45話 プリムラの商売
魔法酔いで熱を出してしまったアネモネは大丈夫なようで安心した。
すぐに回復しそうである。
皆で桃缶を食べた後、4人プラス1匹で朝食を取ると、アネモネが魔法で焼いてしまった壁を修理することにした。
「さて、どうしようか」
この家はログハウスのように外壁を積み重ねて造る構造になっているので、途中から壁を切り出してしまっては強度が落ちるだろう……。
シャングリ・ラで板材を検索する。
厚さ6mmで約2m×12cmのヒノキ材が10枚入り6500円で売ってる。
「これだな――結構高いな」
とりあえず、こいつを購入して、壁一面に縦に貼り付ける事にした。
アネモネが焦がした壁側には窓が無いので、窓に合わせてカットする必要も無い。
スケールを取り出して部屋の寸法を測る。壁の長さは約4m――ということは33枚縦に並ぶのか。
天井の高さは約2m30cm。板の長さは2mなので30cm程足りない。継ぎ足して貼り付けるしか無いな。
他の板材を探してみたのだが適当な物が無かった。計算なら、この板材を4セット買えば壁全てが埋まるはずだ。
外に出て、シャングリ・ラから板材を購入した後、アイテムBOXから発電機と丸鋸切断機を出し、板をカットして壁に合わせて微調整する。
上手く寸法が合ったら、これを雛形にして板材を全部カットすればいい。
俺が加工を始めると切断機が出すけたたましい音に、プリムラが家から出てきた。
「煩いが、しばらく我慢してくれ」
「そんな魔法の道具を、いくつも持ってるんですね」
彼女は俺が使っている工具を興味深そうに眺めている。
「まぁな。いくら君にでも全ては見せられない。勿論、アネモネにもミャレーにもだ」
「でも……」
「君にも心に秘めている事があるだろう?」
「そ、それは――そうですけど」
彼女は俺が色々と隠し事をしているのが気になるようだ。だが親しき仲にも礼儀あり――彼女は解ってくれると思うが。
話している間にカットは終わった。
後は、コンプレッサーとネイルガンを出して板を壁に打ち付ければいい。壁の終端に半端が出るだろうが、その時に加工する。
ついでに、断熱材として板状の発泡スチロールを買って、打ち付ける板材の下へ入れる。これには防音効果もある。
約2m×約1mで厚さ1cmの物が10枚で6000円だ。
ミャレーとプリムラに押さえてもらい、縦にした板材に次々と釘を打ち込んでいく。
彼女達の協力の下、2時間掛からずに壁が完成した。
後は、床にシールを貼ったなんちゃってフローリングシートを剥がして、新しいのを貼り直せばいい。
「よし! 完成だ」
「綺麗になりましたね」
今まで、外壁だけで内側は剥きだしだったが、そこに内壁が出来た事になる。
「この板材に合わせて、他の壁も貼り直した方が格好いいだろうな。そのうち施工して徐々に内装も綺麗にしていこう」
「この板は良い匂いがするにゃ~」
板材はヒノキだから木の匂いが強いが、獣人達にも嫌な匂いではないようだ。
「ほら、アネモネ。綺麗に直ったぞ」
「うん」
壁を焦がした事を随分と気にしていた彼女であったが、綺麗に直った壁を見て笑顔が戻った。
良かった良かった。
工具を出したついでに、前に作った小屋の改造も行う。
小屋の入り口から入った正面の壁に小さな窓を取り付ける事にした。
よくトイレの窓に使われている、正方形で外側へスイングして開くタイプの物だ。
今までは窓が無かったから真っ暗だったからな。
バイオディーゼル燃料を作った時は換気のために板を剥がしたりしていたが、いつまでもそんな使い方をするわけにもいくまい。
屋根と壁には防水シートを貼って45cm×90cm――1800円のガルバリウム鋼板を買って貼り付けた。
これで耐久性はかなり上がるだろう。
後は小屋の中に棚を作って作業は完了だ。
これでテーブルを出せば、簡単な作業は出来るし緊急用のシェルターにもなる。
――シェルターと言えば、戦闘用のバリケードが欲しいな。
牙熊などの大型魔物等に襲われた時に、間を遮る物が欲しい。
直径10cm程の木をチェーンソーで伐採して寸法に合わせてカット。先を鉛筆のように削り3本纏めて『入』型に組む。
