64話 工事現場へ向かうぞ
――次の日の朝。俺とプリムラは、ツリーハウスのベッドの上。
俺が身体を起こすと、まだプリムラが幸せそうな顔をして眠っている。
彼女が俺の秘密について、少々口を滑らせてしまったようなので、お仕置きをしてしまったのだが……あまりこれは、お仕置きになっていないような……。
「……んんっ」
彼女の頭を撫でていると、目を覚ましたようだ。
しおらしくしているかと思ったら、毛布をはね除け裸のまま俺に抱きついてきた。
「私が過ちを犯せば、昨晩のようなお仕置きを受けられるのですね」
「……プリムラ、お前反省してないな? 重大な秘密を漏らすなんて、商人としても致命的な失策なんだぞ?」
「……モチロン、ハンセイシテオリマスヨ……?」
プリムラは俺から目を逸らす。何故、逸らす?
彼女は、そこら辺にいる――所謂、お嬢様ではない。自分の理念を持って動き、内面に野心をたぎらせている強い女性だ。
そんな彼女が俺にくっついているのが、イマイチ理解できないのだが……ある種の打算によるものなのだろうか?
だが、普段の行動をみていると、とても打算だとは思えない。
「プリムラ、もし俺の独自魔法やアイテムBOXがなくなったら、君はどうするんだ?」
「どうするって……そうなれば、ケンイチはマロウ商会を頼らざるを得ないでしょう? 私が養ってあげますよ」
「男の矜持から、それは避けたいのだが……」
「あら……また逃げるおつもりですか? 絶対に逃がしませんけど」
俺に抱きついたまま見上げるプリムラの目が怖い。
だが、彼女の視線とは別の視線を感じて、ツリーハウスの床に設けたハッチの方を見る。
そこには少し蓋を開けて、こちらの様子を窺っている3人組がいた。
勢い良くハッチの扉を開けると、アネモネが床に仁王立ちになり、着ていた青いワンピースを頭から脱いだ。
そして素裸になった彼女は、俺に飛びついてきた。
「こら、アネモネ。服を着なさい」
「や! プリムラばっかりズルい!」
「プリムラは、お仕置きだったんだよ――なぁ?」
「ええ、もう死んでしまうかと思いました」
獣人の2人も、ハッチから這い出てきた。
「お嬢、大丈夫かよ? 昨日、すげぇ叫び声がしてたんだけど……」
「にゃ!」
耳の良い彼女達は、どうやら盗み聞きをしていた模様――というよりは、耳が良すぎて普通に聞こえてしまうんだろうな。
赤くなっているプリムラを見て、アネモネは不機嫌だ。
「全然お仕置きになってない!」
「貴族がここに来たのは、俺達が魔法でドンパチやり過ぎたせいもあるんだよ」
「む~!」
アネモネをなだめた後、ツリーハウスの上で朝食にする。これから色々と準備をしなければならない。
1ヶ月間、水路を作る作業をするとなれば、ここは留守になる。
このまま放置出来ないので、持っていけるものはアイテムBOXへ収納する予定だ。
ここが、日本であれば放置でもいいのだが……物がなくなったりするのは、嫌だからな。
先ずは、ツリーハウスの小屋を収納。ツリーハウスの土台になっている部分は木の幹に固定されているので、アイテムBOXへは入らない。
そして崖の上に登るための足場を収納。2分割になっているので、それぞれをアイテムBOXへ入れる。
太陽光発電パネルをカモフラージュネットごと収納。風呂などの水回りをアイテムBOXへ入れて――。
最後に――。
「家、収納!」
綺麗さっぱり、なくなった。勿論、隣にあるニャメナの小屋も収納する。
これで工事現場を本拠地にして、再び家を設置すればいいわけだ。たまに、こういう事があっても、逃げるときの訓練になっていいかも。
畑は収納出来ないのでそのままだが、実ってる野菜は勿体無いので、アイテムBOXへ取り込む。
1ヶ月間留守にするので、トウモロコシでも植えていくか――アネモネの魔法で芽出しをしてもらい、畑に植える。
畑の世話する人がいないと枯れてしまうかもしれないが、その時は諦めよう。
「家が持ち運び出来るってのはすげぇよな」
「けど、あまりデカい家は入らないぞ。今の家ぐらいが精一杯だ」
「それでも、すげぇよ」
「にゃ!」
今まで、家があった場所の匂いを、ベルがクンカクンカしている。
さて、この人数でどうやって移動しようか。もう、バレバレになってるんだから、隠してもしょうがねぇし。
