54話 異世界茶碗蒸しを食おう
――次の日。
洞窟の水晶も掘れたので、蜘蛛をギルドへ持ち込んでみるかな……と思ったのだが。
あれだけの大物を持ち込むと、あれこれと詮索をされそうだ。牙熊の時でさえ、ギルドの職員にあれこれと質問されたからな。
とりあえず、金に困っているわけでもないし、こいつの肉が食えるとも思えん。それに殺虫剤も掛けてしまったし……。
当分は、アイテムBOXの肥やしでいいだろう。
普通に朝飯を食ってから、アネモネは獣人達と崖の上に薬草や食材を採取にいくようだ。
プリムラの店はしばらく休業状態なので、部屋で帳簿の整理をすると言う。
彼女の店に嫌がらせをしている連中の対策も練らないとだめなのだが、良い手を思いつかない。
なるべく、バイオレンスルートは回避したい。ここは暮らすのには良い場所だからな。騒ぎを起こして、ここを離れるのは避けたいのだ。
――といいつつ、クロトン一家を救うために大立ち回りをしてしまったのだが。
良い手が思いつかないのに、あまり悩んでも仕方ない……俺は蜘蛛の卵を使って茶碗蒸しに挑戦してみるか。
プリムラが部屋で机を出して帳簿の整理をしているので、俺は外で料理をする事にした。
「お~い、クロ助。旦那が、また変な料理を作ってるぞ」
「放っておけばよいにゃ」
「えらい言われようだな。絶対に美味いのに……アネモネは蜘蛛の卵使った調味料は美味かったろ?」
「うん! 美味しかったよ」
獣人2人は、顔を見合わせて、「うぇ~っ」――という顔をしている。まったく食わず嫌いだな。
なんでも、とりあえず食ってみるという、日本人の爪の垢でも煎じて飲めっちゅーの。
まぁ、俺は我が道を行こう。
アネモネと獣人達は、崖の前の足場を登って、崖の上へ向かった。ベルも一緒に付いていくらしい。
先ずは、ボウルに残っている蜘蛛の卵をアイテムBOXから出す。
ボウルをもう一つだして出汁を作る。いつも使っているダシの素と、ノビキノコを煮た汁を混ぜて出汁が完成。
そこに、蜘蛛の卵を適量入れる。普通の卵は混ぜる必要があるが、こいつは黄身も白身もないから、このまま使えるってわけだ。
一見、生クリームみたいな、とろみがある白い液体だ。そして砂糖を入れる。
ウチの地元の茶碗蒸しは甘いのだ。砂糖がデフォで入っているのが普通。
そして具だな。ウチの茶碗蒸しを思い浮かべて、何が入っていたか思い出す。
「う~ん――鶏肉と栗、そしてカマボコだな。三つ葉はどうしようか――少々癖がある野菜だから、今回は止めておくか」
三つ葉は子供の頃は嫌いだったんだが、大人になるとああいう癖がある物が好きになるよな。
ピーマンとか人参も、子供が嫌いな野菜だが、大人になると美味さが解る。人参はたまに臭いのがあるから、あれは嫌われても仕方ないと思う。
甘くて美味い人参は、本当に美味いのだが……。
普通の茶碗蒸しは銀杏が入っているようだが、ウチの茶碗蒸しには栗が入っていた。
近くにイチョウが生えていないので、代用品として入れているのかもしれないが――その本当の理由は謎だ。
理由を聞いたこともないし、疑問に思った事もないからな。そのせいもあって、甘い茶碗蒸しに拍車をかけている。
さてさて、蜘蛛の卵が食えない子達に、無理矢理食わすのも仲間はずれも可哀想だからなぁ――普通の卵バージョンも作ってやるか。
アイテムBOXから普通の卵を取り出して、同じ作り方で茶碗蒸しの出汁を作る。
そして、茶碗蒸しといえば、やっぱりあの蓋のついた茶碗だろう。
シャングリ・ラを検索すると波文様の茶碗が売っている――1個1000円だ。W○fiのマークみたいなやつな。
もっと安い物があるのだが、こいつの文様が気に入ったので、購入することにした。
具材もシャングリ・ラで購入して、適当な大きさにカット。栗は甘露煮を使う――一瓶1000円。
鳥肉はミャレーとニャメナが採ってきてくれたものが、アイテムBOXに入っている。
栗を始めとした数々の具材を茶碗の中へ敷き詰め、そこへ卵を溶いた出汁を流し込むと、蒸し準備完了だ。
茶碗蒸しというぐらいだから、蒸さなければならない。それには蒸し器が必要。
ステンレス製とアルマイトの物があるが、アルミはこの世界では危険なので、ステンレス製にするか……2500円だ。
「ポチッとな」
ガシャン! ――という音と共に、2段重ねの蓋付きの鍋が落ちてくる。
アイテムBOXからカセットコンロを出して、蒸し器の一段目に水を入れ、2段目には出汁が入った茶碗を5つ並べる。
