49話 村民が増えた
――崖からオレンジ色の石を掘り出した次の日。
どうやら、今日から住人が増えるらしい。昨日の夜は彼女も酒が入っていたからな。本気かどうか一応聞いてみる。
「ニャメナ、昨日の話は本気なのか? 酔っ払っていたけど、記憶は大丈夫だろうな?」
「確かに強い酒でしたが、そこまで酔うほどじゃありませんよ。ここに住むって話でしょ? 本気ですよ」
「家ってこれしか無いんだが……」
俺はアイテムBOXから、家の横にガルバリウム鋼板を貼った小屋を取り出した。
「ええ~っ! これって鉄の板で出来た家ですか?」
「ああ、魔物に襲われた時に避難出来るように作ったからな」
まぁ、薄い鉄板なので気休めかもしれないが――でも、黒狼ぐらいなら防げるだろう。
一応、中も見せる。2.5m×2mで5平米――約3畳だ。
「ベッドも、お前が寝てた物をそのままやるよ」
「本当に、これをもらえるんですか?」
「貸すんだぞ?」
「ええ、解ってますよ。家賃は高いんでしょ?」
「別に要らんぞ。プリムラの仕事を手伝ってくれるなら」
だが、それを聞いた、ニャメナの顔が曇った。
「旦那、俺に一体何をさせるつもりなんで? そりゃ、旦那のためなら多少の事はやりますがねぇ――あっ! もしかして、俺を性奴隷に……」
「変な勘違いをするな。タダで気が引けるってのなら、1ヶ月に四脚の獲物1匹でいい」
「なーんだ、ちょっと期待したのに――賃料は本当ですか?」
――ったく、何を言い出すんだ。
「ああ――でも、この狭い所で本当にいいのか?」
「俺の住んでいる所に比べたら豪邸ですよ」
「いったい、どういう所に住んでいるんだ……」
彼女の話では、物件を借りるにも保証人が必要なので、それが無ければロクな所が無いと言う。
それこそ屋根裏はまだマシで、壁の隙間とかそんな所もあるらしい。
獣人の保証人になる人間なんて滅多にいないそうだから寝る場所があるだけラッキーのようだ。
ミャレーはどうしていたかというと、あの仲間と一緒に住んでいて、家賃を一括で前払いしていたようだ。なるほど、それなら保証人は必要ない。
今、彼女が住んでいる場所は、天井裏の隙間みたいな場所で半畳ぐらいのスペースらしい。
それに比べたら、この小屋でも上々ってことか……。
とりあえず話は決まった。同居人というよりは村人が1人増えた感じだな。
「話は済みましたか?」
「ああ、決まったよ」
「ふぎゃー!」
ミャレーがまだ反対している。
「家も別にするし、一緒に寝るわけじゃないのだからいいだろう? 村人が1人増えたようなもんだ」
「はは、旦那ならいつでも相手になるんだけど」
ニャメナがミャレーを、からかうように俺に抱きつくと長い尻尾を絡めてくる。
「ぎゃー!」
「こら、あまりミャレーを、からかうな。そろそろ街へ行くぞ」
「はいよ~」
今日は、俺も街へ行って石の価値やらを調べなければならない。
プリムラの荷物をアイテムBOXへ収納すると、オフロードバイクを出し、ヘルメットを被った彼女とタンデムをする。
木漏れ日の中を、ニャメナと並走するとすぐに街が見えてきた。
いつもは、ここで別れ、プリムラがカートを引っ張って市場まで荷物を運んでいくのだが――今日は俺のアイテムBOXがある。
市場まで送っていき、そこで荷物を広げる事にした。
市場へ到着すると、プリムラがいつも商売している場所ではすでに人が待っていた。
「あ、来た来た。早く売っておくれよ」
「はい、ただいま用意致します」
商売スペースの後ろに行き、ニャメナの陰に隠れるようにして、アイテムBOXから荷物を出した。
「お客さん、そんな壷で買いに来ているのか?」
「ああ、これが夕方と明日の朝のスープってわけさ。スープだけなら、1人前が小角銅貨5枚(500円)だろ? 肉も野菜もたっぷりと入っているし――この値段で、こんな美味いスープは他に無いからねぇ」
プリムラの店にはすでに固定客が入るようだ。値段もそこそこで美味いとくれば流行るのも無理は無い。
店が流行ると嫌がらせが始まったりするのだが、ニャメナがいるから、それも大丈夫だろう。
