6話 商売準備
――次の日。
おおよそ市場の事も解ったので、商売を始める準備をする。先ずは……露店のブースを造らないとな。
最初は組み立て式のブースを作って、現地で組み立てようとしていたのだが、何の事はない。
宿屋の部屋で工作して、出来上がったら、アイテムBOXへ突っ込めば良いのだ。
その前に、金が少々心細くなってきたので、小四角銀貨をチャージに入れてみる事にした。
現地通貨でチャージ出来るのだろうか? 恐る恐る入れてみる。
【入金しました】の文字が出て、5000円がプラスされた。どうやら、俺の想定していたレートは間違っていなかったらしい。
それじゃ――後1枚小四角銀貨を入れる事にして、全部で1万円入金しよう。残高は5万4千円ちょいになった。
朝飯にパンと牛乳、そして、昨日買った酸っぱいリンヨを取り出し皮を剥く。レモンのような味が、良い目覚ましになる。
ビタミンCが豊富そうな感じだ。
さて、それじゃ作るか――まずは設計図だな。紙を出して設計図を描くために鉛筆を買う。木を加工するために印を付けたりするにも鉛筆が必要だ――2Bで6本入りが500円。
その鉛筆を削るために、カッターも買う、200円。
1本500円で2mの細い角材を買って、幅1m、高さ2m、奥行き1.5mの箱を組み立てる事にした。
元世界でもDIYはやっていたので、このぐらいは余裕だ。
角材は10本で5000円、箱組の強度を上げるために角に取り付けるL字金具が16個――1200円。木用ネジセットが800円。
ネジは手で回しても良いが、こんなに多くのネジを回すとなるとかなり大変だ。やはり、電動ドライバーが必要だろう。
だが、電気がなく充電器が使えないので、シャングリ・ラで買える乾電池式を選んでみた。2000円でパワーはちょっと足りない玩具みたいな物だが、意外と使える。
組んだ木を止めるのにネジを使うのだが、ネジはオーバーテクノロジーのような気がする……。
だが、ちょっと離れれば釘にしか見えないのでセーフとしてみた。それから、木組みにいきなりネジを使うと木が割れてしまうので、下穴を開ける必要がある。
そのためにも、電動ドライバーが必要だ。そして、穴を開けるためのドリルの刃のセットを買う――1000円だ。
【購入】ボタンを押すと、ドサドサと荷物が降ってきた後に、ガランガランと角材が落ちてくる。
いつもながらの乱暴な荷物の落ち方にちょっと引く。
「さて、やるか……」
――と思ったのだが、角材を切るために鋸が必要だ。替刃式の折りたたみ物を選んでみた。切れなくなったら、刃を替えれば良いので便利だ――1500円。
この替刃式の鋸は売れないが、替刃式じゃない両刃の物も2000円ぐらいで売ってる。これなら売れるかもな。
街には沢山、木造建築が建っているのだから鋸ぐらいはあるだろう。
先ずは、鉛筆で印を付けて――と思ったら、今度は曲尺が無いな。曲尺ってのはL字型の定規で寸法測ったり、材料に線を引っ張ったりする物。
曲尺は500円だが、もっと長物に線を引っ張る時は、墨壺を使う。
角材に曲尺で寸法を測って印を付け、ドリルで下穴を開けネジで止める。そして、補強のためにL字金具をネジで固定する。
完成した箱組を少々押してみたりしても、ぐらつく事はない。だが細い角材なので、寄りかかったりしたら壊れてしまうが。
後は屋根をどうするか? 結構日差しが強いので、長時間露店にいると日に焼けてしまうだろう。それを考えると、やはり屋根はあった方が良い。
何か良い材料を検索していると、1000円で麻のムシロを見つけた。そいつを購入して、木組みの上に藁縄で固定する――縄は900円だ。
しかし、マジで何でも売ってるな。
「おおっ! それっぽいぞ」
――だが、やはり角に取り付けたL字金具が目立つな……。ちょっと場違い感が強い、う~ん……。
ムシロをもう一枚買って、ハサミで細長くカット。それを角に巻きつけてL字金具を隠し、縄で縛ってみた。
「お、良いんじゃね?」
ドンガラは完成したので、後は中だな。商品を置くテーブルが必要だ。テーブルを検索してみるのだが、鉄パイプ製のテーブルなら安いのがあるのだが……。
この世界にも合いそうなテーブルを見つけたが1万円以上する……ちょっと高い。――となれば、作るしかないだろう。
そんなわけで――テーブルの天板に使う板を、シャングリ・ラで探すのだが、良い物が無い。だが、安い合板のコンパネならある。
