7話 商売は順調な滑り出し
シャングリ・ラにチャージした金が尽きそうなギリギリのところで、商売を始めた。
だが、まだ手持ちの小四角銀貨は4枚残ってるし、アイテムBOXに入ってるベッドをシャングリ・ラに買い取らせれば、もう少し頑張れる。
あれは、2万円の査定が付いてたからな。
そうそう、ベッドのチラシをせっかく作ったんだから、貼り出さねば。
木製の洗濯バサミに紐を結んで角材から吊り下げて、チラシを挟む。一緒にハンカチも仲間いりだ。その隣にはナイフが角材から縄でぶら下がっている。
「旦那、それって洗濯物を挟むやつだろ? ちょいと見せてくれないかい」
隣の女性がまた声を掛けてくるので、物を見せる。
「これっていくらなんだい?」
「2つで銅貨1枚(1000円)」
「じゃあ、6つ程おくれよ!」
「買うのか?」
「別に隣の店が買っちゃいけないって決まりは無いじゃないか」
「そりゃ……6つで、1個オマケってわけにはいかないよなぁ」
「何言ってるんだい! シーツとか大きいものは3つとか4つとか使うんだよ」
なるほど、洗濯をする女性の意見だ。洗濯と言えば、俺もそろそろ着替えて洗濯をしたい。ずっと着たきり雀だからなぁ……。
金が入ったら、着るものも揃えよう。下着はシャングリ・ラでいいけど、上着はこちらの世界の物を揃えたい。
でもまぁ、着るものより食う物の方が先だし。いくら汚くても、死にはしないが、腹が減れば死ぬ。
隣の店の女性に洗濯バサミを7個売り、銅貨3枚(3000円)を貰う――毎度あり~。
洗濯バサミが売れそうなので、チラシも作ることにした。
『KATUKITEKI SENTAKUBASAMI 2KO K//1 6KO DE 1KO OMAKE 』――画期的洗濯バサミ 2個で銅貨1枚 6個で1個オマケ
スツールに座り、客を待つ。市場をグルグルと回ってみたが、呼び込み等をしている店はあまりない。
静かに、商品を客に吟味してもらうってのが、この世界の流儀らしい。
客の値切りもあるらしいのだが、新品だと殆ど無いと言う。
客が来ない時は、シャングリ・ラの画面を出して、電子書籍を読む。月1000円払えば、読み放題だ。
異世界で、異世界ラノベを読む――何という混沌だろうか。
「おっ! 昨日の旦那じゃねぇか。ここに店を出したのかい?」
言われて、顔を上げると――ダブルベッドを運んでやったマッチョな男が、俺が作った店の枠組みをしげしげと眺めている。
「もしかして、この店も旦那が作ったのかい?」
「まぁな。物を作るのが好きなんだよ」
「全く、玄人はだしじゃねぇか。出来る奴は何でも出来て羨ましいぜ」
「部屋の片付けは終わったのか?」
「もう、バッチリよ」
男がガッツポーズをする。その割には、平日のこんな時間だ。
「今日の仕事は、どうした?」
「あぶれちまったよ」
残念そうに語るこの男は、力自慢を活かして、普請や公共事業やらの日雇いをしていると言う。
「この皿良いじゃねぇか」
「新品だよ。新婚生活に新品の皿はどうだい?」
「そうだよなぁ。新しい生活が始まるんだ、新品の皿ぐらいは欲しいってところだぜ」
その割には、彼が見ているのは、外周に青いラインが入ったものだ。それは値段を高く付けようと思っている。
「その模様が入ってるのは高いぞ?」
「いくらだ?」
「1枚、小四角銀貨2枚(1万円)」
「う~む……」
俺の感覚では少々高い気もするが、この世界で模様入りはこんな値段だ、しかも新品でお値打ち価格。
「よし! 買った!」
一大決心したのか、はたまた清水の舞台から飛び降りたのか……。 勿論、異世界にゃ清水の舞台は無いが。
「おいおい、大丈夫か? 金が無いと言ってたろ?」
「なぁに、その分は酒を止めて働けば良いんだ」
「それじゃ、こっちの安い皿も2枚付けてやるよ。それから、ハンカチを1枚、お客さんの女房にオマケだ」
「良いのかよ」
「ほら。 俺は、ベッドを貰ったからな」
俺は、ベッド売り出しのチラシを指さす。
「旦那、昨日も言ったが、人が良すぎるぜ」
「はは、金は持ってる奴から取るから大丈夫だ」
マッチョな男は小四角銀貨4枚(2万円)を払い、皿を抱えて喜び勇んで帰っていった。
------◇◇◇------
――そして、昼過ぎ。昼飯のパンをかじる。
昼前は、マッチョな男が皿を買った後、洗濯バサミが結構売れた。 30個程が捌けて、オマケが4個――15000円の売り上げだ。
1日1万円稼げればOKと思っていたが、洗濯バサミだけで食えそうな感じだな。だが、商品が売れれば似たような物を真似して作ってくるやつもいるだろうし、色々と商品も考える必要がある。
汁気のないパンを咀嚼していると、声が掛かった。
