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59話 赤飯


 皆で魚の燻製――スモークサーモンを作ったが、とても好評だった。特に獣人達には堪えられない味のようだ。

 プリムラの話では、街でも売れると言う。彼女は、サンタンカの村へスモークサーモンの作り方を売り込んで、商売にするつもりだ。

 村から出来上がった物を卸してもらい街で売る。村の住人は漁は出来るが、商売をするとなると難しい。

 そもそも、計算が出来る人間が少ないのだ。餅は餅屋というが、商人に卸した方が手間暇を考えると得策だろう。


 俺は、三枚に下ろしてから燻蒸したが、普通に開いて干物から燻蒸しても、商品としての価値はあるだろう。

 手間がより掛かるスモークサーモンは、高級品として売り込む手もある。


 ――次の日。


 昨日食べた、サンドイッチが食べたいという、皆のリクエストに応えて同じ物を作る。

 スモークサーモンとトマト、そしてチーズと野菜を使ったサンドイッチだ。

 パンは、アネモネが丸いドーナツ型のパン焼き器で作ってくれたものを使っている。


「おおっ! パンは、いい出来じゃないか。上手いぞ、アネモネ」

「えへへ……」

 俺は、アネモネがパンを焼いている横で卵を茹でてスモーク――燻玉を作った。


「パクッ――ん~! 旦那、酒!」

 燻玉を一口食べたニャメナが、とんでもない事を言い出す。


「朝っぱらから、酒なんて出すわけないだろ。スープで我慢しろっての」

 生水が飲めないこの世界でも、朝からワインを飲んだりはしない。まぁ飲む奴もいるが、普通はスープか白湯が多い。


「もう、一口でいいからさぁ」

「ダメダメ、朝から酒を飲む奴なんて、ここから追い出すぞ。それに、これから貴族の所へ行くってのに、どうする気だ」

 プリムラが、この地を治めている領主の所へ行くので、護衛に彼女も同行するのだ。


「どうせ獣人なんて、屋敷に入れてくれませんよ」

「お酒はダメですよ。ニャメナ」

「はいはい、お嬢に言われちゃしょうがねぇ」

 ニャメナがふてくされているが、こればっかりは認めるわけにはいかない。こんな時間から飲んだんじゃ、アル中一直線だからな。


「獣人も酒の中毒になるのか?」

「そりゃなりますけど……普通は、そこまで飲む金がありませんからねぇ」

「うみゃー! これは、美味いにゃ」

「茹で卵はよく食べましたが、それを燻製にするなんて……驚きです」

 普通の家じゃ、卵なんて病気の時しか食えないが、さすがマロウ商会は大店だ。

 だが、一人静かな子がいる――アネモネだ。


「アネモネ、どうした? 食欲がないのか?」

「ううん……」

 彼女が燻玉を食べながら首を振る。


「なんだ元気無いな。何か、あったのか?」

「…………ケンイチが嫌がっているのに、プリムラが貴族の所へ行くのが、わかんない」

「ん~そうかぁ――確かに、貴族は面倒臭そうなので、勘弁してほしいんだが、暮らしていくには金がいるからな」

「……お金」

「そうだ。こういうのんびりした暮らしをするにも、先ずは金だ。金が無かったら、日銭を稼ぐために四苦八苦しなけりゃならん」

「私の家も、お金が無かった」

 アネモネは、テーブルのスープをじっと見つめている。


「それに、アネモネは俺と冒険をしたいと言っていたが、それにも金が必要だぞ」

「そうだよ、アネ嬢。装備を揃えたり、仲間を雇ったり、食料を買い込んだり。どうしたって金がいる」

「プリムラと君を助けたシャガ討伐も、マロウ商会から軍資金が出たから可能になったんだ」

「そうだにゃ~、金が無いと人は集まらないにゃ~」

「しかし、ウチには凄腕の商人がいる。彼女に金を稼いでもらって、資金が潤沢になれば色々と安泰だ」

「私には、剣を振ったりは出来ませんが、お金でケンイチを支えてみせますよ」

 適材適所、俺達は実動部隊。プリムラは後方で財務担当。役割分担は必要だ。


「そして、商売を大きくするには後ろ盾が必要――それが貴族だ。お偉いさんのご威光があれば、今回の揉め事だって荒療治をする事なく、綺麗に解決する事が可能になるってわけだ」

