73話 殴りこみだ!
俺の家族と子爵夫妻を乗せた車が、門を潜り街の中へ滑り込む。
大通りを進む車には、相変わらず街の住民からの好奇の目が突き刺さる。
「ほうほう! これは、民から注目の的ですね。この馬なしの車を私に売ってもらう事は?」
「閣下、これは召喚獣ですので、私の言うことしか聞きませんし、操る事も不可能です」
「そうですか~実に惜しい」
「それに長い腕を持った巨大な召喚獣もそうですが、特殊な油が餌になっており、それを食べさせないと、すぐに死んでしまいます」
「そういえば、旦那は魔道具を使って油を作ったり、いろんな薬品を混ぜたりして、餌を作ってたよなぁ」
一番後ろの席から、ニャメナの声が聞こえてくる。
「そういう事だ。意外と繊細なんだよ、こいつは」
そんな話をしているうちに、件の商人の店へやって来た。
大通りに面した、石造りの大きな3階建ての建物。ニャメナの話では、ここは店舗兼倉庫と従業員の寝床。
主であるソガラムの屋敷は別の場所にあると言う。
1階には大きな組み立て式の庇が張り出し、その下には商品が色々と並べられている。
こうしてみると普通の商店みたいだが、色々な場所で圧力や脅しを掛けまくって、集めた品だと思われる。
俺は、子爵夫妻を車に置いたまま店員らしき男の所へ向かった。細い目をした狐のような男で、頭には赤いバンダナらしき物を巻いている。
「いらっしゃいませ、何かお探しで?」
男が揉み手で近づいてきた。
「ここは、買い取りもしているのか?」
「ええ、どんな代物でも買い取りますよ~」
「ほう、どんな物でもか?」
「ええ、もちろんですとも」
「それじゃ、こいつを買い取ってくれ」
俺は、アイテムBOXから、以前仕留めた洞窟蜘蛛のメスを取り出した。
地響きと共に現れて、店の入り口を押しつぶした白い巨体。倒してすぐにアイテムBOXに入れたので、まだ新鮮なままだ。
流れ出る赤い体液が、店先の品物を紅く染めていく。
「うわぁぁぁ!」「きゃぁぁぁ!」「なんじゃこりゃ?!」
突然現れた魔物に、あちこちから悲鳴があがる。
「俺が仕留めた、魔物だ。こいつを買い取ってくれ」
「お、お客様、こんな物は困ります!」
腰を抜かして尻もちをついた、店員が叫んだ。
「お前が何でも買い取るって言ったんじゃないか、それは嘘だったのか?」
「し、しかし――まさか、こんな物とは……」
「一体、何事だ!」
奥から、大きな金のボタンが目立つ茶色の服を着た男が出てきた。歳は俺より10歳程上か……赤い髪をオールバックにしている。
「よぉ、あんたがソガラムさんか」
「お前は? 何者だ?!」
「俺はケンイチ。魔導師ケンイチだ」
「ケンイチ?」
「俺の妻の店に散々嫌がらせをしてくれたな。お礼にきてやったぜ」
「お前の女房など知らん!」
「市場でスープを売っていた露店だ。知らないとは言わせないぜ?」
「……ああ、あの小娘の店か。ちょっと痛めつければ、すぐにひざまずくと思ったのだが、子爵まで担ぎだしてきおって……」
店の奥から、柄の悪そうな連中がゾロゾロと出てきた――数は20人程。
「おい! このふざけた奴を黙らせろ」
「し、しかし、ソガラムの旦那! こんな化け物を仕留められる奴じゃ……」
「アイテムBOX持ちらしいが、大方森で死んでた魔物を持ち込んだんだろう! 奴に騙されるな!」
「なるほど、そう言われればそうかもな」
ソガラムの言葉に納得したのか、手向かうようだ。随分と単純な奴らだな。
その中から、猫人の男が歩み出てきた。う~ん、こいつはちょっと厄介だな。
