52話 巨大蜘蛛と対決!
――次の日。
洞窟に住む、あのデカい蜘蛛を退治して、水晶を掘り出したい。
あのぐらい巨大な結晶なら、1千万円は超えるんじゃないか? かなり大きな収入だ。
だが、正直に言えば――金を全部プリムラに預けて、その金で彼女に商売をしてもらった方が儲かりそうなのだが。
しかしそれじゃ、ヒモじゃないか。
男として、ヒモでスローライフをしては矜持にかかわる。
「蜘蛛か……」
何か良い物はないかな――出発前に蜘蛛退治に使えそうな物をシャングリ・ラで探す。
簡単なのは火を掛ける事なのだが、あんな狭い所で灯油やガソリンを使ったら、こっちまでヤバい。
そう考えると、アネモネの魔法が不発で良かったか? だが、魔法の火は、すぐに消えるからな。
後は爆薬か? ――作った事はないし作っている時間もない。しかも使えるかどうかも解らん。
それに、使用すれば洞窟が崩れる心配もある。経験豊富そうなニャメナに聞いてみるか。
「ニャメナ、洞窟の中で憤怒の炎ってどうなんだ? 危険じゃないのか?」
「ああ、油を掛けたりすれば危険だけど、魔法の火は直ぐに消えるからね」
洞窟が袋小路ではなく貫通している場合――所謂、煙突効果が起きて焼け死ぬ事もあるらしい。
それに炎が燃え続ければ、酸欠が怖い。
「これなんかどうだろうか?」
シャングリ・ラで良い物を見つけた、効くかどうか解らんが試してみようかと思う。
とりあえず、そいつを20本購入した。1本1000円だ。
「アネモネ、大丈夫なのか? 怖かったら、家に居て良いんだぞ?」
「大丈夫! 頑張る!」
アネモネは、ニャメナに気合を注入されて元気を取り戻したようだ。
何を言ったのか気になるところだが――まぁいいか。
「そうだアネ嬢、女は強くなくっちゃな!」
「うん!」
「皆さん、無理はしないで気をつけて下さいね」
戦闘力が全く無いプリムラは店の帳簿整理のため、お留守番だ。一応、防御のためにボウガンを2丁彼女の下へ置いていく。
「はは、無理をしなければ、シャガを倒して君を助けられなかったし」
「そうですが……」
「お嬢から聞いたけど、悪名高き野盗のシャガを討伐したのって旦那なんだってな」
「それは、街の奴等には言わないでくれよ」
「解ってるよ。でも、その討伐をした凄い魔導師って奴が、ダリアから逃げ出したって噂は聞いたけど、それが旦那の事だったなんて……」
「面倒な事になりそうだったんでな」
「それで、お嬢を置いて逃げたのかい?」
「うぐ……まぁ、それがなんだ……」
「私など、ケンイチからすれば、そこら辺に転がる石ころに過ぎなかった――という事です」
プリムラの冷たい視線が俺に突き刺さる。やっぱり未だに恨んでいるようだ。
「そうじゃないんだけどなぁ」
「旦那ぁ――お嬢みたいな良い女は滅多にいないぜ?」
「それは解ってる」
それはひとまず置き――。
元気が出たアネモネをオフロードバイクのリアシートに乗せて、出発だ。
硬くなった湖の水際を水しぶきを上げて走る。当然淡水だからな、錆びる事もない。
こんな事を海沿いでやったら、洗車をしないと大変な事になってしまう。
バイクは最高速で時速60㎞程出ているのだが、それでも獣人達は並走している――彼女達のスピードに舌を巻く。
10分程で、ピンク色の印を付けた木が見えてきた。
「その魔法で動くドライジーネは、すごい速さで走るんだな」
「まぁな、お前らも速いな」
「短時間なら、もうちょっと速く走れるぜ」
――それじゃ、最高速は時速80㎞ぐらいか?
