71話 異世界で親戚ができた
俺の家にやって来た一台の馬車。
見たことがあるな~と思ってたら、降りてきたのはマロウさんと、ダリアの道具屋の爺さんだった。
「マロウさん! 爺さん!」
俺は、彼等の下へ走り寄った。
「ケンイチさん! お久しぶりです」
「マロウさんもお元気そうで」
「この! 薄情者が!」
いきなり爺さんが持っていた杖を振り回して怒りだした。
「爺さん怒るなよ。これでも悪いと思ってるんだから」
「全く、お前さんには、冒険者ギルドの重職をやってもらおうと思っておったんじゃ。それがいきなりいなくなるとは、わしの面子が丸潰れだったぞ?」
「ええ? 嫌だよ、そんな仕事は。俺は気ままに生きたいの。畑やったり、魔法や錬金術の研究したりとな」
「まったく、最近の若いもんは……」
「俺は若くねぇけど」
「余計悪いわい!」
爺さんは下を向いてブツブツ言っているのだが、耳を立ててみると、「魔導師は奇人変人揃い」とかなんとか聞こえる――。
「爺さんだって、その奇人変人の魔導師だろ? おまけに偏屈ときた」
「うぐ……うぐぐ……」
「マロウさんとは、正式にお話をしなくてはなりません」
彼等を家の前まで連れてきて、パラソルとテーブル、そして椅子を出す。
「これは……?」
「日除けですよ。天気の良い日に外でじっとしていると、日焼けをしてしまうじゃありませんか」
ちなみに、この世界に傘はない。それ故、日傘もないから、こういった物を見るのも初めてなのかもしれない。
「なるほど……天幕は張るのが面倒だが、これならば……」
考えこむマロウさんだが、多分商売の事を考えているのだろう、その仕草がプリムラそっくりだ。
そして、立ち上がると、パラソルを開いたり閉じたりし始めた。
「いやいや、とりあえずマロウさん、お座りください」
商売の事になると、周りが見えなくなる。これもプリムラそっくり。
「ああ、これは失礼いたしました」
彼が椅子に座り、落ち着いたところで、話し始めた。
「マロウさん、プリムラ――いやお嬢さんを私にください」
まさか、この歳になるまで女には全く縁がなかったのに、こんなセリフを言う事になるとはなぁ――しかも異世界で。
どうしてこうなった。
「はは……さしあげるも何も、娘は貴方の所へ押しかけてしまっているではありませんか。全くもって我儘な娘で申し訳ない」
あれ? 嫌味の一つでも言われるかと思ったが、そうでもなかったか。
だが、俺みたいなオッサンに最愛の娘を取られる、彼の心境は如何に……。
「それでも、私と一緒に暮らしていますから、父親であるマロウさんのお許しが必要です。ノースポール男爵様との婚姻も蹴ってしまったそうじゃないですか」
「全く困った娘です。しかし、さすが我が娘、色恋沙汰で我を失っているかと思いきや、金の匂いには敏感なようで安心いたしました」
「それは、ここの子爵様関係の話ですか?」
「そうですとも。結局、娘の選択は間違ってなかった事になりますなぁ」
やれやれと笑うマロウさんの話では、わざわざ彼がアストランティアまでやって来たのは、商会の支店を出すためだと言う。
ユーパトリウム子爵領の中枢へ人材を送り込み、経済的にこの領を押さえる腹のようだ。
子爵夫人も、自らを騙していたアストランティアの商人達に見切りをつけて、マロウ商会を受け入れるつもりでいる。
子爵領の経営を立て直すには、どうしてもマロウ商会の力が必要になるだろう。
「それでは、お義父さんと呼ばせていただいても」
「この歳で息子が出来るとは……妻と死別して十余年、男手一つで娘を育ててまいりましたが、あの娘にも寂しい思いをさせたと思います」
「お義父さん!」
ちょっと、芝居掛かっているが……まぁ、たまにはいいだろう。
彼と固い握手を交わす。そして親子になったのだから、俺の魔法の秘密を教える。顔を寄せて、ヒソヒソ話だ。
教えると言っても、シャングリ・ラの事を言うわけではない。商品を魔法を使って作っている――と簡単に説明するだけだ。
どうせ、シャングリ・ラとアイテムBOXの区別は外からは解らないのだ。
「え? 魔法で商品を?」
「そうです。価値のある物と交換したり、作り出したり出来るのです。プリムラには説明してあります」
「むう――そんな魔法があるとは、もし王侯貴族達に知られたりすれば……」
「私が逃げた理由はそんな訳でして……」
「なるほど」
腕を組んでいるマロウさんであったが、とりあえず洗濯バサミが欲しいという。俺がいなくなった事で、売れ筋の商品の仕入れが途絶えてしまったのだ。
