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51話 ダンジョン?


 ――夕飯時、プリムラが俺にお願いがあると言う。

彼女が知り合った貴族の女性がカメオを探しているらしい。


「ユーパトリウム子爵夫人という方なのですが、ダリアへやって来た時にアスクレピオス領の貴族に、あの宝飾のブローチを自慢されて大変悔しい思いをしたという事で……」

 宝飾というのは、勿論もちろんカメオの事だ。


「そのために、あれが欲しいと言うのか」

「はい……」

 貴族の見栄張り合戦か――実に下らないが。

 だが貴族の話をし始めた彼女の顔色が、いまいち優れないような気がする。


「ユーパトリウムっていやぁ、お嬢。この領の領主じゃねぇか」

「そうですよ」

「そうですよって……」

「プリムラの実家はダリアのアスクレピオス家とも付き合いがあったからな。アストランティアで走っているドライジーネも彼女の実家マロウ商会で作ってる物だし」

「え~? あれってお嬢の実家で作った物だったのか」

「そうです」

「彼女の家名はドライジーネだからな」

 ニャメナは齧っていた肉を口から落として、大声を上げた。


「ええ~?! そんな家名もある大店のお嬢なのかよ。なんでこんな所で露店とかやってるんだ?」

「なんでだろうなぁ。俺もよく解らんのだが――貴族との婚姻も放り投げてきちゃうし……」

「貴族って――呆れたぜ。お嬢、旦那の事は俺に任せて、ダリアへ戻った方がいいんじゃねぇのか?」

「そうはいきません」

 プリムラがスプーンを止めると、ジロリとニャメナの方を睨む。


「ぎゃー! このトラ公やっぱりケンイチの事を狙ってたにゃ!」

「旦那の相手は俺様の方が似合いって事よ」

「そうはいくかニャー!」

「あ~、お前らうるさい」

 俺はシャングリ・ラでカメオを検索した。色々と並んでいるが――女性の顔が彫られた大型の物を購入してみた。

 カメオではよくあるデザインの物だ。青い石に上品そうな女性の横顔のレリーフが彫られている。

 値段は高い――6万円だ。だが、貴族相手ならすぐに元が取れるだろう。

 こいつを買って貴族仲間を見返してやりたいと思っているなら、多少高くても買うはずだ。

 