先の尖っている物を向けられれば、どんな動物でも本能的に恐れを感じる。これで怯ませて、後ろからクロスボウで撃てばいい。
シャングリ・ラを検索すると、有刺鉄線まで売っている――100mで5000円だ。こいつをバリケードに巻けば完璧だ。
これなら戦争用にも使える。使うつもりは無いけどな。
同じ物を6基製作した。これで小屋をシェルターにした時にバリケードを使って防御出来る。
こんな物を移動させるだけで大変だが、アイテムBOXへ入れれば楽々だ。
だが、チェーンソーを使っていて、ふと思う――。
「ああ、牙熊にチェーンソーアタックすりゃ――ダメか。近づく前に爪で殺られるな」
「それも、魔道具なのですか?」
プリムラが爆音と白い煙を吐き出すチェーンソーを遠巻きに見ている。
「そう、魔法で動く、木を切る魔道具だ」
「……」
「そんな顔をして、もしかして――そろそろ帰りたくなってきたのか?」
「そんな事は絶対にありません!」
「俺は賢者どころか、悪魔かもしれないんだぞ?」
「悪魔なら、可哀想な境遇の女達を助けたりしませんでしょ」
「そりゃ、そうか。ハハハ」
工作がし終わったので、プリムラと薬草を探しに出かける。
「私も行く!」
家からアネモネが走ってきた。
「大丈夫なのか?」
「うん!」
アネモネは楽しそうなのだが、俺と2人きりになれるチャンスを逃したプリムラはなんだか不機嫌そう。
赤露草と青露草を少量見つけたのだが、ここら辺にはもう無いのだろうか?
もう少し範囲を広げた方がいいと思うのだが、あまり森の奥まで入ると魔物とエンカウントする危険性が上がるしな。
あんな牙熊みたいのが、ゴロゴロいるんじゃ、ちょっと躊躇してしまう。
だが、ミャレーの話では、大型の魔物の気配はないと言う。
かなり森の奥地まで行ったようだが、魔物が少なすぎて逆に不自然らしい。
何か原因があるのか?
薬草を見つけるために下を探していた顔を上げて左手を見れば、木々の間から湖の水面がキラキラと光って見える。
「ああ、湖を渡るっていう手もあるな」
ボートか何かで湖を横断すれば対岸まで行ける。だが、この湖はかなりデカい。
シャングリ・ラを検索するとゴムボートが売っているが、2人乗りが多い。
う~ん、ショボイのは3000円ぐらいだが、しっかりした物は3万円以上するな。
安物を買って湖の真ん中で沈んだりしたら洒落にならん。水難事故ってのは結構多いんだよな。
漁師の事故も多い――船底一枚下が地獄だと知り合いの漁師も言っていたし。
船外機が取り付け可能な物は6万円とか――そこまで投資して薬草とかが欲しいわけでもないしなぁ。
「ケンイチ、私はアストランティアで商売がしたいのですが」
彼女は大店の娘で、買い付けの旅行にも同行するぐらいの女性。こんな森の中の小さな家にじっとしているのは我慢出来ないだろう。
マロウさんは、彼女が結婚して家庭へ――とそんな事を願っていたようだが、そんな当たり前の人生を送る女性には見えない。
「プリムラも商人の娘なんだから、当然ギルドには登録してあるんだよな」
「はい」
「でも、売るものがあまり無いぞ。持っていた物はダリアで殆ど売ってしまったし。何を売る?」
シャングリ・ラで追加購入はできるが、暮らしに困らない金はあるので、無理に商売して目立ちたくはない。
「これから考えます……」
「そうだ、この前作った絵本があるが」
「絵本?」
プリムラに、エルフの森とシンデレラの絵本を見せる。
「素晴らしいですわ、これは売れます!」
どうやって作ったかは、説明していない。この世界で印刷技術は、かなり画期的な代物だと思うからな。
ドライジーネのように大事になる可能性がある。あまり大々的にやらないほうがいいかもしれない。
たまに絵本や草子物を作って、そこそこ儲かればいいのだ。
「しかし、それだけじゃな~野菜ができたら、野菜を売るか。魚を釣って干物でも造るか」
「それでは――」
プリムラのアイディアで熊肉の煮物と、リンカーを甘く煮た物を売る事になった。
リンカーの煮込みは、朝に桃缶を食べた時の会話からヒントを得たと言う。
------◇◇◇------