ニャメナが、印を付けた木に気がついたようだ。
「あの変な色の印は、旦那が付けたのか?」
「解りやすいだろ? このまま真っ直ぐに森に入って崖へ向かえば、洞窟の正面に出るはずだ」
そのままハンドルを右に切ると、獣人達を引き連れて森の中へバイクを入れる。
しばらく暗い森の中を進むと、黒い裂け目が見えてきた。
「あれか……結構高さがあるな」
「だが、奥のほうは狭くなってるぞ」
「それでも、突然広い場所が広がっていて、そこが巣になってたりするんだ」
住み着くのは洞窟蜘蛛だけではなく、牙熊や他の魔物も同様だと言う。
「それじゃ魔物を退治しても、しばらくすれば他の魔物が巣にしている事もあるわけか」
「それはあるぜ。けどよ、大物の魔物狩りなんて滅多に行われないんだ。なぜだか解るかい?」
「――大きすぎるのか? 運んだりするのが大変だろう」
「その通りさ」
大型の魔物を運ぶには馬車が必要だが、森の中では車輪が埋まってしまい馬車は入る事が不可能だ。
木の伐採や運搬用に幅広車輪が装着された大型の馬車もあるのだが、森を切り開いて道を作らねば運用出来ない。
大体、運んでいる間に魔物が腐ってしまう。
解体するのにも人手がいるし、保存するためには冷却系の魔法が使える魔導師を雇う必要がある――等々。
その場で解体して素材を運べるのも獲物のほんの一部だけ。命がけで魔物を仕留めても全く割に合わないらしい。
それこそ、アイテムBOXが必要なのだ。
頭にLEDヘッドライトを付けた獣人達が先頭――俺が真ん中、そしてヘルメットを被ったアネモネが殿だ。
アネモネのヘルメットにも、LEDヘッドライトを取り付けた。とにかく、この洞窟の中は真っ暗なのだ。
ふと気が付くと、いつの間にかベルが、またパーティーに加わっていた。狩りだと皆の雰囲気で解るのだろうか?
その隊列で洞窟を進み、大蜘蛛に襲われた所までやって来た。
「こりゃ、すげぇな。魔法の光かよ。旦那、マジで何でも持っているな」
ニャメナの頭から照射された青い光に照らしだされる水晶の結晶と青い発電機。
「ここだ!」
「そうだにゃ! 焚き火の跡もあるにゃ」
放置したままの発電機と電動ハンマが、そのまま転がっている。
発電機はエンジンを掛けっぱなしだったので、燃料切れを起こして、そのまま停止していた。
俺が召喚したバリケードは少々崩れており、一緒について来ていたベルが、バリケードに付けられた臭いを嗅いでいる。
尖った丸太の先には魔物の破片や毛らしき物がこびりついているのだ。
「障害物を越えようとして引っ掛けたな。どうする? ここで迎え撃つか?」
「いいぜ、この障害物は、このまま使えそうだしな。どうやって誘き出すんだ?」
「俺が魔道具を動かしたら、やって来たので、また動かせばいいんじゃないのか?」
「よし! 旦那、そいつをやってみてくれ」
「アネモネいいか?」
「大丈夫だよな?! アネ嬢!」
「うん!」
アネモネの気合も十分なようだ。
「アネモネ、狭い洞窟の中だからな。魔法の威力を増す、あの金属は使わないでくれよ」
「わかった」
俺は、アイテムBOXからシャングリ・ラで買った新兵器を取り出した。
買った物――それは、黄色い缶に入ったバズーカみたいな殺虫剤だ。
これなら12mは飛んで、バリケードの向こうにも十分に届く。本来は蜂用の殺虫剤だが、成分にはピレスロイドと書いてある。
同様に、蜘蛛用の殺虫剤にも同じ薬剤が書いてあったので、こいつも蜘蛛に効くだろう――と思う。
「この武器を使ってくれ。こうやって手でもって、弩弓みたいに構えて引き金を引くと毒が発射される」
「本当かよ!」
ニャメナが、バリケードの向こうに狙いを定めて、引き金を引くと白い霧が勢い良く暗闇の中に飛んでいく。
「こりゃ、すげぇぇ!」
「にゃにゃ!」
「こらこら、あまり使うな、直ぐに薬剤がなくなるからな。洞窟蜘蛛に効くかどうかは解らんが」