「プリムラ、俺はギルドへ行くけどいいか?」
「はい、荷物ありがとうございました」
ここは彼女に任せて、俺は冒険者ギルドへ行く事にした。
騒々しい市場を出ると、大通りへ引き返し大通り沿いにある冒険者ギルドへ入る。
相変わらず人が多い。カウンターにいる、いつもの巨乳お姉さんに尋ねる――。
「ここは、鉱物の買い取りはしていないのかい?」
「はい、そういう依頼があれば買い取りもしますが――普通は、道具屋等へ持ち込むようですよ」
「そうか、ありがとう」
「どういたしまして」
一番端の買い取りカウンターへ向かう。いつもの兄ちゃんが対応してくれる。
「今日は何を持ってきたんだい?」
鳥が7羽に角ウサギが4羽だ、そして穴熊のような四脚が1頭、全部肉にしてもらう。
ミャレーの話では近場の角ウサギは狩り尽くしてしまったようだな。
ゲームとは違うので時間が経てば自動ポップするわけでもない。
それから薬草が昨日の分を入れて〆て60本程。
「おっと、薬草が多いな、いい群生地でも見つけたか?」
俺に顔を近づけて、ひそひそ話をしてくる。こういう場合、獲物の採れた位置に聞き耳を立てている奴が多いのだ。
ギルドからそんな情報が漏れたとなれば、責任問題になるからな。
商業ギルドのコンプライアンスはザルだが、冒険者ギルドは少々マシらしい。
「まぁ、そんなところだ」
「鳥が多いが――殆ど金にならないぜ?」
「肉だけあればいいよ」
「変わってるな」
余程綺麗な羽根を持つ鳥や、ミャレーが捕り損ねたコッカ鳥みたいな獲物でなければ値段は付かないようだ。
「鳥の羽根は一応素材になるのか……」
「ああ矢羽根に使ったり、枕へ入れたり、それぐらいかなぁ」
いつものように夕方の仕上がりになると聞き、引き換えのチップをもらう。
受付のお姉さんに軽く挨拶をし、ギルドを出て道具屋の婆さんの所へ向かった。
相変わらず薄暗い道具屋へ入る。
「ちわー、婆さんいるかい」
「おや、兄さんかい」
「ここ、スノーフレークって名前が書いてあるが、婆さんの名前なのかい?」
「そうだよ」
やっぱり、そうなのか。スノーフレークねぇ……。
「なんだい、その顔は? あたしの名前に何か言いたいっていうなら、話を聞こうじゃないか」
「いやいや、いい名前じゃないか」
「ふん――で、何か買いに来たのかい?」
「この石が、いくらぐらいになるかな――と」
俺は、崖から採取した薔薇輝石をアイテムBOXから取り出して婆さんに見せた。
「ふうむ……銀貨2枚(10万円)」
「そんなもんか……」
「こりゃ原石だからねぇ。ここから加工に金が掛かるのさ」
「そりゃ、そうだな。まぁ、それじゃ売らないで持っているよ」
「ちょっと待ちなよ! それじゃ銀貨3枚(15万円)!」
婆さんが慌てて、値段を上げてきた。
「いや、いいよ。アイテムBOXの中へ入れておくから」
「それじゃ金貨1枚(20万円)! これ以上は出せないよ!」
なんだよ結局、シャングリ・ラの買い取りと同じ値段か。
しかし、ここまできて婆さんに売らないと後々サービスが悪くなるかもしれないな。
ここは、婆さんに売っておくか……。
「解った婆さんに売るよ」
「全く、この石の価値を大体把握してたんだろ? いやらしいねぇ」
「まぁ、そんなところだが、婆さんだって買い叩こうとしてたじゃないか、お互い様だろ」
婆さんはブツブツ文句を言ってるが、オレンジ色の石と引き換えに金貨1枚をもらう。
これを加工して宝飾品にすれば、金貨5~50枚(100万円~1000万円)って値段になるようだ。ここら辺は元世界と一緒だな。
「兄さん、この前の魔導書は役に立ったかい?」
「ああ、俺はダメだったけど、女の子が使えたよ」
「へぇ、あの年でねぇ……才能があるよ。学校へ行かせたりしないのかい?」
婆さんは俺と話しながら商品の整理をしていたが、驚いてその手を止めた。
「王都の学校の話も出たんだが、本人が興味無いみたいなんだよ。俺と一緒に暮らしたいんだと」
「勿体ないねぇ。王都の学校へ行けば、大店や貴族の愛人ぐらいにはなれるかもしれないのに」