森から拾ってきた松の葉っぱを刺して、こいつが茶色になれば、蒸しあがりだ。
蒸し器から、白い湯気が立ち昇る。
料理をしていると、家からプリムラがやって来た。
「何の料理をしているのですか?」
「君らが眉をひそめている、蜘蛛の卵料理だよ」
「……うっ」
プリムラが露骨に嫌そうな顔をする。
「まぁ、そんな顔をするのを予想していたので、君たちの分は普通の卵を使っているから」
「もう、意地悪ですわ」
「はは――まぁ、無理をして食べさせるつもりはないよ」
「ケンイチのアイテムBOXには美味しい食べ物が沢山入っておりますのに、何故蜘蛛の卵などを……」
「何故って言われると――美味しいから――としか答えようがないな」
彼女とそんな話をしていると、茶碗蒸しに刺した松の葉っぱが茶色になった――蒸しあがりだ。
「あちち!」
蓋の熱さに、思わず放り投げて自分の耳たぶを掴む。
せっかく、お湯が沸いているんだ、他に何か蒸し料理を作るか……何がいいだろうか。
う~ん、蒸し物か…………肉まん? そうだ、肉まんはどうだろう。
早速、シャングリ・ラで肉まんを検索してみる。有名メーカーの肉まんピザまん12個セットが2300円で売っているな。
こいつでいいか。
「ポチッとな」
透明な袋に包まれて落ちてきた、中華まんセットを拾い上げると、シャングリ・ラから鍋つかみを買う。
綿が入った手袋みたいなやつだ。
「ケンイチ、それは鍋つかみですよね?」
「似たような物が、ダリアにもあったろ?」
「確かにありましたが、そんな見事な物は……」
シャングリ・ラでは、一番安物ではあるが、これと同じような物を街で作ろうとすれば、数万円が掛かってしまう。
一般の家庭では、そんな高価な物は使えないって事だ。
「これは、防寒具としても使えるぞ」
熱さを防げるなら、寒さも防げる。実際、俺の地元には鍋つかみのような綿入りの防寒具があった。
市販の手袋に押されて、既に廃れてしまったが、亡き祖母がよく作ってくれたのを思い出す。
鍋つかみを嵌めると、完成した茶碗蒸しを外に出して、蒸し器の中へ中華まんを並べていく。
昼飯には少々時間が早いと思うのだが、蒸しあがったらアイテムBOXの中へ入れておけば、いつでもアツアツが食える。
5人で2個ずつあれば足りるだろう。
「この料理は、冷えてもいいのですか?」
「ああ、大丈夫だ」
茶碗蒸しって普通、冷えているよな? 普通は冷やして食う物ではないだろうか。
「このカップも変わっていますが素晴らしい文様ですわ。正確にぐるりと全てが繋がっているように描かれていて、とても見事です」
「これは、海の波を表しているんだよ」
「まぁ」
プリムラは茶碗蒸しが入った茶碗を、掲げるようにして隅々まで見ている。
それは手描きじゃなくて、プリントなんだけど――そんな事を言っても解らないか。
中華まんは15分程蒸して完成。そのままアイテムBOXへ直行する。
だが、5人で2つずつなら10個で2つ余る。残り2つを俺とプリムラでつまみ食いする事にした。
包丁で半分にして、肉まんとピザまんそれぞれを半分ずつ食べる。
「あつ、あつ! すごく柔らかくて、中に肉料理が――」
「まぁ、既成品ならこんなもんか」
コンビニで売っている、あの味だ。
「あの、こっちは……もしかしてチーズですか?」
「ダリアにもチーズがあったのか」
「ええ、凄い高価なのですけど……製法が不明なので、一部でしか作られていません」
「チーズなら――」
シャングリ・ラから、400円ぐらいのおつまみチーズを買って、プリムラに食べさせてみる。
「え? 食べても、いいのですか?」
「もちろん」
「ああ……」
プリムラは、ピザまんとチーズを一緒に食べて、恍惚の表情を浮かべている。
それほど美味くはないと思うんだがなぁ……。
もしかして、チーズを固める時に使う、レンネットもシャングリ・ラで売っているとか?
すかさず、検索してみると――売ってる! 本当に何でも売っているな。3gで1500円ぐらいらしい。
説明を読むと、1gで50Lの牛乳を凝固出来るらしい。すげぇ! 早速、購入する。
「プリムラ、この薬を使って、チーズを作れるぞ」
「え?」
「薬の製法は秘密な」
「あの! ぜひ作ってみたいのですが、いいですか?」
「ああ、いいよ」
なんだ、プリムラのチーズに対する食い付きが凄いな。そんなに、チーズが好きなんだろうか?