俺がアイテムBOXから武器か重機を出そうか迷っていると――それを見た黒い影が俺の脇を通り抜けて、猫人達の前に立ちふさがった。
「フシャァァァ!」
白く輝く鋭い牙を剥き出し、獣人達を威嚇する森猫――ベルだ。
「な、なんで森猫様が……」
「彼女は俺の女だ」
突然、街の中に現れた神様の使いに、猫人達がたじろぐ。彼女の背中を撫でながら、奴らを睨みつける。
「森猫様が悪人の味方をするはずがないよなぁ。つまりは森猫様に手向かう、お前等は悪人って事で間違いないわけだ」
「ううっ」「ま、まってくれ!」
猫人達は明らかに困惑している。
「猫人が神様の使いと戦って死んだら、その魂は一体どうなるのかな?」
「お、おい! ソガラム! 俺は抜けるぞ!」「俺もだ!」「こんなので死んだら、地獄行き間違いなしじゃねぇか」
ほほう、こんな連中でも地獄へ行くのは嫌なのか。しかし、悪さをしていて、天国へ行けるとも思わないがなぁ。
しかし、ベルの脅しが効果的だったのか、猫人達はバラバラと逃げはじめた。
「おい! 待て! くそ、こんな事で」
「ははは! やっぱり、猫共に任せるのが、間違いってもんだ」
ソガラムの後ろから声が聞こえてきた。
「お前はやってくれるのか?」
「猫の1匹や2匹どうって事はねぇ」
後ろから歩み出てきたのは、灰色の毛皮を着た背の高い犬人。この種族をまともに見たのは初めてだが、まるで狼のような風体をしている。
なるほど黒狼によく似ているな。こいつら、黒狼を神の使いとして崇めているらしい。
犬人が剣を抜くと振りかざし、こちらへ攻撃を仕掛けようとした瞬間、男のがら空きになった胴体を2本の矢が貫通した。
撃ったのは、ミャレーとニャメナだ。
「犬コロが舐めるんじゃないにゃ」
「森猫様に手を上げるとは、許せねぇ」
おい、容赦ないな。本当に仲が悪いんだな。
「ぐっ! くそ……」
犬人が膝を折ったところへ、さらに2本の矢が頭へ突き刺さった。無論、その時点で即死である。
残っていた無頼達も、後ろへ下がり始めた。
「きゃぁぁ!」「うわぁ」
周りで喧嘩を見物していた、野次馬からも悲鳴が上がる。
「くそぅ!」「てめぇら、やりやがったな!」
他の男達も、剣に手を掛けて、白い刃を引き抜いた。
「ユ○ボ召喚!」
対人戦闘なら、小回りが利くユ○ボの方が有利だ。レバーを操作しながら、フットバーを踏み込む。
「ユ○ボ大回転!」
グルグルと高速で回転する重機のアームが、無頼達を次々と弾き飛ばしていく。
「ぎゃぁ!」「ぐわぁぁ!」「ぐぇっ!」
そして転がる悪漢達に次々と矢が突き刺さる。そして、立ち上がろうとした男の首筋にベルが噛みつき、そのまま獲物を地面へねじ伏せた。
鋼鉄の怪物と森猫の圧倒的なパワーに、男達が後退りしていく。
「くそ、こんな白昼堂々、人を殺めてタダで済むと思っているのか?」
1人で立っているソガラムの額に脂汗が滲む。彼の後ろにはまだチンピラは控えているのだが、完全に戦意喪失している。
「いやいや、その犬人が剣を抜いた瞬間に、お前等は子爵様の殺害を企む極悪人になったから」
「なにぃ!」
そう言う俺の横に、子爵夫妻が立っていた。
「ソガラム、其方とは何かと縁があったが、私の殺害を企んでいるとは知らなかった」
「てめぇ! このクソ子爵がぁ! 裏切りやがって!」
「これは、異な事を――其方と組んだ事など1度もなかったが」
ちょっと頼りない貴族様だと思っていたが、中々大した玉だな。腐っても貴族というわけだ。
だが、これでこいつ等を討つ、大義名分が出来たってわけだ。