「でも、そういう連中ばかりだから、一般からの入学は大変だと聞いたぞ」
「まぁ、そうだねぇ」
「婆さんも魔法が使えるようだが、そういう学校へ行ったのかい?」
「ああ、大昔にね」
「そうなのか? それじゃ、婆さんに浮いた話は無かったのかい?」
「あったよ……あたしも若かったねぇ……自分で言うのもなんだけど、学園の華と呼ばれていたもんさ」
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花ってやつか」
「芍薬や牡丹が何だか解らないけど、百合の花には、よく例えられたよ」
何か昔を思い出すように――婆さんはじっと商品を見つめている。
彼女の話では貴族の子息と恋仲になり子供まで産んだと言う。貴族の目に止まるってことは、やっぱりかなりの美人だったのか。
「ええ? それじゃ子供はどうしたんだい?」
「貴族に取り上げられてしまって、手切れ金を貰ってそれっきりさ」
この店は、その手切れ金で建てたと言う。
「貴族だと御家騒動とかあるからな。血の繋がった子供を管理するために、取り上げたんだろ」
「まぁ、そんなところだね」
王侯貴族の血筋が途絶えてしまって、探したら落とし子がいると判明――急遽、国中を探させる。
そんな話は、ありがちなパターンだ。そうならないように前もって取り上げたのかもしれない。
「子供はどうなったか、全く知らないのかい?」
「いいや、子供も王都の学校を出て貴族と結婚し、孫もいるらしい。その孫も学校を出たようだよ」
「なんだい、随分と詳しいじゃないか」
「結構、有名な王都貴族だからね。噂がここまで伝わってくるってわけさ」
「会いたいとは思わないのか?」
「そりゃ、会いたいけど……二度と会わないって約束で手切れ金も貰ったしねぇ……」
婆さんの話では、相手はナスタチウム侯爵という名前の貴族のようだ。
「学校の話はともかく、アネモネには魔法をもう少し覚えさせたいな。婆さん、爆裂魔法等の魔導書があったら、少々高くても買うから」
「あまり出物はないけど――期待しないで待ってな」
とりあえず石は売れたので、市場のプリムラの露店へ戻った。
だが、露店の中に新しい女の子がいる。17歳ぐらいの女の子だ。
麻のブラウスと紺のワンピースを着て、長く黒い髪の毛をお下げにしてプレッツェルのように丸くしている。
「ただいま、彼女は?」
「彼女は見習いです」
「これは、お嬢様のお父様ですか? 初めまして、アイリスと申します」
「ぷっ! ははは!」
突然、ニャメナが笑い出した。まぁ、父親と言っても過言じゃない歳の差だしなぁ……。
「父じゃないよ」
「え?! それじゃ、旦那様ですか? 失礼いたしました!」
「そうです、私の旦那様のケンイチです」
「ちょっと旦那様って……」
「何か? 問題でも?」
ニコニコと微笑む、プリムラが怖い――否定出来ない状態だ。
「見習いって、店を手伝わせるのか?」
「それだけじゃありません、料理と商売を覚えさせて支店を出させます」
なるほど、フランチャイズ方式だな。さすが商売人だな、どんどん拡張するつもりだ。
「いざという時は支店を切り離せば良いのですから、万が一またケンイチが逃げても直ぐに追いかけられますので、心配要りません」
「別に、そんな心配は必要ないけど……」
やっぱり、ニコニコと微笑むプリムラが怖い。俺のことを全く信用してないって顔だ。
アイリスという彼女、読み書き計算は出来るそうだ。さすがに、読み書き計算が出来ない子供の丁稚を雇うのは大変だ。
丁稚だと、寝食の場所も提供しないとダメだしな。俺の所に住ませるにしても、街への通勤が問題になる。
森を切り開いて道を作って4WD車で送迎すればなんとかなるが、それはやり過ぎというものだろう。
それにしても、料理の煮物とリンカーのコンポートが既に半分ぐらいしかない。まだ昼前だ。
「ケンイチ、魔石コンロをもう1台貸してもらえませんか?」
「ああ、いいよ」
カセットコンロを貸すと追加の料理を作ると言う。肉と野菜の下拵えした物を、アイテムBOXから出してやると、プリムラは料理を始めた。