職人に試作をさせているのだが、中々に難しいという。そりゃ、機械による大量生産品に家内制手工業じゃ太刀打ち出来ないだろう。
「お前さん、魔法の研究と言っておったが、さっきの膨大な魔力の流れはなんじゃ?」
マロウさんと俺との会話が一段落したところで、爺さんが会話に割って入ってきた。
そうか――普通の魔法を使える魔導師なら、そんな感じで解るんだな。
それじゃ、重機召喚が魔法じゃないってバレてるかもしれない。少なくとも、この爺さんは疑ってた。
「魔法の実験をしていたんだよ」
「ほう? どんな魔法じゃ」
「至高の障壁だよ」
「なんじゃと! 至高の障壁? お前さんがか?」
「いや、彼女だよ」
魔導書を抱えたまま少し離れた場所からこちらを窺っていたアネモネを指さす。
「あの少女は――シャガの所から救い出してきた子供じゃろ?」
「そうなんだが、とんでもない魔法の才能があってな。憤怒の炎も爆裂魔法も使いこなして、今日至高の障壁をも起動させてみせた」
「信じられん! あのような子供が……」
俺が、アネモネを呼ぶと、魔導書を受け取る。
「ほら、爺さんも見てみるかい?」
「これが……至高の障壁……わしも初めて見るわい。婆さんが、この魔導書を見つけたと手紙に書いてよこしたが……」
おおい! 客の個人情報が駄々漏れか? まぁ、俺が持っているとは書いていなかったようだが……。
「婆さんってスノーフレーク婆さんだろ?」
「そうじゃ、お前さんと知り合いだと聞いてびっくりじゃ」
「こっちだって、あの婆さんが爺さんと知り合いだと聞いて、驚いたぜ。それで――爺さんは試してみないのかい?」
「はは、わしじゃ無理だろう……この歳になれば、自分の力の把握ぐらいは出来ておる」
爺さんがパラパラと魔導書をめくっていると、最終ページらしきところで止まった。
「どうした? 爺さん?」
「ここの隅に何か書いてあるの――これは魔導文字じゃが、ええいよく読めん」
爺さんが目をしばしばさせて、本を離したり近づけたりしている。多分、老眼だろう。
俺はシャングリ・ラで老眼鏡を検索した。1000~2000円ぐらいだな。かなり目は悪そうなので、+3という物を購入する。
「爺さん、こいつを掛けてみろ」
「これは……目ガラスかの?」
この世界でもメガネを見たので、存在はしているようだが、爺さんは持っていないようだ。
「おおっ! こいつはよく見えるわい!」
「そいつをやるから、文字を読んでくれ」
爺さんの話では、魔導文字――普通の書き文字と違い、魔導師が暗号に使ったりする文字らしい。
「なんて書いてあるんだ?」
「う~む、かすれてて、よく読めんが――『我が娘アネモネに贈る、縁があれば…………巡りあう事でしょう』――と書いてあるかの」
「アネモネって、うちのアネモネの事か?」
「さぁ? どうかの?」
爺さんは魔導書を閉じるとテーブルの上にメガネを一緒に置き、長いヒゲを撫でている。
「あの子は、行き倒れの女性から農家が引き取って育てていたらしいんだよ」
「なんじゃと……それでは、あの娘の親が魔導師という可能性があるのか? いや、至高の障壁を使える程の才能を持っておるなら、間違いないじゃろうが……」
「婆さんの話では、白金のアルメリアって女性の可能性が高いんじゃないかと」
「ほう、アルメリアか? 確かに、あの女は十数年前ここら辺を訪れて、それ以来消息不明ではあるが……まさか」
「まぁな、証拠はないんだが……」
アネモネをこちらに呼ぶと、魔導書を見せる。
「なぁに?」
「ここに、『我が娘アネモネへ贈る』――と書いてあるそうなんだ」
「……」
「つまり、君の本当のお母さんが魔導師なら、もしかしてこの魔導書は、君のお母さんの持ち物だったかもしれない」
「本当に?」
「まぁ、確証は何もないんだけどね」
「……うん、解った」
彼女は、なんとも言えない表情をしている、嬉しいのだろうか? まぁ、一度も会った事がない母親の事だろうしなぁ……。
マロウさんは、支店を出すための不動産の購入や立ち上げの準備のため、アストランティアへしばらく滞在する予定だと言う。
ここへやって来たのは、この馬車1台であるが、アストランティアには5台の馬車が人材と物資を乗せて向かっているらしい。
マロウさん本気だな。とりあえず、デカい麻袋に3つ程、山盛りの洗濯バサミを渡してやる。
そして、アストランティアに出来る支店から、定期的に商品を送る事になった。
爺さんは俺に会いに来たのと、噂の至高の障壁の魔導書を見に来たらしいのだが、俺が持っているとは思わなかったらしい。
「爺さんもマロウさんと一緒にアストランティアへ滞在する予定なのか?」