 ポチッとな。


「プリムラ、こんなのならあるが」

 俺は、テーブルの上に落ちてきたカメオのブローチをプリムラに手渡した。


「まぁ! 女性の顔が彫られているなんて」

「ほぇ~、まるで生きているみたいだな」

 ニャメナが、プリムラの横からカメオを覗きこんでいる。


「人の顔が彫ってあるのは、意匠的に難しいか?」

「いいえ、この石に彫られている方は、ユーパトリウム子爵夫人によく似ていらっしゃいます」

「おお、それなら――夫人のために特別に作らせましたと言って、金がたっぷりと取れるかもな」

「その通りですわ」

「「うふふふ……」」

「なんかご主人様達が、悪い笑みを浮かべているぞ~」

「いつもの事にゃ」

「まぁ、値付けは君に任せるよ」

「解りました」

 しかし領主の夫人と、もうパイプを作ったとはなぁ。

 まぁ、カメオのブローチ1個ぐらいならいいだろう。


 貴族の事は彼女に任せる事にした。

 う~ん――なんだか、少々プリムラの元気がないのが気になるが……。


 ------◇◇◇------


「なんだって?」

 プリムラ達を街へ送った後――畑仕事をしていた俺に、ミャレーが面白そうな事を言ってきた。


「ダンジョンにゃ!」

「ダンジョン? ダンジョンって地下へ降りる洞窟とかそういうのか?」

「その通りだにゃ」

 彼女の話では、ダンジョンには2種類あるらしい。

 自然に出来た洞窟や風穴に魔物が住み着いたダンジョン。もうひとつは遺跡などの人工物に魔物が住み着いたダンジョンだ。

 人工物のダンジョンの方は、過去の遺物や魔道具、魔導書等が見つかる事が多く、実りも大きい。

 無論ゲームではないので、一度攻略されてしまえば、お宝が再ポップしたりはしないわけだが。

 ただ長い時間を経れば、また魔物が住み着く可能性はある。

 だが、お宝もなく魔物しか住んでいないダンジョンに潜る奴はいないそうだ。


 そりゃ、この世界じゃ経験値もなく、レベルアップして強くなるわけじゃないからな。

 魔物の素材も、それなりに金にはなるが、そんな危険を冒すよりは、お宝を探した方が効率が良いってわけだ。

 彼女の話では、昨日見つけたと言う。


「夕飯の時に、そんな話は出なかったが?」

「そんな話をしたら、あのトラ公も来るじゃにゃいか」

「お前ら、そんな事で張り合うなよ」

「これは獣人同士の問題にゃ」

 だが、ミャレーが気になる事があると言う。


「気になる事?」

「虫の臭いが強いにゃ。多分、デカい虫の巣になってる可能性が強いにゃ」

「虫か……でもとりあえず、行ってみたいな」

「にゃ」

 ミャレーと一緒にダンジョンへ潜る準備をしていたら、アネモネがやって来た。


「私も行くー!」

「遊びに行くんじゃないんだぞ? 魔物がいるかもしれないし」

「ケンイチの冒険を助けるって、私が言ったでしょ!」

 俺と初めて会った時は物言わぬ少女だったが、最近自己主張が強い。


「だが、俺とミャレーがダンジョンに潜ったら、アネモネが家に1人か――どの道危険のような……」

「だから一緒に行く!」

「解った解った」

「わーい!」

 一度怖い思いをしたら、一緒に行くと言わなくなるかもしれない。

 ダンジョンへ潜ると言っても、プリムラを迎えにいかないとダメなので、タイムリミットがある。

 時計を出して、時間を確かめる――遅くても4時頃には迎えにいかないと。


「ミャレー、どのぐらい離れた場所にあるんだ?」

「ここから北へ半時(30分)程の所にある、崖の割れ目にゃ」

「半時ってお前の脚で半時だろ?」

「そうにゃ」

 ――という事は、ここから10㎞ぐらい離れた場所だ。結構奥地だな。


「他のデカい魔物はいないのか?」

「いないにゃ」

