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68話 工事は無事に終了


「黒狼だぁ!!」

 外からの叫び声に俺は暗闇の中、飛び起きた。

 慌てて外へ出ると、すでに人夫達は火のついた薪を手に持ち、円形に固まっていた。

 俺はアイテムBOXからLEDライトを出して、暗い闇を照らす――。

 20~30頭程の黒くうごめく物が見えるが、実際はもっと数がいるのかもしれない。

 ライトの光に照らされて、赤く光る目が2つずつ無数に見える。まさか、こちらは100人以上いるのに、襲ってくるとは思わなかったな。

 アイテムBOXから、カットラス刀とハンドアックスを10本ずつ出し、足りない分はシャングリ・ラから購入した。

 ガシャガシャと出てくる武器を獣人達に持たせると戦闘準備だ。その他は伐採に使っている斧を使ってもらう。

 獣人なら片手で振り回せるだろう。そして、シールドだ。アイテムBOXに入ってた、ポリカーボネート製のタワーシールドとバックラーを彼等に配る。


「皆、これを使え! 武器のないやつは円陣の内側へな。女達は俺の家に入っていろ!」

 狼型の魔物とはいえ、家の壁をぶち破ったりは出来まい。


「にゃ! ケンイチ! ウチの武器も出してほしいにゃ!」「俺にも武器をくれ!」

 ミャレーとニャメナに、コンパウンドボウとクロスボウを渡す。この暗さでも彼女達なら見えるだろう。

 早速、ミャレーが矢をつがえると、闇の中に放った。


「ギャイン!」「ギャン!」

 暗闇に野獣の叫び声が響く。


「うおおおっ!」

「あ、ばか!」

 何を思ったのか――暗闇の中に剣を振りかざした若い男が2人で駆けていく。夫人の護衛の騎士達だ。

 寝ていたからアーマーは着ていないようだが、護衛なら夫人を守ってろと思うんだが……。


「ユ○ボ召喚!」

 こういう時は小回りが利く、ユ○ボの方がいいだろう。それに、こいつにはヘッドライトがついているからな。

 早速、エンジンを掛けると、ヘッドライトを使い前方を照らす。

 すると――当然のごとく黒い魔獣に囲まれている男達。金髪の男が獣に腕を噛み付かれている。

 フットバーを踏んでユ○ボを前進させ、その修羅場へ近づくと、アイテムBOXから爆竹を取り出して投げつけた。

 閃光とけたたましい爆音が轟く。黒狼が怯んだところに俺の攻撃が炸裂した。


「ユ○ボアタック!」

 鋼鉄のバケットの一撃で背中から、獣が半分に千切れ飛ぶ。

 さらにカタピラを進め群れの中に突っ込むと、地面スレスレに長いアームを伸ばし車体をグルグルと回転させる。


「おりゃ~! ユ○ボ大回転!」

「ギャワン!」「キャン!」

 高速で迫るバケットに、次々と黒狼が弾き飛ばされてゴロゴロと転がっていく。


「ウチ等も来たにゃ!」

「旦那、俺にも獲物を分けてくれよ!」

 ミャレーとニャメナと一緒にやって来たのだが、その後ろから飛び出した黒い影。

 疾風となったベルが、黒狼の群れに突っ込むと、その一頭の首に噛み付いた。


「キュ!」

 魔物の一頭が叫び声も上げる間もなく沈黙。恐らく即死だと思われる。

 口で咥えたまま黒狼を地面へ叩きつけ、敵を睨みつける森猫。その彼女の勇姿に黒狼達はジリジリと後退をし始めた。

 

