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63話 お仕事を引き受けよう


 貴族様――この地の支配者である、子爵様の夫人が俺に頼み事だと言う。

 どうやら用水路の工事が間に合わなくてヤバいらしい。

 それぐらいの工事であれば、近代科学の粋を集めた重機のパワーを以ってすれば容易い事なのだが問題もある。


 確かに用水路を掘るだけならコ○ツさんを使って、なんとか出来るだろう。

 だが恐らく、燃料が間に合わない。重機を動かし続けるために使う大量のバイオディーゼル燃料を作っている暇がないのだ。

 ――そうなると、シャングリ・ラで売っている、白灯油を使うしかなくなる。こいつは値段が高い。

 ディーゼル機関で使うために、白灯油+改質剤+その他で計算すると、リッター3000円程する超高価な燃料を大量に使わなくてはならなくなる。

 それには勿論もちろん、金が必要だ。


「承知いたしました。それでは、お教えいたしましょう。下にある穴は、私の召喚獣を使って掘ったものでございます」

「何? 召喚獣とな?」

「はい、それを使えば、用水路ぐらいであれば、掘ることも可能だと思われます」

「それでは、引き受けてくれると?」

「いえ、それには少々金が掛かります。私の召喚獣は大飯食らいでして、1日の餌代が金貨6枚程……」

「金貨6枚か……だが、金には代えられん。今とて、1日小四角銀貨1枚(5000円)の人足を百人以上雇っておるからの。金をケチって普請が間に合わなければ、まずい事になる」

 夫人の渋い顔から察するに、相当困っているようだ。


 5000円の日給で100人だと1日50万円の経費か。

 それに1日120万円、30日だと3600万円の経費が追加される事になる。まぁ、そのぐらいの金は貴族なら払えるだろう。


「それに、金貨でなくてもよろしいですよ」

「ならばやはり、私の体か?」

 夫人が身を乗りだす。


「違います」

 なんで、身体を一押ししてくるんだ。不貞にならないのか?


「貴族様であれば、使っておられない家具等が余っておりませんか?」

「ああ……それなら、倉庫に沢山あるが」

「それでは、それ等と引き換えでも、よろしゅうございます」

 貴族が持っている家具ならシャングリ・ラで高額査定間違いなしだろう。マロウ邸にあった家具でさえ、かなりの代物だったからな。

 この世界の家具作りの技術はかなり進んでいるように思える。勿論もちろん、その分値段も高いのだが。


「何!? 私の身体より家具の方が良いと申すのか? 貴族の正室を好きに出来るのだぞ?」

「私は、実を取りますので。カナン様も金貨を節約したいのであれば、家具で済むという私の申し出は渡りに船ではありませんか?」

「ぐっ……」

 何やら、子爵夫人が悔しそうな顔をしているのだが、何があるか解らんのに抱けるかつーの。

 この貴族様が、一体何を考えているか不明だ。

 単に金を節約したいのか、それとも――それなりに自信がある自らの身体より家具の方が良いと言われたので、プライドが傷ついたのか。


「なにはともあれ、下に降りて私の召喚獣をお見せいたしましょう」

「承知した……」

 テーブルと椅子を収納して――再び子爵夫人の手を取り、足場を降りると下へやって来た。


「コ○ツさん召喚!」

 俺の声と共に、巨大な黄色の重機が地響きを立てて出現した。


「ひぃ!」

 さすがの貴族様も驚いたようで、尻もちをつきそうになり、騎士によって両脇を支えられている。

 俺が重機に乗り込むと、黒煙を吹き出して鉄の召喚獣が咆哮をあげる。崖からの薔薇輝石の採掘は終わったので、再び普通のバケットへと換装済みだ。

 そして長いアームを振り回すと、鋼鉄のバケットで地面を一掬いした。


「おおおっ! こ、これならば確かに、用水路などあっという間に完成するであろう!」

 ここでちょっと実験だ。地面に10mの印を付けて、そこを掘り返してみる。

 実験の結果、普通の土であれば、10分で5~10mは掘り返せるようだな。

 まぁ、少々少なめに見積もって1時間40mとしても、1日10時間で400mか……。

 30日あれば、12kmを掘り進む事が出来る計算だ。5kmなんて余裕だろう。


「これなら、なんとかなりそうですね」

「それでは引き受けてもらえるのか?」

「まぁ……貴族様であれば、私を無理矢理徴発する事も可能だったでしょう? 何故、それをしなかったのですか?」

「このような魔法を使える其方は、独自ユニーク魔法使いであろう? ならば、一筋縄ではいかない道理。無理に従わそうとすれば、子爵領が取り返しの付かない状態になる可能性がある」