買ったレンネットに、チーズの作り方が載っていたので、プリムラと一緒に作ってみる事になった。
アネモネと獣人達は、まだ帰ってはこないし、時間は十分にある。
先ずは、シャングリ・ラで道具と牛乳を買う。最初にレンネットの重さを測る、精密秤が必要だ。
デジタル秤が安いのだが、昔懐かしい上皿天秤が売っていたので買ってみた――2000円だ。
小学校の理科の実験とかで使ったな。重りがついていないようなので、重りのセットを別途購入する――1800円。
1gで50Lを凝固出来るって事はだ、0.1gで5Lか。上皿天秤でレンネット0.1gを測る。
「なになに……まずは牛乳を加熱して消毒して、冷やします――か」
そして、レンネットを加えて凝固させ、湯煎しながら小さく千切って、ホエーを取り除く……えらい手間だな。
最後にまとめたら、塩水に1時間浸けた後、1晩寝かせて完成。
「手間が掛かる物なのですね!」
「チーズの作り方には色々と種類があるから、これが正解ってわけでもないんだ」
「やっぱり、ケンイチは賢者様です!」
プリムラの俺を見つめる目がキラキラしてて、眩しい。宝石等を売った時より、きらめいていないか?
そんなにチーズがジャストミートしたのか。
「そんなにチーズが好きなら、もっと簡単な方法があるよ」
「えっ?!」
牛乳を2L程ボウルに空けて、そこにリンゴ酢を入れる。リンゴ酢は街の市場では売っていないが、リンカー酢なら購入可能だ。
同じように使えるだろう。かき混ぜると、すぐに塊が出来てくる。
こいつを集めてガーゼで濾し、水分を適当に絞ってから塩を振れば完成。
所謂、カッテージチーズ。
「はぁぁ~これも美味しいです。そして、とても新鮮……」
プリムラは行儀悪く、指でカッテージチーズを掬うと、舌でペロペロしている。まるで子供のようだ。
「そりゃ、今出来たばっかりだからな」
2人でカッテージチーズの味見をしていると、アネモネと獣人達が狩りから戻ってきた。
「何を食べてるにゃ?」
「こりゃ、チーズの匂いじゃないか?」
「そうだ、試しに作ってみた」
「ちょっと待ってくれ、旦那! チーズの作り方を知っているのかい?」
「まぁな」
「……旦那って、もしかして神様か何かなのかい?」
賢者から神様にレベルアップか。そのぐらい、この世界ではチーズは高級品らしい。まぁ、貴族の食べ物ってことになる。
「私は、最初に会った時から、ケンイチは神様だって思ってたよ」
アネモネが、カッテージチーズを指で舐めながら、そんな事を言う。
「なんで俺が神様なんだ?」
「毎日、神様にお願いしてたの! 美味しい物がお腹いっぱい食べれますようにって」
「ああ――それで、毎日美味しい物を食べさせてくれる俺が、神様だってか?」
「うん!」
もしかしてそれが、アネモネが俺についてきた理由なのかな?
「あのな――神様ってのは、何人にも平等なんだよ。君たちが家族だからって美味しい物を食べさせてたら、そりゃえこひいきじゃないか」
「けど、神様を拝んでいる連中は、毎日拝めば神様が救ってくれると思ってるぜ」
「神様の前では、金持ちも貧乏人も関係ないからな。毎日拝んでいるからって助けたら、それもえこひいきだろ?」
「「う~ん」」
獣人にはちょっと、難しいのだろうか? ミャレーとニャメナは2人で腕を組んでいる。
「だからさ、俺は神様じゃないぞ、ははは」
チーズだけでは食事にならないので、さっき作った茶碗蒸しと肉まんピザまんも、アイテムBOXから出した。
「おおっ! このパンみたいの、柔らかくてうめぇ!」
「中に肉が入っているにゃー! 何か、肉の匂いがしてたけど、これだったにゃ」
アネモネはスプーンで茶碗蒸しを食べているのだが、口を開けたまま固まっている。
「アネモネ、あまり美味しくないか? 蜘蛛の卵で作った料理なんだが……」
「ううん! 甘くて、とても美味しいよ! プルプルで柔らかくて、こんなの初めて食べた! 色々な物が入っているし、この甘いのは木の実?」
「そう、木の実を甘く煮た物だな。そっちの白いのは、魚の切り身をすり潰して、蒸した物」
「やっぱり、ケンイチは神様なんだ……」
「なんでそうなる」
「だって、お肉、魚、木の実、卵……この世界の物が、この中にみんな入ってる」
「それでか? プリムラも食べてみろ、君のは普通の卵で作っているから大丈夫だぞ」
蜘蛛の卵は黄身と白身が分かれていないので、卵の黄身の濃厚さには劣るが、とてもクリーミィな味わいだ。
