、頭をゴシゴシする。
「ふぃ~さっぱりしたぁ」
髭の剃り残しがないか、アゴを撫でて確かめる。
商売初日は、いきなり高額商品が売れてラッキーだった。だが、いつもこう上手くいくとは限らない――気を引き締めないと。
だが、もう少し効率の良い売り物は無いだろうか。売った中で一番良かったのは洗濯バサミだったが……。
だが俺は、売上の硬貨を勘定していて、良い事を思いついた。
「地金……はどうだ?」
シャングリ・ラなら、金や銀の地金を売っている。それを直接換金すれば良い。
早速、シャングリ・ラで地金を検索してみると――銀の1オンスインゴットやコインが4000円前後で売っている。
コレを買って、この街の両替商に持ち込めば、1枚5万円で使えるこの国の銀貨と交換出来る。
しかし、待てよ……シャングリ・ラでは銀貨は安くて4000円の価値しか無い、だが、現地通貨では5万円相当でチャージ出来るってのはどういう事なのか?
そういう仕様なのか? シャングリ・ラで安い銀貨を大量に買って、現地通貨に鋳造しなおせばOKって事なんだろうか……?
謎だ。
もしかして、触れてはいけない所に触れようとしている? このステータス画面だって、誰かが管理しているから存在しているはずだ。
ルール違反で、いきなりBANとかされないよな? ゲームじゃないこの世界でBANって事はイコール死だったら、困るぞ。
だが、いっぺん試してみる価値はありそうだ。
ついでに金の地金も探してみると、1オンス金貨が、約18万円だったので、金貨の価値はこちらと、あまり変わらないようだ。
やはり、狙うとしたら銀貨か……。
今日ゲットした、金貨をシャングリ・ラのチャージに入れてみる――すると、20万円の入金となった。
「やっぱり、レート的には間違ってなかったか」
企みを実行に移すために、1オンスの銀貨3枚と四角いインゴットを2枚購入してみる。1枚4000円なので、全部で2万円だ。
【購入】を押すと、チャリーンと硬貨が落ちてきて、床の上をコロコロと転がっていく。危うく、床に開いた板の節目に落ちそうになった。
こういうのは普通パッケージに入ってるんじゃないのか? しかし、物を買っても包装とかダンボールとかは一切無いからな。
そういう仕様なのかもしれない。
試しに、買ったばかりの銀貨を買取査定に入れてみる――1枚3900円だ。
やはり、この世界の硬貨へ換金しないと、価値が上がらないらしい。
ひょっとして、バグや裏ワザを見つけたかも――と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかったようだ。
「おお~っ! すげぇ綺麗だな」
ピカピカに磨かれ、鏡面仕上げになっている銀貨――って、こんなピカピカじゃ拙いじゃん。
外へ行くと石を拾ってきて、銀貨と一緒に革の巾着袋に入れ、ガチャガチャと揉む。
とりあえず、傷だらけにはなったが、使い込まれた感じが全くない……。
「う~ん、確か銀製品って燻蒸液みたいのが、売ってなかったか?」
いぶし銀で検索してみると――発見した。銀いぶし液と言うのか――そのまんまだな。2000円でその液体を購入して、説明書を読む。
「なになに――熱湯の中に、いぶし液を混ぜて、銀製品を入れた後、黒くなったら水で洗ってよく乾燥させます……か」
その後ペーパー等で磨くらしい――なるほど。
カセットコンロをアイテムBOXから出し、お湯を沸かして説明書の通りにしてみると、確かにピカピカの銀貨は黒くなった。
サンドペーパを購入して、シコシコ磨く――。
「おお~っ! 確かに、それっぽくなった。これならバレないだろう」
明日、市場で露店を開く前に、買い取りに持ち込んでみよう。銀は銀だ、偽銀じゃないし問題無い――と思うのだが。
銀貨を眺めていると、誰かが階段を上がってくる音がする。小細工した銀貨をアイテムBOXの中へ入れた。
ノックと共に入ってきたのはアザレアだ。
「もう、何もないぞ」
「そんな言い方しなくても良いじゃない――」
どうも、面白いオヤジだと思われているらしく、ちょくちょく顔を出してくる。
まぁ、街の事は、彼女に聞くのが一番手っ取り早いので、俺も重宝しているのだが。
------◇◇◇------
――次の日の朝。俺は、朝から肉とご飯を食っている。パンばっかりだったので、肉が食いたくなったのだ。
ただ、金網を使って焼くと、煙モウモウになってしまうので、フライパンを買って、弱火で焼いている。タレは、愛用のジンギスカンのタレだ。
フライパンで焼くと、余計な脂が飛ばないので、ギトギトになってしまうのが、欠点だな。だが、仕方ない。
飯を食った後を片付け気合を入れると、昨日買った襟なしの黒いシャツを着て宿屋を出た。
「さて、銀貨を持って凸してみるか! 吉と出るか凶と出るか」
宿を出て、先ず向かうのは、あのマッチョな男がダブルベッドを買っていた道具屋。銀貨を道具屋で買い取ってもらえないか、聞いてみる事にした。
市場を通りこし、店先に色んな物が積まれている店に到着して、薄暗い店の中に入る――。
暗い店の中も、色んな物が積まれていて、何が何やら……。
「ちわー!」
「なんじゃな」
「うわ! びっくりしたわ」
暗闇の中から、白髪と白髭の爺さんが出てきた。暗い緑色のローブを着ているせいで、よく解らなかった。
白い顎髭は長く伸び、いかにも見た目が魔法使いといった風体。
「爺さん、銀貨の買い取りとかやってるかい?」
「どれ、見せてみぃ――」
俺がポケットから取り出した件の銀貨を、爺さんが手に取る。すると明るい光が彼の手元を照らし始めた。
なんだ? 魔法か? 見た目魔法使いっぽいなと思ったが、本当に魔導師なのか?
