34話 新天地
ダリアから逃げ出した俺達だが、100㎞程離れた場所に湖を見つけた。
ここは既に、ダリアを治めていた貴族の領地を離れ、別の家が統治する地域へ入っている。
俺達が移動に使っているバイクなら100㎞の移動も簡単だが、通常の馬車のスピードは時速10㎞程だ。
ダリアから朝一で出発し、休み無しで走らせてギリギリでアストランティアの閉門時間に間に合うか否か――そんな感じらしい。
通常は途中で一泊して、休みを取る。この街道の丁度中間辺りに小さな宿場町があって、皆はそこへ泊まることが多いようだ。
だが馬車を持っているのも金持ちか商人だけだ。普通の人間は徒歩で、100kmを歩かねばならない。
勿論、途中では野営も必要だ。だが、街道で魔物に襲われる事はないと言う。
高校生の頃、全校強歩とやらで25km程歩いた事があるが、死ぬかと思ったよ。
まぁ交通機関も無く、毎日それが当たり前なら慣れてしまうとは思うのだが……。
俺の親父がガキだった頃は、交通機関も無い山の中を毎日10km以上普通に歩いていたという話だったしな。
湖の畔をバイクで走り、そこに見つけたのは落差10m程の滝。ロケーションとしては申し分無い。
危険性などはイマイチ不明だが景色が良いので、ここに住んでみようかと思っている。
俺達と一緒にやって来た森猫も、しばらく森の中を彷徨った後、俺の所に顔をだした。警戒している様子も無いので、ここに危険は無いのだろう。
俺は動物の直感を信じる事にした。
今の時間は午後3時頃。とりあえず家を出したい。
滝壺より溢れ出る川から20m程の所、緩い斜面に場所を決めて整地を始める事にした。
「よし! 「ユ○ボ召喚!」」
俺と一緒にアネモネも叫んだ。いつも俺が言ってる台詞を覚えてしまったようで、ケタケタと笑っている。
やって来た時は、無口な彼女だったが、最近よく笑うようになった。子供が笑っているのは、やはり良い。
アイテムBOXから緑色のパワーショベルが出てくると、早速重機に乗り込み、エンジンを掛けて整地を始めた。
そんなに難しい作業ではない、斜面を少々削り排土板で水平に均すだけだ。
たまに重機から降り、角材と水平器を使って水平を確認する。
辺りが暗くなり始める頃、整地が完了した。
これ地鎮祭とか、やらんで大丈夫なのか? まぁ、この世界に日本の神様はいないだろうが。
「かしこみ~かしこみ~申す~。いくぞ! 家召喚!」
整地した場所に家が現れた。本当に、このアイテムBOXは便利だ。これがチートでなくて、なんであろう。
だが出現した位置が少々左過ぎた。一旦収納して、立ち位置を右に修正して再び家を召喚。
「よし!」
思った場所にピッタリと収まった。だが、よく見るとコンクリート製の束石が浮いている場所がある。
これは明日、調整しなければならないだろう。デッキへ上がるための階段を取り付けて、家の設置は完了だ。
さて、仕事も終わったし食事にしよう。
アイテムBOXから、以前に作ったカレーを取り出して焚き火で温める。
料理を作りすぎて余っても、アイテムBOXへ入れておけば傷む事も無くいつでも食える。
一緒にお湯を沸かして、パックのご飯を温める。
白い米の飯に最初は気持ち悪がっていたアネモネであったが、俺が食べているのに興味を持ったのか、少し食べてその旨さが解ったようだ。
今じゃ、すっかりと、ご飯好きになっていた。
「カレーは大好き!」
何を食いたいか聞くと――カレーと答えるぐらいに、彼女はカレーが大好きである。
そりゃ子供はカレーが好きなのは当たり前田のクラッカーだが、ちょっと好き過ぎるだろう。彼女曰く、こんなに美味しい物は食べた事が無いと言う。
まぁ満足に食い物が無い環境で育った子供にカレーの印象は強烈だったかもしれん。
カレーの国の住人は毎日カレーなんだろうから、毎日カレー食っても良いんだけどさ。
どうでも良いことだが、俺がほぼ毎日カレー粉を使った料理を食っていた時は小便が出にくくなった事があった。
カレーのスパイスは漢方薬と同じだから、前立腺の肥大等のなんらかの副作用が出たのかもしれない。
こんなの俺だけかもしれんが……。
森猫も一緒に食事中だ。俺が出してやった猫缶2つを美味しそうにたいらげている。
彼女は足りなければ森で食事を探すだろう。あまり餌付けしても拙いと思うしな。
