37話 重機の燃料を確保しよう
家の周りの作業は殆ど済んだな。
ここに居着いてから半月程が経過したが、何も問題は起こっていない。
景色は良いし、湖に映る夕日は綺麗だし言うことなし。
前の森の中と違い日当たりも良いので、畑の生育も順調だ。水もたっぷりあるしな。
残るは――。
バイオディーゼル燃料の精製に突撃してみるか?
これが成功すれば、値段が1/10のサラダ油をディーゼル燃料に使えるので、一気に重機が使いやすくなる。
重機が無くても生活は出来るが、機械の力は百人力だ。せっかく文明の利器があるのだから、使わない手はない。
先ず危険な実験をするので、家から離れた場所に実験場を確保する。
次は隔離スペースだ。薬品を弄ったりしている時に、好奇心で一杯のアネモネや森猫がやって来たりしたら大変。
それにバイオディーゼル燃料を作る反応に時間が少々掛かるらしい。そいつを安置する場所も必要だ。
そうなると――屋根が付いている小屋が欲しいな。
シャングリ・ラを検索すると、3万5千円で窓なしの小屋が売っている。これも組み立てキットだ。
だが、俺が組み立てた家より遥かに簡単。大きさは2m×2.5mぐらいで、木材に金属製の金具をネジ止めして行う。
力持ちのミャレーに手伝ってもらい、電動ドライバーで次々に金具をネジ止め。
組み立てたフレームを立てて、小屋の骨組みを作る。そして壁と屋根に合板を貼り、出入口の扉を付ければ完成だ。
実験の際に換気が必要なので、壁の一部に板を貼らずに穴を開けている。
実に簡単――まぁ、合板で出来たタダの箱だからな。
本格的に使うなら、屋根や壁に防水シートを貼ってからトタン板を貼ればパーペキ(死語)だろう。
一度作ってアイテムBOXに入れておけば、色々と使い道がある。簡易の宿泊施設としても利用出来るしな。
ペラペラのテントよりは安全なはずだ。
組み立ては1日で終わった。
------◇◇◇------
――次の日。
実験を始めるのにあたって、朝食中にアネモネとミャレーに注意を促す。
「今日からちょっと危ない魔法の実験をするから、小屋には近づくなよ」
「にゃ?」
「猛毒を使うからな」
「怖い……」
「だから、近づいちゃダメ。解った?」
「うん……」
アネモネは解った顔をしているのだが、ミャレーの方は怪しそうだ。注意しないとな。
好奇心は猫を殺すって言うが、猫人だからなぁ。
朝食の後、後片付けをして、シャングリ・ラから真っ白い化学防護服を買う。一枚1000円だ。
結構安いが、この手の防護服は全部使い捨てだ。作業が終わったら処理される。
俺の場合は、ステータス画面のゴミ箱へポイで良いだろう。
とりあえず着てみる――頭からスッポリと被り銀色のスーツを着た未来人みたいなスタイルになる。
後は、有機ガス用のマスク――ゴーグルとマスクがセットになっている物を1200円で購入。
1個1100円の交換用フィルターも6個追加購入。
全部装着してみる――こんな格好をTVで見たことがあるなぁ。原発の事故現場じゃないか。
「これは結構暑そうだな」
雨合羽を着てたりすると、中が蒸れてびっしょりになったりするが、そんな感じになりそうだ。
しかも、閉めきった部屋の中の作業で、作った小屋には窓が無い。後付で窓は付けられるとは思うが、今回は作業を優先する事にした。
とりあえず、やってみないと成功するかどうかも解らないからな。
「にゃははは! 変な格好にゃ!」
ミャレーが腹を抱えてケタケタと笑っているのだが――。
「この服で毒を防ぐんだよ。蜂とかの大軍でも平気だぞ――多分」
「触手も平気にゃ?」
「触手?」
「うにゃ、巻きつかれて刺されたりすると、とても痛いにゃ」
「まぁ、多分大丈夫だと思う」
なんだそりゃ、それも魔物なのか? 陸のイソギンチャクみたいな物か? 魔物ってのも色々と多彩だな。
