40話 救出作戦
家の近くにあるサンタンカという漁村に住んでいるクロトン一家。
そこの娘――マリーとアネモネが友達になり、一緒に遊んだりと楽しい日々を送っていたのだが……。
その一家の主、クロトンが悪党一味に捕まったらしい。
彼はかつて無頼達と組んで悪さをしており、その上前をはねて他の都市へトンズラしようとして失敗したらしい。
クロトンの女房と獣人が俺に助けを求めてきた。
本来なら無視してもいいのだが、アネモネと友達になってくれたマリーのために何とかしたい。
アネモネからも頼まれてしまったし……。
だが、ここにいても何も解決しない。
俺たちは、舟に乗ってサンタンカの村へ行く事になった。
「アネモネはどうしようか。ここに1人置いて行くわけにもいかないし……村で預かってもらうか?」
「私も、一緒に行く!」
「おいおい、君が捕まってた、シャガのような悪党共の巣へ行くんだぞ?」
「うん! 解ってる」
しばし悩んだが仕方ない。襲撃の際は離れた所で隠れててもらうか……。
「ミャレー、危なくなったらアネモネを連れて逃げろよ」
「解ってるにゃ」
アネモネを含めて6人が舟に乗れるのか?
「このくらいなら大丈夫だぜ。子供が2人だしな」
獣人が太鼓判を押すので、恐る恐る舟に乗る。
元世界の公園の池にあるような木造の舟だが縦に長い構造になっている――まぁ5人ぐらいは大丈夫なのだろう。
サンタンカの村までは直線距離で、ざっと3㎞。鏡のような水面を舟で進み20分程で到着した。
だが到着した村では、村長が住民達に囲まれて揉めているようだ。
揉め事を引き込んだ、クロトン一家を追放するべきだという意見が出されているらしい。
村長は深緑色の上下に黒いシャツを着て帽子を被っている短い顎鬚が生えた白髪の爺さんだ。
「村長! 皆様にご迷惑をお掛けいたしまして、申し訳ございません。主人が帰ってきたら、この村を出ていきますので」
「奥さん、家財道具を運ぶのに荷馬車が必要だろう。この金を使ってそいつを買え。村長あたりが持っているんじゃないのか?」
「そのお金は貴方様の報酬で……」
「着の身着のまま文無しで、一家3人徒歩で行くってのか? どの街へ行くのにも60リーグ以上(約100㎞)は離れているんだぞ?」
「解っております……」
考えるだに無理な話だ。村長の顔を窺うと荷馬車を持っているようなので、アイテムBOXから金貨を2枚取り出し、クロトン一家の金に追加をした。
「この金貨を合わせれば、荷馬車の値段には十分だろ?」
いや相場より、かなり高いはずだ。黄金色の金貨を見せられて村長は渋々OKを出した。
「あんたに金を借りても返す当てが無いぜ」
「やはり、私がご奉仕を……」
「いや、子供達の前でそういう話は止めてくれ。俺が悪者になるだろ。心配しなくて良いよ」
殴り込みをしたついでに、敵のアジトから何か金目の物をかっぱらおう。そうすりゃ、すぐに元が取れる。
それに荷馬車が無けりゃ、引っ越しの際にマジでどうしようも無いからな。
そろそろ夕方だ。急がないと街の門が閉まってしまう。
村長からボロい荷馬車を受けとると、引っ越しの準備をさせる事にした。しかし、こんな荷馬車に100万円以上とは、高い買い物だぜ。
だが、クロトンの女房とマリーも俺達に付いてくると言う。
女子供は危ないから待っていろと言っても、言うことを聞いてくれない。実際、主人のクロトンが死ねば、この一家は路頭に迷う。
この奥さんが身体を売るぐらいしか金を稼ぐ手立てが無くなるのだ。
居ても立ってもいられないのだろう――気持ちは解るが……。
それに、俺達が突入した際に、アネモネを一人にさせるよりは、仲間がいた方が良いかもしれないな。
やむを得ず、皆をボロい荷馬車に乗せて、アストランティアへ向けて出発した。
荷馬車の手綱は獣人の男が取っている――名前はニャニャスだ。
「ニャニャス、奴等のアジトは解っているのか?」
「ああ、北門から外れた所にある悪所の中だ。そこが金の受け渡し場所になっていた」
街道に繋がっているのは東西の門だ。北門と南門はあまり使われていない。
「簡単には金を集められないと思ってるから、今日来るとは思うまい」
悪所ってのは吹き溜まりだな。まっとうに街の中を歩けないような連中が集う所だ。
普通なら脚を踏み入れれば、とてもヤバい事になる。だが逆にいえば、少々騒ぎを起こしても役人もやって来ないって事だ。
底辺と底辺が脚を引っ張り合う一画――人間の、さもしさが堆く積もった、まさに吹き溜まり。
彼の話では、敵は10人程のグループだと言う。