 前にも、ミャレーが言っていたが、それはそれでちょっと不自然だな。

 何はともあれ、行ってみて場所だけでも確認してみなくては。

 とりあえず装備を確認して、オフロードバイクを出す。アネモネにヘルメットを被せたら出発準備完了だ。

 殆どの物はアイテムBOXに入っているし、足りなければシャングリ・ラで購入すればいい。

 手ぶらでダンジョン攻略可能だ。


 30分程、森の中を走って目的地へ到着した。

 場所が把握できていれば、湖畔沿いをバイクで走った方が速いかもしれないな。

 目の前には、5m程の崖の裂け目が黒い二等辺三角形を作り、ぽっかりと口を開けている。


「ここか……ミャレーは入ってみたか?」

「ちょっと入ってみたけど、明かりがなかったので直ぐに戻ってきたにゃ」

 夜目が利く獣人でも、月明かりや星明かりすら無い暗闇では何も見えないだろう。

 アイテムBOXから頭に装着するLEDヘッドライトを出す。

 追加で同じ物を買い足した。ミャレーとアネモネの分だ。アネモネにはバイクのヘルメットの上から装着させた。


「頭を岩にぶつけないように、これを中でも被ってな」

 アネモネに被せたヘルメットをコンコンと拳で叩く。


「うん」

 裂け目の入り口は5m程だが、中へいけばどんどん天井が低くなるのだろう。

 入り口に方向探知機の親機を置いて、武器を整えると暗闇の中へ脚を踏み入れる。

 ポケットから方向探知機の子機を出すと、正確に親機の方を指している――こいつは便利だ。

 こんなのはシャングリ・ラでも売ってないからな。

 文明の利器が凄いのは当然だが、魔道具ってやつも負けてはいない――科学で説明出来ない動きをするのだ。

 例えば、電波を使えば科学の力でも方向探知機を作れるが、岩の中や水の中まで正確に方向を示す事は出来ない。

 だが、この魔道具の方向探知機なら、それが可能になるのだ。


「この明かりはいいにゃ! 頭に付けるので両手が使えるにゃ」

 前衛のミャレーはコンパウンドボウを背中に背負って、俺が貸したカットラス刀とポリカーボネート製のバックラーを装備している。

 俺はナイフとクロスボウを、アネモネにもナイフを渡しているが戦闘は無理だろう。

 彼女は後方から魔法を使っての援護だ。


「アネモネ、後ろも見ててくれよ。今のところ一本道だが、分岐があったりしたら、後ろから襲われる可能性があるからな」

「うん……」

 アネモネは流石に怖いようだ。俺の背中にひっついている。


「うぉぉ――超怖えぇぇぇぇ」

 やっぱり暗闇ってのは本能的な怖さがあるな。こればっかりはどうしようもない。

 簡単に体験してみたければ、夜の海や川へ潜ってみればいい。下手な肝試しより怖いので――おすすめは出来ないが。

 足元をチョロチョロとトカゲのような生物が走り回り、明かりから逃げるように闇の中へ消えていく。

 ミャレーのような獣人は夜目が利くので、このような暗闇でも何も感じないらしい。

 魔物の気配があれば、直ぐに解ると言うし――まるで生体レーダーだな。

 それにしても虫の臭いか……。虫は苦手なんだが――デカいGだったりしたらどうしよう。


「ケンイチ、後ろから何か来るにゃ!」

「なに?」

 ヘッドライトで後ろを照らす。すでに入り口の光も見えず真っ黒なのだが――。


「バリケード召喚!」

 俺たちの前に、丸太を組んで作ったバリケードをアイテムBOXから出した。

 尖った丸太の後ろに広がる暗闇に、ライトの光が動く物を捉えたのだが。


「うわぁっ!」

 思わず俺は、クロスボウを構えた。だが、耳に飛び込んできたのは聞き覚えのある鳴き声。


「にゃー」

 何かと思ったら、ベルだよ。森猫がバリケードの横をすり抜けると、長い身体を俺にすり寄せてくる。

 俺たちの後ろをつけてきたのか?