防護服を一旦脱いで、使う器具をシャングリ・ラで揃える。
先ずは、ステンレス製の容器、65L入る大型で4万円だ。アルカリ薬品を使うので普通の鉄やアルミ鍋では腐食してしまう。
そして、アルカリ薬品――水酸化ナトリウム、2kgで4500円也。
劇物譲渡書にサインが必要です――という注意書きがあったが【購入】ボタンを押したら普通に買えた。
後はメタノールだ。18L、つまり一斗缶入りの物が2700円。なんでも売ってるな。
道具は揃った。しかし大量に合成するのは早急すぎるだろう。先ずは少量で実験してみて、経験値を積まねば。
1Lから始めてみるとしよう。
小型のステンレス容器をシャングリ・ラで購入して実験を開始する。
先ずは、メスシリンダーを購入してメタノールを200cc計り、そこへ水酸化ナトリウムを3.5g投入してナトリウムメトキシドという物質を作る。
こいつが猛毒らしい。発する蒸気も毒なので防毒マスクが必須だ。
だが中々溶けないので時間を要する――これは何か、かき混ぜる道具を自作した方が良いだろう。
コンクリートやモルタルを混ぜる時に使う撹拌機を使えば良いかもしれないな。回転が速過ぎるようなら、汎用のインバータを使えば良いし。
小型のインバータはシャングリ・ラで2万程で売っている物が使える。
よく家電で言われるインバータ制御――何を制御しているのかと言うと、交流の周波数だ。
簡単に言えば、家庭用100V50Hzの交流で毎分50回転するモーターがあるとする。
そいつをインバータで交流の周波数を10Hzに落とせば10回転に落とす事が出来る。勿論、0Hzにすれば停止させる事も可能だ。
電圧を変えてモーターの回転を制御する場合、抵抗やスライダックトランスで熱として無駄なエネルギーを捨てている故――。
それがなくなれば無駄もなくなるってわけだ。その分、省エネになるって寸法。
ちょいと脱線したが、ステンレス容器にサラダ油――キャノーラ油を1L入れて加熱。
温度は50度前後が良いらしい――温まったら、そこへ先程作ったナトリウムメトキシドを投入して撹拌する。
すると徐々に、ステンレス容器の底に赤茶色のドロドロが固まってくる。
「何やってるにゃ~」
「あ! こら、毒を扱ってるって言ったろ! 近づいちゃダメだ!」
「ふぎゃ! 何の臭いだにゃ! それは魔女の大鍋にゃ?」
――魔女の大鍋。確かに、端から見ればそう見えるかもしれない。言い得て妙だ。
容器の底に溜まったこのドロドロ。これが植物油をディーゼル機関に使う時に邪魔な物――グリセリンだ。
そのグリセリンを分離させた、この上澄み液がバイオディーゼル燃料になるってわけだ。
「やった。上手くいった」
喜ぶ前に、実験が上手くいったのか? ――ディーゼル発電機で試してみる必要がある。
ただ、念の為に2ストオイルを混ぜた方が良いと、本には書いてあるな。
2ストオイルなら安い。シャングリ・ラで購入――分量を計って投入してみた。
その前に俺は、化学防護服を脱ぐと川の中へ飛び込んだ。全身汗まみれなのだ。
「くそ~っ! 暑いわ!」
頭から盛大に水をかぶりまくる。夜は風呂を焚くか。
ずぶ濡れのまま、アイテムBOXからディーゼル発電機を取り出して、作ったばかりの燃料を入れる。
デコンプレバーを引いてリコイルスターターを引くと、けたたましい音と白煙を吐いてエンジンが掛かった
少々白煙が多いような気がするが――。
「使えるな」
なにやら、天ぷらのような香ばしい匂いが辺りに漂う。
「この匂いを嗅いだら、天ぷらが食いたくなったな。晩飯は天ぷらにするか」
今回1Lの油を処理したが、これを50倍にすれば、50Lのサラダ油を処理してバイオディーゼル燃料を作る事が出来る。
それには、器具が色々と必要な事も解った。
しかし、これだけの手間を掛けて、バイオディーゼル燃料を作る意味があるだろうか?