それに子爵夫人から聞いた話では、独自魔法の持ち主は警戒されているようだしな。
簡単に手出しをしてこないって事は、堂々と正面から乗り込んでやれ。
「ケンイチ、移動はシャガの時に使った馬なしの車を出すにゃ?」
「馬なし? クロ助、馬がいなくってどうやって馬車が動くんだよ」
「魔法で動くにゃ」
「そうだな、あれでも良いが――乗り心地が悪いからな。それに荷物も無いし……」
新しいのを買うか……。
早速、シャングリ・ラで中古車を検索する。え~と、ディーゼルエンジンで4WD――SUVだな。
ここはやはり実績と信頼で、○田のラ○クルか。正式名称はラ○ドクルーザーだけどな。
ハ○エースと迷ったのだが、やはりこういう世界では走破性が決め手になるだろう。
だが、本家のラ○クルは値段が高い。そこで、ラ○クルプ○ドを買う。
おあつらえ向きに、少々リフトアップして、シュノーケルまで付いた改造車が100万程で売っていた。
年式が古く20万km走っている中古だが、この手の車は丈夫だから、このぐらいの走行距離は問題ない。
ディーゼルエンジンも丈夫だからな。20万kmぐらいどうって事はない。
それに、シュノーケルがついていれば、少々深い川でも渡る事が出来るし、こいつは3列シートなので7人まで乗れる。
フロントには、少々錆び付いているが頑丈そうでゴツいカンガルーバーも付いている――パーペキ(パーフェクトに完璧)だ。
「よっしゃ、ラ○クルプ○ド召喚! ポチッとな」
大きな音と共に、太いタイヤを履いたSUV車が落ちてきて、地面でバウンドする。
ドアを開ける――さすがに古い車なので、内装はくたびれているが走れればいい。
こいつはMT車だが、それも大丈夫だ。MT免許持ってるし。座席に座り、キーを捻る――燃料はOKだな。
スターターを回してエンジンを掛ける。マフラーから黒煙を吐き出し一発で始動した。
車を買ったが、お守りが欲しいところ。
購入したプ○ドのボディカラーは白。シャングリ・ラで買った風水の電子書籍によれば、白は金と組み合わせる事によって、金運がアップするらしい。
商人なら、交通安全よりは、金運アップといきたいだろう。
シャングリ・ラで検索をかけると、金色の招財樹というのを見つけたので、1000円程で購入。
金メッキで造られた、ツボに入った木のミニチュアアクセサリーだ。木の葉は黄色で透明な石で出来ている。
こういう風水グッズは、当然のように彼の国製。ダッシュボードに置くとすぐに壊れそうなので、ルームミラーからヒモで吊るしてみた。
ルームミラーに成田山のお守りとかを吊るしているやつもいるが、異世界なら成田山よりは金パワーの方が効き目がありそうな気がする。
「おいおい! なんか唸ってるけど、大丈夫なのかこいつは?!」
俺が室内であれこれやっていると、外ではニャメナが黒い排気ガスを吐き出す鉄の化け物にビビっている。
「大丈夫にゃ。ケンイチの言う事しか聞かないからにゃ」
「へぇ~」
そういうものの、ニャメナはかなり腰が引けている様子。
「この取っ手を引っ張ると、扉が開くにゃ」
「馬車と似てるな」
乗り方を教えようとしたのだが、ミャレーがニャメナにレクチャーをしている。彼女は、4tトラックのキ○ンターに乗った時に覚えたのだろう。
皆で車内に乗り込んできて、助手席にはアネモネとベルが乗り込んだ。
「俺は一番後ろでいいよ」
そう言って、ニャメナが3列目のシートへ座る。席順で揉めるかと思ったのだが、すんなりと決まったようだ。
動物を後ろに乗せたりすると、乗り物酔いをする事があるので、窓が開く席の方がいいかもな。
「これは、以前乗った物に比べると、内装が上等ですわね」
彼女は運賃が高い乗り合いの馬車に乗ったりするからな。貴族の豪華な馬車にも乗った事もあるらしいし。
しかし、ラ○クルといえば、最近は高級車なんだよなぁ。
プリムラが、車内を見回しているが、すぐにルームミラーにぶら下がっている金色の招財樹に気がついた。
「これは、金運を呼びこむお守りだよ」
彼女が見たがっているので、金色の木のミニチュアを手渡す。
「これは、本当に金貨が集まりそう……」
これは意外――プリムラがこういうのを好きだとは思わなかったな。彼女の話では金持ちに売れると言うので、売っても面白いかも。