荷馬車のスピードは時速約10㎞。村から街までは、おおよそ9~10㎞ぐらいだろう。1時間もあれば到着する。
ギリギリ閉門には間に合うだろう。
馬車に揺られながら、ニャニャスの身の上話を聞いてみる事にした。
「クロトンとは長いのか?」
「ああ――仕事の世話してもらったり、部屋を借りるときの保証人になってもらったり、金の勘定をしてもらったりさ。世話になりっぱなしさ」
「役人なら保証人にはもってこいだな」
「役人は獣人なんて相手にしないのが普通なんだが、色々と助けてもらってよ。ここら辺で、ドカンと借りを返しておきてぇじゃねぇか」
「そうだな。だがクロトンを助けたら、一家は他の土地へ行くんだぞ? お前はどうする?」
「オイラも一緒に行くぜぇ」
「そうか。3人の道中を守ってくれよな」
「任せろってんだ」
ニャニャスと対照的に、がっくりと肩を落としているのがクロトンの女房だ。
一家離散の危機だからな。元世界じゃ離婚案件だが、この世界で女の身一つで何か出来る事は限られているので、離婚というのは滅多にない。
それに、彼女もクロトンを見捨てるつもりは無いようだし……。
村へ続く脇道から街道へ出て、そのままアストランティアの街へ到着。門が閉まる時間には間に合った。
「さて、どうする? 無頼達がアジトで酒を飲んで、出来上がる頃に襲撃しようと思うんだが、まだ時間がある」
「なるほど、そういう事か。オイラはてっきり寝込みを襲うもんだと……」
ニャニャスが俺たちの作戦に合点がいったようだ。
「前にやった時に効果的だったからな。なぁ、ミャレー」
「そうだにゃ。酔っ払ってへべれけなら、まともに戦えないからにゃ~」
「なんだよ、意外と剣呑な旦那だったんだな。あぶねぇ、喧嘩売らなくて良かったぜ」
「多分、瞬殺されてたにゃ」
「マジかよ……」
ニャニャスの話では時間を潰す当てがあると言う。
「クロトンの役人時代の知り合いがいる。そこへ行こうぜ。奴なら頼みを聞いてくれるはずだ。だが、奴は役人だ金が少々いるぜ」
「これを使え」
ニャニャスに銀貨1枚(5万円)を渡した。俗にいう袖下ってやつだ。
辺りが暗くなりつつあるなか――その場所は街の中央街から少々過ぎた場所にあった。所謂、高級住宅街だ。
窓ガラスが嵌った少々上等な家が建ち並び、街並みも街ゆく人々の風体も心なしか上品だ。
ニャニャスは、その中の1軒を訪ねた。木の柵に囲まれ白い漆喰の壁が目立つ美しい上品な家――庭には木々や花も植えられている。
「ラナンの旦那! クロトンの使いだ、開けてくれ!」
扉を叩くニャニャスだが、すぐに扉から光が漏れた。
「おう、お前か? クロトンの奴は、どうした? こんな時間にやって来るとは」
「クロトンは訳ありで来れねぇ。明日、他の土地へ行くんで、言付かってきた」
「何? そりゃまた急だな。午後に奴が来て、近々引っ越しをする――という話だったので餞別を渡したんだが……」
彼は、ここを訪れていたのか。
玄関から出てきた男の後ろから、美しい女性が顔を出した。金色のウェーブヘアに薄い上着を纏い、いかにも上流階級風である。
憂いに満ちた瞳と色っぽい艶やかな唇。
その女性を見て――俺はピン! ――ときた。
ははぁ、この女がクロトンの心残りってやつか……友人の女房に横恋慕ねぇ。大方、最後の名残に彼女に会いにきたんだろう。
それで捕まってれば世話はねぇ。
「ラナンの旦那、悪いが連れの友人達がいるんだ。2時間程、庭先を貸してもらえねぇか?」
ニャニャスが、俺の渡した銀貨を男に差し出した。
「ああ、そのぐらいなら良いが、面倒事は御免だぞ?」
「合点承知ですぜ」
「解った、2時間だけな」
「へへ、感謝いたします」
家の主から許可が出たので、家の門を開き荷馬車を庭に入れる。2時間後にここを出て、悪所に着けば良い頃合いになっているだろう。
庭で休んでいる俺たちの所へ、ニャニャスが戻ってきた。彼の耳元でひそひそ話をする。
「あの美人さんが、クロトンの心残りか」
「まぁな、そうらしいぜ」
「どうでも良いが――俺はクロトンを助けるんじゃない。マリーはアネモネの友達だし良い子だ。そのお父さんがいなきゃ一家が路頭に迷うから、マリーのために助けるわけだし」
「旦那、クロトンが戻ってきても、あまり奴を虐めねぇでくれよ」
「責める気なんて無いぞ、嫌味は言うかもしれんが」
ニャニャスが、この家の主から聞いた話では、クロトンの奴が昔の知り合いをくまなく回り、餞別を集めていたらしい。
その仕上げが、8○3の倉庫からの香辛料ちょろまかしか……。
金が無くて必死なのは解るが、どうも力の入れどころを間違っているのではなかろうか?