「このナイフを見せてもらいたいのだが」
顔を上げると、金髪の好青年って感じの男が立っている。だが、腰に帯剣しており、街の人間とは身のこなしが明らかに違う。
アーマー等は着ていないが、恐らく騎士か何かだろう。だとすると、身分が高いはずなので、敬語の方が良いか。
男が指さしたのは、グリップが黒い6000円のナイフの方だ。
「はい、どうぞ。 新品でございますよ」
男にナイフを渡すと、興味深そうにマジマジと観察している。
「良いものだな。 いくらになる?」
「これは、銀貨2枚(10万円)でございます」
「ほう、高いな――しかし、こんな綺麗な刃は見たことがないし、それも納得だ。 しかし――」
「なにかご不満な点が?」
「もう少し大きいのが欲しいのだが……」
元世界には銃刀法ってややこしい法律があったからなぁ、あまり大きい刃物ってのは無いんだよ。あるとすれば、剣鉈か……。
しかし、白紙や青紙等の炭素鋼を使った割り込み物はかなり高い――シャングリ・ラでも、2万5千円から5万円ぐらいまである。
注文打ちなら10万とかな。
だが、この騎士は、買ってくれそうだな。ちょっと現物を見せてみるか。
俺は、売上の小四角銀貨4枚(2万円)をシャングリ・ラにチャージして、刃長30cm2万5千円の剣鉈を購入した。
「大きいのだと、こんな感じになってしまうのですが――鉈として打たれた物ですが、柄とヒルトを交換すれば、戦闘にも使えると思います」
それを見せると、騎士は革製の鞘から剣鉈を抜いた。
「おおっ! こいつは、美しい! これは、いくらになる」
「金貨1枚(20万円)です」
「高い……高いが、このように美しい物は……う~ん」
高い買い物なので、随分真剣に悩んでいるようだ。だが、これはあまり安くできないし、大金を払えそうな客からは取らないとな。
騎士様が、うんうん唸っていると、別の男から声を掛けられた。
「そのムシロは売り物なのかい?」
「は?」
――声を掛けられて、そちらを向くと、全身に毛皮を纏った、虎のような男――多分男だろう――が立っていた。
頭の上に突き出た三角形の耳が、ぴこぴこと動いている。
「うぉ! ――も、申し訳ない」
ビックリして、変な声を上げてしまった事に謝罪をする。
「旦那、獣人は初めてかい?」
獣人――獣人か。マジでビックリしたわ。なんだか、きぐるみみたいだが、マジもんの生物だ。さすが、異世界と感心するしか無い。
「ああ、すまん。俺の村では獣人がいなかったんでな」
「獣人がいないとか、随分と僻地から来たんだな」
「そうだ、家族と親戚ぐらいしかいない感じだったよ」
「でも、俺の故郷もそんな感じだったぜ。もっとも、俺の村は獣人しかいなかったけどな。ハッハッハ」
彼は、俺のブースの天井に張ってある、麻のムシロが欲しいのだと言う。
「この大きさの物が、1枚銅貨3枚だが」
「それじゃ、そいつを3枚くれ」
「銅貨9枚だが、3枚買ってくれたから、オマケして銅貨8枚でいいぜ」
「銅貨8枚も持ってねぇ……」
「じゃぁ、小四角銀貨1枚と、銅貨3枚だ」
男は、金を数えているが――なんだか、計算が苦手そうな感じだ。
「銅貨は2枚しかねぇ」
「それじゃ、小四角銀貨2枚くれれば、釣りが銅貨2枚だ」
「え、え――」
「店主が言ってるのは、合っているぞ」
なんだか、困っている獣人を見かねたのか、騎士が助け舟を出してくれたようだ。
「そうか、かっちけねぇ。 俺っち獣人はよぉ。計算が苦手なんだよ。それで、金を誤魔化される事が多くってな」
シャングリ・ラからムシロを3枚買って、獣人に釣りと一緒に渡す。
「はい、まいどあり~。 大変だな、ウチは金を誤魔化したりしないから、安心しろって」
何に使うのかは知らないが、獣人の男はムシロを担いで喜んで帰っていった。
「よし、私も買うぞ。この店は信用出来そうだ」
「買いますか? それでは、オマケにコレを付けさせていただきます」
俺が、シャングリ・ラで買ってオマケに出したのは、2000円の砥石。目の違う砥石が貼りあわせてある物だ。
「ほう、コレは砥石か。変わっているな」
「こっちの茶色が荒目。草色の方が細目で御座います」
「なるほど、2つをくっつけたのか。これは便利そうだな。よし! では、金貨1枚」
「お買い上げ、ありがとうございます」
騎士は満足そうに、剣鉈を持って帰っていった。柄とヒルトの直しは、懇意にしている武器屋がいるそうなので、そこに頼むそうだ。
他店で買った武器のメンテなんて、嫌な顔をされないか心配になるが、そんな事はないらしい。
大物が売れたので、今日は上がるか……。毎日このぐらい売れてくれればいいけどな。まぁ、取らぬ狸の皮算用は止めておこう。