「旦那、それって本当の金なのかい?」
「いや、これは鋳造にメッキをした物だよ」
「つまり、偽の金?」
「まぁな。プリムラ――1ヶ月の間、君が街からいなくなっても、お店の方は大丈夫なのか?」
「ええ、全部を彼女達に任せてありますので」
「お嬢、金とか持って逃げられたり、店を乗っ取られたら、どうするんでぇ?」
「その時は、単に私の人を見る目が無かったという事でしょう――それに」
「それに?」
「その時は、別の店を作って――あっという間に、そういう輩の息の根を止めて差し上げますので」
「おい、お嬢が怖いんだけど……」
まぁ、この分なら、お店の心配はなさそうだな。
「よし、出発!」
硬くしまった湖沿いを走り、ザブザブとそのまま川を渡る。人間の太ももぐらいの深さなので余裕だ。
おまけにこいつにはシュノーケルがついているので、殆ど水没しても走るはず。
そのままサンタンカの村へ行く道を逆走して街道へ出る。
いつも森の中を通って街へ行く時は街の東門に出るのだが、この道を進んで街へ行くと、到着するのは西門だ。
人々の好奇の視線の中、街の大通りを進み、目的地である子爵の屋敷へ向かう。
普通は、こんな物が走っていたら大騒ぎになるところだが、「魔法で動いている」と言えば、なんとかなってしまうのが、この世界。
便利なんだか、便利じゃないんだか――考えても仕方ない。
俺達は、街の高級住宅街へ車を進める。クロトンが横恋慕していた、役人の女房が住んでいるのもここだ。
そして、その一番奥に鎮座する、巨大な白い建物へやって来た。
黒い鉄製で飾りの付いた立派な門の前で車を止めると、プリムラが車を降りて、門番と何か話をしている。
「ケンイチ、大丈夫です。中へ進んで下さい」
彼女と話していた門番も、馬なしで動く俺の車に目を白黒させて口を開け立ったまま。
「はは、皆驚いているな。そりゃ馬車が馬なしで動けばなぁ」
ニャメナが呟く――馬車が馬なしで動いたら、馬車ではないと思うんだが……まぁ、この世界じゃ動く車イコール馬車だからな。
正面玄関に到着すると、俺とプリムラは車から降りて正面のホールで待つことに。アネモネと獣人達は車でお留守番だ。
すると、映画のヒロイン登場シーンの如く、子爵夫人が階段から降りてきた。
階段を降りる度に白いドレスがたなびく――こうしてみると、マジで絵に描いたような貴族である。
「ケンイチ殿、よくぞ参った。そのまま逃げ出すのではないかと、ヒヤヒヤしていたぞ」
「契約書まで交わしたのですから、約束はお守りしますよ」
「うむ――しかし随分と早かったな。馬車でやって来たのか?」
夫人に、俺達が乗ってきた車を見せる。
「なんと、これも召喚獣なのか? やはり其方、シャガ討伐をしてダリアから逃げ出したという魔導師であろう?」
「もう、隠しても仕方ないので白状いたしますが、その通りでございます」
「むう」
夫人は何か考え事をしているようだ。
「カナン様、何か野心をたぎらせている暇がおありなら、その前にお家の一大事をなんとかしなくてはなりませんよ」
「……そうだったな」
「それに、私は誰にも仕えるつもりもありませんので」
「金なら払うぞ?」
「私がその気になれば、金貨などいくらでも稼げますので、然程意味はございません」
国を潰したり、経済が大混乱するのを覚悟の上で、シャングリ・ラを使うのであれば、どうとでもなる。
シャングリ・ラを使わなくても、公序良俗に反する薄い本などをパソコンで作り、プリンターで打ち出して大量にばら撒くとかな。
「くっ――金で動かぬ者というのは、本当に厄介だな」
俺は、明後日の方向を見て、夫人の言葉を聞こえないふりをしていた。
「それで、カナン様。今回の作業の軍資金として、こちらの屋敷で使っていない家具を譲っていただける件は……?」
「こちらだ」
夫人に案内されて、屋敷の裏手にある倉庫にやって来た。
あるある――古くなって使わなくなったのか、それとも流行に合わなくなったのか、大量に積まれている埃を被った家具達。
俺は、飾りの付いた棚らしき物をアイテムBOXへ入れてみた。
そして――査定。
【査定結果】【アンティーク家具 買い取り値段1千万円】