「こうなりゃ、何でも使ってみようぜ」
そうと決まれば作戦開始だ。
蜘蛛を誘き寄せるために、発電機にガソリンを入れてスターターを押す。
発電機が回り始めたので、そのまま電動ハンマを使って水晶を掘り始めた。
けたたましい騒音と、岩肌を伝わる振動。前も掘削をし始めたら、すぐに蜘蛛がやって来たからな。
「ひゃぁ! こいつは煩ぇ! こんなにデカい音がするんじゃ、近くまで蜘蛛がやって来ないと解らねぇぞ!」
「どうせ、近くまでこないと何も出来ないにゃ!」
「そりゃ、そうだけどよ……」
しばらく、岩肌を電動ハンマで叩いていると、奥から奴がやって来たらしい。
「ケンイチ、来たにゃ!」
「マジで来やがったぜ!」
「シャーッ!」
ベルが激しく暗闇へ向かって威嚇をする。
俺は、すぐに発電機のエンジンを切った。またガス欠になったら、ガソリンが勿体ない。
暗闇の中に浮かび上がる、針金のような毛が生え、折りたたまれた白く長い脚。
そして、青く輝く目玉の1つには、ミャレーが放った矢が突き刺さっていた。
「俺たちを襲ったのと同じ奴だ!」
「こいつか!」
「にゃ!」
「毒だ! 毒を使え!」
皆で黄色い缶のバズーカを構えて、一斉に薬剤を噴射した。
「隙間だ! 甲殻の隙間を狙え!」
30秒程で空になった缶を捨てて次々と缶を噴射。薬剤を蜘蛛の化け物に浴びせかける。
「ギィィィィ!!」
大蜘蛛は悲鳴を上げると左右の岩肌に衝突を繰り返し、洞窟内にその揺れが伝わる。
「アネモネいけるか? 憤怒の炎だ!」
「うん!」
俺達は急いで、蜘蛛と距離をとった。近くでは魔法に巻き込まれるか、酸欠になる可能性がある。
「ぬ~! 憤怒の炎!!」
彼女の前に展開した炎の弾が、バリケードを越えて大蜘蛛に衝突すると、巨大な炎となって天井まで吹き上がった。
熱せられて膨張する空気の塊が俺達を襲う。
しかし今回は、魔法の威力を増すアルミ板は使っていないはずなのだが、少々威力がデカい。
もしかして、俺達が撒いた殺虫剤に引火したのかもしれない。
「あちち!」
「すげぇぇ!」
「にゃー!」
炎がなくなった洞窟の奥に目を凝らす。
「ギィィィィ!!」
殺虫剤が効いたのか、それともアネモネの魔法が効いたのか――。
戦意を喪失した敵は、そのまま後退りするようにフラフラと闇の中へ消えていった。
「アネモネ、やったな!」
「すげぇぞ! アネ嬢!」
「にゃにゃ!」
「うん!」
「にゃー」
ガッツポーズをしているアネモネに、ベルが黒い身体を擦り付ける。
アネモネは、しゃがみ込むとベルの身体に抱きついた。やはり、内心は凄く怖かったのかもしれない。
「でも、丸焦げになるかと思ったが魔法があまり効いてなかったな……」
「魔物は、魔法にある程度耐性があるにゃ」
「だから、ああいう殻を鎧に使えば、魔法よけになるんだよ」
「へぇ~」
喜ぶのはまだ早い、それでどうするか?
「毒は効いていたようだぞ?」
「そうみたいだったな、旦那」
「うにゃー」
「毒はまだあるのかい?」
「あるぞ」
とりあえず更に20本追加注文して、落ちてきた殺虫剤をアイテムBOXの中へ入れた。
「こりゃ、やるしかねぇ」
「にゃー!」
「そうか、やるのか」
「おー!」
苦難を乗り越えた、アネモネもやる気満々だ。ここで追撃して敵を倒させ自信を付けさせた方が良いかもしれない。
「よし、バリケード収納!」
三角形に積まれたバリケードを4基、アイテムBOXへ収納。少し魔法で焦げたようだが、まだ使える。
その後、俺達は闇の中へ更に脚を進めたが、5分程歩いた所で目の前の道がなくなっている。高さ2m程の崖だ。
飛び降りてもいいが、暗いので足元が不安だし怪我でもすると面倒だ。アイテムBOXからアルミの脚立を出すと下に降ろした。
下に降りてから数分でポッカリと空いた広い空間に出る――まるで大広間のような場所だ。