「ふむ、見たことが無い銀貨じゃの。お前さん、コレをどこで手に入れた」
「場所は言えないが、拾ったんだよ」
「ダンジョンにでも、潜ったのか?」
「まぁ、そういう事にしておいてくれ」
何? ダンジョンとかあるの? そういえば、市場の奴らが、冒険者ギルドがどうのこうのって言ってたなぁ。
「残念ながら、ここでは買い取れんの。この国は、通貨の規制が厳しくての。この国以外の硬貨の使用は禁じられておる。もしこれを使いたいのであれば、国立の両替商へ行くべきじゃな」
「随分と厳しいんだな」
「お前さん、外から来た人じゃな」
「ああ、来たばかりだ」
「以前、贋金が大量に出回った時があってな、それ以来、国が神経を尖らせておるのじゃよ」
「なるほどな、それじゃ爺さん。その国立両替商ってやつの場所を教えてくれないか?」
俺は、銅貨を1枚爺さんに手渡した。
「市場に来る手前に交差する大きな通りがあるじゃろ、そこを真っ直ぐに行けば良い。通り沿いじゃから、すぐに解るぞ」
「爺さん、ありがとうな」
贋金かぁ――そりゃ、穏やかじゃねぇな。どこの国でも、経済に直結する贋金造りってのは、重罪だからな。
店から出ようとすると、薄く四角い五徳がついたコンロのような物を見つけた。
「爺さん、これは何だい?」
「なんじゃ、知らんのか? 火石コンロじゃよ」
爺さんが、コンロをいじると、火が点く。
「おおっ! なんかすげぇ。 魔法なのか?」
「魔法と言えば魔法かもしれんが……」
火石という燃える石を使った、コンロらしい。なんだよ、意外とハイテクだな。この火石を点火装置に使った、灯油ランプも見つけた。
アザレアが言ってたのはこいつか。
だが、物凄く値段が高い。コンロは中古で30万円相当、灯油ランプは10万円だ。これならシャングリ・ラで買った方が、断然安い。
道具屋から出て、爺さんが教えてくれた通りに歩くと、硬貨に剣が突き刺さった紋章が描かれた看板が見えてきた。
石造りの三階建てで、玄関は一段飛び出した造りになっており、そこから短い階段が伸びている。窓には全てガラスが嵌っており、立派な造りだ。
さすが、国営の施設。
中へ入るために、商人の証をポケットの中へ突っ込む。もしもの時に身バレを防ぐためだ。――大丈夫だ、決心して中へ脚を踏み入れる。
建物の中も、大理石のような石で出来た豪華な造り。窓ガラスのせいもあるが、白い石に反射した光で中も明るい。
俺は、メガネを掛けた若い男が座ったカウンターへ向かった。ここの職員は、白いシャツとブラウスに、下は黒いサスペンダーで吊るされた、ズボンかスカートを穿いている。
首には男女共に蝶ネクタイだ。
カウンターの奥に、髪の毛をアップにして、メガネを掛けた女性職員がいるのだが、遠目に解るほど巨乳でここの制服が実に似合っている。
う~む、素晴らしい。
いや、そうじゃねぇ――。
「あの~、外国の銀貨を両替したいのですが」
俺は、ポケットに入れていた全部の銀貨とインゴット5枚をカウンターの上に置いた。
メガネを掛けた若い男は、銀貨を木皿に入れて、そのウチの一枚をマジマジと見た後に、答えた。
「あちらに、おかけになって、お待ち下さい」
手のひらで指された先には、赤いクッションの椅子が並んでいる。しょうがない、黙って待つことにするか。
待っている間に暇なので、シャングリ・ラの画面を出して、電子書籍を読む事にしたんだが――。
なにやら、カウンターの奥が慌ただしい。天秤やら、水槽やらを持ちだしてきて大騒ぎをしている。
恐らく、銀が本物かどうか調べてるんだと思うが……大丈夫かな? だが、シャングリ・ラから買ったんだ、銀の品質は最高のはず。
あまり考えてもしょうがない。先程の巨乳女性職員に絵描きの性が疼くので、紙と鉛筆をアイテムBOXから出して、スケッチをすることにした。
ふむ、やっぱり女はこのぐらいの歳じゃないとなぁ。アザレアも可愛いけど、やっぱり大人の色気っちゅーもんが……。
年を食って、かなり好みが変わったと思う。最近、近くが見えづらく老眼が入ってきたしな。
はぁ、歳はとりたくねぇな。
なんだか、ツマラン事で少々落ち込んでいると、お呼びが掛かった――30分程経ったと思う。
「銀貨の両替でお越しのお客様~」
「あ、はいはい」
俺がカウンターへ駆け寄ると、メガネを掛けた職員が丁寧に説明をしてくれた。
「厳正な検査な結果、お客様が持ち込まれた銀貨は、間違いなく銀と証明されました。しかし、鋳造し直す手間を入れると、銀貨5枚で金貨1枚の両替になりますが、宜しいでしょうか?」
「まぁ、仕方ありませんね。このままでは使えないとなると、持っててもしょうがないですし……」
「お客様、個人的な見解を申し述べ宜しいでしょうか?」
「は、はい、どうぞ」
なんだ、なんだ、何か問題があるのか?