「アイリス、手順を教えますので」
「はい!」
なかなか、やる気のある見習いのようだ。
ここは彼女達に任せて、俺は一旦家に帰る事にした。
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家に帰ってきて、新しい小屋を作る事に――。
石が金になる事が判明したので追加を掘りたいところだが、ニャメナに小屋を貸してしまったからな。
何かあると困るから、優先順位は小屋の製作が先だ。シャングリ・ラでまた小屋のキットを買う――以前買った物と同じ物だ。
ミャレーに手伝ってもらい骨組みを組み立てているうちに、夕方になった。
だが、まだミャレーは、ぼやいている。
「まだ、ぼやいているのか? 獣人なら大家族は普通って話だろ? 寝る場所は別なわけだし」
「うう、どうも、あいつは気に入らないにゃ」
「別に俺目当てでもないんだし、気にしすぎだ。ミャレーが気にするから、あいつも面白がって、からかうんだよ」
「うみゅみゅみゅ――」
どうやら馬が合わないってやつらしい。しかし、雇ってるのはプリムラだからな。
俺からは、どうこう言えないな。
ニャメナの小屋にベッドを入れて新品の麻のシーツを3枚置く。
あと、何が必要かな? 棚は備え付けがあるし――ああ、ランプがいるか。
シャングリ・ラで4000円のハリケーンランタンという灯油ランプを買っておいた。
小屋の組み立ては途中だが今日は、ここまでだな。部品をアイテムBOXへ収納して街へ向かう。
冒険者ギルドへ到着すると、処理を頼んだ肉は出来上がっていた。
「おう、出来てるぜ」
「いつも済まないねぇ」
「それは言わない約束だぜ」
意外、異世界でもこのネタが通用するとは。
肉を手に入れアイテムBOXへ突っ込むと、市場へ向かう。
撤収準備をしているプリムラに話を聞くと、アイリスという、お下げの女の子も家に連れていくと言う。
「新人の歓迎会か?」
「そうです。それに材料の仕込みや複式簿記の付け方も教えませんと」
プリムラは彼女をリーダーとして育てて、支店を出した際に他の店員の教育も任せるつもりのようだ。
なんか手際良く着々と進むなぁ。行き当たりばったりの俺とはエライ違いだ。
「しかし、どうやって連れていく? 俺のドライジーネは2人しか乗せられないぞ?」
「俺が背負っていくよ」
「ああ、その手があったか」
前に河原で飲み会をした時に、獣人に背負ってもらったが、普通に走り回っていたからな。
女の子1人ぐらい背負っても平気なのだろう。
「ひゃぁぁぁ!」
既に夕方――森の木々の間は既に暗くなっている。その暗闇を疾走するニャメナの背中でアイリスが悲鳴を上げている。
結構なスピードが出るからな。
獣人は暗くても目が見えるだろうが、普通の人間は恐ろしいだろう。夜の道路、無灯火で車を運転するようなものだ。
俺たちは、アイリスの悲鳴を聞きながら森を抜け家に到着した。
「はぁ、怖かった……」
「はい、お疲れ様」
「あの……旦那様、そのドライジーネは?」
アイリスはヘッドライトを点けて煌々と前方を照らし、アイドリング中のオフロードバイクをじっと見つめている。
「これは、魔法で動く俺の専用のドライジーネだ。人に言わないようにな」
「わ、解りました」
アイリスは両足を揃えて、ぺこりとお辞儀をした。
「にゃ~! ふぎゃ? また、増えるにゃ?!」
家から出てきたミャレーが、アイリスを見て尻尾を立てた。
「違う違う、彼女はプリムラが雇った店の店員だ。色々と教える事があるらしい」
「ぐ……ぐみゅ~」
「そう警戒するな」
皆が揃ったから料理をするか。いつものスープを作り、メインディッシュは何にしよう……。
たまに変わった物を――異世界定番のお好み焼きでもしてみるか。あれなら簡単だ。
とりあえず肉とか野菜を刻んで入れて焼けば良いからな。
だが、お好み焼きと言えばキャベツだ。シャングリ・ラからキャベツを購入する――10kg4000円だ。
肉も熊肉よりは豚こまの方が良いだろう。
俺はお好み焼きの調理に取り掛かった。