「ふう――脅かすなよ」

 胸を撫で下ろして、バリケードをアイテムBOXへ収納する。


 ――再び、3人と1匹で列を作り、歩き出してから20分程経過。

 慎重に進んでいるので、かなりゆっくりとした足取りだが入り口から1000mぐらいは進んでいるはずだ。

 ずっと一本道、何もない岩肌が続いているだけで変化に乏しい。

 通路の高さも2m程になってきたが幅はそれなりにあるので、窮屈な感じはしない。

 期待外れな感じに、少々がっかりしながら暗闇をLEDで照らすと何かがキラキラと反射してみえる。


「ミャレー、何かあるぞ?」

「本当だにゃ? 何か光ってるにゃ」

 俺達がそこへ行ってみると、1m程のどら焼きのような形に水晶の鉱脈が露出していた。

 LEDの光をキラキラと反射して、洞窟の岩肌に星をまき散らす――まるで、ミラーボールだ。


「おおっ! こりゃ凄い。俺はこれを掘るぞ! お前らは焚き火でもして休んでいろ」

「ふう……怖かったけど何もないね」

「そうだにゃ~」

 ミャレーが火をおこしている間に、ガソリン発電機と電動ハンマをアイテムBOXから取り出し――俺は掘削の準備を始めた。

 アネモネのリクエストで、パンとフルーツ牛乳をアイテムBOXから出す。


 焚き火が岩肌をオレンジ色に染める中で、俺が発電機のスターターのスイッチを押すと身震いするように彼が起動する。

 電動ハンマのプラグを差し込み作業を開始。なるべく大きく取りたいので、結晶の周りから掘り始めた。


 電動ハンマが岩肌を叩く音が洞窟内に反響する。かなりうるさいが止むを得ない。せっかくのお宝だ。

 後ろを見ると、ミャレーが耳を伏せている。獣人は耳が良いからな、これは辛いかもしれない。

 彼女を外に出して俺だけで掘るか……などと、考えていたのだが。

 ――突然、ミャレーが叫んだ。


「ケンイチ! 何か来るにゃ!」

 ミャレーの言葉に電動ハンマを放り投げて、目の前に再度バリケードを召喚した。

 見れば、ベルも牙を剥きだして警戒をしている。こりゃ、マジで何かいる。

 LEDの光にチラチラと白い影が見える――デカい。

 針金のような毛が沢山生えた節が連なる長い脚、頭部らしき所に輝く青い幾つもの目。


「蜘蛛か?」

「洞窟蜘蛛にゃ!」

 体高は2m程だが脚まで含めれば更に大きいだろう。だが洞窟の幅が狭いため、長い脚を折りたたむようにして移動しているようだ。

 虫の臭いってコイツか。


「バリケード召喚!」

 出したバリケードを3角形に並べ、さらにその上に重ねて同じ物を載せる。そして鋭利な丸太の先が蜘蛛に向くようにした。

 突然出現した障害物に大蜘蛛が戸惑っているのを見ながら、クロスボウを構えて――発射。

 だが、硬い表皮に弾かれた。


「ギィィ!」

 蜘蛛の金切り声のような音が洞窟内に反射する。


「ミャレー撃て撃て!」

「にゃー!」

 彼女が放った矢が、幾つも光る大蜘蛛の目の1つに突き刺さった。硬い敵も目玉は弱点――。


「ギィィ!」

「アネモネ! 魔法だ! 憤怒の炎(ファイヤーボール)!」

「あ……あぅ……」

 アネモネは突然の出来事に固まってしまっている。これは、イカン――戦意喪失だ。

 俺はアイテムBOXから爆竹を取り出すと、火を付けて蜘蛛へ向かって投げつけた。

 炸裂する大音響が洞窟内に跳ね返る。そして、もう一発。

 怯む大蜘蛛を見て、俺はアイテムBOXからオフロードバイクを取り出すと、エンジンを掛けた。

 その間、ベルが大蜘蛛を牽制してくれている。


「アネモネ! 乗れ! ミャレー逃げるぞ! 撤退だ!」

「ケンイチの魔道具はどうするにゃ?!」

「後で取りにくりゃいい! アネモネ!」

 だが、俺の呼びかけにも彼女は、まだ固まったままだ。


「ウチが担いで逃げるにゃ!」

「頼む! ベルも行くぞ!」

 俺はバイクのヘッドライトを点灯すると、スロットルを開けて洞窟内を走り始めた。

 森猫がついてきているか心配だが確認している余裕もない。

 だがバイクより、アネモネを担いだ、ミャレーの方が速い。

 前方を照らすヘッドライトが、洞窟内の岩肌を環状に照らして浮かび上がらせ――その凸凹がハンドルを通して俺の手に伝わってくる。

 俺はシートから腰を浮かせて、その振動を受け流すように出口を目指した。

 チラリと後ろを見たが、大蜘蛛が追ってくるような様子はない――ミャレーの背中を追うように数分の後、洞窟内を脱出した。

 