敵は戦意を喪失、対人戦闘が終了したので、一旦ユ○ボを収納した。
「よし、コ○ツさん召喚!」
俺は、洞窟蜘蛛をアイテムBOXへ収納すると、続いて大型重機を取り出した。
空中から現れた鉄の巨体が、店先の品物を押しつぶし煎餅のように平たくする。
「なんだぁ!」「化け物だぁ!」「ひぃぃ!」
ギャラリーから悲鳴が上がる。
重機の運転席に座ると、黄色い巨体は咆哮を上げ鋼鉄のバケットを9mの高さまで振り上げた。
見物客が、コ○ツさんを見て騒いでいるが、重機のエンジン音で遮られ、何を言っているかはここまでは聞こえない。
鋼鉄の爪が石造りの壁にめり込むと、壁をガラガラと崩し始めた。
「うわぁぁぁ!」「助けてくれぇ!」「こんな化け物が相手なんて冗談じゃねぇ!」
ソガラムが雇っていた残りの無頼達も、その場から遁走し始めた。
さて、盛大にぶっ壊してやろうとしたのだが、コ○ツさんの足元でマロウさんが手を振っている。
遅れて馬車で今到着したようだ。
「ケンイチ! これ以上は壊さないでくれ!」
「ええ?」
エンジンを停止して重機から降りる。残ったソガラムには、獣人達が武器の照準を合わせている。
「この建物は使えるよ。勿体無い」
立派な建物を壊すのは勿体無いので、これをマロウ商会の支店に使いたいようだ。まだ、いい物件が決まっていなかったらしい。
「てめぇはマロウ!」
「ソガラムさんお久しぶりで」
「あれ、お義父さん、知り合いでしたか?」
「まぁ、なんというか、ははは……」
商業ギルドの集まりや、貴族のパーティ等で顔を合わせる事もあったのだろう。
「お義父さんだと?」
「ああ、お前が嫌がらせした女はマロウ商会の娘だ。その女は俺の妻だから、この方は俺のお義父さん――解ったか?」
「くそっ! 全員で俺を嵌めやがって!」
「滅相もありませんよ。貴方が他の商人達と、おとなしく退場してくれれば、こんな強硬策に出る必要もなかったのですから」
「ソガラム、お前の女房と娘は美人らしいな。俺がたっぷりと可愛がった後、苦界に落として稼がせてもらうとするか」
まぁ勿論、本当にそんな事をするつもりはない。ただの脅しである。
「待てぇ! 女房と子供は関係ねぇだろう!」
「何を言ってるんだ、人の女房に手を出したくせに。脅して跪いてきたら嬲ってやろうと思ってたんだろうが。なんで俺が同じ事をしようとするのがダメなんだ?」
「く……」
ソガラムはがっくりと膝を落として、地面へ座り込んだ。
敵がいなくなったと判断したのか、ベルが車にいるアネモネの所へ戻った。
「さ~て、どんな魔法の実験台にしようかなぁ」
「待てぇ! 待ってくれぇ。俺の負けだ。俺と家族はこの街を出る! それで手打ちにしてくれ!」
「ケンイチ殿、少々穏便に解決してはくれないだろうか」
スポンサーの子爵様にそう言われちゃしょうがないな。
「それじゃ、全財産を放棄して、手に持てるだけは認めてやる」
「……解った」
ソガラムは地面へ座り込んだまま、下をじっと見つめている。
これで一件落着か――本当は、殺してしまったほうが後腐れなくていいんだがなぁ――って考えが頭をよぎるのは、あの葉っぱの副作用だろうか。
だが、マロウさんも子爵夫妻も、それは望んでいないようだ。ただ、この街から出ていってくれればいいらしい。
「子爵様、これでよろしいですか?」
「うむ、何の問題もない」
「くそ……」
ソガラムは悔しそうであるが、もう手下は全員逃げて、すでに決着は付いた。
まとめ役であるソガラムが白旗を揚げたとなれば、他の商人達もおとなしくなるだろう。