「俺は、荒療治の方が好きなんだけどねぇ」

「ニャメナは黙ってな」

「へいへい。アネ嬢、ガチの戦をやる時にもよ~、そりゃすげぇ金が必要になるんだ。それこそ国が傾くぐらいのな。その時に金を動かすのが商人よ。せっかく身内に、すげぇ商人がいるんだから利用しねぇ手はねぇ。お嬢には悪いがな」

「そんな事はありませんよ。それが商人の仕事ですから」

「解った……ケンイチが嫌じゃないならいい」

「大丈夫、嫌じゃないからな」

「うん」

 彼女も納得はしたようだが、やはり何か元気がない。


 しかし、俺にも家族が増えたし、いつまでも、このままってわけにはいかない。

 俺に何かあった時に、家族が路頭に迷わないようにしなくては。

 それに、俺の能力が枯渇する事態にも備えなくてはならない。その時のためにも金が要る。

 こんな誰からもらったのかも解らないような能力だ、いつ無くなってもおかしくはない。


 スローライフを望んでいるのだが、そのような事態になればスローライフどころではなくなってしまう。

 だが、プリムラは商人で自立しているし、ミャレーとニャメナは全く平気だろう。

 問題はアネモネだ。その彼女のために冒険者ギルドへ登録をさせて、彼女名義で口座へ入金を始めた。

 俺に何かあった時は、その金を使うように言ってある。


 朝食の後、俺とプリムラ、そしてニャメナで街へ行く。アネモネとミャレーは、崖の上で狩りをするという。

 プリムラとニャメナは、そのまま領主の所へ向かうようだ。


「上手くいくといいな。貴族への土産が足りないようなら、プリンの作り方を教えてもいいぞ」

「いいえ、おそらく大丈夫でしょう」

「それじゃ旦那、行ってくるぜ」

「おう、暴れるなよ」

「お嬢がいるのに、そんな事をするはずねぇだろ!」

「ははは」

 彼女達を見送った後、冒険者ギルドを訪れ――いつものカウンターへ行くと、子牛の処理を頼む。


「おお! アイテムBOXのオッサンじゃないか。何か面白い物を持ってきたのかい?」

 本当は、アイテムBOXの中の洞窟蜘蛛を処理したいところなのだが、ここで出したら大騒ぎになるだろうから、止めておく。


「家畜の処理もしてくれると聞いたが?」

「おう、やってるぜ」

「子牛を一頭頼む」

「また、肉だけで素材は売りか?」

「ああ、それで頼む」

「でも、普通の牛じゃ金にはならないぜ」

「構わんよ」

 10万円で子牛を買って、素材の金が数万円と一頭分の肉を入手しても、金額的には大赤字だな。

 まぁ、仕方ない。夕方には出来るという事なので、婆さんがやっている道具屋へ行く。


「ちわ~」

 相変わらず、よく解らない道具が並んだ暗い店内。


「はいよ~」

 いつものように、黒い服にカーキ色のローブを着た婆さんが迎えてくれる。

 俺はアイテムBOXから、崖の上でゲットしたフクロウの姿を模した像を取り出した。


「ふむ、これはまた面白い物を持ち込んだね」

 婆さんは、あちこちを丹念に調べている。


「これに魔石が付随していたはずなんだけど、持っているかい?」

「ああ、これか」

 俺はアイテムBOXから、像の中に入っていた拳大の魔石を取り出した。


「ふむふむ、像の目に鍵を入れると起動する術式のようだね」

「解るのかい?」

「そりゃ、当たり前さ。像と魔石、そして鍵込みなら金貨10枚で買うけど」

「いや、鍵は困るな。人から預かった物だからな。像だけならいくらだ?」

「像だけなら、ガラクタだねぇ。モノ好きが買うかもしれないから、小四角銀貨1枚(5000円)ってところだね」