だが高価な燃料の値段が1/10になるのは魅力だ、金は大事だからな。その割には、いろんな事に金を使いまくっているが……先行投資だよ先行投資。
世の中やってみなきゃ解らん事も多いから、とりあえずやってみる事が肝要。
経験値を積めば、いずれ役に立つ日がやってくる。コレが俺のポリシーだ。
色々と思案を巡らせながら、脱いだ化学防護服をステータス画面のゴミ箱へ投入した。
このゴミ箱へ、とんでもない毒物とか放り込んでも平気なのかね? 誰かが画面の向こうで処理してたらとんでもない事になりそうなんだが……。
今まで、ゴミやら廃液やら色んな物を捨てているが、警告を受けたりした事はない。
大体そんな注意書きもないしな。
多分、俺の想像では亜空間へそのまま投棄されて素粒子レベルに分解される――みたいなSFチックな処理かと思う。
それ故、サリンとかタブンとかソマンとかVXとか捨てても大丈夫だと思う――多分。
合成した燃料を試していると既に辺りは暗くなり始めている。今日はここまでとするか。
今日は風呂にも入りたいので、ドラム缶風呂の竈にも火を入れた。
焚き火でスープ用のお湯を沸かすが、今日は天ぷらにするので、カセットコンロも出す。
焚き火や竈だと火力の調節が難しいので、カセットコンロの方が便利だ。
鍋にごま油を入れて加熱するが、ごま油を使うのは個人的な好みなのだが油が高いのが欠点だな。
さて衣は卵と小麦粉を使うのだが、ここで手抜きをするために小麦粉にマヨネーズを入れてしまう。
マヨネーズの中身も卵なので、似たような感じになるってわけだ。そして隠し味に昆布だしを少々。
それにマヨネーズを入れる事によって塩味も少々付くしな。塩やめんつゆ等を付けなくても、そのままで食える。
料理をしていると、ミャレーとアネモネが家から出てきた。
「いい匂いだにゃ~何を作るにゃ?」
「天ぷらだよ」
「てんぷらにゃ?」
まぁ、食ったことはないだろう。そもそも、この世界には唐揚げも無かったぐらいだからな。
天ぷらの具材は元世界の野菜達を使う。この世界の野菜は味がイマイチで、とてもサラダなんかで食えた物じゃない。
その前に生の野菜を食うって習慣自体が、あまりないようなのだが。
ただ山菜等アクの強い物でも天ぷらにすると美味くなる物があるので、こちらの世界の野菜も何種類か揚げてみる事にした。
料理をしながら、松○谷由実のチャイ○ーズスープを歌うと、アネモネが一緒に歌っている。
俺が料理をする時に、いつも歌っているので覚えてしまったのだ。
「出来た! さて食おうぜ」
「にゃ~!」
「わ~い!」
みんなでテーブルに用意された料理に群がる。パンとスープはインスタント。そして作りたての天ぷらだ。
パンに天ぷらが合うか微妙だが――そう言えば、元世界でも天ぷらでパンって食ったことがなかったような気がする。
「サクサクで甘くて美味いにゃ!」
ミャレーが食っているのは、サツマイモの天ぷらだ。
「香ばしくて美味しいね」
「おっ! 市場で買った野菜も天ぷらにすれば美味いわ。アクが抜けたりするのかもしれん。こりゃ皆に食わせたら流行るかもしれないな」
これは嬉しい誤算だ。アネモネとミャレーも喜んでいるので、この世界の住民の好みにも合うはずだ。
まぁ、この世界では油自体が高いので流行らせるのは少々難しいかもしれないが。
皆で夕飯を食っていると、風呂に設置した温度センサーのブザーが鳴った。
「風呂が沸いたか。ミャレー、お前が先に入るとお湯が無くなってしまうから最後に入ってな」
「にゃ」
「アネモネ、そろそろ1人でお風呂に入りなさい」
「……」
「またそういう悲しそうな顔をする。男の人の前で裸になったら君も恥ずかしいだろ?」
「恥ずかしいけど……ケンイチなら良い」
良いとか悪いとかの問題じゃないんだよなぁ。そういう悲しげな顔をすれば、俺が許してくれると思ってるんだろ?