今日の騒ぎで出てきた鉄の化け物の話も広まるだろうしな。
どうせバレたんなら、派手にバラした方がいい。アホな連中が絡んでこないようにな。
「ああ! アイテムBOXを持ってて鉄の召喚獣を使う魔導師って、ダリアでシャガって極悪野盗を討伐したっていう――」
「俺も聞いたぜ。ダリアから逃げ出して、いなくなったって聞いたけど、アストランティアにいたのか?」
見物客が、ザワザワと騒ぎ始めると、ソガラムが俺の顔を再び見上げる。
「くそ、なんでそんな魔導師がこんな所にいるんだよ」
「ダリアから逃げてきて、アストランティアでおとなしくしてようと思ってたら――妻の店に手を出した間抜けな奴がいてなぁ。困ったもんだよ」
うなだれるソガラムと対照的に、マロウさんは上機嫌だ。このぐらいの事件は、商売をやっていれば日常茶飯事なのだろう。
動揺している節もない。
「ほほほ、これは良い物件がタダで手に入りましたねぇ」
「少し壁を崩してしまいましたが、大丈夫ですかね、お義父さん」
「このぐらいの修繕ならすぐに出来るでしょう。まったく孝行息子を持ったものです」
「「ははは!」」
「なんか、旦那とお嬢の親父さんの方が悪人に見えるんだけど」
「そうにゃ」
ミャレーとニャメナが、弓とクロスボウを持ったまま、ヒソヒソ話をしている。
その後ろでプリムラがちょっと、恥ずかしそうだ。
「ニャメナは俺がタダのお人好しのオッサンだと思ってたのか?」
2人に話を聞くと――まぁ、そんな感じらしい。
「俺だってやる時はやるぞ? そうしないと、アネモネやプリムラを守れないからな」
「俺達はどうでもいいのかよ」
「2人は十分に強いだろう? でも、危なくなったら、勿論助けるけどな」
拗ねているニャメナの頭を撫でてやると、嬉しそうである。
だが、色々とあったが、プリムラに嫌がらせをしていた奴には仕返しをして、やっとさっぱりした。
まぁ、多少の人死には出てしまったが、街の鼻つまみ者ばかりだから擁護する連中もいない。
これで、この子爵領も多少は良くなるだろう。
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ソガラムは街にある全財産を処分して、家族と共に小さな馬車だけでアストランティアを後にした。
ダリアと反対方向へ向かったので、アキメネスかイベリスへ向かうのだろう。
奴の女房とも話したのだが、意外と普通の女性で、夫が悪さをしているのを当然知っていたらしい。
悪い事をするのを止めてほしかったようなので、今回の騒ぎで街を追放されるのをかえって喜んでいるようにも見えた。
ソガラムの店の後には、マロウ商会のアストランティア支店が入り、他の商人達も傘下に加わる事になった。
プリムラの店もマロウ商店傘下となり、仕入れ等が一括で行われている。これで、大幅なコスト削減が可能になるだろう。
元々は俺が仕留めた牙熊の肉を消費するためのスープの店だったが、野菜やパンの購入費は削減出来ると思われる。
アストランティアのスパイスシンジケートも解散させられたので、スパイスなどは、他の都市よりは安く購入出来るようになった。
色々あったが、一段落したので、また平和でのんびりとした日々が戻ってきた。
アネモネの魔法のお陰で畑にトウモロコシが実ったので、皆で一緒に食べる。
先ずは、シンプルに焼いて食べてみる事にした。アネモネの魔法で加熱して火を通してから、溶きバターを塗って、炭火で焦げ目を付ける。
香ばしい匂いと、白い煙が辺りに充満する。
だが何故か子爵夫人も一緒だ。3日に1回は来てるんじゃないのか?