「なんだい、もう帰るのかい?」
片付けを始めると、隣の店の女性が話し掛けてきた。
「初日から、デカいのが売れたからな」
「景気が良くて羨ましいよ」
「まぁまぁ、洗濯バサミ2つやるから、元気だしなって」
「ありがたく、もらっとくよ」
商品と木枠、テーブルをアイテムBOXへ突っ込めば、帰宅準備完了だ。簡単で良い。
金も入ったし、下着を買って洗濯をしたいんだよ。宿屋の裏に井戸があるそうだからな。そこを使わせてもらうつもりだ。
帰りに衣服などを見て回る。格好良い革のジャケットやジャンパーらしき物もあるのだが、値段が高い。おおよそ銀貨2枚(10万円)程だな。
こういった物は、一生ものとして、修繕しながら使い続けるようだ。
革ジャンなら、シャングリ・ラで買った方が安いが、皆ファスナー仕様だからなぁ。この世界で、ファスナーは拙いだろう。
宿屋へ帰ってきた。
「お帰り~」
「5日分の宿賃をまとめて払うよ」
小四角銀貨3枚(1万5千円)を、アザレアに渡す。
「儲けたの?」
「まぁまぁだな」
俺の部屋へ戻り、シャングリ・ラの画面を開く。そこで、Tシャツを3枚購入。
「パンツはどうするか……う~ん」
どうやら、この世界には下着らしいものは無いようだ。貴族様はドロワーズのような下着を身につける事もあるようだが。
郷に入れば郷に従え――今日からはノーパンスタイルで行くか……。脱いだパンツをアイテムBOXへ放り込んだ。
さて、上着はどうしようか……シャングリ・ラで色々と探してみたが、襟なしの黒いボタンシャツがあった。これなら、この街でもそんなに違和感ないかも。
下着を脱いだので、洗濯をしたい。それ用のタライと洗濯板を探すのだが、木のタライが売っていない……プラ製は拙いだろうなぁ。
妥協してトタン製のタライにした。少々小さめのやつが3000円、洗濯板は2000円だ。
洗剤は、洗濯機などに使う粉石鹸ではなくて、昔ながらの洗濯石鹸ってやつを、300円で買ってみたが、ついでに普通の石鹸も買う。
井戸で身体と頭を洗いたいし、ついでに髭も剃ろう。貝○のT字カミソリ10個セットを買う。
タライと洗濯板と洗濯石鹸を持って、宿屋裏の井戸へ。釣瓶でガラガラと水を汲み、タライを満たす。水が入った釣瓶はクソ重いわ~。
「これ、明日絶対に筋肉痛だろ?」
だが、筋肉痛がすぐに出なくなってきた今日この頃、お元気ですか、僕は異世界で元気です――認めたくはないが、最近衰えをちょっと感じる。
宿屋の飲料水も、ここの水を使っているらしいのだが、飲水として使うには水石という水を浄化する石を使うと言う。
まぁ、俺の飲料水は、○○のおいしい水があるから、水石とやらは必要ないけどな。
洗濯石鹸を使って下着を洗濯板の上でゴシゴシやる。まさか、今の時代に、こんな物を使うなんて思ってもみなかったよ。
でも、ガキの頃、婆さんの家で使った記憶があるような無いような。
シャングリ・ラを見ると、球状の手動でぐるぐると回す洗濯機が売ってるな。これなら、人のいない所なら使えるかも。
だが、商品欄の評価は散々だな――「手で洗った方が早いです」――なんて書かれてる。
まぁ、一発ネタみたいなもんか。
俺が井戸で洗濯をしていると、アザレアがやってきた。
「あ~洗濯してる。出してくれたらやるのに。ケンイチ、泡が出てるけど、石鹸も持ってるの?」
石鹸もこの世界にはあるようだが、それなりに高いらしい。普通の家は、木灰を使うようだ。
「持ってるよ。洗濯は追加料金だって言ってたろ?」
「そうだけど……儲けたんなら、そのくらい良いじゃん」
「いや、節約出来るところは、節約します。ほら、身体も洗いたいんだから、仕事に戻りな」
「あたしが、洗ってあげるよ」
「待て待て! 裸になるんだから」
「もう、触って、咥えて、挿れたじゃん。何を今更」
「公衆の面前で、そういう事を言うのは止めなさい。ほら、石鹸1個あげるから、仕事に戻りな」
「やったぁ!」
ふぅ――彼女のテンションが高くて疲れる。
それに――やってしまった後で、今更ちょっと心配だったのだが、避妊について聞いてみた。 彼女の話だと、専用の薬品があるようだ。
事後に、それを入れればOKらしい……一般的に利用されており、副作用も無く、性病の予防にも使えると言う――さすが異世界。
頭と身体を洗い、髭も剃って、スッキリ! だが、熱い風呂に入りてぇなぁ……だが、この世界で風呂に入れるのは王侯貴族だけらしい。
だが、洗濯物を干しながら、シャングリ・ラを検索すると、2万円ぐらいでドラム缶風呂が売ってるぞ。
これに川の水等を溜めて、焚き火で温めれば良いって事か。水の汲み上げには、ポンプを使えば良い――これは、いけるぞ。
そのうち、実現しなくては。