――次の日。
前の晩から熊肉にスパイスとハーブを擦り込みワインに浸け一晩置き、野菜は皮を剥いて灰汁に漬け込んでいる。
これらの材料を使って朝に煮込みを作る。俺からは、だしの素を少々提供した。
味見をしてみたが、街で売っているスープに比べれば雲泥の差――汁は、まるで高級スープだ。
そして、俺のアイテムBOXに入っていたリンカーの皮を剥き甘く煮こむ。
リンカーの甘みです――と言い訳が通じるぐらいに砂糖を入れる。
俺からはリンゴの皮むき器を提供した。ハンドルをくるくると回すと皮が剥ける機械だ、1台1500円。
玩具みたいな物だが意外と良く剥ける。ちょっとでも手間は少ない方がいい。
リンカー煮の味は緩く煮たコンポートだが凄く香りがよく甘くて美味しい。これは売れるな。
プリムラが作り方を覚えたので、明日からは自分で作ると言う。
スープとコンポートの値段はパン付きで1000円。これも街では普通の値段だ。パンは街で買うらしい。
スープは20L作ったので、スープが一杯300mlとすれば、66杯分。全部売れれば6万6千円だ。
コンポートも全部売れれば10万円を超える売上だろうが――。
「ケンイチ、魔石コンロを貸して下さい」
「いいよ」
魔石コンロ――と言ってるカセットコンロの使い方を教える。
すぐに稼いで自分の魔石コンロを買うので借りるだけだと言うのだが、魔石コンロは中古でも30万円ぐらいする。
毎日10万円の売上がマジであれば、30万円のコンロはすぐに買えると思うが……。
「それじゃ、パンを焼く石窯でも作るか?」
シャングリ・ラを調べると、大型の石窯が8万円程で売っている。
「その釜で、パンを何斤焼けますか?」
「いいとこ、2斤かな……」
「スープや、リンカー煮が売れたとすれば、パンは20斤以上必要になりますわ」
パンは1斤、銅貨1枚(1000円)程するから、追加で2万円の経費が掛かるわけか。
「それじゃ焼く時間がとても間に合わないか……」
餅は餅屋――う~む、さすが商売のプロの娘だな。
それに俺達だけで焼きたてのパンが食いたいなら、発電機を出してホームベーカリーを動かした方が効率的だ。
さて、商品は出来たが、物を運ぶのが大変だ。
プリムラの父親はアイテムBOX持ちだったが、彼女は持っていない。
それに森の中を通って街まで行かねばならない。崖沿いの道で今まで魔物に遭遇した事はないが、やはり徒歩では少々危険が伴う。
俺のアイテムBOXへ荷物を入れて、バイクでタンデムして街の手前まで彼女を送る事にした。
街道まで行ったら――前に怪我をした森猫を運ぶ際に購入した4輪式のキャリアに荷物を載せて引く。
これなら、彼女だけでも荷物を引けるだろう。
キャリアの箱はプラ製なので、木目調シートを貼って、その上から麻布を掛けて誤魔化してみた。
ぱっと見は変わった荷車にしか見えないだろう。
彼女1人でアストランティアの街で商売をして、夕方に戻ってきたら俺のバイクでタンデムして帰るわけだ。
――そして、夕方。
オフロードバイクに跨がり、プリムラを迎えにいく。
街道へ到着したのだが少々早かったようだ。
街道脇にスツールを出して、シャングリ・ラで電子書籍を読む。しばらくするとカートを引くプリムラの姿が見え、彼女は手を振っている。
だが、その横には背の高い獣人の女が並んでいるのだが……。
「ケンイチ!」
「プリムラ、料理は売れたかい?」
「完売です! だってケンイチの料理が美味しすぎるんですもの。高級店でしか食べられないような煮物が、露店で食べられるなんて、客が放っておくわけがありません」
カートには空の鍋とカセットコンロ、そして明日の料理に使うリンカーと野菜が積んである。
これで魔石コンロも買えば、ほぼこの世界の物を使って商売が成り立つわけだな。
「そしてコチラの獣人は?」
背が高く筋肉質で虎柄の女だ。毛が少々長めで、ボサボサしているような感じ。
毛が長いせいか余計に身体が大きく見えるのだが。鋭い彼女の視線が俺をじっと見ている。
ボロい麻のシャツと、短めの紺のスカートを履いているのだが、どうも獣人ってのは申し訳程度に服を着ているので、ファッション等には興味がないらしい。