チンピラが惚れた女と足抜けしようとして、組織の金に手を付ける――そんな、ありがちな話を彷彿させるな。
失敗してボコられるところまでが、まさしくテンプレだ。
そして、時間がやって来た。俺達は街の北――この街の悪所へ向かって荷馬車で走りだした。
辺りはすでに真っ暗だが手綱を取っているのはニャニャスだ、暗闇でも問題無い。
彼に手綱を任せ荷馬車の上で戦いの準備をする。アイテムBOXに入っていた円形のシールド――バックラーを3枚取り出した。
そして、カットラス刀を3振り再購入。前に買った物は獣人達へ渡してしまったからな。
ミャレー用のコンパウンドボウと、クロスボウも収納から出した。
催涙スプレー等も一瞬考えたんだが、一緒にいるのは鼻の良い獣人達だ。スプレーは恐らく逆効果になるだろう。
「アイテムBOX?!」
クロトンの女房が驚いた声を上げる。
「そうだ。他言無用でな」
緊急時だ、やむを得ない。それに彼女等なら信用がおけるだろう。
「ほら、この弩弓を貸してやる。もう一度言うが貸すだけだからな」
「こ、こんな凄い武器を……」
「だから、貴族に狙われているんだよ」
「旦那達が最初から勝つ気満々なので、どうかと思ったんだが、とんでもねぇ御仁だったぜ」
ニャニャスが手綱を取りながら、横目で弩弓をちら見している。
「俺が一発ぶちかまして建物を崩すから、混乱したところを襲えば良い。奴等、酒も入っているからまともには戦えないはずだ」
「ぶちかますって魔法かい?」
「まぁ、そんなもんだ。明かりが落ちて暗くなれば、獣人の出番だろう?」
「ハハハ、任せな!」
さて、顔を隠すマスクを用意しないとな。俺は、この前に買った黒いペストマスクがあるが――。
そうだ――目出し帽なんてどうだ? 元世界の強盗の定番だぞ? シャングリ・ラで【目出し帽】を検索してみた。
色々揃っているが面白い物を見つけた。黒くて骸骨が描いてある目出し帽だ。暗闇なら骸骨に見えないか?
一枚1000円だ。
「ポチッとな」
落ちてきた骸骨目出し帽を被ってみた。
「「きゃぁぁ!」」
驚いたアネモネがミャレーに飛びつき、マリーも母親に抱きついた。
「にゃにゃにゃ!」
ミャレーも全身の毛が逆立っている。こりゃダメだな――目立ちすぎるだろう。街が大騒ぎになってしまうな。
他に良い物が――あった。
目出し帽に犬の写真が印刷してある変わり種だ。これを被れば、獣人の振りをして誤魔化せないだろうか?