カレーを食い終わって後片付け。
家の中に入ると当然、アイテムBOXへ収納した時と全く同じ状態に保たれている。
森猫も一緒に家の中へ。部屋の隅に彼女の毛布を用意してやると、そこへ丸くなった。
部屋にガソリンランタンを点けて、アネモネとお勉強。
そうそう、太陽電池パネルの設置場所も決定しないとな。だが、ここなら日当たりも良いし、森の中よりは発電量が見込めるだろう。
設置枚数は半分でもいいかもしれない。先ずは10枚だけ設置してみるか。
とりあえず、しばらく様子を見なくてはな。色々と設置した後に何かトラブルが起きて、すぐに脱出しないといけなくなったりするのは面倒だ。
そうだな――最初は橋を架けてみるか。向こう岸に渡れるようにして、そこに畑を作りたいな。
「さぁ、寝るかぁ。明日から色々とやらないとな」
ここは新しい土地だ。夜に魔物やら何やら襲ってこないとも限らない。
一応、武器を出して敵に備える。シャガ戦で獣人達に買ってやったカットラス刀を一振り購入。
レーザーサイト付きのボウガンを引いて、アイテムBOXへ入れる。こうしておけば、アイテムBOXから出してすぐに射撃出来る。
弓を引きっぱなしだとバネが弱くなったりするだろうが、アイテムBOXへ入れておけば、その心配も要らない。
後は火を点けるためのターボライターと爆竹。こいつは戦闘に意外と効果的だと解ったからな。動物にも効くだろう。
「アネモネ、もう君は大きいんだから、1人で寝ないとな」
そう言うと、彼女が凄い悲しそうな顔をする。
「ああ、解った解った。そんな顔をするんじゃない。一緒に寝てあげるから」
「……うん」
甘い! 甘すぎる! カロリー控えめ甘さは砂糖の10倍――そのぐらい甘い!
自分でもそう思うのだが、あんな顔されたら何も言えないじゃん!
そこら辺のガキならともかく、彼女は身の上も可哀想だしなぁ……おじさんは、こういうのに弱いのよ。
ガソリンランタンを消して、アネモネと2人ベッドに潜り込むと、森猫も真ん中に入ってきた。
「お前も一緒に寝るのかよ!」
別に悪いとは言わないが――こりゃ、ダブルベッドを買った方がいいかもな……。
------◇◇◇------
――次の朝。
夜に何かあるのでは無いかと心配していたが杞憂に終わった。
何かヤバい物が近づいてくれば、森猫が真っ先に気がつくだろうしな。
飯の準備をしていると、彼女が扉の前に座っている。どうやら外に出たいようだ。
「はいはい」
扉を開けるとスルリと外へ出ていく。朝飯は自分で捕るようだ。
――別に、獲物も捕れないあんたらの世話になるつもりは無いんだからね! ――そんな彼女の気概を感じる。
それにしても彼女も一緒に住むなら名前が必要だな。いつまでも森猫じゃ拙い。
「名前は何にしよう……」
朝食のグラノーラを準備しながら呟く。
「名前?」
「森猫の名前だよ。そろそろ名前を付けてやらないとな。一緒に住んでいるんだし」
「う~ん、クロ!」
「ストレート過ぎる!」
「すとれーと?」
「いや、なんでも無い。シュバルツ? いや、長いな……もっと短くて端的な名前の方が良いかも」
ちなみに実家にいた白いネコは雪之丞だった。
「ひねってクロウ! そりゃ、カラスだ。猫にカラスは拙いだろう。う~ん――毛皮がベルベットみたいな手触りだからベルでどうだろう」
「ベル?」
「短くて良いだろう」
「うん! ベルが良い!」
彼女の名前はベルに決まった。可哀想だが彼女に拒否権は無い。だが、ずっと森猫って呼ばれるよりは良いんじゃないかと思うのだが。
森猫の名前が決まったところで、今日の仕事に移ろう。
先ずは家の土台の修正だ。高い所は掘り下げ低い所は油圧ボトルジャッキ――2500円で家を少々持ち上げて、土を盛ってから下ろす。
しかし、土台が家にくっついてくれて助かった。バラバラに収納されたのでは家を土台に載せる作業はかなり難しくなる。
次は橋の設置だ。滝壺から流れる幅1.5m程の川に橋を架ける。
アイテムBOXからチェーンソーを取り出して、森で太さ20㎝程の木を2本ぶった切る。なるべく真っ直ぐなやつだ。
そいつを4m程に切り揃えアイテムBOXへ入れる。そして川の所へ行ってアイテムBOXから取り出せば良い。