は? マジですか? それじゃ、こっちのテーブルセットは? 応接間にあるような大きなテーブルと6脚の椅子がセットになっている。
【査定結果】【アンティーク家具 買い取り値段2千万円】
これも高い。それじゃ、天蓋のついた立派なベッド。骨組みしかないが――。
【査定結果】【アンティーク家具 買い取り値段2千万円】
うわぁ、全部メチャ高いなぁ。元世界でも、貴族が使ってたようなアンティーク家具って、このぐらいするよなぁ。
しかし、この買い取った家具はどこへいくんだろ? 謎だ。
その他、全部で5セットの家具をゲットした。全部で買い取りの総額は8千万である。
「それでよいのか? 全部持っていってもよいぞ? 邪魔で困っているのだからな」
夫人のお言葉に甘えて、さらにアイテムBOXへ追加し、その総額は1億2千万円になった。
これだけあれば、コ○ツさんの燃料を使いまくっても、金に困る事はないだろう。しかも、金貨ではないので、シャングリ・ラへ入れても平気だ。
ついでに貴重な魔導書ももらえるし、今回の仕事を上手くこなせば大幅な黒字。
よっしゃ! ちょっと頑張ってみるか。
だが子爵夫人に話を聞けば、現地は60数リーグ(約100km)以上彼方。隣の都市のアキメネスまで約200km――その中間辺りに、現場があるという。
そんな離れた場所に馬車で行ってたら、何日掛かるか解らない。俺の車に子爵夫人を乗せて、現地へ向かう事にした。
車の助手席に乗り、キョロキョロと辺りを見回す子爵夫人。俺の後ろにはプリムラ、その横にはアネモネとベル。
そして3列目のシートには、ミャレーとニャメナが座っている。
ベルは、開けた窓から顔を出して外の景色を眺めているのだが、自分で走っていないのに景色が動いているのが、不思議なのかもしれない。
夫人は現地で陣頭指揮を執るつもりのようで、彼女が1ヶ月間滞在するだけの物資も持ち込むようだ。
そのための準備や、物資の搬入等まで待っていたら、いったいいつのことになるやら……。
のんびりし過ぎだろ? お家の一大事じゃなかったのか?
少々危機感に欠ける気もするのだが、貴族とはこういうものなのか。
隣都市のアキメネスまで200kmだが、その先にあるこの国の王都まではさらに400km程の距離があるという。
アストランティアから、王都まで馬車で行くと2週間以上掛かるらしい。
「これは速いな! 信じられん、もの凄い速度だ!」
車のハンドルを握る俺の横で、助手席に乗った子爵夫人がはしゃぐ。
「おそらく、カナン様が仰る普請の現場まで、2時間程で到着いたしますよ」
「何? そんなに早くか? こんなに速く走って大丈夫なのか?」
「旦那、こりゃ俺達が走るぐらいの速度が出てるんじゃ……」
一番、後ろに座っているニャメナが呟く。
「そうだな、前に獣人達と、かけっこをした事があるんで、その通りだと思うぞ」
「でも、こいつは疲れないで、ずっと走れるんだろう?」
「まぁ、餌の油がある限りな」
「なんという事だ……このような物がこの世界にあるとは。そして、私の目の前でブラブラしているこれは?!」
夫人が指さしたのは、ルームミラーにぶら下がった金メッキの招財樹。
「これは、金運が増すお守りですよ。金は金に集まるという……」
「もう無いのか?!」
「お譲りしてもよろしいですけど……」
一応、金メッキだと説明をしておく。メッキが剥がれて、騙したと言われると面倒だからな。
シャングリ・ラを検索してみたが、サイズが大きい物は売っているが、18金で造られた物はないようだ。
車が走る左手には延々と崖が続いているが、右手には広大な土地が見えてくる。今は使っていないようだが、ここに水を引いて農地へ転用する計画のようだ。
なるほど――街道と並行するように、既に完成した水路が走っている。
その農地へ使う水は、隣の貴族領にあるカズラ湖という湖から引く工事で、国王の勅令によって行われているという。
なるほど、それじゃこちらの都合だけで工事計画を遅らせるわけにはいかないな。
「湖の水といえば、私達の家があった場所からは引けないのでしょうか?」
「ここより、アスチルベ湖の方が低いのだ。それは、無理であろう?」
それならば、この崖の上に流れている川の向きを変えて、こちらへ流せば――と思うのだが、余計な事を言うと、余計な仕事が増えそうなので口を噤む。