1枚600円だ。
「ポチッとな」
落ちてきた犬の写真入り目出し帽を被ってみた。
「にゃんにゃ! それにゃ!」
アネモネは平気なようだが、ミャレーが凄い警戒している。
「頭に被る布に、絵が描いてあるんだよ。これで獣人の真似が出来ないかな?」
ミャレーは必死に臭いを嗅いでいるのだが獣の姿なのに臭いがしないのが凄く不自然らしい。
「にゃ! これを被って、犬人の犬っころ共に罪を被せるにゃ?!」
「旦那も悪どい事を考えるじゃねぇか。ハハハ!」
ニャニャスが爆笑しているのだが、勿論そんなつもりは無い。
「それじゃ、止めるか?」
「それでいこうにゃ」「それでいきましょうや」
ミャレーとニャニャスがハモる。
作戦が決まったところで、俺は黒いペストマスクを――他の皆は犬の写真が印刷してある目出し帽を被る事になった。
猫人が犬の面を被るってのは凄いシュールだな。なんとも言えない絵面だ。
俺たちはそのまま、荷馬車に乗って悪所に足を踏み入れた。
街灯も無い暗い街、明かりは窓から漏れる少量の光だけ。客引きの立ちんぼがいるが、こちらには全く気づいていない。
暗い中ちょっと離れるとそれ程違和感は無いようだ。
そのまま悪所を抜け少々開けた場所に出た。城壁の中なのに、まだ草むらが少々残っており、ここだけ開発が遅れているように見える。
手に負えない奴等がたむろっているので、一般人が手を出せないのだろう。
元世界でも、8○3が持っている土地に手を出せないのと似たようなものだ。
そこにポツンと1軒の家がある。暗くてよく解らないが1階が石造り、2階が木造の2階建ての建物のようだ。
窓にはガラスなど無く戸板がスイングして開くタイプで、隙間から明かりが漏れている。
離れた場所に荷馬車を置き、ミャレーを斥候に出す。
「アネモネは、ここにいろよ」
「うん……」
「奥さんとマリーもな」
「はい……解りました」
3人には毛布を被らせて、荷台に潜ませる事にした。辺りは真っ暗だ――これなら解らんだろう。
奥さんは細い肩を震わせている。余程恐ろしいのだと思うが、なんとかしたくて、ここまでやってきたのであろう。
しばらくしてミャレーが戻ってきた。
「彼奴等、酒を飲んで出来上がってるにゃ! 1階には、男は見当たらないにゃ」
「それじゃ2階か」
「多分、そうだな」
ニャニャスが腕にバックラーを装着して腰にはカットラス刀、そしてクロスボウを構えた。
「こんなすげぇ弩弓は見た事がねぇ。それに、このバックラーは随分と軽いが大丈夫なのかい?」
「大丈夫だよ――前に獣人達が使ったが、問題無かったしな」
「本当かよ」
「本当にゃ」
「よし! 頃合いか――行くぞ」
俺は頭にLEDヘッドライトを装着すると、荷馬車にアネモネ達を置いて無頼達の住処へ向かう。
明かりが漏れる建物からは男共の笑い声が聞こえてくる。すぐに地獄へ落ちるとも知らずに――。
「旦那どうするんで?」
「窓から俺の魔法を投げ込んで中を混乱させる。その後、俺の召喚獣を使って玄関を破壊するから、お前達が乗り込んでくれ」
それを聞いたニャニャスが驚いた。
「召喚獣って、マジかよ?」
「マジだにゃ」
「ニャニャス、これは誰にも話すなよ」
「……」
建物の開いている窓は2箇所ある。そこへターボライターで火を付けた爆竹を投げ入れる。
すぐに、けたたましい爆発音が響き渡り――そして、もう1箇所の窓へも投げ入れた。
部屋の中は、すぐに大混乱となった。
「よし! ユ○ボ召喚!」
目の前に緑色の相棒が現れた。また世話になるぜ。本来はこんな使い方をする機械じゃないんだけどなぁ。
これを設計して作ったメーカーさんには、全く申し訳無い気持ちで一杯になるが、これも異世界の掟だ。
少し破れた黒いシートに座ると、エンジンを掛けて、スロットル全開――。
レバーを操り、アームを高々と振り上げた。
「ユ○ボアタック!」
鋼鉄の爪によって木が引き裂かれる音と、石組みが崩れる轟音が闇夜に響く。
次に鉄の腕を水平になぎ払うと、石壁が大きくガラガラと崩れ屋根が半壊して落ちてきた。
石組みは接着しているわけでもなく、ただ乗せているだけなので、横からの攻撃には簡単に崩れる。
中で灯っていた明かりが落ち、大きく崩れ口を開けた暗闇に向かって、次々とクロスボウから矢が打ち込まれる。
「うぐっ!」「ぎゃぁぁ!」
無頼達の叫び声が聞こえてくるが、闇雲に撃っているのではない。獣人達には敵がハッキリと見えているのだ。
そして、カットラス刀を抜いたミャレーとニャニャスが、中へ躍り込んだ。
「うわぁぁ!」「なんだ! クソ! 何がどうなったぁ! ぐあっ」
暗闇の中で、獣人達に対抗出来るはずも無く――無頼達の断末魔の悲鳴が途絶えると、ニャニャスが首を出した。