上を見れば5m以上の高さがあるようだが、暗い中なので正確な高さは不明。
天井の一部に穴が開いていて、上に繋がっているように見えるが、ここからでは確認出来ない。
アイテムBOXからレーザー距離計を出して天井の高さを計ってみる――7mらしい。
真っ暗なので、イマイチ状況が掴めない……頭についているライトでは照射範囲が狭すぎるのだ。
広間の中心近くまで行くと――俺はシャングリ・ラから、LED投光機を購入した。50wで防水仕様らしい。
ついでに、モバイルバッテリーもアイテムBOXから取り出して、投光機を接続。
暗い洞窟内に、直視出来ないような明るさの真っ直ぐな光の筋が伸び辺りを照らす。暗い海の闇を裂く灯台のように――。
「あそこにいるぞ!」
広間の端――俺達が殺虫剤を掛けた洞窟蜘蛛が瀕死になり、巨大な岩の前で懸命に身体中を脚で擦り、変則的な動きを繰り返している。
それは殺虫剤を掛けた虫が、でたらめな動きをするのに似ていて断末魔なのだろう。
「トドメを刺すか?」
「おう!」
その大蜘蛛に近づこうとした瞬間、奥にあった巨大な岩が動いた。
「おわっ! なんだこりゃ?!」
「旦那! これって!」
「ふぎゃー!」
「あー!」
投光機の白い光に照らし出されたのは巨大な白い蜘蛛。俺たちが戦っていた蜘蛛より倍以上デカい。
小さい方と明確に違うのは目が赤いところか。そのデカくて赤い目が俺たちに狙いを定めているように見える。
「旦那! こりゃ、メスだ!」
ニャメナが叫んだ。
「メス? メスの方がデカいのか? それに、あんなデカさじゃ通路を通れないぞ?」
「だから、オスが狩りをして、メスを食わせていたんだよ」
それじゃ、そのオスを瀕死にしてしまったら、あのメスはここで餓死するしかないって事か。
小さい時に、この洞窟へ入り込み、オスに食わせてもらってここまで大型化したのか。
「おい! 逃げるぞ! 餌を運んでいるオスが死んだら、あのメスは直ぐに死ぬだろ」
「そりゃそうだ!」
「にゃー!」
俺達が踵を返そうとした刹那――巨大なメス蜘蛛は、瀕死に喘いでいたオス蜘蛛を長い脚で弾き飛ばすと、俺達の後方へ回り込んだ。
「あ! クソッ!」
「飯係のオスを殺られて、怒ってるのかね?」
「そんなところだろ」
「ウチ等を殺しても、どうせ死ぬにゃ」
「畜生に、そんな理屈は通用しないだろ」
死なば諸共かもしれないが――ニャメナの言う通り、飯係のオスを殺られて怒っているだけだろうな。
俺は、アイテムBOXから再び殺虫剤を取り出した。
「バリケード召喚!」
俺は手持ちの丸太バリケードを全部前方に並べた。
すると、一緒について来ていたベルが、バリケードを飛び越えて、真っ先に大蜘蛛へ攻撃を仕掛けた。
蜘蛛の繰り出す巨大な爪を華麗に躱すと、脚の上を走り赤い目へ爪を立てた。
「ギィィ!」
だが、彼女の爪じゃこの硬い甲殻には歯が立たないだろう。
やはり俺達の出番だ。
「俺が、この明かりで目潰しを掛けるから、お前等は毒を吹き付けろ!」
「あいよ!」
「にゃ!」
森猫が離れたのを確認すると――LEDの刺すような光が向けられて巨大な蜘蛛の赤い目を潰す。
「ギィィ!」
オスの声に似ているが、かなり低い叫びが広間に反射してエコーが掛かっているように聞こえるのだ。
しかし、明かりに怯んでいる今がチャンスだ。
「今だ!」
ミャレーとニャメナが放ったバズーカ殺虫剤が巨大な蜘蛛に吹き付けられる。
「ギギギィィ!」
「よし! イケイケ! アネモネ、魔法を撃てるか?!」
「む~! 憤怒の炎!!」
彼女の前に集まっていた炎の弾が、一直線に白い山へ向かって弾けると、巨大な火柱に変わった。
その炎は広間の天井まで吹き上がり岩肌を焦がす。
「ギギギィィ!」
だが、メス蜘蛛は炎に包まれながらも動かない。
それに余り効いていないように見えるのだ。獣人達が言うように、魔法に耐性があるに違いない。
それにしても何故動かないのか?