 アイテムBOXへ入れておいても仕方ないから、その値段でもいいか。

 そういえば、魔導書もあったよな。どうしようか……。


「婆さん、未登録の魔導書を手に入れたら、どうすりゃいい。黙って持っていればバレないか?」

「余計な面倒を増やしたくないなら、登録をしておくべきだろうさ。別件でやられる事もあるんだよ?」

 ああ、そういう事もあるか……俺はアイテムBOXから爆裂魔法エクスプロージョンの魔導書を取り出した。


「これを見つけた、登録してくれ」

 婆さんは、俺から魔導書をもらうと、パラパラと中身を確かめている。


爆裂魔法エクスプロージョンかい。中々良い物を見つけたねぇ。これなら金貨30枚(600万円)はくだらないよ」

 彼女の話では、魔導書の新規登録をするために銀貨1枚(5万円)の費用が必要だ。まぁ、高いが必要経費ってやつだな。

 登録された魔導書は財産にもなるわけだし。


「あの子が、これを使えたのかい?」

「ああ」

「あの歳で、たいしたもんだねぇ。あの娘の親も魔導師なんだろ?」

「いや、行き倒れの女性から、子供を引き取った農家によって育てられたらしい」

「あれまぁ」

 う~ん、婆さんは色々と魔導に関して詳しそうだ、ちょっと聞いてみるか。


「それじゃ、このフクロウの像はタダで婆さんにやるから、ちょっと教えてほしい事があるんだが……」

「なんだい?」

「今から10年ぐらい前に、若くて有名だった女の魔導師が行方不明になった事は無かったか?」

「あん? そりゃまた……ふむ、なるほど、10年前ねぇ――10年前といえば……黄金のハナナ、いやあいつは若くはなかったねぇ、白金のアルメリアか」

 婆さんは、自分の記憶を遡るように、顎に手を当てて考え込んでいる。


「婆さん、そのアルメリアって魔導師に会ったことがあるのかい?」

「チラリと見かけた事はあったねぇ――確かに、あの娘と同じ黒い髪だったが、何か証拠はあるのかい?」

「いや、全くない。俺と初めて会った時も、何も持ってなかったし」

「それじゃ、ちょっと難しいかね、大体あの娘がそれを望んでいるのかい?」

「いや、全く興味がないようだ」

 婆さんは何を思っているのか、俺の方を眺めてニヤニヤしている。


「まぁねぇ、女にとって大事なのは、目の前にいる男だからねぇ」

「男って、親ほど歳の離れたオッサンだぞ?」

「歳なんて関係ないさ」

 婆さんが、ヒャヒャと笑うのだが、そんなものなのだろうか?


 とりあえず、婆さんに魔導書の登録を頼んだ。1週間程掛かるらしい。


「これを、あの娘に持っていってあげな」

 婆さんが、一冊の本を持ってきた。


「何の本だ?」

「簡単な生活魔法の本だよ。これは魔導書じゃないから、使うには訓練が必要だとは思うけど、あの子なら使いこなせるだろうさ」

「おおっ! 恩に着るよ」

 婆さんから本をもらい、追加で虫除けの魔石を買うと、道具屋を出た。


 ギルドで肉が出来るのも夕方だ。いっぺん家に帰るか……。


 ------◇◇◇------


 家に帰ってきて畑仕事。ミャレーとアネモネが帰ってくる昼にはまだまだ時間がある。芽出しポットにキャベツの種を植える。

 土をいじりながら、ふと崖の方を見る。コ○ツさんの油圧ブレイカーによって大きく崩れているのだが、まだ鉱脈は残っている。


「う~ん、ドリルで崖に穴を開けて、爆裂魔法エクスプロージョンで発破を掛けられないかな?」

 そんな事をしても、鉄砲の銃身のように吹き出して終わりだろうか?