茶碗蒸しにするなら、蜘蛛の卵の方が美味いと思う。
「まぁ、甘くて滑らか――こんな食感のは初めて。これは貴族の間でも大流行しそうな料理ですわ」
「しかし、これは蒸し料理だからな。手間が掛かる。煮たり焼いたりする方が簡単だ」
「貴族なら、美食には手間暇は惜しみませんから。心配無用です」
肉まんピザまん、そしてチーズ。茶碗蒸しも皆にとても好評だった。
さて、昼飯も食ったし、午後から何をしようか。
せっかくコ○ツさんを買ったのだから、崖に残っている薔薇輝石を掘り出そうか。
あのパワーなら、電動ハンマでは無理な場所まで掘削出来るだろう。
崖の近くで、コ○ツさんを召喚して、アームを伸ばしてみる。高さが少々足りない。それに作業をするなら余裕もほしい。
――という事は、重機を使って掘削をするためには、2m程盛り土をしなくてはダメだな。
そのためには、足場が邪魔になるので、位置をずらさなくてはいけない。
足場をアイテムBOXへ一旦収納すると、位置をずらして再び設置した。こんな事もアイテムBOXがあれば簡単に出来る。
その後、コ○ツさんを使って、盛り土を行う。
「旦那~! 今度は何をするんだい?」
「この召喚獣を使って、崖に残っている鉱石を掘り出そうと思ってな。そうすりゃ、いっぱい掘れるだろう」
「はいはい、好きにやってくれ。それじゃ、俺達はまた狩りにいくよ」
「気をつけてな」
狩りは彼女達に任せて、俺は重機を操る。コ○ツさんの旋回半径を利用して、少々離れた場所を掘り返して土砂を運ぶ。
あまり近くに穴を掘ると、崩れて重機が落ちるかもしれないからな。
「よし、ユ○ボも召喚しよう」
土砂を山盛りにして、ユ○ボの排土板を使って均し、コ○ツさんの重量を使って踏み固めた。
そして、再びアームを振り上げて、崖の上にある鉱脈まで伸ばしてみる。
「うん、十分に届くな」
そんな俺の一人土木工事を黙って佇み、見上げているプリムラ。
何か考え事をしているようだ。
だが、このバケットでは、鉱石は掘る事が出来ない。そういう仕事をするためには、新しいアタッチメントが必要。
それは――油圧ブレーカだ。
油圧の力を使って、杭を打ち込み対象物を粉砕する。解体工事等で、コンクリを砕いたりしているのを見た事があるので、このぐらいの岩ならば、崩せるだろう。
シャングリ・ラを検索すると、この重機用の交換アタッチメントも売っている。勿論、全部中古だ。
交換用の大型油圧ブレーカは一台200万円也。これだけで、小型のユ○ボが買える値段。
「よし、購入!」
地響きを立てて、交換用の油圧ブレーカが落ちてきた。しかし、こいつは数百kgはある。交換は俺一人では無理かな……?
だが、アタッチメントは太い金属ピンで繋がっているだけだ。穴を正確に合わせれば力は必要ないはず……。
先ずは、コ○ツさんのバケットを繋げているピンを、ハンマーで叩いて抜く。上手く穴の位置を合わせると、意外と簡単にデカいピンがするりと抜けた。
続いて、油圧ブレーカの位置を合わせて……だが、こいつが重い!
俺の力では無理なので、ユ○ボを使って押したり引いたりするのだが、ピンの位置が見えないので微調整が上手くいかないのだ。
やはり、パワー自慢の獣人達に手伝ってもらうか。
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夕飯前、獣人達が帰ってきたので、コ○ツさんのアタッチメント交換作業を手伝ってもらう。
彼女達のパワーを使って位置合わせをして、金属ピンを入れる。
最後に油圧の配管を接続すれば、交換完了だ。
「ちょっと試運転してみるか」
コ○ツさんのエンジンを掛けて、右側のコンソールからブレーカーモードを選択。
そして、近くの崖にいくと、ブレーカーの杭を当てる。
「おっしゃ!」
金属が岩を叩く音が響き、次々と大きな破片が岩肌から転げ落ちてくる。
「なんじゃこりゃ! すげぇな! あの鋼鉄の杭は岩も砕くのかよ!」
「にゃー!」
大きな音に獣人達が耳を伏せながら、岩を破砕する様子を見物しているのだが、そのパワーに驚いているようだ。
「よし、大丈夫だな、十分に使える。こいつで明日からガンガン掘るぞ!」
最低でも油圧ブレーカの代金200万円は回収しなくてはいけないが、みたところ石はまだ残っているので、そのぐらいは余裕だと思われる。
だが懸念もある。こいつの燃料タンク容量は400Lあり、1日稼働させると丁度タンクが空になる。
つまり、その燃料代以上の石を採掘しなければならないのだ。