「森猫様に続けぇ!」「うおおっ!」「おりゃァァ!」

 続いて獣人達が黒狼の群れの中へ切り込むと、次々と敵を斬殺していく。


「森猫様が、ついてくださるんだ! 俺等が負けるはずねぇ!」「はは! その通りよ!」

 森猫が獣人達の間で信仰されているというのは、本当なんだな。

 思わぬ反撃を食らった黒狼の群れは、ボスらしき個体の呼びかけで速やかに群れを纏めると、一旦距離を取った。

 だが、付かず離れず一定の距離を保って、こちらを窺っている。諦めてはいないようだ。


「む~、爆裂魔法エクスプロージョン!」

 高い声と共に青い閃光が走り、赤い爆炎と化して、暗い森の中をオレンジ色の光が照らす。

 爆風が巨木を数本なぎ倒し、落ち葉を巻き上げた衝撃波が俺達を襲う。

 黒い敵の群れは、アネモネの魔法の一発で沈黙したようだ。魔物は魔法に耐性があるといっても、これは効くだろう。

 この世界へやって来た時に俺を苦しめた魔物も、魔法一発か。


「すげぇ……」「こりゃ、たまげたぜ」

 獣人達も沈黙する、アネモネの凄まじい魔法。だが、あらかた敵は片付いたし、残った敵も逃走を始めた。


「ふぁぁ……寝る」

「俺も寝るか~」

 だが、俺の身体を、アネモネがぐいっと押し返した。


「あの女の匂いがするから、や!」

 ええ~、するか~? 身体中をクンカクンカしてみるが解らん。


「旦那! 黒狼の素材はどうするんでぇ?」

 獣人の人夫の1人が、そんな事を尋ねてきた。


「ああ、好きにしていいぞ! 俺は要らん」

「俺は、ちょっと欲しいかな~」

「ウチは要らないにゃ」

 ニャメナは素材剥ぎをするようだが、俺は寝る。


「火が残っているようなら、消しておいてくれ」

 獣人達に、シャベルを2本渡そうとしたのだが、手持ちがあると言う。まぁ用水路を掘る工事だったからな。


 寝る前に、へばっている騎士達を家の方まで引っ張っていくと、一発ぶん殴った。

 こいつ等に比べると、シャガの討伐戦で戦ったノースポール男爵は、はるかに有能だったな。


「治療の代金だ」

 騎士の上腕は黒狼に噛まれた傷で、大きく引き裂かれている。

 針金を編んだような帷子かたびらは着込んでいたようだが、その上からやられたようだ。

 とりあえず帷子を脱がせ、アイテムBOXからアルコールを出して傷口を消毒する。その上からワセリンを塗り、包帯を巻く。

 今は、これしか出来ん。他に傷を受けた者が何人かいるので、アルコールを渡して消毒させる。


「それは酒精だけど、飲むなよ。そして、これは血止めの軟膏だ」

 ――と言ったそばから、アルコール瓶に口につけている獣人がいる。だが、すぐに吐き出した。


「おえぇ! なんじゃこりゃ!」

「それは薬なんだ。変な味を付けないと飲む奴がいるんで、そうなっているんだよ」

 エタノールだから、飲んでも害はないはずだが。


「ははは、兄弟みたいな奴がいるってこった」

「だって、酒精って聞いたら飲んじまうだろ」

「違いねぇ」

 幸いな事に重傷者はいないようだ。

 役人は――馬車に隠れてガタガタ震えているだけで、役に立たない。

 子爵夫人は小屋の中で失神中。


「はぁぁ~」

 溜息をつくしかない。まぁ、夫人をやってしまったのは俺だが、目が覚めていたとしても役には立たなかっただろうし……。


「あの……魔導師様」

「ん? 俺か?」

「近くで女を虐めるのは止めてくれませんかねぇ。ムラムラして眠れねぇ」

「おう、オレっちもだぜぇ。お陰で黒狼相手に随分と張り切っちまった」「俺もだ」

 どうやら、夫人の声が耳の良い獣人達には筒抜けだったみたいだな。こりゃ悪いことをした。


「ああ、すまんな。今夜だけだから。お詫びに明日の夜は酒を奢ってやるよ」

「本当ですかい?」「へへ、得したな」


 明るくなったら状況を確かめて、けが人を街へ搬送するか決めよう。


 ------◇◇◇------


 ――そして、朝。

 朝から不機嫌な子爵夫人が、テーブルで朝食を食べながら管を巻いている。

 だが、その顔はツルツルのテカテカだ。


「こんな恥辱は初めてだ! 変な魔道具で責め立てられ、散々弄ばれた挙句、男の物も使わずに放置とは、こんな屈辱受けたことがない!」