 だが、銃身の強度より大きな爆発なら当然周りも吹き飛ぶに違いない。

 早速、シャングリ・ラでハンマードリルを検索してみる。こいつは、普通のドリルと違って、振動を与えながら、コンクリート等に穴を開ける機械だ。

 消費電力1000Wの緑色のハンマードリルを4万8千円で購入。次に長いドリルビットを探す。


「あるかねぇ……」

 サイト内を検索すると、1mのドリルビットを見つけた。とりあえず、こいつが一番長い物らしい。

 そして、長さの違う物を何本か揃えて購入。全部で2万円程だ。

 購入ボタンを押して、落ちてきた物を確かめてみるのだが――長い! なんか、ポキっと折れそうな感じなのだが、大丈夫なのだろうか。

 最初は、短い物を使って穴を開けて、徐々に長い物に切り替えていくしかないか……。


 悩んでいると、崖の足場からアネモネが降りてくるのが見える。だが、様子がおかしい……なんだか泣いているようだ。

 慌てて彼女に駆け寄る。


「アネモネ! どうした?! 怪我でもしたか?」

「……お腹が痛い」

 俺の問いかけに、彼女はそう答えた。


「腹?」

「……血が沢山出てきて……私、死んじゃうの……?」

「え? は?」

 言われて、彼女の身体を確かめると、ワンピースから出ている脚の内側が赤く濡れ、靴まで滴ってきている。


「あ~ああああああっ!」

 ちょっとまてぇ! 落ち着け、落ち着け、俺! ひっひっふーひっひっふー。

 しかし、どうする? 男の俺から説明するのも……なんだその……。

 あ~プリムラよ~早く帰ってきておくれ! だが、その時、森の方から天の助けが聞こえてきた。


「お~い旦那ぁ!」

 その声の方を見れば、プリムラも一緒だ。

 俺は全力で手を振って、彼女達を呼び寄せた。


「おお~い! 早く来てくれ!」

 俺の慌てる様子に、ニャメナがプリムラを抱きかかえると、ダッシュで俺達の所までやって来てくれた。


「何事だい!? 旦那ぁ」

「プリムラさんや~い!」

「なんですか? 変な呼び方をして」

 いぶかしげなプリムラに後ろを向かせて、2人でひそひそ話をする。


「実は、アネモネに初めての月のものが来たようでな……男の俺より女性の君から説明してもらった方が良いだろうし……」

「まぁ! まぁまぁ! 解りました! 私に任せて下さいませ!」

 プリムラがアネモネの所へいくと、しゃがみ込んで彼女に話しかけた。


「それは、病気ではありませんから。2人で家の中でお話をしましょう」

 不安そうに俺を見つめるアネモネをなだめる。


「大丈夫だよ、アネモネ。プリムラが教えてくれるから」

「……解った」

 あ~、とりあえず何を渡せば良いだろうか? 全く解らんぞ。シャングリ・ラで売ってる生理用品はオーバーテクノロジーなような気もするし……。

 つ~か、どれがいいのかも、さっぱり解らん。

 プリムラに聞くと、布が必要らしい。この世界で布っていえば麻布だ。シャングリ・ラで1m✕1mの麻布をポチッとする。


「これで良いか?」

「こんな上等な物でなくても……」

「とりあえず、これしか無い。それと、これは痛み止めの薬だ。一粒飲ませてやってくれ」

 彼女に鎮痛剤と水を渡して、家の中に入っていく2人を見送る。


「はぁ……こういう時は、男は全く役に立たんな」

 しかし、この世界の女は大変そうだな。俺の周りの女達が全くそんな素振りも見せないので、すっかりと忘れていたぜ。

 プリムラは、どうしているんだろうか?