コンパネってのは、コンクリートパネルの略だ。本当は、コンクリートを流し込む時の枠組みを作ったりする時に使うもんだが、手頃なのでDIYによく使われる事が多い。
合板もオーバーテクノロジーではあるが、ぱっと見じゃ普通の板にしか見えないから大丈夫だろ。
それに、麻のシーツをテーブルクロスのように掛ければ板目は見えないしな――それでいこう。
方針は決まったが、ちょうど良い具合のコンパネが無い。一番近いのは60cm×90cmの1500円の物だ。長さは良いが、幅は50cmが良いな……切るか。
曲尺で線を引いて、鋸で切り始めた。丸鋸があれば一発だが、電気が無いからな。
ギーコギーコ、鋸のデカい音が鳴り響く。――そりゃ当然、何事かとアザレアが下から飛んでくるわけだ。
「ケンイチ、なにやってるの?!」
「ああ、店を作ってるんだよ」
完成しつつある、屋根の付いた木枠を見て、彼女は驚いたようだ。
「ええ? ケンイチって大工さんも出来るの?」
大工さんも出来るって言い方は少々変だろうと思いつつも、返事をする。
「まぁな。別に、この部屋は傷つけてないし、木屑は後で片付けるから、心配要らないよ」
「へぇ~、何か変わった道具が沢山あるね」
俺の大工道具に彼女は興味津々だ。
「危ないから、触るなよ」
天板をカットして、角材を更に4本追加。長さ80cmにカットして、4脚として固定した。
「それ何? すご~い!」
俺の電動ドライバーを見て、アザレアは感激しているのだが。
「これは、魔法で動く道具だ。人に喋るなよ」
――すると、また彼女の手が伸びてくるので、昨日買ったリンヨとリンズを1個ずつやる。
「これ、酸っぱいから嫌。リンカーにして」
しょうがないな。リンヨをアイテムBOXへ入れて、甘いリンカーを1つ取り出した。
「えへへ」
ニコニコ顔のアザレアだが、中々したたかだ。こういう世界では、多少のしたたかさがなければ、良いカモになってしまうのかもしれない。
ブースの中にテーブルを設置して、椅子を買ってみる――丸い天板のスツールってやつだ、3000円。
テーブルの右側に、木製の棚を設置――2000円。その棚に突っ込むように丸い棒を渡して、左側を木枠から縄でぶら下げて固定。
これに、商品やチラシをぶら下げて、アピールするつもりだ。
「ふむふむ、中々良いんじゃないか?」
「すご~い! お店みたい」
「お店みたいじゃなくて、お店なんだよ」
ついでに、紙と鉛筆が出ているので、ベッドの絵を描いて丸棒にぶら下げてみる。
『TYUKOBETUDO ARIMASU SS//7』――中古ベッドあります 小四角銀貨7枚(3万5千円)
殆どローマ字だが、促音――ッなどは、上にマークが付く。長音は、普通にーだ。SSは小四角銀貨、Sは銀貨、Gは金貨だ。
「ベッドなんてどうしたの?」
「買い取ったんだよ」
「ふ~ん、もう商売してるのね。すごいなぁ、あたしなんて、どうやったら良いか全然解らないよ……」
まぁ、俺のは、わけわからん能力だから、アドバイスも何も出来ないけどな。
ベッドの絵を吊り下げるために使う木製の洗濯バサミを購入する――200個入って1000円だ。その洗濯バサミで絵を挟んでいると、アザレアがまた叫ぶ。
「なにそれ! 欲しい。 洗濯物を挟むやつでしょ?」
「そう、これと似た物があるのか?」
彼女の話では――細い木を割って尻を紐で結んだ洗濯バサミらしき物はあるのだが、上手く挟めなくて、すぐに落ちてしまうらしい。
「これも売るの?」
「ああ、売ってもいいな――2つで銅貨1枚ぐらいか」
彼女のリアクションを見て、これは売れるんじゃないかと思った。200個1000円の物を2個1000円で売るのは、かなりボッタクリのようだが、このような物が存在していないなら、その価値はある。
元は大量生産だから安いが、コレを手作りしようと思ったら、それなりの値段になると思う。
それにこれは、真似をしようと思えば、この世界でも作れるだろうから、オーバーテクノロジーでも無いだろう。
アザレアを見れば、物欲しそうな顔をしている。
「ほら、口止め料だ。4つやる」
「もう、2つ……」
「わかった、6つな。商売の秘密なんだから、誰にも喋るなよ」
彼女は洗濯バサミを抱えて、黙って頷いている。
露店が完成したので、ホウキとチリトリを買って、床を掃除した。チリトリはトタン製だ――2つで2000円。
「それも欲しい……」