「カナン様~、こんな頻繁に遊びにいらして、子爵様は大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ! 今日も愛人の所へいらしておる!」
「はぁ? ちょっと、政は大丈夫なんですよね?」
「それは、大丈夫だ」
夫人の話では、子爵の愛人は夫人より、かなりのデ――ふくよかな女らしい。
「なんじゃそりゃ、そういう趣味なのか――それとも母親の代わりを求めているのか……」
所謂、マザコン……。
「おそらく、両方であろ!」
「もしそうなら、カナン様は好みじゃないだろうなぁ……」
「くくく……このような屈辱を……ケンイチ殿! まだ、この黄金色をした野菜は焼けぬのか?」
「いや、もうそろそろ良いでしょう」
良い感じに焦げ目がついたので、皆でトウモロコシに行儀悪く齧り付く。
「うみゃー! なんでこんなに甘いにゃ?!」
「だから、前に見せたろ。残した一本だけを成長させて、栄養を集中させるんだよ」
「それじゃ旦那が植えた、あのリンカーの木も、実を少なくすればもっと甘くなるのか?」
「大きさもデカくなるし甘くもなると思う――多分な」
俺達の話も聞かずに、夫人は焼けたトウモロコシにかぶりついている。
「はふはふ! なんという贅沢な! こんなに甘いのに、果実ではないのか?」
「野菜というか、麦なんかと同じ仲間ですよ」
「なんじゃと! これがか?」
夫人の話でも、トウモロコシに似た植物は見た事がないという。
「夕飯は、こいつでスープを作ろう」
「わ~い!」
「けど、あんまり料理の方法がないんだよな。煮るか焼いて食うのが一番美味い気がするが」
「パンは出来ないの?」
パン担当のアネモネは、そこが気になるようだ。
「乾燥させて挽けば、粉になるが――どちらかといえば、芋の粉みたいな。でも、小麦粉を混ぜれば出来たような」
「所謂、澱粉か」
「その通りですカナン様」
「ケンイチ殿、この野菜の種はないのか?」
「ありますけど、お渡しするんですか? 私に利点が全くないのですが……」
夫人はバン! とテーブルを叩いた。
「ケンイチ殿が、この子爵領の至宝である、私の身体に興味がないと申すからだろうが!」
お宝とか自分で言うか?
「そんなものは全く興味がございません。私には妻もおりますし」
「私もいるよ!」
「獣人も2人いますしね」
「くぅぅ! この私が、子供やら獣人以下とは、何たる屈辱……いったいどういう事なのだ。これだから、独自魔法使いは……」
やけ食いをしている夫人の横で、プリムラがしょんぼりしている。
「プリムラどうした? 全部、丸く収まって、マロウ商会のアストランティア進出への足がかりも出来たのに」
「私が、アストランティアで商売したいと言い出さなければ、こんな事にはならなかったのでは……」
まぁ、そうだな。俺が仕留めた肉を消費するためのスープが元だし。
「それでも、商売になりそうな物があれば、我慢出来ないのが商人だろう? 俺も商売して明るそうにしているプリムラが好きだし」
「そんなに変化がありますか?」
「ああ」
「ブツブツと独り言を言いながら考えこんでいると思ったら、突然ニコニコしながら、はしゃぎ回ったりしてるよね?」
アネモネの指摘に、プリムラは顔を赤くしている。
「ケンイチも、ウロウロ同じ場所を熊みたいに歩き回って、突然見えない敵と戦いだすし」
アネモネはよく見てるなぁ。見えない敵って――そりゃシャドーボクシングだな。男ならシャドーボクシングはするだろう。
本当は電灯の紐をペシペシしたいのだが、ここには無いからな。
後は、「振りかぶって――第一球投げました!」とか、傘を持ったらゴルフスイングとか。
「それで! このトウモロコシとやらの種の件はどうなったのだ?!」
「解りました、お譲りいたしますよ。恐ろしい悪の魔導師から、子爵夫人が身体を呈して手に入れた――などと噂を流せば、夫人の人気も上がりましょう」
「おおっ! それは良いの! それを子爵様に物語にしてもらい、本にいたすのだな」
マジで、その設定を使うのかよ。でも、そんな話を聞いていると、子爵と夫人の仲が悪いわけでもないようだ。
公務の時とかも一緒にいるしな。
「しかし、種をお渡ししたからといって、上手く育つとは限りませんよ」
「解っておる。各地の庄屋に少量渡して、試行錯誤させればよい」
本当にトウモロコシの栽培を始めるようだ。
色々と利用価値は高い植物だから、栽培が上手くいけば全国へ広まるかもしれない。
しかし、マジで俺にメリットが全くない。
だから、お人好しって言われるんだが……。