 俺は、滝から流れてくる川の側でへたり込み、シャングリ・ラで買った缶コーヒーを飲む。

 こういう時は缶コーヒーだ。甘い砂糖の味がストレスを軽減してくれる。

 側にいるニャメナにも、缶コーヒーを勧めてみたが、気味悪がって飲まない。

 そこへ崖の上から、ミャレーとベルが戻ってきた。


「にゃー! あれ? どうしたにゃ?」

 うなだれている俺に、おかしいと思ったのだろう――彼女に事情を説明した。


「あーにゃんだー獣人以外の人の、あの日かにゃー」

「そういえば、獣人はあるのか?」

 つい聞いてしまったが、こりゃセクハラかもしれん。だが彼女達があっけらかんと、俺に答えを返してきた。


「ないにゃ」

「ないのか?」

「ああ、ないねぇ。旦那、賢者のくせに、そんな事も知らないのかい?」

 だって賢者じゃないしな。それに他の世界からやって来た人間だし。

 2人の話では、獣人に月のものはない。ただ、年に1回発情期のようなのが1週間程あって、その時にやると100%出来るらしい。

 もちろん、獣人同士だけだが。普通の人間とは混血は出来ない。


「それじゃ、一斉に赤ん坊だらけになったりしないか?」

「その時期はバラバラに来るから、それはないにゃ」

「そうか……」

 2人と話していると、アネモネが家から走ってきた。

 プリムラから説明を受けたせいか、それとも鎮痛剤が効いているのか、彼女の顔はいつものように明るさを取り戻している。


「ケンイチ!」

 アネモネが俺に飛び込んでくると、その後から、プリムラもやって来た。


「プリムラから、話は聞いたかい?」

「うん! 私、赤ちゃんが産めるようになったんだって!」

「そうだ、今日はお祝いをしないとな」

「うん! 私、ケンイチの赤ちゃんが欲しい!」

 俺は家に戻るために、飲みかけの缶コーヒーを空にしようと口をつけていたのだが、それを噴き出した。


「ゲホッ! ゲホッ!」

「どうしたの? ケンイチ」

「ゲホ――まぁ、アネモネ落ち着きなさい。そりゃ確かにその通りなんだが、君のその小さい身体じゃちょっと無理だ。もっと大きくならないとな」

「じゃぁ、どのぐらい?」

「そうだなぁ……後、5年ぐらいは……」

「そんなに?」

「だって、胸も大きくならないと、赤ちゃんに乳もあげられないし……」

「まぁ、アネ嬢。旦那の言う通りだな。もうちょっと待った方がいいと思うぞ」

 大体12歳ぐらいから働き始めるこの世界だが、さすがに結婚して子供を産むのは15~17歳が多いようだ。


「解った……」

 納得したようなアネモネの後ろで、プリムラが怖い顔をしており、俺の手を引っ張ると耳打ちをしてきた。


「ちょっと、本気なのですか?」

「まぁ、待て待て。今はあんな事を言ってるけど、年頃になれば、街で知り合ったちょっと見てくれの良い若い冒険者とかに、コロリと惚れちゃう事だってある」

「そうでしょうか?」

「『私、お父さんと結婚するの!』とか言ってた娘が――突然、見ず知らずの男を連れてきて、『この人と結婚したい!』とかいうのは、よくある話だろ?」

「それは、私に対する当て擦りですか?」

「え? プリムラもお父さんにそう言ってたの?」

「……」

「ああ、可哀想なマロウさん」

 今度はプリムラの機嫌が悪いのだが、どうしようもない。現時点では先延ばしが最善策だろう。

 

 あまりの出来事に、ギルドへ肉を取りに行くのを忘れるところだったので、慌てて引き取ってきた。

 その日の夕方は赤飯になった。後はミートボールの唐揚げと、肉とスープの晩餐。量はいつもより多めだ。

 引き取ってきたばかりの肉をふんだんに使った。ミートボールの唐揚げは初めて作ってみたのだが、出来はどうだろうか。

 