俺達も蜘蛛が向かってきたら爆竹を投げつけ、その横をすり抜けて通路へ逃げ込む算段をしていたのだが、その目論見は今のところ外れている。
「何故動かない?」
「旦那、こいつはもしかして、このまま通路を塞いで心中するつもりなんじゃ?」
巨大な蜘蛛の尻がスッポリと嵌っているので、こいつをどかすのは一苦労だろう。
甲殻に穴を開けるにしても、矢も刺さらないぐらい硬質な皮だしな。
デカいので、殺虫剤もあまり効いていないようにも見える。
「ああ~クソぉ! やっぱり死なば諸共かよ! 根性糞色だぜ、こいつは!」
「旦那! どうする?」
「こいつが死ぬのを待てばいいにゃ」
「餓死するまで3~4日待つのか? 虫は冬眠する奴もいるぞ? そうなりゃ数ヶ月は掛かる」
「旦那、こんな所で寝泊まりなんて俺は嫌だよ!」
俺だって嫌だ――プリムラも心配するだろうしな。
それに疲れて寝た瞬間に、奴が襲い掛かってくるだろう。いや、それが狙いか?
くそ……更に、100本ぐらい殺虫剤をぶっかければ死ぬかもしれないが……。
「このクソ野郎~! チート持ちを舐めるなよ!」
こいつはメスなので野郎ではないのだが、そんな事はどうでもいい――俺はシャングリ・ラで中古の大型重機を検索した。
よっしゃ! これだ!
「やってこいこい、コ○ツさん! 総排気量6690cc157馬力――950万円! ポチッとな!」
俺の目の前に巨大な黄色い車体が地響きを立てて現れた。
コ○ツさんは巨大構造物等の工事現場で活躍する、頼れる憎いナイス・ガイだ。
でも、コ○ツさんの前で、ユ○ボと連呼しちゃいけないよ。機嫌が悪くなるからな。これは男の約束だ。
「おい、お前等! 危ないから、この明かりを持って広間の隅へ行ってろ!」
俺は蜘蛛の前に設置していたバリケードを収納した。
突然現れた鉄の化け物に、ニャメナが驚いて腰を抜かしているのが見える。
だが、アネモネが俺と一緒にコ○ツさんに乗り込んできた。
「ミャレー達と一緒にいろ!」
「や!」
ミャレーがLED投光機を抱えて、大蜘蛛に光を当て続けるのを引き受けてくれた。
アネモネが一緒のままだが、やむを得ない。ミャレーに引っ張られているニャメナを確認すると――ガラスに覆われたコクピットへ乗り込み右側のコンソールにある始動スイッチを回す。
大きな振動と共に、ディーゼルエンジンが始動した――燃料はOK。
右手前に点灯したコンソールの中からパワーモードを選択。
「え~と」
探したが、ヘッドライトは装着されていないようだ――仕方ない。
だが、ミャレーが投光機で照らしてくれているので、敵は見える。
「この下等生物が! 文明の利器を思い知らせてやるぜ!」
フットバーを踏んで前方へ重機を移動させながら、車体を右に振る。
「コ○ツスイング!」
車体を左へ旋回させると、巨大な鋼鉄のバケットが白い大蜘蛛を直撃――除夜の鐘のような大音響が岩の広間に鳴り響き、魔物は塞いでいた通路から吹っ飛ばされた。
「ははは! コ○ツアタック!」
広間の天井まで振り上げられた鋼鉄のバケットが大蜘蛛に振り下ろされる。
だが、それを躱したメス蜘蛛が、コ○ツさんのアームに取り付いた。
右のディスプレイに何か表示されてブザーが鳴る。アームに重たい物が乗っているので、荷重の警告だろう。
「畜生の分際で猪口才な! あ~くそ! アームが動かない!」
メス蜘蛛の重量がありすぎて、アームがびくともしない。それどころか、アームを持ち上げようとすると、車体のケツが浮かんでしまう。
「くそったれ!」
俺は両足でペダルを踏み込むと、アームにしがみついた巨大なメス蜘蛛を壁にそのまま押し付けた。
何かの警告音が鳴りっぱなしだが、構ってられない。
「ギィィ!」
「オラオラ!」
軋む車体とアーム。ディーゼル機関の重低音と共に、金属製のカタピラが岩を擦る音が響き、暗闇に火花が散る。