 子爵夫人が腕を組んで、目の前にそびえ立つ黄色いコ○ツさんの巨体を見上げている。


「そういう事例があったのですか?」

「うむ……とにかく、独自ユニーク魔法使いは、奇人変人の類が多くてな。扱いが難しいので有名なのだ」

「帝国にいる独自ユニーク魔法使いは、ドラゴンも倒したそうですからねぇ」

「その通りだ。しかし、この鉄の召喚獣であれば、ドラゴンをも倒せるのではないか?」

 夫人が組んでいた腕を解き、俺の方を向くと目をきらめかせている。


「こいつは防御が出来ませんからねぇ――そのためにも、カナン様から魔導書をいただかなくては」

「それでは、契約は成立だな」

 夫人の顔がパッと明るくなったのだが――。


「いいえ、ここで契約書を書いていただきます。プリムラ~!」

「はい」

「契約書を書いてくれ」

「何? 貴様! カナン様を信じられんと言うのか?」

 横から騎士が出てきて剣を抜こうとしたのだが、アイテムBOXから装填済みのクロスボウを取り出して突きつけた。


「商人というのは、口約束は信じないものですよ」

「ぐっ!」

「このクロスボウから発射された矢は、このぐらいの鎧なら容易く貫通しますよ? それとも弩弓ではなく、この鉄の召喚獣と戦いますか?」

「ぐぬぬ……」

 騎士の額に血管が浮き出て脂汗が滲む。


「控えよ」

「……はっ」

 夫人にたしなめられて、騎士が引き下がった。

 プリムラにその場で契約書を作らせて、夫人のサインを入れさせる。裏書に2人の騎士のサインも入れる――完璧だ。


 早々に、俺の召喚獣を使って工事を進める約束をした後、おやつに誘う。

 契約が決まったとなればお客様、おもてなしをしてあげよう。まぁ見た目は美人だしな。

 たまには、絵本から出てきたお姫様のような女とおやつを食うのも悪くはない。

 これで、もうちょっと若ければと思うのだが、年齢を重ねなければ出てこない色気もあるし。


 アイテムBOXからテーブルと椅子を出して、夫人の目の前にカスタードプリンを出す。作り置きをしていたものだ。


「これは?」

「お菓子でございますよ」

 夫人が黄色いプルプルをスプーンで一掬いすると、騎士の口に運んだ。


「う、美味い! なんだこれは!? 今まで食べた事もないような口触り――し、失礼いたしました」

 若い騎士が、取り乱してあたふたしている。


「ふ、ここには得体のしれない、飲み物や食い物が山のようにあるようだな」

 だが、冷静さを装っていた夫人も、プリンを一口食べて、驚きの表情を隠せないようだ。


「こ、これは?! 確かに、いままで食べた事がないような魅惑の食感、そして芳しい甘い香り……どうやら、元は卵のようだが」

「御明察、卵と牛乳とを合わせて蒸した物で御座いますよ」

「ほう、しかし……この香りは……」

「それは、私の秘伝で御座いまして、お教えする事は出来ません」

「くっ……このような物を持っている賢者を相手に、交渉は難しかったようだの。私の身体に興味を示さないのも道理だ」

「別に貴方様の美しさを認めていないわけではありませんよ」

「ほう――脈はあるという事か?」

「いえ、ございません」

「くっ!」

 俺と夫人との会話を聞きながら、隣に立っている魔導師の女性がそわそわしている。

 おそらく、プリンを食べたいのだろう。俺はもう一つプリンをアイテムBOXから取り出した。


「お食べになりますか?」

「え? いいのか?」

「まぁ、同じ魔導師のよしみで」

「あ、ありがたい!」

 大きく胸が開いたデザインの服を着た魔導師は、俺からプリンの入った茶碗を受けると、大きくスプーンで掬い口へ放り込んだ。