「お客様、これを何処で手に入れられました?」
「ダンジョンですが……」
「なるほど――この銀貨にはかなり高度な鋳造技術が用いられており、然るべき工房へ送り詳細に調べた後であれば、その価値は数段上がる物と思われます。硬貨を扱い、様々な物を拝見して参りましたが、このような素晴らしい物を見ることができ、まさに眼福でございました」
なんだか、淡々と丁寧に硬貨への愛を語るこの男も、少々変わっているな。だが、元世界のコインはプレス加工だったはず。
「あの……俺に難しい事を言われても解らねぇし。使える金貨に交換してもらえれば、それで良いですよ。調査とやらは、そちらでやって頂ければ……」
とりあえず、笑って誤魔化す。
「承知いたしました」
男が残念そうにメガネを――くいっと上げると、木皿に金貨が一枚出された。
「お手数おかけしました」
金貨をゲットしたので、早々に立ち去る。上手くいったは良いが、心臓バクバクだ。
こんなの、これ以上持ち込めねぇ! 絶対に問題になる。良い考えだと思ったのだが、かなり問題があるようだ。
銀貨を大量に持ち込んで、出処を追及されたらヤバい事になる。
俺が銀貨を潰して、鋳造し直せばOKかもしれないが、貨幣の私鋳造は極刑だろう。何もそんな危ない橋を渡る事は無い。
儲ける方法はいくらもあるのだ。
例えば、異国の銀貨は使えないが、銀のアクセサリーなら全然問題無く、市場にも色々と銀製品が売っている。
勿論、それなりに高価だがな。
シャングリ・ラを検索すれば、2000~3000円の安いシルバーアクセサリーが大量にある。それを売れば良いのだ。
だが、売値が高くなるので、買える客を限定してしまう心配があるが……。
市場へやって来る客の月収は10万円ぐらいらしいからな。そんな人達が2万~3万円のアクセサリーを買うには少々無理があるだろう。
金持ちに伝があれば良いのだが……と言って、貴族は相手にしたくねぇし。
まぁ、とりあえず現金が追加で手に入った。銀細工でも並べて、客を待ってみよう。
たまたまやって来た、金持ちの目に止まるかもしれない。
時間を食ってしまったが、市場へ向かう事にした。
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遅れて店を出したが、さすがに昨日のようなラッキーは続かず、洗濯バサミが30個程売れただけ。
やはり、この洗濯バサミは定番商品になりそうだな。もっとディスプレイを考えた方がいいかもしれない。
洗濯バサミを繋ぎ合わせ、モールを作ってブースを飾る――とかな。
今日は早々に店じまいかな? ――と思ってたら、声が掛かった。
「このベッドを見せてもらえないか?」
声を掛けてきたのは、がっしりとした体格の口髭の中年男だ。俺は、テーブルの下を潜ると、外に出た。
「ここに出すんで、ちょっと離れてくれ」
「出す? ああ……」
アイテムBOXから、目の前にベッドを出してみせると、男が一歩下がって驚きの表情をしている。
「こりゃ、噂に聞くアイテムBOXってやつか」
「そうだよ。ベッドは、使い込まれてるけど、まだしっかりしてるよ。買ってくれたら、オマケにシーツを1枚付けるから」
「う~む……もう一声」
「それじゃ、今日はもう店じまいなんで、アイテムBOXを使って家まで運んでやるよ」
「そいつは助かるなぁ……よし、買った」
「毎度あり~」
小四角銀貨6枚(3万円)で売れた。
こういった生活必需品なら、少々高くても売れるんだが、アクセサリーなんてのは贅沢品だからな。
ベッドを運んで今日の仕事は終わりだ。
銀貨の件は上手くいかなかったが、仕方ない。