 子牛の肉をミンサーに掛けてひき肉として、刻んだ玉ねぎと繋ぎ、そして調味料を入れて団子にまとめる。

 ミートボールに火が通らないと危ないので、お湯で煮た後に衣を付けて再度、油で揚げてある。


「今日は、いっぱいあるにゃ!」

「お祝いだからな」

「獣人にゃ、こういうしきたりは、無いからなぁ」

「この赤い穀物は?」

「これは赤飯だよ。俺の地元では、めでたい事があると、これを食べる」

 この世界では、市場で探しても小豆は無いようだ。

 ちなみに俺の地元では、甘納豆が入った甘い赤飯を食べる。もしかして――と思ってシャングリ・ラを検索してみたが、さすがに甘い赤飯は売ってないらしい。


「私も少し食べて良いですか?」

「これか?」

 プリムラも赤飯を食べてみたいようだ。ご飯には、今まで興味を示さなかったのにな。


「縁起物なのでしょう?」

「ああ」

 アネモネとプリムラが、赤飯をスプーンで掬って口へ運ぶ。


「すごい、モチモチしてて、美味しいかも!」

「これは歯ごたえが……でも、美味しいです」

 アネモネとプリムラには好評だ。


「お前等はどうだ?」

「止めておくにゃ」

「俺は、酒があるから、これでいい」

 獣人達は、意外と保守的らしい。


「でも、この丸い唐揚げは美味いにゃ! 噛むと中から肉汁がたっぷりだにゃ!」

「へへへ、こいつは酒の肴にピッタリだぜ」


 一時は、どうなることかと。でも、アネモネの年頃だと普通にある事だよなぁ。

 すっかりと失念していた。


「アネモネ、もう一つ贈り物があるのを忘れていた」

 俺は、アイテムBOXから、婆さんからもらった魔法の本を取り出した。


「生活魔法の本らしい。魔導書じゃないらしいから、すぐには使えないらしいけど」

「ケンイチ、ありがと~!」

 アネモネは俺から本を受け取ると、早速ペラペラとページを捲っている。


光よ!(ライト) の魔法、乾燥ドライの魔法――役に立ちそうなのが、沢山あるよ!」

「はいはい、本を見るのは食事が済んでからにしような」

「うん!」

「ああ、アネモネの騒ぎで、すっかりと忘れていたが、貴族様の方はどうだったんだ?」

「ええ、上手くいきましたよ。子爵夫人は、チーズの製法にとても驚いておられました」

 彼女の話では、実際に牛乳からチーズを作ってみせたという。


「閣下には会えなかったのかい?」

「子爵様は、王都へご出向中のようで……でも子爵夫人は、女の私達がやってる商店への嫌がらせを卑劣だと、とても憤慨しておられました」

 この点では、同じ女性である子爵夫人に相手をしてもらって良かったかもしれない。


「それで、ご威光を示していただけると?」

「ええ、あのソガラムという商人は以前にも騒ぎを起こしていたようで……」

「なるほど、常習犯だったか」

「そうみたいです」

 そうか、バイオレンスルートに突入しないで良かったな。


「なにはともあれ、平和的に丸く収まりそうだな」

「全てケンイチのお陰ですわ。ありがとうございます」

「プリムラの店が儲かれば俺にも金がはいってくるわけだし、それに――妻の店のために何かするのは、夫として当然だろう」

「……はい」

 プリムラは、ミートボールを食べ、モジモジしながら赤くなっている。


「む~」

 それを見た、アネモネがむくれているのだが……しかし、これで彼女の店が再開出来そうだな。

 店が動き出せば、サンタンカの村で干物を作る話も進む事になるだろう。


 だが、排他的なあの村の住人が、よそ者の話を聞くかな?

 そこらへんは、プリムラに任せるしかない。


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