 そのまま洞窟の入り口を離れ、100m程森に入った所で様子を見る事にした。


「追ってくる感じはないな」

「にゃー」

 ベルも無事に脱出して俺の所へやって来た。


「洞窟蜘蛛の狩りなら夜だにゃ」

「あそこを住処にしているのか」

「多分、奥に巣があるにゃ。でも、虫がいるのは解っていたけど、こんな所に洞窟蜘蛛がいるとは思わなかったにゃ」

 デカいハエトリグモみたいな奴だな。


「くそぉ~、あの水晶は掘りたいんだがなぁ」

 あんなにデカい結晶なら、かなりの金額になるはずだ。

 バイクから降りると――まだ、かたかたと震えているアネモネを抱きしめる。


「やっぱり、まだ早かったな」

「まぁ、だれでも初戦は、こんなもんだにゃ」

「ミャレーも、こんな感じだったのか?」

「うにゃ? 初めて牙熊に遭った時は固まったにゃ。にゃはは」

 獣人は物心ついた時から狩りを始めるので、6歳~7歳の時の話らしい。


「ミャレー、俺達はこのまま真っ直ぐ湖畔に出て岸沿いを走って帰るから。そっちのほうが走り易い」

「解ったにゃ」

 しょんぼりしているアネモネをリアシートに乗せると、森を突っ切って湖畔へ到着。

 一旦バイクから降りると――ここが入り口だと解るように、湖畔の木々にピンクのスプレーで印を付けた。

 そして、そのまま左に進路を変えると、滑らかな水辺を水を切って走る。

 砂や小石が水で固まっていて、アスファルトのように走り易い。

 だが、突然大きな石があったりするので、あまりスピードは出さない方が賢明だ。

 10分程で家に到着したが、それから15分程経ってからミャレーが到着した。


 時計を見れば、まだ11時半頃だ。

 家に入ると、俺は昼飯を軽く食べる事にした。

 ミャレーとアネモネは、洞窟の中で軽く食べていたからな。それに、アネモネはショックで食欲がないようだ。


「ごめんなさい……」

 うつむく彼女の頭を撫でてやる。


「まぁ、気にするな。初めてだから仕方ない」

「うん……」

「にゃー」

 ベルがアネモネを慰めるように、黒い身体を摺り付けている。


 その後は夕方まで畑仕事――重機を出して堆肥をかき混ぜたりしながら仕事をこなす。

 畑にはトマトがなり始めている。もう少しで収穫出来るな。

 

 ------◇◇◇------


 ――夕方、街から戻ってきたプリムラ達と皆で夕飯にする。

 今日は簡単にパスタにしてみた。だが、長い物やマカロニ、はたまたクルクル状の物は食い物に見えないらしい。

 丸い板状のパスタを見せたら拒否反応がなかったので、そいつを使ってみた。

 ソースはミートソースで、1号缶というデカい既成品を購入――1500円だ。


「あら? 意外と美味しいですわ」

「おお、うめぇ! へんてこな料理だったんで、旦那にしては珍しく外れかと思ったが、こいつはいける」

「こういう料理は、ここら辺にはないのか?」

「ええ、ありません」

「これも、小麦粉料理なんだがなぁ」

 こういうのを具にして、スープで煮込んだものはあるらしい。

 パスタに舌鼓を打っていたニャメナだったが、落ち込んでしょんぼりしているアネモネに気がついたようだ。


「どうした、アネ嬢? そんなにしょんぼりして」

 彼女に洞窟であった出来事を話した。


「何ぃ!? なんで、そんな面白そうな事に俺を誘ってくれないんだよ!」

「いやぁ~」

 一応、誤魔化そうとしたのだが――ニャメナの矛先はすぐにミャレーへ向かった。


「くそ! てめぇだな、このクロ助」

「トラ公には関係ないにゃ。それに、あのダンジョンはウチが見つけたものだにゃ」

「こらこら、喧嘩するな」

 掴み合いをしようとした獣人の間に入って、席に戻らせる。


「でもよ~、こんな所に洞窟蜘蛛とはなぁ」

 ニャメナの認識でも、この魔物の住処は、もっと森の奥地だという印象らしい。


「どの道、俺は機材を取りにもう一度穴へ入らなくちゃいかん。方向探知機の親機も置きっぱなしだし……」

 慌てていたので、すっかりと忘れてた。あれも高いので回収しないと。


「よっしゃ! それじゃ俺も行くぜ?」

「おいおい、プリムラの護衛の仕事はどうするんだよ」

「そ、それは……」

 口篭もるニャメナが、チラリとプリムラの方を見る。


「構いませんよ、私の店も休みがほしいと思っていたところですから」

 彼女は店を休んで帳簿のチェックをすると言うのだが――いつもの元気がない。

 怪しい――何か隠しているのか?


「プリムラ、何か心配事か?」

「……いいえ……なんでもありません」

 なんだよ、その間は――黙って下を見ながら食事をする姿を見る限り絶対に何かあるだろ?


「俺に隠し事か?」

「……」

 間違いないな。

 