 どうも、胸の所へ目がいってしまう。だって男の子だからな、仕方ないのだが――あまりガン見していると、後ろからのプリムラの視線が痛い。


「う、美味い! 甘くてプルプル! そしてこの香り! 甘露だ!」

 甘露ときたか。女の人ってのは、どこの世界でも甘い物に目がないんだな。


 プリンを食べ終わると子爵夫人一行は船に乗り込み、サンタンカの村へ戻っていった。

 貴族と付き合うのは少々不本意ながら、この事態になってしまっては、黙って仕事を引き受けた方が得策だろう。

 無理矢理徴発してくるでもなく、きちんと頭を下げてきた事だし。

 貴重な魔導書も手に入りそうだしな。


 ――そして、その日の夕飯。

 今日は、ロールキャベツにした。アネモネの魔法で、畑の野菜が促成栽培出来るようになったのだ。こりゃ便利だ。

 子牛の肉がまだ残っているしな。だが、いつもテキトーにロールキャベツを作っていたので、料理の電子書籍をシャングリ・ラで購入して、見なおしてみた。

 個人的には良い出来だと思う。もう一品、森のキノコと野菜のソテーも作ってみた。

 森には、ノビキノコ以外にも、何種類か食えるキノコがあるようだ。

 だが、この世界でも、高級料理にはキノコが使われているのだが、一般市民にはあまり人気がない。

 美味いのを知っていても、栄養がないのを知っているのだろう。同じ金を払うなら栄養がある物を食べたいらしい。


「今日も変わってる料理だな、こりゃ肉を葉っぱでくるんだのかい?」

「そうだ。美味いぞ」

「にゃー!」

 一口、ロールキャベツを食べたところで、ニャメナが大きく溜息をついた。


「ふう……今日はどうなる事かと……」

「相手は貴族だ、断りきれずに連れてきてしまったんだろう?」

「まぁ、そんなところだけど。あの貴族様も、ちょっと強引でな」

「それだけ、切羽詰まった状況なんだろう」

「むう……」

 だが、美味しい料理を食べているのに、アネモネの機嫌が悪い。そして、プリムラの方をじっと見つめている。


「アネモネどうしたんだ?」

「プリムラは、ケンイチと貴族を引き合わせようと、仕向けたんじゃないの?」

「そんな事はありません」

「俺もプリムラの事は信じているし、そんな事はないと思うんだが――貴族様が、ここへやって来た経緯は詳しく聞きたいなぁ」

「旦那?」

 ニャメナが驚いた顔をしているが、彼女は貴族の屋敷には入っていない。獣人を貴族の屋敷に入れるはずがないからな。

 それ故、プリムラと子爵夫人が何を話していたのか、彼女は知らないのだ。


「夫婦で隠し事なんていけないよなぁ。プリムラは貴族のお屋敷で何があったか、俺にきちんと教えてくれるよねぇ」

「も、もちろんですわ」

 そう言っているプリムラなのだが、ちょっと様子がおかしい。

 これはあやしい……。


「それじゃ~今日は、あそこの木の上の家でじっくりと2人っきりで話しあおうか?」

「いえ、あの……」

 迫ってくる俺に、プリムラがキョドっている。


「俺のアイテムBOXの中に、何が入っているか君も知りたいだろう?」

「それは……知りたいのですが……」

 プリムラは硬くなり、両手を太ももの上に載せている。


「じゃぁ、2人きりでな」

「……はい」

 俺とプリムラの会話を聞いていた獣人達がヒソヒソ話をしている。


「おい! クロ助、旦那が怖ぇぞ!」

「多分、アイテムBOXの中には、女を拷問する魔道具が山のように入っているにゃ」

「なんだよ、そりゃ」

「多分、縛り付けられて、体中を蛇責めとかされるにゃ」

「バカ! 止めろ! 飯食ってる最中だぞ」

 声がデカいから、ヒソヒソ話になってねぇ。自分から弱点を晒していくスタイルか。