でも、許しちゃう! 悔しい! ビクンビクン。
LEDライトを持って薄暗い中、アネモネと一緒に風呂に入る。
暗くて辺りは見えないのだが、川の音と滝の音だけが響いてくる。家の中に入ると気にならないのだが。
まったくもう、こんなの元世界なら完全にアウトだ。児○事案発生だぞ。
ちなみに元世界で銭湯へ行くと、このぐらいの女の子を連れて男湯に入ってくるお父さんがいたんだが、止めて下さい。
よろしくお願いいたします。
2人で交互にドラム缶風呂に入っていると、ミャレーも尻尾をふりふり裸でやって来た。裸といっても、毛皮を着ているので裸っぽくはないのだが。
「アネモネ、頭が痒くなったらすぐに言うんだぞ」
「うん」
彼女の頭についていた虱は退治したはずだが、どこからか貰ってくる可能性もある。
「しかし獣人に虱やノミが付いたら、大変だな」
「もう、悪夢にゃ!」
「でも宿屋で床虱やノミに、やられる事もあるんだろ?」
「あるあるだにゃ! 泊まらずに、すぐに出てきた事もあったにゃ!」
ミャレーの話では、その手の宿屋は獣人同士のネットワークで、評判の甲乙丙丁によりランク付けされていると言う。
「獣人達には深刻な問題だからなぁ」
「その通りにゃ」
皆で石鹸を使い身体を洗って、最後にミャレーへ盛大にお湯をぶっかけて泡を流す。
ミャレーとアネモネに使うためにアイテムBOXからジェットヒーターを取り出した。
お風呂の排水も、溝を掘って川へ流れるようにしたいな。
轟々と温風が出る中で、彼女達が髪の毛や毛皮を乾かしている。
その後、湯冷めしないように、身体を温めながらアネモネと一緒にお勉強。
風呂に入ったせいか、アネモネも直ぐに寝てしまった。
俺も寝るとしよう。
------◇◇◇------
次の日から、俺のバイオディーゼル燃料作りが始まった。
おおよその要領を得たので、撹拌機などを自作してから燃料の合成を開始した。
撹拌機はモルタルなどを撹拌するのに使う物を使い、撹拌用のプロペラは腐食に強いステンレス製を選んだ。
そいつを自作の木製フレームで支えて撹拌を行う。
回転の制御は汎用のインバータを使い――M菱製をチョイスしてみた。
電源ケーブルを切断してビニルの被覆を剥き各機器を接続する。
エンジン発電機――インバータ――撹拌機――という構成になる。
――そして、50Lのキャノーラ油を2回処理して、約95Lのバイオディーゼル燃料を得る事に成功した。
これでしばらくは燃料が保つだろう。副産物で出たグリセリンはステータス画面のゴミ箱へ直行。
グリセリンから石鹸を作ったり出来るのだが、石鹸ならシャングリ・ラでいくらでも買えるし……無用の長物と判断した。
有機物なので、肥料に使えるという話もあるのだが。
だが、バイオディーゼル燃料の精製に付きっきりになっていたせいか、アネモネをすっかり放置してしまっていた。
そのせいで彼女の機嫌がすこぶる悪い。
「なぁ、アネモネ機嫌直してよ」
「知らない」
俺のごきげん取りに、彼女がつれない返事を返してくる。
「新しい絵本を買ってあげるからさぁ」
ピクリと彼女が反応したが、それだけでは効果が薄いようだ。
「それじゃ、アストランティアの街へ行ってみようか?」
「本当?!」
「ほんとうにゃ!」
「ああ、そろそろアイテムBOXの中に、ミャレーとベルが捕ってきた獲物が溜まってきたしな」
「わぁ~い!」
泣いたカラスがもう笑っているよ。やはり、まだまだ子供だ。
何故かミャレーも一緒になって喜んでいる。
ついでに、アストランティアの冒険者ギルドへ登録してこよう。
商業ギルドは――アストランティアで商売はしないから良いか。
商売をするために、ギルドの許可が必要なのは、その街の中だけだ。道端で商売をしたり、村々を巡っての取引にはギルドの許可は必要ない。
だが地方や道端でも、普通はギルドの証を掲げて商売をしている、そのほうが客にも安心感があるからな。
アストランティアへの道は、崖沿いを通る事にした。
ここら辺を散策したミャレーによれば、崖沿いには魔物はいないと言う。
それじゃ、アストランティアへ行ってみますか。