選択画面で2本一緒に選択すれば、一緒に並べて取り出す事が出来るからな。
一度、地面の上でやってみたが横向きに木が出現するようだ。
それじゃ仕方ないな。靴を脱いでズボンを捲り上げ冷たい川の中へ入ると、真ん中でアイテムBOXから木を取り出す。
「やったぜ!」
見事、川に丸太の橋が掛かった。
あまり広い川だと、この手は使えないな。俺が溺れてしまう。
まぁ、ロープを張ったりとか舟の上でアイテムBOXを使うとか方法はありそうだが……。
丸太橋が動かないように石を置いて固定して、その上にコンパネを貼る。
ネイルガンとコンプレッサーを出す程ではないので、トンカチを使って釘を打っていく。
「お~い! アネモネ! 橋が出来たぞ」
彼女は双眼鏡であちこちを覗いているのだが、遠くを見るための道具は、すっかり彼女の玩具と化している。
まぁ何か面白い物を見つけてくれるかもしれないからな。子供ならではの視点ってやつも中々侮れないし。
「やったぁ!」
「これで、こっちの岸にも渡れるぞ」
対岸は草が伸びているので先ずは草刈りをしよう。
エンジン草刈機を出して草刈りをする。こいつは危ないので、作業している時は絶対に近づかないようにアネモネに注意をする。
このエンジン草刈機の事故って凄い多いんだよねぇ。
田舎でも結構事故がある。人も危ないし自分も危ない。マジでたまに死人がでるぐらいに危ない。
柔らかい草ばかりなので安全性を考えて金属製のチップソーではなく、ナイロン製の紐を使っている。
竹や笹などの固い茎を持った植物でなければ、ナイロン紐で十分に刈る事が出来るからな。
魔物への攻撃も草刈機やチェーンソーを使えるとは思うが――あまり使いたくはないな……。
シャガ戦の時も一瞬、脳裏を掠めたが結局使わなかった。
用意してたら、あの葉っぱが決まった状態で使いまくってたに違いない。
ああ考えるだけでスプラッタだ……止めよう。
畑の大きさは10m×20mで、森の中の時より若干広くした。ここなら日当たりも良いし作物もよく育つだろう。
パワーショベルをアイテムBOXから出して土を掘り起こし、根っこやらデカい石やらが沢山出てくるので除ける。
デカい石の処理は簡単だ。アイテムBOXへ入れてからステータス画面のゴミ箱へ入れれば良い。
フハハ、ゴミ箱万能説。
途中で昼飯を挟みながら作業を続けた。
畑を耕うん機で耕し畝を作り、芽出しポットに種を植えて本日の作業は終了となった。
明日は、太陽電池パネルを設置しようかな。
夕方、森猫が帰ってきたが、角ウサギを一匹捕まえてきてくれた。
すぐにアイテムBOXへ収納する。解体の仕方を覚えた方が良いと思うが、下手に解体すると肉が食えなくなるし毛皮等も売り物にならなくなってしまう。
アイテムBOXへ入れておけば、腐ることもないのだから、その道のプロに任せた方が無難だろう。
ここに落ち着いたら、アストランティアの街へ行って冒険者登録をしてこようと思う。
それまでは、獲物はアイテムBOXの肥やしだな。
「そうそう、お前の名前はベルに決まったからな。よろしくな」
「にゃぁ」
解っているのか、いないのか。彼女は一言だけ返事をした。
――そして晩飯。
アネモネはパンとスープと焼いた肉、俺は焼きそばを食った。森猫にはいつもの猫缶を2つだ。
ご飯は食べられるようになった彼女だが、まだ麺類は気持ち悪いらしい。
「だって虫みたいだし……」
「まぁ、そう見えなくもない」
そりゃ、皿に載っているのが、ミミズだったりチューブワームだったりしたら、キモいだろう。
ああ、そんな事を考えていると食欲が無くなるので止めよう。
夕飯の後片付けをして、ガソリンランタンに火をつける。
ベッドをアイテムBOXへ収納して、シャングリ・ラでダブルベッドを検索する。
一番シンプルな何も付いていない、マットレスベッドが2万円で売っているので、それにした。
【購入】ボタンを押すと、ドシャ! とベッドが落ちてくる。ついでにダブルのシーツも購入――3000円だ。
羽毛布団もダブルがいるだろう――こいつも2万円だ。
ベッドメイキングをしていると、そこにアネモネが飛び込んだ。
「ひろーい!」
「ハハハ、森猫も一緒となるとデカい方が良いからな」
手足をバタバタとさせて、泳ぐ格好をしているのだが、彼女は泳げるのだろうか?