「カナン様、そこの台詞はこうですよ『くやしい! でも、感じちゃう! ビクンビクン!』」

「そ、そんな恥ずかしい台詞が言えるわけなかろう!」

 俺は、アイテムBOXから一枚の紙を取り出した。


「そ、そんな証文を私から取ってどうするつもりだ」

 そう昨夜、夫人にサインさせたこの証文は、俺の言うことを聞く、どんな事でも絶対に逆らわない――という事を記した物。


「別にどうもしないが」

「嘘を申せ! 夜な夜な私に身分を偽らせ街を徘徊させた挙句、汚らしい下賎な男共とまぐわらせて、金を稼ぐつもりであろう!」

 十分に恥ずかしい台詞を言っているのだが……。


「何? その具体的な例は?」

「え? いや、あの、その……」

 俺は、証文をちらつかせて彼女に質問をしてみると――どうやら主人に相手にされず、身体を持て余して、そういった本をよく読んでいたと言う。

 そういえば、写本を商売にしている爺さんも、そういう本が多いと言っていたなぁ。

 何百万を掛けてエロ本かよ……しかし、そういう本の中身ってのは、どの世界も変わらないんだな。


「大体、金を稼ぐなら、もっと上手い方法がいくらでもある」

「そ、それでは、なんのために……」

「何もさせないためだよ」

「そんな殺生な! ほら、何をしてもいいのだぞ? この身体が自由になるのだ!」

 紺色のワンピースの上から、自らの胸を揉んで、寄せて上げる仕草をする。


「いらん。とにかく、俺達の邪魔をするな」

 はしゃいでいた彼女が、がっくりとテンションを落とすと、この世の終わりのような顔になる。

 一体、何を考えているのやら。


「……し、承知した。昨夜は魔物を退治に尽力いただき、感謝する」

 一応、領主の奥方らしい仕事もするのだが。


「子爵夫人から、かのようなお言葉を賜り、光栄の至り。これから怪我をした騎士の様子を見て、街へ運ぶかどうか判断しなくちゃならん」

「其方に任せる……」

「はいよ」

 いつものように、アネモネの焼きたてのパンを頬張ったのだが、いつもよりしょっぱいような……。

 そのアネモネの機嫌は悪い。まぁ俺が悪いので仕方がないのだが。


「旦那! 俺の取り分をアイテムBOXへ入れておいてくれよ」

「解った、何頭いるんだ?」

「4頭だな、矢で仕留めたのは俺とクロ助の分だけだったから、すぐに解ったぜ」

 ミャレーは要らないと言うので、彼女の分もニャメナが貰ったようだ。


「よし、この仕事が終わったら換金しよう」

「でも、アネ嬢の魔法でやったのは、バラバラとか丸焼けだったぜ。あれじゃ素材にもならないし、肉にも使えねぇ」

 上手く解体して、血抜きをしっかりしない動物の肉は、臭くて食えたもんじゃない。

 他の獣人達が剥ぎとった物は、この工事へ付き添っている商人達へ売るようだ。

 買い叩くようなら、俺のアイテムBOXへ入れてやってもいい。

 アストランティアの街へ帰ってから、冒険者ギルドへ持ち込めば、正規の値段で買い取ってくれるんだからな。


「それじゃ、かばねを集めて後で召喚獣を使って埋めた方が良いか?」

「もう集めてあるよ」

「そうか、それじゃ飯を食ったらやるか」

 新たな魔物を呼び寄せる危険性もあるし、放置して腐敗させると衛生上よろしくない。まだ工事は続くのだ。

 アネモネの魔法で乾燥させて燃やす手もあるが、盛大にやると火事になる可能性があるからな。


「にゃー、お金の事はよく解らにゃいけど、こんな仕事をしてて黒字なるにゃ?」

 ミャレーは、俺みたいな商売をして儲かっているか不安に思っているようだ。

 実際には、子爵様の屋敷にあった、中古のアンティーク家具だけで大幅な黒字だからな。

 だがそれは、誰も知らないシャングリ・ラの買取査定の話なので皆には内緒にしてある。


「なるよ、俺の計算ではなってるし、プリムラからも子爵様へたっぷりと請求がいく」

「うぐ……お手柔らかにな」

「いや、絶対に取るだけ取るから」

「今回の仕事で、最高の褒美は私の身体なのだぞ? それを其方が拒否するから……」

「そんなものは要らんし、個人的には至高の障壁(ハイプロテクション)の魔導書だけで、十分に黒字だ。そのためだけに引き受けた仕事――と思ったら、とんでもない役立たずばかりで、へそが茶を沸かしたけどな」