どうやら、トタンのチリトリが欲しいようだ。
「ほらよ」
「ありがとう~!」
抱きついてキスをしてくるのだが、そんな事をされると、夜のことを思い出してしまうじゃないか……。
パタパタと階段を降りていくアザレアに、年甲斐も無くそんな事を思う。しかし、チリトリでなぁ――。
イカンイカン! とりあえずは、商売だ。
完成した木枠やテーブルをアイテムBOXの中へ入れると、問題なく吸い込まれた。
「よし!」
気合を入れるが、問題は何を売るかだな。安くて売れそうな物を選択しなければ。残金を確認する――3万ちょい。
先ずは皿――5枚500円の物を4セット20枚。1枚800円の深皿を3枚。同じく800円の外周に青線が入った物を3枚。
全く同じ物だが、模様が入った物の方が高く売れるだろう。
5000円と6000円のナイフを1本ずつ。それから、一昨日買った和紙を30枚ぐらい並べよう。
後は、無地の白いハンカチなんてどうだろう――800円で簡単な刺繍が入った物が売っているので、2枚購入。
白いハンカチは、刺繍の量が増える程金額が上がるようだ。全周に刺繍が入ったものも買ってみるか――2000円だ。
とりあえず、コレでいってみるか……。全部をアイテムBOXへ入れる。
残金は……残り1万切った! ぬおお、マジでヤバい。
準備が出来たので、宿の階段を降りる。
「ケンイチ、市場へ行くの?」
「ああ。 行ってくるぜ」
「頑張ってね~」
応援有り難いが、マジで頑張らねば、もう金が無くなる。まぁ、それなりの値段で、元世界の品質の物が手に入るんだ。全く売れないって事は無いだろう。
そう信じるしかない。金がマジで無くなったら、昨日の怪しい男でもとっ捕まえて、危ない橋でも渡ってみるか。
俺の口からは苦笑いしか出ない。
------◇◇◇------
天気は快晴、商売日和だ。先ずやる事は、場所の確保。市場で商売をやっている所は殆どが露店。
商品が手に入ったら、朝にやって来て店を広げて、晩になったら帰る。農業をやっている者などは、朝に取れた野菜や果物をそのまま持ってきて、売ってすぐに帰ってしまう。
その他の畑仕事があるので、市場にはずっと居られないようだ。人を雇ったりすれば、経費が掛かるしな。
露店の場所は、指定されたりしてはいないのだが、ベテランと老舗の場所はほぼ決まっていて、市場の中心に陣取っているようだ。
つまり、市場の中央からベテランが埋めていき、新人のペーペーは一番端っこって事だ。
まぁ、これはしょうがない。新参者は大人しくしてないと。トラブルを起こしたりすれば、市場で商売出来なくなってしまうからな。
市場の一番端っこへ行って、店を広げる準備をする。一応、隣の店に声を掛ける。
「ここ空いているかい?」
「大丈夫だよ」
隣に居たのは、初老の女性だ。商人ってのは、ちょっと派手な格好をしてる奴が多い。飾りやアクセサリーを沢山付けてたりな。
この女性もネックレスを沢山付けていた。もしかして、それも売り物なのかもしれない。
自作した木枠のブースをアイテムBOXから取り出して、隣の露店との位置に合わせる。
「旦那、もしかしてアイテムBOX持ちかい?」
「ああ、小さいけどな」
「羨ましいねぇ。手ぶらで色んな物が運べるんだろう?」
「ああ」
そりゃそうだな。アイテムBOXがなければ、店の部材を一々荷車で運んで、組み立てなければならない。
「アイテムBOX持ちなら、もっと市場の中心に行けば良いのに」
「ここへ来たばかりだからな。新参者がデカい面出来ないよ」
「結構堅いんだねぇ……」
テーブルを置き、店を組み立てて、白いシーツをテーブルクロス代わりにして、商品を並べていく。
だが、ちょっと風が吹いていて、紙が飛んでしまうので、300円の文鎮を2個購入した。
「ちょっと、皿を見せておくれよ」
また、隣の女性に声を掛けられたので、一番安い物を一枚渡した。
「これ、新品かい?」
「ああ、出来たてのホヤホヤだぞ」
「これ、いくらで売るんだい?」
「う~ん、銅貨3枚だな」
「これなら、もっと取れるよ」
なるほど、銅貨3枚は中古の皿の値段に近いのかも……だが、一枚100円の皿だからな。
だがとりあえず、バーゲンセールでもなんでも売って現金を確保しなければならない。
「店を開いたばかりなので、ご奉仕価格さ。先ずは、客に覚えてもらわないとな」
さて、準備は整った――それじゃ、商売してみますか。