「アネモネは泳げるのか?」
「うん、少しなら」
まぁ、俺も少しだなぁ。最後に泳いだのっていつの事だろう?
会社の社員旅行で行った、ホテルの温水プールだったかなぁ……確か日光だったはず。
元世界で普通に生活してたら泳ぐ事なんて無いわなぁ。スイミングスクール等に通ったりしなければ。
ベッドを整えた後、アネモネに勉強を教える。
彼女が勉強している机をガソリンランタンが照らしているのだが――。
ホワイトガソリンは売っているし混合燃料は売っている、そして白灯油もある。高いけどな。
しかし軽油が無いんだよな。ディーゼルエンジンの重機を使うと燃料が高い。
計算すると、リッター2500円~3000円ぐらいだ。まぁリッター3000円として、重機は一日使うとタンクが空になるから――タンクが60Lだとすると……。
1日18万円! 高! 燃料代で破産するわ。
大型重機だと400Lは入るから、1日120万円かよ……。
なんとかならねぇ~かな? そもそも重機を使うなって話もあるんだが――。
でも、こんなの手作業で、やってられるかよ!
せっかく文明の利器があるんだ、使って何が悪いのか。
シャングリ・ラで改めて【油】で検索を掛けてみる。最初に出てくるのはキャノーラオイル等の俗にいうサラダ油だ。
これなら、リッター300円なのに……。
ピン!
閃いた。そういえば天ぷら油などの廃油を加工して、ディーゼルエンジンに使うって話があったじゃないか。
ニュースで見たぞ――確か、バイオディーゼル燃料とかナントカ……。
早速、シャングリ・ラで検索を掛ける。ほうほう――結構本が出ているな。
バイオディーゼル燃料関連の本を電子書籍で買って片っ端から読むことにした。
「何してるの?」
俺の怪しい行動が気になったのだろう。
「本を読んでいる」
「ええ! 私も読みたい!」
「え~? 外国の本だから外国語で書かれているんだぞ?」
「その外国語を覚えたら本が沢山読めるの?」
「ああ、読める」
「私、覚える!」
アネモネが一大決心をしたかのように立ち上がった。
彼女の物覚えは悪くない。悪くないどころか結構良い部類に入るだろう。
せっかく彼女が覚えると言ってるんだ。勉学の炎を消してはいけない。
しかし日本語なんて覚えてメリットあるのか? 確かに覚えればシャングリ・ラで買う本が読めるので知識は広がるだろうが……。
先ずは絵本を買ってみた。小学生低学年向きだな。
買おうとしたのは絵本で定番ネタの人魚姫とシンデレラだが、購入ボタンを押そうとして絵本に驚いた。
「萌え絵じゃん!」
「もえ?」
「いや、こっちの話だが――」
購入ボタンを押した。
「ポチッとな」
バサッと絵本が落ちてきた。古本で一冊30円だ。
子供用に買っても大きくなったら読まないからな。売りに出されてしまうのだろう。
「凄い~! 綺麗!」
落ちてきた絵本に、アネモネの目は釘付けになった。そりゃ、こんな綺麗なカラーの絵本なんて、この世界には無いからな。
しかし、今の絵本って萌え絵なの?
だが、このままでは彼女が読めないので、この世界の表音文字と、ひらがなとの変換表を作ってやった。
漢字は難しいと思うが、ひらがな・カタカナぐらいはすぐに読めるようになるかもしれない。
「ち ょ う ど お ひ さ ま が――」
彼女は俺の作った対応表と絵本の1字1字を見比べながら、ゆっくりと絵本を読み始めた。
だが人魚姫の半裸姿が少々刺激的らしい。倫理的に拙いのかもしれないが――2人の内緒って事にしてもらう。
彼女は顔を赤くしながらも、ものすごい集中力で読んでいる。
俺は彼女の読書の邪魔をしないように――電子書籍のバイオディーゼル燃料の本を読むことにした。
2人の読書は、ガソリンランタンの下で寝るまで続いた。
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