「ヘソにゃ? 何にゃ?」

「ああ――え~と、バカらしくて笑ってしまう――みたいな意味か」

「それでは、『馬も笑う』でしょうか」

 プリムラが、それらしい単語を教えてくれた。


「金が無いなら――俺達が住んでいた土地の短期譲渡でもいい」

「し、子爵様に伝えておく」

「たのむよ」

「それから、プリムラ。街へ帰ったら、子爵領の財務を見てやってくれ。絶対にまずい事になってる気がする。勿論もちろん、有料でな」

「解りました」


 飯を食い終わったので、けが人の様子を見に行く。

 獣人達の怪我は大した事がない。毛皮と分厚い皮膚に覆われているからな。

 だが腕を噛まれた騎士は、少々熱を出しているようだ。痛みでよく眠れなかったらしい。


「消毒はしたから、化膿する事はないと思うんだが……これは、やっぱり街へ搬送した方が良いかな?」

 街へ戻れば治癒魔法を使える人間がいるからな。騎士なら、そのぐらいの金は持っているだろう。


「うう……」

「この薬を飲め」

「こ、これは?」

「解熱と鎮痛の薬だ。とりあえず痛みと悪寒は楽になる」

「かたじけない……」

 すっかり、しょんぼりとしているな。あの威勢の良さはどこへ行ったのやら。


 彼等の馬車で帰らせても良かったのだが、プリムラが自分の店の様子を見たいという事だったので、俺の車で街へ向かう事になった。

 工事の日程は、まだ大丈夫で余裕がある。

 コ○ツさんを使って大穴を掘り、魔物の死体を埋めた後――。

 アイテムBOXからラ○クルプ○ドを出すと少々燃料を補給。怪我をした騎士を乗せて街へ向かう事になった。



 ――車の中で蘇州夜曲を歌う。

 プリムラにも教えたので、彼女も歌っている。後部座席では騎士がぐったり中だ。

 だが薬が効いたのか、大分楽になっている模様。


「まったくなぁ――これじゃ、俺達で全部事業を受けた方が儲かるってもんだ」

「本当にそうですわね」

 国から公共事業を受けて、俺が重機を使って仕事をこなせば、人手も日数も掛からない。丸儲けだ。

 まぁ、そんな仕事をするつもりもないのだが。


 何事もなく、約1時間半後には、アストランティアに到着。


「し、信じられん、こんな短時間で……ここは、本当にアストランティアの街なのか?」

「ああ、間違いないから、とっとと降りろ。歩けるんだから大丈夫だろ?」

「かたじけない……」

 騎士を車から降ろして、プリムラの店へ向かう。

 街ゆく人々にジロジロと見られてしまうが、無視だ無視。


 プリムラの店も順調に回っているようで問題ない様子。俺が供給していた出汁の素を各店に補給すると話を聞く。

 支店を巡っても嫌がらせをしていた商人からの報復等もないようだ。

 だが、敵がのうのうと商売しているのは、やっぱりムカつく。

 どうにかしてやりたいと思っていても、無理に事を荒立てれば、せっかく上手く回り出したプリムラの店に迷惑が掛る。

 まぁ、ここは自重だな。


 ------◇◇◇------


 ――それから、10日後。

 水路は無事に隣の領――ツンベルギア子爵領の水路と繋がった。

 隣の領の水路はすでに完成しており、誰もいない状態。遅れていたのは、本当にこちら側だけだったようだ。

 そりゃまぁ、あの体たらくっぷりなら納得なのだが……それに加えて、領主が不在なのだからな。

 夫人は、急に領主が王都に呼び出されたと言っていたが、早めに工事を終了させていれば、何の問題もなかったはずなのだ。


 繋がる数日前に、隣の都市アキメネスに使者が送られて、一応式典をする事になった模様。

 貴族にとっては、こういう行事は大切な事なのか、隣街から馬車を数台連ねてツンベルギアの領主が現れた。

 青い上下に金糸の刺繍が施された服を着ている。鳥の羽根を付けたベレーのような青い帽子をかぶり、背の低い太った男だ。

 顔は赤く、血圧が高そう……。


「ユーパトリウム子爵夫人、この度は国王陛下から承った水路の普請が完成した事は誠にめでたい」

「全く、その通りですな」

「しかし、1ヶ月程前の報告では、まだ森の手前で、森を突っ切る普請は無理だと報告を受けていたのだが……」

「確かにな。だが、我が友人の魔導師が駆けつけてくれたのだ!」

「魔導師?」

「ツンベルギア子爵様も、聞いた事があるだろう。ダリアで極悪野盗シャガを討伐した魔導師ケンイチの名前を」

 まてまて! 何、バラしてんだ、こいつは!