「そうじゃの、ここら辺で婆さんにも会っておかんと、今生の別れになるかもしれぬし」
「2人共、まだまだ長生きしそうだけど……」
「人生ってのは一寸先は闇だぞ?」
まぁ、アネモネの母親って女性も旅路で命を落としてしまったようだしなぁ。
マロウさんの馬車がここを出発した後、そのまま夕方になり、ニャメナだけが帰ってきた。
「ニャメナ、プリムラは?」
「お嬢の親父さんがやって来て、一緒の宿屋に泊まるって言ってた」
「ああ多分、支店や子爵領の財務の打ち合わせやらをするんだろう」
「はぁ、旦那も凄いけど、お嬢も凄いよ、ドンドンいろんな事が決まっていって目が回る。あんなのを見ると獣人に商売は絶対に無理って解るよな」
「商売やっている獣人ってのはいないのか?」
「聞いた事がないねぇ。皆が日銭を稼いで、その日暮らしが普通さ」
プリムラがいないので、スープをアネモネに作らせて、パンはシャングリ・ラの物を食べる事にした。
俺は肉を焼いて、炒めものを作ろう。
ミャレーが採ってきてくれた山菜の茎を重曹でアク抜きして食べやすい大きさに刻む。
油揚げとさつま揚げをシャングリ・ラで購入して、これも短冊形にカット。油揚げは油抜きした方がいい。
それらをフライパンで炒めて、出汁の素を少々――最後にメ○ミで味付けして完成。
メ○ミってのは度々、俺が料理で使っているが、地元で味付けに使われている『めんつゆ』みたいな物。
最近、獣人達も醤油の味に慣れてきているので、大丈夫だろう。生醤油は未だにダメみたいだが。
いつものように外にテーブルを出して、夕食を食べる。
「ぷは~! うめぇ!」
ニャメナが、焼酎を飲んで炒めものを酒の肴にしている。醤油系の炒めものにワインは合わないからな。
「今日の料理は……凄い美味いってわけじゃないけど、なんだかほっとする味だな」
「これは、俺の地元で普通に食われてた惣菜だよ」
「この茶色いのは? なんか魚っぽいけど……」
「魚のすり身を固めて蒸して、油で揚げた物だな」
「こっちの黄色いのは?」
そりゃ、油揚げだ。
「豆を煮て、そいつをすり潰して絞った汁を固めた物を、最後に油で揚げた物だな」
「なんで、そんなに手間暇掛けた食材ばっかりが、アイテムBOXに入っているんだい?」
「なんでって――そりゃ、美味いからだよ。お前等があまり好きじゃない、豆を発酵させたソースだって、半年から1年ぐらい掛けて作るし」
「はぁ……」
彼女が焼酎を入ったグラスをテーブルに置くと、うなだれる。
「ニャメナが溜息をつく事はないだろ」
「俺は呆れてるんだよ」
「美味けりゃ、なんでもいいにゃ」
ミャレーは美味けりゃいいタイプなのだが、ニャメナは色々と気になる性格のようだ。
普段の行動をみていると、ニャメナのほうが大雑把そうに見えるんだが、意外と細かい。
「アネモネが作ってくれたスープも美味いな」
「えへへ……がんばったよ」
彼女は、普段と変わりないように見えるのだが。
「アネモネ、本当のお母さんの事、気になるか?」
「ううん、だって全然覚えていないし……」
まぁ、前に話が少し出た時もこんな感じだったな。本人が気にしていないなら、触らない方がいいか。
今頃、プリムラは親子水入らずか――それとも、喧々囂々の大論争か。
明日、ニャメナは1人で出かけて、子爵様の屋敷でプリムラと合流する予定のようだ。
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――それから1週間程、マロウさんは、アストランティアで支店の立ち上げに奮闘しているようだ。
プリムラは、マロウさんが引き連れてきた部下を使って、子爵領の財務の洗い出しを行なっている。
そんな忙しい日々を過ごしている彼女は3日にいっぺんしか、家に帰ってこなかった。
帰ってきた彼女を見れば、かなり疲れているように見える。彼女は大丈夫だと言うのだが……。
そして朝、皆で朝食の準備中――アネモネはパンを焼き、プリムラはスープの調理。
「プリムラ大丈夫なのか? 凄く疲れているように見えるが……俺が代わろうか?」
「大丈夫です。仕事はたいした事はないのですが、父と喧嘩をしてしまって……」
「ええ? お義父さんと? 君がマロウ商会の事に口を出すはずも無いし、マロウさんも子爵領の話には口は突っ込まないだろう? ――となると、俺の事が原因か?」
「……」
黙っている彼女を見れば、図星なのだろう。
疲れている彼女のために、シャングリ・ラでユ○ケル液を購入する――1本2000円する高級なやつだ。
しかし値段を見てみると特価で2000円だが、定価だと4000円以上するじゃねぇか。