「旦那! クロトンは2階だ! 上から臭いがする」
「そうか、下は任せろ」
ニャニャスが2階へ上がっていくと――上からバタバタと音が聞こえる。上にも何人か敵が居たようだ。
女の悲鳴も聞こえるのだが……。
「おい! ニャニャス、大丈夫か?」
「おう!」
まぁ、接近戦なら獣人には敵わないだろうが――。
「ミャレー、何人か逃がしたか?」
「多分、1人か2人逃げたにゃ」
「まぁ、そのぐらいなら大丈夫か。別に討伐じゃなくて、クロトンの救出が目的だからな」
「にゃ」
「さて、俺はお宝でも物色するか。多少でも取らないと、赤字になってしまうからな」
俺は頭に付けたLEDヘッドライトの電源を入れた。
「うわぁ……こりゃ、スローライフとは程遠いなぁ……」
すると、目の前に広がる悲惨な光景。血の海に沈む腕が落ち腸が飛び出て転がる数多の死体。
断末魔に見開いた目が、俺と合ったような気がする――南無阿弥陀仏。心の中で念仏を唱える。
チンピラ極悪人でも、死んだら皆仏。多分、全員が地獄行きだとは思うが。
生臭い臭いと酸い臭いが鼻に付くが、この臭いは慣れないな……。
全くなんでこんな目に……。
ひっくり返ったテーブルの下に硬貨が入った袋を見つけた。床にも金貨らしきものが散らばっている。
分前でも勘定してた最中だったか? 丁度良かったな。
床に落ちた金貨をせっせと集めて、無頼達の装備も剥がして掻っ攫う。死んだ奴等にはもう必要ないだろう。
裸一貫で三途の川か。渡り賃を持ってないし、服も着てないんじゃ川は渡れないな。
金を拾いながら死体や壁に刺さった矢も回収する。2階へ上がれば、まだ色々とあると思うが長居は無用だ。
あらかた拾い終わった俺は、パワーショベルをアイテムBOXへ収納した。
上から、ニャニャスの肩に担がれたクロトンが降りてきた。
かなり痛めつけられたようで、ボコボコだが、とりあえず生きてはいる。
「あ、あんたが助けに来てくれたのか」
「アネモネとマリーから頼まれて仕方なくな」
「申し訳ない……」
「クロトン、死体の中に、こいつ等の頭はいるのか?」
「ああ、そこの髭面がそうだ」
LEDライトで照らすと髭面が恨めしそうに俺を見ているのだが、とんだお門違いだ。
とりあえず、リーダーをやったのなら追撃は無いだろう……。
一緒に降りてきたニャニャスの話では、2階に居た無頼達は女と合体していたらしい。
「女も殺したのか?」
「いや、部屋の片隅でガタガタ震えていただけだから、そのままにしてやったが」
「そうか」
娼婦かもしれないし、シャガの所に居たような、どこからか拐われてきた女達かもしれないからな。
だが今回は一々確認している暇は無い。
すぐに、ここを離れないと。
「旦那! なんですかありゃ?」
クロトンを抱えたニャニャスが、俺にユ○ボの事を聞いてくる。
「鉄の化物の事か?」
「そうですぜ」
「あれが、俺の言う事を聞く召喚獣だよ。解ってると思うが喋るなよ?」
「あんなの話したって信じてもらえねぇ」
クロトンを荷馬車の所へ連れていくと、犬の面を脱いだ彼の女房とマリーが顔を出した。
「お前達、こんな所にまで」
「あなた!」「お父さん!」
親子3人で感動の再会だが、そんな時間は無い。急いでここを離れないと。
皆を荷馬車に乗せると、ニャニャスから武器を回収――闇夜の中を走りだした。
クロトンの話では、村へと繋がっている東門の近くに廃屋があると言う――そこへ向かう事になった。
「マリー、お父さんが助かって良かったね!」
「うん……」
マリーがアネモネに抱きついて涙を流している。2人は良い友だちになれそうだったのになぁ……。
「あなた、ごめんなさい。家の貯金を全部使って、この方に助力をお願いしたのです」
奥さんが、ここへやってきた事情を彼に話す。
「こんな事に巻き込み、まことにすまない。まさか助けが来るとは思ってなかった……」
「可愛いマリーと美人の奥さんにお願いされちゃ、断れんだろう。アネモネからも頼まれたしな」
「面目ない……」
「忙しいのはこれからだぞ? 明日中に荷物を纏めて村を出ないとダメなんだからな」
「ええ?」
俺の話に、クロトンは驚きを隠せないでいるのだが、奥さんが事情を説明した。
「すまないサイネリア。全部、俺のせいだ」
「一家で新しい土地を見つけましょう」
抱き合う夫婦だが、クロトンの顔は暗い。
「そうだな……しかし……」
クロトンの心配は金の事だろう。まぁ、それも何とかなる。
荷馬車は暗闇の街をひた走る。花街以外で、夜中に出歩いている連中など殆どいない。
俺たちは、ほぼ無人の街を抜けて、東門近くの廃屋へと到着した。