「プリムラ」

「あっと、旦那。お嬢を責めないでやってくれ。俺が言うから」

「ニャメナ!」

 プリムラが止めようとしたのだが、ニャメナは構わず原因を話し始めた。


「何? 嫌がらせ?」

「ああ、よくある話さ。女だけで切り盛りしている店が繁盛しているのが、気に入らないんだろ。オマケに、お嬢は目の覚める美人ときたら格好の的さ」

 本店、支店に、チンピラを使った嫌がらせが始まってしまって、店の運営が難しくなっていると言う。

 いくらニャメナの腕が立つと言っても、同時多発でやられると手も足も出ない。

 彼女の元気がないように見えたのは、そのせいか。


「なんだよ、もうすこし早く言ってくれよ」

「ケンイチには心配掛けられません……それでなくても、色々と手助けをしてもらっているのですから」

「相手は解っているのか?」

「ああ、ソガラムって鼻つまみ者の商人さ」

 ニャメナが相手を知っているようだ。


「なんだ、それなら話が早い。俺の召喚獣を使って、そのソガラムって奴の店を更地にしちまえば…………」

 そう言いかけて俺は口を塞いだ。あぶねぇ……また、バイオレンスルートに突入するところだったぜ。

 自分の行動や考えが、自分のものではないような奇妙な感覚に襲われる。

 なんだよ――あの葉っぱは副作用ありまくりじゃねぇか。

 戦闘の度に葉っぱを噛みまくってたら、そりゃ頭がおかしくなるわけだ。


「旦那! 召喚獣ってなんだよ? そんな凄い魔法が使えるのか?」

「ケンイチは凄いのが使えるにゃ」

「なんだよ! それじゃ、もうやるしかねぇじゃねぇか」

「ウチもやるにゃ!」

 聞くな――小悪魔達の言葉に耳を傾けるな。


「……と思ったが、止めよう」

「ええ?」「うにゃ?」

 飛び上がった獣人達が、椅子にペタンと座った。


「プリムラも、あまり荒事は望まないだろう?」

「はい……商人には商人の戦い方がありますから」

「それで、いい方法はありそうか?」

「それが、まだ……」

 プリムラは、また下を向いてしまった。


「それで、貴族との繋がりを作ろうとしたのか。カメオを売った貴族に仲裁は頼めないのか?」

「今の状態で頼み事をすると、不利益の方が大きいでしょう。貴族に借りを作るのは得策ではありません」

 カメオを売ったぐらいでは、アドバンテージにはならんみたいだな。まぁ相手も大金を払っているだろうし。

 何か貴族に恩を売れる方法でもあればいいんだが。

 同じ8○3に仲裁を頼む手もあるようだが、それには金が掛かる。それに、8○3といっぺん関わりあうと中々手が切れなくなる。

 それは、この世界でも同じらしい。


「う~ん、もっと貴族に大きな貸しを作った方がいいって事か。とりあえず保留するとして――それで、どうする? しばらく店は休むのか?」

「はい。雇った女の子達に何かあれば、親御さんに申し訳がたちませんし」

 丁度いい機会なので、彼女は予定通りに帳簿の整理をするという。


「それじゃ、俺達はダンジョンの方へ集中しよう。近所の洞窟に、あんなのが住み着いていたんじゃ、安心して暮らせない」

 それを聞いたニャメナが椅子から立ち上がった。


「それだよ旦那、餌が無くなりゃこっちに来るかもしれねぇ」

「そうなんだよ、それが心配だ」

「よっしゃ! 旦那、決まりだ! 俺も行くぜ! むしゃくしゃしてたし、久々に大暴れしたい気分だしよ、ははは!」

「そうは言ってみたものの、あんなデカい魔物を本当に退治できるかな?」

「ははは! 大丈夫だって!」

 何? その根拠のない自信は。

 どうも、獣人ってのは、あまり深く考えない人種らしい。


「魔物退治に戦力は欲しいからな――ミャレーいいか?」

「仕方ないにゃ」

「ははは! 洞窟蜘蛛か、こいつは腕が鳴るぜ」

「武器は貸してやるから心配するな」

「全く、至れり尽くせりだな」

 ニャメナは景気良く、カップに注がれたワインを飲み干した。


「アネ嬢、寝る前に俺の所へ来な」

「……」

「どうするんだ?」

 俺の問いに、彼女はアネモネに冒険者の心得を教えると言う。

 まぁ俺よりニャメナの方が経験豊富だからな。良いアドバイスがもらえるかもしれないが――。


「ニャメナ、まさか葉っぱじゃないよな?」

「葉っぱ? ――ああ、戦前にかじるやつかい? あれは、危ないからあまりやらない方がいいぜ」

 もう、遅いっちゅーの。


 まぁ葉っぱじゃないなら彼女に任せるか――女同士なら色々と話せる事もあるだろうしな。


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