こんなのマジで飲む人いるのか? でも、ドラッグストアに行くといろんな種類が売っているからなぁ……飲む人いるんだろうな。
「プリムラこれを飲め」
「これは?」
「疲れているようだから滋養強壮薬、1本小四角銀貨4枚(2万円)ぐらいする」
いろんな物をシャングリ・ラから購入して、街の物価と照らし合わせたところ、最低でもネットの値段の10倍が街の物価に近い。
「えっ!?」
「まぁ飲んでよ。多分、不味いとは思うけど」
スクリューキャップを取り俺が差し出した小瓶を、彼女は受け取ると一口呷った。
なんか複雑な表情をしているのだが、残りを一気に飲み干した。
「飲めない事はありません――というか、普通に飲める味です。泥を舐めているような、もっと酷い薬も飲んだ事があるので余裕です!」
プリムラが握りこぶしを作って、『ふんす! ふんす!』と気合を入れている。まぁ、そんなすぐに効くはずがないのであるが。
「お義父さんと何で揉めたんだ?」
「父が……貴方を利用しようとしているようで……」
「それは仕方ないだろう。娘の婿になった俺は、お義父さんの息子だ。息子を当てにするのは仕方ない事だろう?」
「でも……」
彼女は、心ここにあらずといった感じで、スープをただひたすらにかき回している。
「それに君だって、最後は俺をマロウ商会に連れて帰ると言っていたじゃないか」
「そうですが……ケンイチと一緒に住んでみて、そういう人じゃないんじゃないかと思い始めて」
「まぁ、確かに。商人はついでで、金があれば働かないし――魔導や錬金の研究をしたいし、絵も描きたい」
「アマナさんも言ってましたけど、そういう人は物事が面倒になると、突然いなくなってしまうのでは――と」
「実際に1回やらかしているからなぁ……無いとは言えない」
くそ、あのアマナめ。的確に俺のことを分析しやがって。
「それでも私は、貴方に付いていきますけどね」
「はは、解った解った――今度は置いていかないから」
「むう……くっつきすぎ!」
いつの間にかアネモネが、俺とプリムラの間に入ってきて、2人を押しのけた。
「面倒臭くない程度には利用されてもいいよ。俺は、ガキがそのまま歳を食ったような、しょうもない大人だが、そのぐらいの親戚付き合いは理解出来る」
「そんな事はないと思うのですが……」
「ははは――ただ商売の実務は勘弁な。俺は、基本どんぶり勘定で、本当は商売が苦手なんだから。そうお義父さんにも言っておいてくれ」
「解りました――それにしても、ケンイチが独自魔法使いだと解った途端に集まってくる人が多くて……」
「そりゃ、そうさ。何と言っても金になる」
金に人は集まる。だが、そういう連中は金がなくなると、Gのようにマッハでいなくなるからな。
「そうですけど……」
「夫人が『独自魔法使いは奇人変人』って言ってたが――何かある度に呼び出されて、金儲けに利用されりゃ、そりゃ人間不信や人間嫌いにもなるだろ」
「ケンイチが、そうなるのではないかと心配です」
「はは、俺は君がいるから大丈夫さ――さぁ、食事にしよう」
心なしか、プリムラの表情も明るくなったような。
プリムラとニャメナを街へ送り出して、ミャレーとアネモネは崖の上に登った。
俺は、湖畔にまたパラソルとデッキチェアを出して、のんびりしながら電子書籍を読む。
しかし、人付き合いが増えると、柵も増えるねぇ――まぁ、しょうがないといえば、しょうがないけど。
かといって、プリムラがシャガに捕まった時に、あのままトンズラ出来たか? っていえば出来ないよな、やっぱり。
何の力も無く、マジでタダのオッサンのまま、この世界へやって来ていたなら躊躇しただろうけどな。
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――そして、昼すぎ。
アネモネとミャレーとで軽く食事を取った後、2台の馬車が湖畔へ入ってきた。
一台は、エンジ色でマロウさんの馬車だろうが、荷台にニャメナが乗っている――ということは、プリムラも一緒に戻ってきたのかもしれない。
もう一台の白い馬車は……結構豪華な2頭立ての馬車だ。おそらく貴族仕様――ということは子爵夫人か?
馬車から降りてきたのは、マロウさんと道具屋の爺さん。そして、やはりプリムラも一緒だった。
そして白い馬車からは、俺の予想通り子爵夫人と――青い服を着て、短い茶色の頭をした小太りの男性。
なんか、ここから見ても普通の男って感じなのだが、もしかしてあの男がここの領主様か?
子爵夫人が、手を取って寄り添っているので、多分そうなんだろうなぁ。