俺は更にペダルを踏み込むと、ガリガリと魔物の硬い甲殻を岩肌に擦りつけた。
岩肌でヤスリがけをされたのか、甲殻の隙間から液体が滴り落ちる。それは人間のそれと似たような赤い体液。
「む~! 憤怒の炎!」
アネモネの魔法が直撃して、滴った体液がジュワジュワと蒸発をし始める――これは、ちょっと効いているように見える。
そして、コ○ツさんとアネモネのコンビネーション攻撃に脚の力が緩み――メス蜘蛛は、しがみつく力を無くしてそのまま地面へ落下。
瀕死になりながら、よろよろと左右にふらついている。
「コ○ツアタック!」
俺のレバー操作によって天高く振り上げられた鋼鉄の爪が、メス蜘蛛へ振り下ろされた。
硬く鋭い鉄の爪が頭部へ食い込むと巨大な身体がひっくり返った。
抉られた損壊箇所からは赤い液体が流れだし――巨大な白い敵は、そのまま動かなくなり沈黙した。
そして長く白い脚が合掌をするように、ゆっくりと身体の中央に集まっていく。
念のために、バケットで蜘蛛を小突いてみるが大丈夫だ――動かない。完全に息絶えたようだ。
「ふう――恐れいったか」
俺は大きく深呼吸した。
くそ、こいつのせいで、また盛大に無駄遣いをしてしまったぞ。まぁ発電機を放置した場所の水晶を掘り出せば、パワーショベル代ぐらいにはなるかもしれないが……。
アームを折りたたみ、エンジンを停止させると重機から降りて、アイテムBOXへ収納する。
難なく黄色い重機は収納されて俺の目の前から消えた。
続いて、白いメス蜘蛛の巨大な躯を収納した。アイテムBOXに入ったって事は完全に死んでるんだろう。
「ちょっと旦那、旦那ぁ!」
ニャメナが慌てて駆け寄ってきた。
「なんだ、ニャメナ」
「あの鉄の化け物はなんなんだよ!」
「あれが、俺の召喚獣だ」
「召喚獣? アレがかい?!」
「ああ」
「ケンイチに逆らうと、あれで八つ裂きにされるにゃ。シャガの連中もそうなったにゃ」
かたかたと震えているニャメナを見る――彼女が、そんなにビビるとは思わなかったな。
「アネモネ、明かりを持ってきてくれ。オス蜘蛛の方も収納しないとな」
「うん!」
「魔法を3発も撃ったが、大丈夫か?」
「ちょっと疲れたけど、大丈夫だよ」
投光機を持って、オスの方も探す。
いた――メスに弾き飛ばされて、広場の壁へ激突して息絶えていた。
メスの食事を運んで尽くしていたのに不憫な奴。そう思うと可哀想な気がする。
オスの蜘蛛もアイテムBOXへ入れて、辺りを見回す――メスが居たあたりに白い壁がある。
触ると、トランポリンみたいに弾力がある布のような……。
「ケンイチ、これは虫糸にゃ。これで編んだ布は魔力を弾くと言われているにゃ」
虫の糸でも蜘蛛の糸でも、総称して虫糸と言うらしい。
「それじゃ、これを服屋に渡して装備を作ってもらえば、魔法の防御ができるって事か?」
「その通りにゃ」
アイテムBOXから脚立を出して、布のような虫糸の白い壁を切り取った。
そして中から現れたのは――丸いサッカーボールぐらいの大きな白いもふもふの玉が5個。
「なんじゃこりゃ?」
「旦那、多分蜘蛛の卵だよ」
「ははぁ~なるほどな。んで、こいつは食えるのか?」
「はぁ? 蜘蛛の卵を食うなんて聞いたことがないよ!」
中々物知りなニャメナもそんな事例を知らないと言う――まぁいいや。とりあえず、アイテムBOXの中へ入れて後で考えよう。
そのまま白い玉はアイテムBOXへ収納された。
あれ? 生き物はアイテムBOXへ入らないと思ったが、卵は平気なのか?
そういえば、シャングリ・ラで買った卵もアイテムBOXへ入れてたなぁ。
それとも、有精卵はダメで無精卵ならOKとか?
まぁ、それは後回しで、いいか。
この広間を調べたが、ここで行き止まりのようだ。
――という事は、このダンジョンは安全になったので、あの水晶がゆっくりと掘れるって事だ。
なるべく綺麗に掘り出して、コ○ツさんの代金を回収しなくては。