「何? 確かにその名前の報告は受けたが……」

「そのケンイチ殿の素晴らしい魔導の数々を使って、困難な普請を成し遂げたのだ!」

「むむ……まさか、そんな魔導師がユーパトリウムについているとは……」

 何やら、あれこれ話している夫人と子爵様を遠くから眺めていると、ミャレーが話しかけてきた。


「貴族様の帽子についている青いのがあるにゃ、あれがコッカ鳥の尻尾の羽根にゃ」

「あれがそうか、へぇ~」

 羽先が青で、縞模様がグラデーションになりつつ、最後は白くなる――美しい羽根だ。

 しかし、相手の貴族の様子を見ていると、こちら側の工事が失敗すると踏んでいたようだな。

 まぁ、グダグダなのは見れば解ると思うんだが……もしかして、こいつらが色々と企み事に絡んでいるのかもしれない。

 今の領主がクビになって新しい領主が赴任してきても、頭が挿げ替わるだけで、俺の住んでいる場所に影響があるとも思えない。

 それに、工事は上手くいったんだ、危機は去ったというべきだろう。

 プリムラを貴族のところへ向かわせて、財務のチェックをさせるから、問題も洗い出せると思う。


 式典も終わり、俺達も街へ戻る事になった。皆で俺のラ○クルプ○ドに乗り込み、アストランティアを目指す。

 貴族連中は、夫人だけが俺の車に乗り込み、他の役人やメイドは馬車で帰領する。

 現場にも大型の空馬車が4台程やってきて、人夫達を乗せていく。だが、獣人達は自分の脚で走った方が速いので、利用しないらしい。

 時速30km程で走れるので、途中で狩りをして腹ごしらえをしながらでも、今日中には街へ到着してしまうという。

 だが、50人以上の獣人達が並んでマラソンをしている姿は、まるで走る民族大移動だな。

 毛並みも色々な種類がいて、見ていて楽しいし、なんだか微笑ましい。柄の種類は元世界の猫と全く同じに見える。


 車を運転しながら、並行して走る獣人達を眺めていると――彼等も、こちらに気づき手を振ってくれる。

 それどころか、車の窓からベルが首を出すと、両手を合わせて拝む奴まで出る始末。


「男の三毛柄っていないんだろ?」

「旦那、よく知ってるな」

「そうにゃ!」

「でも、ごく稀~に、男の三毛もいるんだろ?」

「その通りにゃ!」

「でも、本当に珍しいから、貴族に飼われて見世物になったりするんだぜ」

「そりゃ、可哀想だな」

 ここら辺も猫の柄と一緒だな。

 それよりもだ……。


「おい、カナン様~、なんで俺の名前を出したんだよ」

「そ、それは……素晴らしい友人がいたら、自慢したくなるのは道理ではないか」

「本当に、友達いないんだなぁ」

「ふん、貴族の友人などありえん。全てが脚を引っ張り合う敵同士だ」

「殺伐としてるねぇ。そうなのか? プリムラ」

「私が知る限りでは、仲のよろしい方々もいらっしゃいますけど……」

「全てが上っ面だけであろ!」

 どうも、夫人は貴族社会に幻滅をしているようだ。


「それじゃ、机の上でニコニコと握手をしていても、机の下では脚を蹴り合っていると?」

「全く、その通りだ!」

 今回の出来事で、隣の領に俺の名前が知られてしまった。これで加速度的に噂が広まってしまうだろうか?

 

 そうこうしているうちに、アストランティアへ到着した。


「もう到着したのか。全く、この召喚獣は、すばらしいのう!」

「私の友人が、凄い魔法と召喚獣を操って! ――とかいう自慢を他の人には、しないでくれよ、カナン様」

「なぜじゃ! 先程も申したが、素晴らしい友人がいたら自慢しても良いではないか!」

 夫人が俺に向かって、そんな事を言ってくるのだが……。


「こっちが困るんだよ。あちこちから俺の所へ面倒事が押し寄せでもしたら、子爵領を出て何処か遠くへ行かなければならなくなるだろう」

「いやそんな事はない。子爵様の庇護の下にあると解れば、他の貴族もそう簡単には手を出してはこないであろう」

「それでも、水面下では接触してくるぞ? 子爵領より金持ちで、良い条件を出すと思われるデカい領は沢山あるんだろう?」

「其方! 友達だと申したのに、金で私を裏切るのか?」

「そんな事はないけどさぁ」

「ならば、私も助けてたもれ! 守ってたもれ!」

「そういうのは、夫人の夫である領主様や、騎士の仕事でしょう?」

「そこは、私を抱きしめて愛の言葉ではないのかぇ?!」

 この方、人妻なのだが――どうも暇を持て余した挙句、物語と現実をごっちゃにしているな。

 この夫人の言うとおり、他の貴族が手を出すのを諦めてくれればいいのだが。

 話を聞いていたプリムラは少々呆れ顔をしている。


「はぁ……これなら最初からアスクレピオス伯爵の加護に縋るのも、手だったかも知れないなぁ」

「なっ! あのような大貴族では、私に勝ち目がないではないか?」

「プリムラ、そうなのか?」

「ええ……まぁ。それに私も以前に、そういう選択もあり得るのでは? ――とお話ししましたでしょ? それなのに、ケンイチが逃げてしまうから……」

「だが、街の人間の貴族嫌いの話を聞いているとな。実際、俺もそう思ってたし――あはは」

 ユーパトリウム子爵も、この夫人も、悪い人間ではなさそうなのだが。


 ちょっとまつりごとには向いていないような気がする。


  

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