別に裸でも問題ないのだが、普通の人間が嫌がるので仕方なく着ているようなものだ。
「ニャメナだ、よろしく」
「女の売り子だけだと、甘く見て絡んでくる男が多かったので彼女を護衛に雇ったのです」
「あはは! 男共を睨みつけていれば、1日小四角銀貨1枚(5000円)だってんだから、こんなに美味しい仕事はないねぇ」
プリムラが引いてきたカートをアイテムBOXへ入れる。
「お! アイテムBOXかぁ~久々に見たなぁ」
アイテムBOXは珍しい能力だが、それなりに持っている人はいるらしい。
また、秘密にしている人もいるようだから、実際はもっと多いのかもしれない。
プリムラは彼女を家に招待して、夕飯を食べさせたいと言う。
「せっかく、お近づきになれたのですから、よろしいでしょう?」
「ああ、プリムラを守ってくれる人だからな」
しばらく森の中を進むと、アイテムBOXからオフロードバイクを出す、それにニャメナが反応した。
「そりゃ、街を走っているドライなんとかってやつだろ?」
「これは魔法で動く特別製だ。誰にも話すなよ」
プリムラを後ろに乗せ、エンジンを掛けて走りだすと、ニャメナが驚きながら追いかけてくる。
「漕がなくても進むのか? どうなってるんだ?」
「だから魔法なのさ」
「うふふ」
暗くなりつつある森の中を獣人の女と潜り抜け、家まで帰ってきた。
「こいつはびっくりだね。森の中でも、あんな速度で走れるとは……それにしても、良いところじゃないか」
ニャメナが辺りを見回している。すでに暗いのだが、彼女の目には綺麗な風景が見えているのだろう。
バイクをアイテムBOXへしまっていると、プリムラが本の話をしてきた。
「あの本も全部売れましたよ。ケンイチは小四角銀貨1枚と言ってましたが、小四角銀貨2枚(1万円)で売れました」
「本は18冊あったから、金貨1枚弱か……」
「そうです――けど……」
プリムラが下を向いて、なんだか言いづらそうにしている。
「どうした?」
「本を買っていった男達が、もっと女の裸の絵が載っている、いやらしい本はないかと……」
「ったく男共ってのは、あのての事しか考えてないからねぇ」
ニャメナが左手を腰に手を当てて右手をヒラヒラ――呆れたように話す。
「そういう本を作れば売れるとは思うが、役人に目をつけられるだろう。公序良俗に反するってな」
「ケンイチはそんなの作りませんよね?」
「ああ、作らないよ」
こんな女ばっかりの家で、そんなの作れるはずがないだろう。
だが、生活に困ったらそういう手もありか。そんな需要があるのが解っただけでも収穫だな。
俺たちが帰ってきた音を聞きつけたのだろう、ミャレーが家から飛び出してきた。
「ケンイチ~! ぎゃ~! その女はなんにゃ?!」
ミャレーがニャメナを見て毛を逆立てた。
「プリムラが雇った護衛だよ。夕飯をごちそうしたいんだと」
「なんにゃ~そうかにゃ。また、ケンイチの女が増えたのかと思ったにゃ」
「またってなんだ、そんなわけないだろ」
家の中から森猫も出てきて、俺に駆け寄ってきた。
「にゃ~ん」
「よしよし、ただいま」
頭と顎の所を撫でてやる――黒いビロードのような毛皮が俺の手に吸い付く。
「え? 森猫が! ははぁ――解ったよ。あんな魔法の道具とか森猫と一緒に暮らしているから、こんな森の中に暮らしているんだね」
「察しが良いな――そういう事だ。誰にも言わないでくれよな」
「解っているよ」
いつもカレーばかりなので、今日はシチューにするか。
熊肉の臭い抜きした物とアク抜きした野菜は、大量に作ってアイテムBOXへいれてあるから取り出せばいつでも料理が可能だ。
鍋が出来たら、小麦を油で炒めた物と牛乳と生クリームを投入してしばし煮込む。
もっと色々と料理を作って食わせたいのだが、見たこともない料理だと警戒されるからな。
「よし、出来たぞ」
俺は出来上がったシチューをテーブルへ並べた。
テーブルの上に並んでいる白いスープに、ニャメナはびっくりしているが、彼女がこれを食べた感想はどんなものだろうか?
他の獣人にもシチューの評判は良かったので、問題ないとは思うのだが……。