そんな事をしてやる義理もないしな。
「其方……」
「はい?」
「本当に私の身体は要らぬのか?」
「必要ありませんねぇ。私には妻がおりますので」
「私もいるし!」
後ろで、アネモネが叫ぶのだが、それを聞いた夫人が白い目で俺を見る。
「其方、あのような子供まで……?」
「子供の戯言でございますから」
「それにしても、森猫まで手懐けているとはのう――プリムラ殿の言う通り、調教師というのも本当らしいの」
夫人が、後ろで窓から首を出しているベルを見つめている。
「プリムラ~?」
ルームミラーを使い、後ろで小さくなっているプリムラを見る。
「そう奥方を責めるな。このような非凡な殿方を主に持てば、自慢したくなるのも道理であろう」
「そりゃ、私だってプリムラを自慢したくはなりますけどね……」
「確かに、奥方の商売の知識は素晴らしい。女手一つで、複数の商店を切り盛りしているそうではないか」
「その件でございますが――妻の店に嫌がらせをしていた商人を排除していただき、誠にありがとうございます」
「何、チーズの製法との取引だからの。それに、女の店と侮りおって、ああいう輩が一番癪に障る」
プリムラの店に嫌がらせを行なっていた商人は、営業を自粛しているらしいが――かといって廃業をしたわけではない。
個人的には、少々処分が甘いようでムカつくのであるが……それでも、俺が甘い処分に不満を持っているのは察してくれているようではある。
だが、子爵様がいない状態では、これが精一杯なのだろう。
「本来、女性だからといって然程の理由もなく下に見られる事自体が間違っておりますからねぇ」
「全く、その通りだ。奥方は、其方の事を賢者だと自慢しておったが、まんざら過言でもないようだな」
この子爵夫人は、男女平等主義者みたいだな。この世界では、ちょっと難しい主張のような気もするが……。
だが、隣の帝国では女性が皇帝だというし、彼の国の方が革新的なのであろうか?
「賢者と言える程の知識はございませんよ。それにしても、妻も口が堅い方だと思っておりましたが、それをあっさりと陥落させるとは――カナン様の話術も巧みのようで」
「はは、それほどでもないわ。それに奥方の店で売っていたスープも飲んでみたが、貴族の料理といっても良いぐらいに洗練された物であったぞ? あれも、其方が元を作った物なのであろう?」
「わざわざ、お飲みになられたのですか?」
「流行りの店と言われれば、どんな味か気になるだろうが」
「そうで御座いますか」
「そんな自慢する程美しい奥方がいると申すわりには、後ろには獣人もおるではないか。私が欲しくなった時には、いつでも夜這いに来るがよい」
「それは、絶対にございませんので」
「むう……何故、断言するのだ? 全く興味が無いわけではあるまい?」
そう言って、夫人はハンドルを握っている俺の顔をマジマジと覗きこんでくるのだが……。
「貴族様とのお付き合いは、可能な限り最低限にしたいと思っておりますので」
「貴族と付き合いがあれば、なにかと便利だぞ?」
「その分、柵も増えますよね?」
「むう……辺境の華と言われた私が、こうも疎かに扱われるとは……」
どうも、テキトーに扱われるのに、プライドが傷ついたらしい。
「そんなに華として自信がおありなら、王族の妃候補にでもなれば、よろしかったのでは?」
「そういう話もあったのだが、貧乏貴族の娘では家柄が釣り合わぬと、子爵夫人が精一杯であったよ」
「では、愛情があったり、好きで一緒になっているわけではないのですか?」
「貴族同士の婚姻に、そんなものがあるはずなかろう」
単なる政略結婚ってわけか。相手はどうでもいいらしい。
「そりゃまた、世知辛く乾いた話でありますねぇ」
「であろ。だが、これは事実だ」
そんなこんなで、子爵様と夫人――両方に愛人がいたりして、他の男とやるのにも問題はないらしい。
だが一般的な貴族では、男の方には愛人が沢山、女には貞操を守らせるのが普通のようだ。
いやはや――やはり貴族というのは俺には理解不能――思想的に合わない方々のようだ。
そんなゴタゴタに巻き込まれるのは、御免被りたいねぇ。
子供には、あまり聞かせたくない話をしているうちに、普請の現場が見えてきた。