「ニャメナ」

「はい!! な、なんだい、旦那」

 俺の呼びかけに、ヒソヒソ話をしていた、ニャメナが飛び上がった。


至高の障壁(ハイプロテクション)って帝国の魔法だって言ってたけど、帝国の方が魔法は優れているのか?」

「ああ、そうだな。国を挙げて研究をしているからな」

「それじゃ、魔法文化も発達していると?」

「まぁ、そんなところさ。それに、金の無い奴とか孤児でも、積極的に魔法の適性を調べて魔導師を育成したりしている」

「へぇ――でも、その場合は強制的に国家の召し抱えになるんだろ?」

「そりゃまぁ、国の予算を使っているから当然さ。でも孤児から、それで成り上がった奴もいるぜ。有名なのは夜烏のレイランって奴だ」

 そして、民間人でもある程度の実力や独自ユニーク魔法の使い手と認められると、帝国魔導師として問答無用で軍へ編入されるという。

 それ故、魔法を使えるのを隠している者も多いらしい。政策としては良し悪しだな。


「ニャメナは詳しいな」

「へへっ、飲み屋に行くと、こういう噂話が酒の肴だからねぇ」

 マスコミが無いから、飲み屋がコミュニケーションと情報交換の場所となっているんだろう。

 ミャレーは酒をあまり飲まないので、そういう場所にも行かないようだ。もっぱら市場で聞き耳を立てて、情報収集を行なっているらしい。


「それで、ニャメナは蛇責めがご所望なんだって?」

「止めてくれよ!」

「蛇ってな~穴があると、潜り込むんだってなぁ?」

「俺は、旦那を裏切ったりしないからさ! 今日の事だって、俺は外にいて知らなかったんだよ!」

 まぁ、そうなんだろうな。

 彼女が椅子に座ったまま、ズリズリと後ろにずり下がっていく。


「俺が怖いなら、ここから逃げてもいいんだぞ?」

「そんな……逃げたら、こんなに美味い料理も、酒も飲めなくなるじゃないかよぉ……」

 まぁ、確かにな。ここで美味い物を食って、口が肥えてしまったら、街の安い食堂なんかじゃ満足は出来ないだろう。


「はは、怖がらせて悪かったな。冗談だよ、冗談」

 ニャメナの頭をナデナデしてやる。


「みゅ~ん」

「なんだ、その可愛い声は、はは」

「なんだよ! 俺だって可愛い声上げたっていいだろ!」

 ニャメナもこういう可愛らしい仕草をする事もあるんだな。


 だが、まだアネモネの機嫌が直らない。


「なんだよアネモネ。まだ何かあるのか?」

「ケンイチは、あの女魔導師のヘソとか胸とかばっかり見てた」

「えっ!? そんなに見てないだろ」

「見てた…………私もヘソ出した服を着て、胸も出す!」

「やめなさい――そんな、はしたない格好をするなんて。そういう事は、もっとボインボインに胸がデカくなって、脚がピチピチに伸びてからやりなさい」

「むう……」

 彼女はずっとむくれている、困ったもんだ。


 ------◇◇◇------


 ――その夜。

 暗い湖面に月が映る夜。女の叫び声が、漆黒の森の中に響く。

 木の上のツリーハウスで、プリムラを丹念に可愛がってあげると――屋敷で何があったのか詳細が解った。

 俺の所へ子爵夫人がやって来たのは――どうやらプリムラが、俺の魔法について口を滑らせたのが原因らしい。

 だが、故意に俺と貴族を引き合わせようとしたわけではないようだ。

 あの夫人は、プリムラの話を辿り、俺の魔法に一縷の望みを託してやって来たのか。


 まぁ、過ぎてしまった事は仕方ない。

 仕事をこなして、アネモネのためにレアな魔導書をゲットしないとな。


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